StudyMed医師国家試験

かすれた声は縦隔からのサイン―大動脈下リンパ節と左反回神経の危うい距離

第111回医師国家試験 C問題 第16問

国試問題にチャレンジ

第111回 C問題 第16問

65歳の男性。胸部エックス線写真で異常陰影を認める。胸部CTで左上葉の径5cmの腫瘤を認め,大動脈下リンパ節は径6cmに腫大している。気管支鏡検査で左上葉の腫瘤は肺小細胞癌と診断された。  みられる可能性が高い症候はどれか。

  1. a.嗄声
  2. b.喘鳴
  3. c.縮瞳
  4. d.背部痛
  5. e.顔面浮腫

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は肺小細胞癌の症例だけれど、問われているのは診断ではなく「腫大したリンパ節がどこにあって、そのすぐそばを何が通っているか」という解剖の問題なんだ。病変の位置から、周囲のどの構造が圧迫されるかを推理してみよう。まず、腫大しているリンパ節の場所に注目してほしい。
医学生医学生
大動脈下リンパ節……正直、縦隔リンパ節の番号はCBTのときに丸暗記しただけで、位置のイメージがあいまいです。
ドクタードクター
多くの人がそうだよ。大動脈下リンパ節は肺癌取扱い規約で#5、別名「大動脈肺動脈窓リンパ節」と呼ばれる。大動脈弓のすぐ下、肺動脈幹との間にあるくぼみ、いわゆるAP windowに位置しているんだ。では、このAP windowを通る神経といえば何だろう。
医学生医学生
解剖実習で見た気がします……迷走神経の枝で、大動脈弓の下をくぐって上に戻っていく神経、左反回神経ですね。
ドクタードクター
その通り。左反回神経は迷走神経から分かれたあと、大動脈弓を前から後ろへ回り込むように反転し、気管と食道の間の溝を上行して喉頭に向かう。反転するポイントがまさにAP windowの近くなので、ここのリンパ節が6cmにも腫れれば、圧迫や浸潤を受けやすいわけだ。
医学生医学生
反回神経が障害されると声帯が動かなくなるから、声がかすれる、つまり嗄声ですね。
ドクタードクター
正解。片側の声帯が麻痺すると声門がきちんと閉じなくなって、息が漏れたようなかすれ声になる。誤嚥しやすくなることもある。だから最もみられる可能性が高いのは嗄声だ。ほかの選択肢も「どこに病変があれば起こるか」で整理しておこう。まず喘鳴はどうかな。
医学生医学生
喘鳴は気道が狭くなると出るので、リンパ節が気管を押せば起こりそうな気もしますが……。
ドクタードクター
いい疑問だね。確かに喘鳴は気管や主気管支といった中枢気道が腫瘍や腫大リンパ節で狭窄したときに出る。ただ、大動脈下リンパ節は大動脈弓の下で左外側寄りにあり、気管を直接締めつける位置ではない。今回、中枢気道狭窄を示す情報もないから、可能性は高くないと考える。
医学生医学生
縮瞳はHorner症候群の一部ですよね。肺尖部の腫瘍で起こると講義で習いました。
ドクタードクター
そう。Pancoast腫瘍、つまり肺尖部胸壁浸潤癌が頸部の交感神経幹、星状神経節あたりまで浸潤すると、縮瞳・眼瞼下垂・顔面の発汗低下が起こる。腕神経叢への浸潤で上肢の痛みやしびれを伴うことも多い。今回の病変は肺尖部ではないので、これも考えにくい。
医学生医学生
顔面浮腫は上大静脈症候群でしょうか。縦隔リンパ節が腫れているなら、こちらもあり得そうに思えます。
ドクタードクター
そこは左右がカギになる。上大静脈は縦隔の右側を走っているから、右上葉の腫瘍や右側の気管傍リンパ節の腫大で圧迫されやすい。左側の大動脈下リンパ節が上大静脈まで届く可能性は低いんだ。背部痛は、背側の胸膜・肋骨・椎体への浸潤や骨転移で起こるもの。小細胞癌は骨転移しやすいから実際に出ることはあるけれど、提示された病変の位置から最も起こりやすい症候とはいえない。
医学生医学生
病変の「左右」と「高さ」を解剖に当てはめれば、症候が予想できるということですね。
ドクタードクター
まさにそれ。もう一つ大事なのが、右の反回神経は右鎖骨下動脈で反転するという点だ。胸腔内を走る距離は左のほうがずっと長いから、左上葉の肺癌や縦隔リンパ節転移、さらに大動脈瘤でも左反回神経麻痺が起こりやすい。
医学生医学生
耳鼻咽喉科の実習で、嗄声の患者さんに胸部CTを撮っていたのはそういう理由だったんですね。喉そのものじゃなくて、胸の中に原因が隠れていることがあると。
ドクタードクター
いい経験をしているね。声帯麻痺を見つけたら、頸部から縦隔まで反回神経の走行全体を探すのが基本だ。最後に小細胞癌そのものの特徴も押さえておこう。喫煙と関係が深く、肺門や縦隔など中枢側にできやすい。増殖が速く、早期から脳・骨・肝・副腎へ転移しやすい。
医学生医学生
腫瘍マーカーはNSEとProGRPで、腫瘍随伴症候群も多いですよね。SIADHとか。
ドクタードクター
そう、神経内分泌腫瘍としての性格をもつから、SIADHによる低ナトリウム血症、異所性ACTH産生によるCushing症候群、Lambert-Eaton筋無力症候群などが出題の定番だ。病期は限局型と進展型に分けて考え、限局型では化学療法と胸部放射線療法の併用、進展型では化学療法に免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせることが多い。治療への反応はよいけれど再発しやすいのも特徴だね。

