所見は「成り立ち」で覚える―Murphy徴候から読み解く腹部診察の基本
第116回医師国家試験 E問題 第6問
国試問題にチャレンジ
腹部診察所見と疾患の組合せで正しいのはどれか。
- a.筋性防御 ―― 急性膀胱炎
- b.Murphy徴候 ―― 急性胆嚢炎
- c.下腹部腫瘤 ―― 尿管結石
- d.腹壁静脈怒張 ―― 腹部大動脈瘤
- e.鼠径リンパ節腫大 ―― 停留精巣
対話形式の解説
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ドクターまとめ
腹部の診察所見は、どの臓器・構造の異常で生じるかという成り立ちから理解すると、組合せの正誤を論理的に判断できます。Murphy徴候は右季肋部を圧迫しながら深吸気させると、下降した炎症胆嚢が指に当たり痛みで吸気が止まる所見で、急性胆嚢炎に特徴的です。筋性防御は壁側腹膜に炎症が及んだ腹膜炎の所見で膀胱炎では通常みられず、尿管結石は触知されずに側腹部〜背部痛やCVA叩打痛を呈し、腹壁静脈怒張は門脈圧亢進症などの静脈側の所見で、腹部大動脈瘤は拍動性腫瘤として触れます。精巣のリンパは傍大動脈リンパ節へ流れるため、停留精巣で鼠径リンパ節腫大は生じません。ただし高齢者ではMurphy徴候が出にくいなど所見には限界があるため、超音波検査などと組み合わせて評価する姿勢が臨床では欠かせません。
解答・解説
正解はbです
本問は、代表的な腹部診察所見が「どのような病態で生じるか」を理解しているかを問う一般問題である。所見名と疾患名を丸暗記するのではなく、所見の成り立ち(どの臓器・どの構造の異常で生じるか)から組合せの妥当性を判断するとよい。
各所見の成り立ち
・筋性防御: 壁側腹膜に炎症が及んだときに、反射的に腹壁筋が緊張する腹膜刺激症状である。腹膜炎を示唆する。 ・Murphy(マーフィー)徴候: 炎症を起こした胆嚢が深吸気で下降し、右季肋部を圧迫している検者の指に当たって痛みが生じる現象である。胆嚢の炎症を示唆する。 ・下腹部腫瘤: 腫大した臓器や腫瘍、緊満した膀胱など、触知できる大きさの構造物が下腹部にあることを示す。 ・腹壁静脈怒張: 門脈圧亢進や下大静脈閉塞などで、腹壁の静脈が側副血行路として発達した状態である。 ・鼠径リンパ節腫大: 鼠径リンパ節に流入する領域(下肢、外陰部、肛門管下部、下腹壁の皮膚など)の感染・炎症・腫瘍で生じる。 このように所見の機序から考えると、胆嚢の炎症を反映するMurphy徴候と急性胆嚢炎の組合せのみが正しい。
選択肢考察
- ×a. 筋性防御 ―― 急性膀胱炎
誤り。筋性防御(muscular defense)は、炎症が壁側腹膜に及んだときに触診で腹壁筋が反射的に緊張する所見で、消化管穿孔、急性虫垂炎の進行例、腹腔内膿瘍などによる腹膜炎や、腹腔内出血でみられる。進行すると腹壁全体が板のように硬くなる板状硬となる。急性膀胱炎は膀胱粘膜に限局した炎症で、膀胱は大部分が腹膜外に位置することもあり、腹膜刺激症状は通常生じない。急性膀胱炎の主な症状は頻尿・排尿時痛・残尿感・恥骨上部の不快感などであり、発熱は伴わないのが原則である。
- ○b. Murphy徴候 ―― 急性胆嚢炎
正しい。Murphy徴候は、仰臥位で検者が右季肋部(右肋骨弓下)を手指で圧迫したまま患者に深く息を吸わせると、炎症のある胆嚢が下降して指に当たり、痛みのため吸気が途中で止まってしまう所見である。急性胆嚢炎に特徴的で、わが国でも用いられる急性胆管炎・胆嚢炎診療ガイドライン(Tokyo Guidelines 2018)の急性胆嚢炎診断基準では、局所の臨床徴候の一つとして挙げられている。高齢者などでは陽性にならないこともあるため、腹部超音波検査(胆嚢腫大、壁肥厚、胆嚢結石、超音波プローブで胆嚢を圧迫したときの圧痛=sonographic Murphy sign)と組み合わせて評価する。
