吸気が止まる右季肋部痛―「なぜその徴候が出るのか」で腹部診察所見を整理する
第111回医師国家試験 H問題 第13問
国試問題にチャレンジ
疾病と腹部診察所見の組合せで正しいのはどれか。
- a.胆嚢癌 ―― Courvoisier徴候
- b.急性胆嚢炎 ―― Murphy徴候
- c.下大静脈閉塞 ―― 臍を中心とする放射状の静脈怒張
- d.急性汎発性腹膜炎 ―― 腸管蠕動亢進
- e.十二指腸潰瘍穿孔 ―― 肺肝濁音界上昇
対話形式の解説
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ドクターまとめ
急性胆嚢炎では、右季肋部を押さえたまま深吸気させると炎症胆嚢が指に当たり吸気が止まるMurphy徴候がみられ、診断基準の局所所見にも含まれます。Courvoisier徴候は胆嚢管合流部より遠位の悪性胆道閉塞(膵頭部癌など)で生じる無痛性胆嚢腫大であり、胆嚢癌の典型所見ではありません。臍を中心とした放射状の静脈怒張は門脈圧亢進症のメドゥーサの頭で、下大静脈閉塞では側腹部の静脈が下から上へ流れます。汎発性腹膜炎では麻痺性イレウスにより腸雑音が減弱・消失し、消化管穿孔ではfree airにより肝濁音界が縮小・消失します。徴候を機序から理解しておくことは、急性腹症の緊急度判断や画像検査の選択を的確に行うための基本となります。
解答・解説
正解はbです
腹部の身体診察で得られる代表的な徴候と、その背景となる疾患・機序の対応を問う問題である。徴候名を丸暗記するのではなく、「なぜその所見が出るのか」を理解しておくと、組合せの誤りを見抜きやすい。 ・Courvoisier(クールボアジェ)徴候:胆嚢管合流部より下流(遠位)の総胆管が腫瘍で閉塞し、胆汁がうっ滞して胆嚢が無痛性に腫大する現象である。膵頭部癌や遠位胆管癌、乳頭部癌が典型である。 ・Murphy(マーフィー)徴候:炎症を起こした胆嚢が吸気時に下降して圧迫中の手に当たり、痛みで吸気が止まる現象である。急性胆嚢炎に特徴的である。 ・腹壁静脈怒張:どの静脈系が閉塞したかで怒張の分布と血流方向が異なる。門脈圧亢進では臍から放射状(メドゥーサの頭)、下大静脈閉塞では側腹部を下から上へ向かう。 ・腹膜炎:炎症が腹膜全体に広がると腸管運動は反射的に低下し、麻痺性イレウスとなる。 ・消化管穿孔:腹腔内に漏れた遊離ガス(free air)が肝臓と腹壁・横隔膜の間に入り込み、肝濁音界が縮小・消失する。 これらの機序に照らすと、正しい組合せは急性胆嚢炎とMurphy徴候である。
選択肢考察
- ×a. 胆嚢癌 ―― Courvoisier徴候
誤り。Courvoisier徴候は、胆嚢管が合流する三管合流部より遠位の総胆管が閉塞したときに、胆汁が胆嚢にうっ滞して胆嚢が緊満・腫大し、閉塞性黄疸を伴いながら圧痛のない胆嚢を触知する所見である。膵頭部癌、遠位胆管癌、十二指腸乳頭部癌などでみられる。胆嚢癌そのものでは閉塞部位が胆嚢自体や胆嚢管・肝門部側であるため、胆嚢に胆汁がうっ滞して腫大する機序は成り立たず、Courvoisier徴候の典型例とはいえない。胆嚢癌では腫瘍そのものを硬い腫瘤として触れることはある。
- ○b. 急性胆嚢炎 ―― Murphy徴候
正しい。Murphy徴候は、検者が右季肋部(右肋骨弓下)に指先を当てて軽く押さえたまま患者に深く息を吸わせると、吸気に伴って下降してきた炎症胆嚢が指に当たって強い痛みが生じ、患者が途中で吸気を止めてしまう所見である。急性胆嚢炎に特徴的で、『急性胆管炎・胆嚢炎診療ガイドライン(Tokyo Guidelines)』の診断基準でも局所の炎症所見の一つとして挙げられている。超音波プローブで胆嚢を圧迫して同様の圧痛を確認する方法は sonographic Murphy sign と呼ばれる。
