英文カルテが語る「左下腹部のpouches」―高齢者の急性腹症とS状結腸憩室炎
第111回医師国家試験 C問題 第17問
国試問題にチャレンジ
救急外来に日本語の話せない68歳の外国人男性が来院した。対応した臨床修練外国医師が診察と検査を行い記載した診療録の一部を示す。 Presenting complaint: Abdominal pain at the left lower quadrant. History of presenting complaint: Sudden onset of sharp pain at the left lower abdomen 3 days ago. Associated with nausea and chills. Examination: Temperature 37.2℃. No pallor or jaundice. Generalized abdominal distension with abdominal tenderness and localized rebound tenderness at the left lower quadrant. Bowel sounds are reduced. No tenderness or mass on rectal examination. Investigation: WBC count: 11,300/μL, CRP:9.8mg/dL CT:multiple small pouches with thickened bowel walls of the sigmoid colon. 診断はどれか。
- a.Crohn’s disease
- b.Sigmoid volvulus
- c.Acute appendicitis
- d.Sigmoid diverticulitis
- e.Meckel’s diverticulosis
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高齢者の急性左下腹部痛に発熱傾向や白血球増多・CRP上昇を伴う場合は、まずS状結腸憩室炎を疑い、CTで憩室と同部位の腸管壁肥厚を確認して診断します。限局した反跳痛は局所性腹膜炎を、腸蠕動音の減弱は炎症に伴う腸管運動の低下を示唆します。Crohn病は若年者の慢性経過、S状結腸軸捻転は著明な腹部膨満と閉塞症状、急性虫垂炎は右下腹部痛、Meckel憩室は小児に多い回腸の真性憩室であり、部位・年齢・経過で区別できます。急性期の内視鏡や注腸造影は穿孔の危険があるため避け、治療は合併症のない例では抗菌薬と腸管安静が基本です。英文カルテの基本用語を押さえつつ所見を日本語で再構成する力は、国際化する臨床現場でも欠かせません。
解答・解説
正解はdです
診療録の内容(和訳)
主訴:左下腹部痛。 現病歴:3日前に左下腹部の鋭い痛みが突然出現した。悪心と悪寒を伴う。 身体所見:体温37.2℃。貧血(蒼白)や黄疸はない。腹部は全体に膨満し、圧痛があり、左下腹部に限局した反跳痛を認める。腸蠕動音は減弱している。直腸診では圧痛も腫瘤も触れない。 検査:白血球11,300/μL、CRP 9.8 mg/dL。CTでS状結腸に多数の小さな袋状突出(pouches)と腸管壁の肥厚を認める。
所見の整理
1. 部位:痛みは左下腹部(left lower quadrant)に限局し、反跳痛も同部位に限局している。左下腹部に位置する腸管は主にS状結腸と下行結腸であり、病変の首座はこの領域と考えられる。 2. 経過と性状:3日前からの急性発症で、悪心・悪寒を伴う。白血球増多とCRP上昇があり、急性の炎症性疾患を示す。限局性の反跳痛は炎症が腹膜(壁側腹膜)に波及した局所性腹膜炎を意味する。腹部膨満と腸蠕動音の減弱は、炎症に伴う麻痺性イレウス(腸管の動きが低下した状態)を反映していると考えられる。 3. 画像:CTの「multiple small pouches」は結腸壁から外側へ突出した複数の憩室を、「thickened bowel walls」は炎症による腸管壁の肥厚を表す。憩室の存在と同部位の壁肥厚・炎症所見がそろえば、憩室炎と判断できる。
診断へのプロセス
高齢者の急性左下腹部痛+発熱・炎症反応上昇では、まず左側結腸の憩室炎を考える。CTで憩室と壁肥厚を同部位に確認できたことで、S状結腸憩室炎と診断される。腸閉塞を示すような著明な腸管拡張や捻転像(coffee bean sign、whirl sign)の記載はなく、右下腹部の所見や小腸の病変も記載されていないことから、他の選択肢は合わない。 本問は、外国人医師が英語で記載した診療録を読み取る能力も問われている。presenting complaint(主訴)、history of presenting complaint(現病歴)、rebound tenderness(反跳痛)、bowel sounds(腸蠕動音)、rectal examination(直腸診)など、英文カルテの基本用語を理解しておく必要がある。