まとめ

大動脈下リンパ節(#5)は大動脈弓と肺動脈幹の間の大動脈肺動脈窓に位置し、その近くでは左反回神経が大動脈弓を回り込んで反転しているため、腫大すると左反回神経麻痺による嗄声をきたしやすくなります。左反回神経は大動脈弓、右反回神経は右鎖骨下動脈で反転し、胸腔内での走行が長い左側のほうが肺癌や大動脈瘤で障害されやすいのが特徴です。一方、喘鳴は中枢気道の狭窄、縮瞳はPancoast腫瘍によるHorner症候群、顔面浮腫は右側縦隔病変による上大静脈症候群、背部痛は胸壁浸潤や骨転移と、それぞれ別の部位への進展で生じます。肺小細胞癌では、早期転移やSIADH・Lambert-Eaton症候群などの腫瘍随伴症候群もあわせて押さえておきたいところです。病変の位置を解剖に当てはめて症候を予測する考え方は、胸部腫瘍の診療全般で役立ちます。

解答・解説

正解はaです

所見の整理

・65歳男性、胸部エックス線写真の異常陰影を契機に精査。 ・胸部CT:左上葉に径5cmの腫瘤、大動脈下リンパ節が径6cmに腫大。 ・気管支鏡検査:左上葉の腫瘤は肺小細胞癌。

病態の解釈

肺小細胞癌は増殖が速く、早期から縦隔リンパ節転移や遠隔転移をきたしやすい組織型である。原発巣と同じ左側の縦隔にある大動脈下リンパ節が6cmと著明に腫大していることから、リンパ節転移と考えるのが自然である(TNM分類では同側縦隔リンパ節転移として N2 に相当する)。

設問への考え方

本問は、腫大したリンパ節の「位置」から、周囲のどの構造が圧迫・浸潤を受けるかを解剖学的に推定させる問題である。大動脈下リンパ節(肺癌取扱い規約の #5、大動脈肺動脈窓リンパ節とも呼ばれる)は、大動脈弓の下方で肺動脈幹との間(大動脈肺動脈窓、AP window)に位置する。この部位には、迷走神経から分かれて大動脈弓(動脈管索の外側)を前方から後方へ回り込み、気管食道溝を上行して喉頭へ向かう左反回神経が走行している。したがって、このリンパ節が腫大すると左反回神経が圧迫・浸潤されて左声帯麻痺が起こり、嗄声を生じる可能性が高い。 他の選択肢は、それぞれ別の部位(中枢気道、肺尖部・頸部交感神経、上大静脈、胸壁・骨)への進展を前提とした症候であり、本症例の病変部位からは起こりやすいとはいえない。

選択肢考察

  1. ○a.  嗄声

    左反回神経は大動脈弓を前方から後方へくぐるように反転し、気管と食道の間の溝を上行して喉頭に至る。その反転部は大動脈下リンパ節の存在する大動脈肺動脈窓に近接しているため、6cmに腫大した転移リンパ節によって圧迫・浸潤されやすい。反回神経が障害されると同側の声帯が麻痺して声門が十分に閉じなくなり、かすれ声(嗄声)や誤嚥をきたす。左反回神経は右よりも胸腔内での走行が長いため、左上葉の肺癌や縦隔リンパ節転移、大動脈瘤などで麻痺を起こしやすい。したがって正しい。

  2. ×b.  喘鳴

    喘鳴(wheezes や stridor)は、気管や主気管支など中枢気道が腫瘍・腫大リンパ節で狭窄したときや、癌性リンパ管症を伴う場合などにみられる。本症例では腫瘤は左上葉にあり、腫大しているのは気管・主気管支を直接狭窄させにくい大動脈下リンパ節である。中枢気道狭窄を示す所見は提示されておらず、喘鳴が出現する可能性は高くない。したがって誤りである。