- ×c. 下大静脈閉塞 ―― 臍を中心とする放射状の静脈怒張
誤り。臍を中心に放射状に広がる静脈怒張は「メドゥーサの頭(caput medusae)」と呼ばれ、肝硬変などによる門脈圧亢進症で、再開通した臍傍静脈を介して門脈血が腹壁静脈へ流れ出ることで生じる。血流は臍から外側へ遠心性に向かう。一方、下大静脈閉塞では下半身の静脈血が側腹壁の浅在静脈(浅腹壁静脈など)を通って上大静脈系へ戻るため、怒張は主に側腹部にみられ、血流は臍より下方の部分でも下から上(頭側)へ向かうのが特徴である。
- ×d. 急性汎発性腹膜炎 ―― 腸管蠕動亢進
誤り。急性汎発性腹膜炎では、腹膜全体の炎症によって腸管の運動が反射的に抑制され、麻痺性(機能性)イレウスとなる。そのため聴診では腸雑音が減弱ないし消失する。腹部所見としては、腹壁全体の筋性防御(板状硬)、反跳痛(Blumberg徴候)、腹部膨隆などがみられる。腸蠕動の亢進や金属音は、むしろ機械的(閉塞性)イレウスの初期に聴取される所見である。
- ×e. 十二指腸潰瘍穿孔 ―― 肺肝濁音界上昇
誤り。消化管穿孔では腹腔内に遊離ガス(free air)が漏れ出し、仰臥位では最も高い位置である肝臓前面と腹壁・横隔膜の間に集まる。肝臓の上に空気の層が入るため打診で鼓音となり、肝濁音界は縮小・消失し、肺肝境界(肝濁音界の上縁)はむしろ低下して見える。肺肝濁音界が上昇するのは、腹水、横隔膜挙上、肝腫大、右側の無気肺などである。
主な腹部診察所見と疾患
・Murphy徴候:急性胆嚢炎。 ・Courvoisier徴候:閉塞性黄疸+無痛性の胆嚢腫大。三管合流部より遠位の悪性閉塞(膵頭部癌、遠位胆管癌、乳頭部癌)。総胆管結石では胆嚢が慢性炎症で線維化していることが多く腫大しにくい(Courvoisierの法則)。 ・McBurney点圧痛、Lanz点圧痛、Rovsing徴候、Rosenstein徴候、psoas徴候、obturator徴候:急性虫垂炎。 ・Blumberg徴候(反跳痛)、筋性防御、板状硬:腹膜刺激症状。汎発性腹膜炎では腸雑音が減弱・消失する。 ・Cullen徴候(臍周囲の皮下出血斑)、Grey-Turner徴候(側腹部の皮下出血斑):重症急性膵炎、腹腔内・後腹膜出血。 ・肝濁音界消失:消化管穿孔によるfree air。画像では立位胸部X線で横隔膜下の遊離ガスを確認する。 ・腸雑音の亢進・金属音:機械的イレウス(初期)。減弱・消失:麻痺性イレウス、汎発性腹膜炎。 ・波動、移動性濁音:腹水。
腹壁静脈怒張の鑑別
・門脈圧亢進症:臍を中心に放射状(メドゥーサの頭)。血流は臍から遠ざかる方向。 ・下大静脈閉塞:側腹部優位。血流は下から上(頭側)へ。 ・上大静脈閉塞:胸壁・上腹部の静脈怒張。血流は上から下(尾側)へ。顔面・上肢の浮腫を伴う。
POINT
・Murphy徴候=急性胆嚢炎(吸気時の右季肋部痛で吸気が止まる)。 ・Courvoisier徴候=三管合流部より遠位の悪性胆道閉塞(膵頭部癌など)。胆嚢癌の典型所見ではない。 ・メドゥーサの頭=門脈圧亢進症。下大静脈閉塞では側腹部の静脈が下から上へ流れる。 ・汎発性腹膜炎では麻痺性イレウスで腸雑音は減弱・消失する。 ・消化管穿孔ではfree airにより肝濁音界が消失する(上昇ではない)。