選択肢考察
- ×a. Crohn’s disease
Crohn病。若年者(10~20歳代)に好発し、腹痛・下痢・体重減少・肛門病変(痔瘻など)が数か月以上にわたって慢性に続くのが典型である。病変は回盲部に多く、CTでは非連続性の腸管壁肥厚や瘻孔・膿瘍を示すことがある。68歳で3日前に突然発症した経過、肛門・直腸所見の欠如、CTで憩室を認める点は合致しない。
- ×b. Sigmoid volvulus
S状結腸軸捻転。長く過長したS状結腸が腸間膜を軸にねじれる病態で、高齢者・寝たきり・慢性便秘の患者に多い。症状は著明な腹部膨満、排便・排ガスの停止、嘔吐などの閉塞症状が中心で、腹部X線で拡張したS状結腸が逆U字状(coffee bean sign)に見え、CTでは腸間膜のねじれ(whirl sign)を認める。本例のCTはS状結腸の憩室と壁肥厚であり、捻転や閉塞の像ではない。
- ×c. Acute appendicitis
急性虫垂炎。典型的には心窩部痛で始まり、数時間かけて右下腹部(McBurney点)に痛みが移動する。虫垂は右下腹部にあるため、左下腹部に限局した圧痛・反跳痛は通常説明できない(内臓逆位などの特殊例を除く)。CT所見もS状結腸の病変を示しており、虫垂の腫大や周囲の炎症は記載されていない。
- ○d. Sigmoid diverticulitis
S状結腸憩室炎。高齢者の急性左下腹部痛、発熱傾向・悪寒、白血球増多とCRP上昇、左下腹部に限局した反跳痛(局所性腹膜炎)という臨床像に加え、CTでS状結腸に多発する袋状突出(憩室)と腸管壁の肥厚を認めることから診断できる。S状結腸の憩室は加齢とともに増え、高齢者の左下腹部痛の代表的原因である。
- ×e. Meckel’s diverticulosis
Meckel憩室。胎生期の卵黄腸管(臍腸管)が遺残してできる真性憩室で、回盲弁から口側おおよそ60~100 cmの回腸の腸間膜付着部対側に存在する。多くは無症状で、症状が出るのは主に小児期であり、異所性胃粘膜による無痛性の下血、腸重積、憩室炎(右下腹部痛で虫垂炎に類似)などを起こす。病変部位は回腸であり、S状結腸の多発憩室を示す本例のCT所見とは合わない。年齢的にも考えにくい。
大腸憩室症と憩室炎
大腸憩室の多くは、腸管壁の筋層の弱い部分(血管が貫通する部位)から粘膜・粘膜下層が外へ押し出された仮性憩室である。腸管内圧の上昇(低繊維食、便秘)や加齢による壁の脆弱化が成因とされる。 ・部位:欧米ではS状結腸(左側)が大多数を占める。日本ではかつて右側結腸(上行結腸)が多かったが、高齢化と食生活の欧米化により左側の憩室が増えている。右側は比較的若年、左側は高齢者に多い傾向がある。 ・合併症:憩室炎(憩室内に糞石などがたまり、細菌感染を起こす)と憩室出血(無痛性の大量下血)が二大合併症である。憩室炎は穿孔、膿瘍形成、瘻孔(結腸膀胱瘻による気尿・糞尿など)、狭窄を起こしうる。
憩室炎の診断
・症状:憩室の部位に一致した腹痛・圧痛、発熱。S状結腸なら左下腹部、上行結腸なら右下腹部(虫垂炎との鑑別が問題になる)。 ・検査:白血球増多、CRP上昇。診断と重症度評価には造影CTが最も有用で、憩室、腸管壁肥厚、周囲脂肪織の濃度上昇(dirty fat sign)、膿瘍や遊離ガスの有無を評価する。 ・急性期の注腸造影や大腸内視鏡は、送気・加圧で穿孔を起こす危険があるため避け、炎症が落ち着いてから悪性腫瘍の除外などを目的に行う。
治療
・合併症のない軽症例:腸管安静(絶食・食事制限)、輸液、抗菌薬(グラム陰性桿菌と嫌気性菌を対象)による保存的治療が基本。軽症では外来治療や抗菌薬を使わない管理も選択肢とされる。 ・膿瘍形成:小さければ抗菌薬、大きければ経皮的ドレナージを考慮する。 ・穿孔による汎発性腹膜炎、保存的治療に反応しない例、狭窄・瘻孔:手術(病変腸管切除、状況によりHartmann手術など)。
左下腹部痛の主な鑑別
S状結腸憩室炎、虚血性大腸炎(腹痛後の下血)、S状結腸軸捻転、大腸癌(閉塞・穿孔)、感染性腸炎、尿管結石、女性では卵巣・卵管疾患(卵巣茎捻転、異所性妊娠など)。
POINT
・高齢者の急性左下腹部痛+発熱・炎症反応上昇では、まずS状結腸憩室炎を疑う。 ・診断と重症度評価には造影CTが有用(憩室、壁肥厚、周囲脂肪織濃度上昇、膿瘍・遊離ガス)。急性期の内視鏡・注腸造影は穿孔の危険があり避ける。 ・Meckel憩室は回腸の真性憩室で小児に多い。急性虫垂炎は右下腹部、S状結腸軸捻転は著明な腹部膨満と閉塞症状が主体。 ・英文カルテの基本用語(presenting complaint、rebound tenderness、bowel sounds、rectal examination など)を読めるようにしておく。