- ×c. 下腹部腫瘤 ―― 尿管結石
誤り。尿管結石は数mm程度のことが多く、腹部の触診で腫瘤として触れることはない。尿管には腎盂尿管移行部、総腸骨動脈との交叉部、尿管膀胱移行部の3か所の生理的狭窄部があり、ここに結石が嵌頓すると尿流が妨げられて水腎症となり、片側の側腹部から背部の激痛(疝痛)、肋骨脊柱角(CVA)の叩打痛、血尿がみられる。下腹部腫瘤を触知する代表的な病態には、尿閉で緊満した膀胱、子宮筋腫や卵巣腫瘍、妊娠子宮、大腸癌などがある。
- ×d. 腹壁静脈怒張 ―― 腹部大動脈瘤
誤り。腹壁静脈怒張は、肝硬変などによる門脈圧亢進で臍傍静脈が再開通し、臍を中心に放射状に静脈が拡張したもの(メドゥーサの頭、caput medusae)が代表である。下大静脈閉塞(Budd-Chiari症候群など)でも側腹部の静脈が側副路として怒張し、この場合は血流が下から上へ向かう点で門脈圧亢進による怒張と区別される。腹部大動脈瘤では、臍周囲から上腹部にかけて拍動性の腫瘤を触知し、血管雑音(bruit)を聴取することがあるが、腹壁静脈怒張は生じない。
- ×e. 鼠径リンパ節腫大 ―― 停留精巣
誤り。停留精巣は、胎生期に腹腔内から陰嚢へ下降するはずの精巣が、腹腔内や鼠径管内などの下降経路の途中にとどまっている先天異常である。鼠径部に停留した精巣そのものが鼠径部の腫瘤として触れることはあるが、それはリンパ節腫大ではない。また、精巣のリンパは精巣血管に沿って傍大動脈リンパ節へ流れるため、精巣の病変で鼠径リンパ節が腫れることは原則としてない。鼠径リンパ節腫大は、下肢や外陰部の感染症(反応性腫大が最も多い)、性感染症、悪性リンパ腫、外陰癌・肛門管癌・陰茎癌の転移などでみられる。
主な腹部診察所見と代表的な疾患
・筋性防御、Blumberg徴候(反跳痛)、板状硬: 腹膜炎(消化管穿孔、急性虫垂炎、腹腔内膿瘍など) ・McBurney点の圧痛、Rovsing徴候: 急性虫垂炎 ・Murphy徴候: 急性胆嚢炎 ・Courvoisier徴候(無痛性に触知する腫大胆嚢と黄疸): 胆嚢管合流部より下流の総胆管閉塞。膵頭部癌、遠位胆管癌、乳頭部癌など ・Cullen徴候(臍周囲の皮下出血斑)、Grey-Turner徴候(側腹部の皮下出血斑): 重症急性膵炎など後腹膜・腹腔内出血 ・メドゥーサの頭(臍周囲の放射状の静脈怒張): 肝硬変などの門脈圧亢進症 ・拍動性腫瘤と血管雑音: 腹部大動脈瘤 ・肋骨脊柱角(CVA)叩打痛: 急性腎盂腎炎、尿管結石による水腎症
胆道感染症の主な徴候
・急性胆嚢炎: 右季肋部痛、Murphy徴候、発熱。超音波検査で胆嚢腫大・壁肥厚・胆嚢結石・胆嚢周囲の液体貯留などを確認する。 ・急性胆管炎: Charcot三徴(発熱、黄疸、右上腹部痛)。これにショックと意識障害を加えたものがReynolds五徴で、重症例を示す。ただしCharcot三徴が揃う例は多くない。
停留精巣
男児の先天異常として比較的頻度が高い。放置すると造精機能障害や精巣腫瘍の発生リスク上昇と関連するため、自然下降が期待しにくい場合は乳幼児期(おおむね1〜2歳ころまで)に精巣固定術を行う。
POINT
・Murphy徴候は右季肋部を圧迫しながら深吸気させると痛みで吸気が止まる所見で、急性胆嚢炎に特徴的である。 ・筋性防御は腹膜炎(壁側腹膜の炎症)の所見であり、膀胱炎では生じない。 ・尿管結石は触知されず、側腹部〜背部痛、CVA叩打痛、血尿を呈する。 ・腹壁静脈怒張(メドゥーサの頭)は門脈圧亢進症の所見。腹部大動脈瘤は拍動性腫瘤として触れる。 ・精巣のリンパは傍大動脈リンパ節へ流れ、鼠径リンパ節には流れない。