  3. ×c.  縮瞳

    縮瞳は、眼瞼下垂・顔面の発汗低下とともに Horner 症候群の一徴候である。肺癌では、肺尖部の腫瘍(Pancoast 腫瘍、肺尖部胸壁浸潤癌)が胸壁を越えて頸部交感神経幹(星状神経節など)に浸潤したときに生じる。本症例の病変は左上葉の腫瘤と大動脈下リンパ節であり、肺尖部から頸部交感神経への浸潤は示されていないため、縮瞳がみられる可能性は低い。したがって誤りである。

  4. ×d.  背部痛

    背部痛は、腫瘍が背側の壁側胸膜・肋骨・椎体に浸潤した場合や、骨転移(特に脊椎転移)をきたした場合にみられる。小細胞癌は骨転移を起こしやすく、背部痛が初発症状となることもあるが、本症例では胸壁浸潤や骨転移を示す所見は提示されておらず、提示された病変部位から最も起こりやすい症候とはいえない。したがって誤りである。

  5. ×e.  顔面浮腫

    顔面浮腫は、上大静脈が腫瘍や腫大リンパ節で圧迫・閉塞される上大静脈症候群の症状であり、顔面・頸部・上肢の浮腫、頸静脈や前胸部皮静脈の怒張を伴う。上大静脈は縦隔の右側を走行するため、右上葉の腫瘍や右側の縦隔リンパ節(気管傍リンパ節など)の腫大で起こりやすい。左側の大動脈下リンパ節の腫大で上大静脈が圧迫される可能性は低いため、誤りである。

肺癌の局所進展による症候と原因部位

・嗄声:左反回神経麻痺。大動脈下リンパ節(#5)、大動脈傍リンパ節(#6)の腫大、左上葉癌の縦隔浸潤など。右反回神経は鎖骨下動脈で反転するため、右肺尖部病変や頸部病変で障害される。 ・上大静脈症候群:右上葉癌や右側縦隔リンパ節の腫大による上大静脈の圧迫。顔面・上肢の浮腫、頸静脈・胸壁静脈の怒張。 ・Horner 症候群:肺尖部胸壁浸潤癌(Pancoast 腫瘍)による頸部交感神経幹への浸潤。縮瞳、眼瞼下垂、患側顔面の発汗低下。腕神経叢浸潤による上肢の疼痛・しびれを伴うことが多い。 ・横隔神経麻痺:縦隔浸潤による患側横隔膜の挙上、吃逆。 ・嚥下障害:縦隔リンパ節腫大による食道圧迫。 ・喘鳴・無気肺:中枢気道の狭窄。

肺小細胞癌の特徴

・肺癌の約1割強を占め、喫煙との関連が強く、肺門・縦隔など中枢側に発生しやすい。 ・増殖が速く早期から転移しやすい。脳・骨・肝・副腎への遠隔転移が多い。 ・神経内分泌腫瘍としての性格をもち、腫瘍マーカーとして NSE(神経特異エノラーゼ)、ProGRP(ガストリン放出ペプチド前駆体)が上昇する。 ・腫瘍随伴症候群を起こしやすい:抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)による低ナトリウム血症、異所性 ACTH 産生による Cushing 症候群、Lambert-Eaton 筋無力症候群(P/Q 型電位依存性カルシウムチャネルに対する自己抗体による近位筋優位の筋力低下)など。 ・病期は限局型(limited disease:病変が一側胸郭と所属リンパ節にとどまり、一つの放射線照射野に含められる範囲)と進展型(extensive disease)に分けて治療方針を立てることが多い。限局型では化学療法(プラチナ製剤+エトポシドなど)と胸部放射線療法の併用、進展型では化学療法に免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせた治療が中心となる。化学療法・放射線療法への感受性は高いが再発しやすい。

POINT

・大動脈下リンパ節(大動脈肺動脈窓)は左反回神経の走行部位に近く、腫大すると左反回神経麻痺による嗄声をきたす。 ・左反回神経は大動脈弓、右反回神経は右鎖骨下動脈で反転する。胸腔内走行が長い左のほうが障害されやすい。 ・肺癌の局所症候:嗄声(反回神経)、上大静脈症候群(右側縦隔病変)、Horner 症候群(肺尖部胸壁浸潤)。 ・小細胞癌は SIADH、異所性 ACTH 産生、Lambert-Eaton 症候群などの腫瘍随伴症候群が出題頻度の高い関連事項である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。