標的は皮膚にもいる―EGFR阻害薬で「にきび」が出るわけ
第120回医師国家試験 A問題 第6問
国試問題にチャレンジ
EGFR遺伝子変異陽性の進行肺腺癌に対する治療薬であるEGFRチロシンキナーゼ阻害薬の有害事象で頻度が高いのはどれか。
- a.脱毛
- b.貧血
- c.蛋白尿
- d.副腎不全
- e.痤瘡様皮疹
対話形式の解説
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ドクターまとめ
EGFRは腫瘍細胞だけでなく、表皮基底細胞・毛包・皮脂腺・爪周囲・消化管上皮にも発現しているため、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬では痤瘡様皮疹、皮膚乾燥、爪囲炎などの皮膚障害と下痢が高頻度に起こります。痤瘡様皮疹は投与開始後1〜2週ほどで出現することが多く、保湿やステロイド外用薬、テトラサイクリン系抗菌薬で対処しながら治療を継続するのが一般的です。一方、脱毛や貧血は殺細胞性抗癌薬、蛋白尿はVEGF経路阻害薬、副腎不全は免疫チェックポイント阻害薬に特徴的な有害事象であり、薬剤の系統と有害事象を対応づけて整理することが大切です。頻度は低いものの致死的になりうる間質性肺疾患には常に注意し、咳嗽や呼吸困難が出たら直ちに休薬して評価します。標的分子の正常組織での役割から有害事象を予測する考え方は、次々に登場する分子標的薬を理解するうえでの基礎になります。
解答・解説
正解はeです
問われていること
EGFR(上皮成長因子受容体:epidermal growth factor receptor)遺伝子変異陽性の非小細胞肺癌に使う分子標的薬、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)の有害事象のうち、頻度の高いものを選ぶ問題である。
考え方
分子標的薬の有害事象は、標的分子が正常組織のどこに存在し、どのような働きをしているかから推測できる。EGFRは腫瘍細胞だけでなく、皮膚の表皮基底細胞・毛包・皮脂腺、爪の周囲の組織、消化管粘膜上皮などにも発現し、上皮細胞の増殖・分化の維持に関わっている。EGFR-TKIでこのシグナルが遮断されると、表皮の角化異常、毛包の炎症、皮膚の菲薄化・乾燥が起こる。その結果、痤瘡様皮疹(ざそうようひしん:にきびに似た毛包一致性の丘疹・膿疱)、皮膚乾燥・掻痒、爪囲炎(爪の周囲の炎症)といった皮膚障害が非常に高い頻度で出現する。消化管上皮の障害による下痢、口内炎も代表的である。 したがって「EGFR-TKIといえば皮膚障害(特に痤瘡様皮疹)と下痢」と押さえておけば正解に到達できる。一方、他の選択肢は、殺細胞性抗癌薬、血管内皮増殖因子(VEGF)経路の阻害薬、免疫チェックポイント阻害薬といった別系統の薬剤に特徴的な有害事象であり、薬剤の種類と有害事象の対応を整理しておくことが鑑別の鍵になる。
選択肢考察
- ×a. 脱毛
高度の脱毛は、細胞分裂が盛んな毛母細胞を傷害する殺細胞性抗癌薬(タキサン系、アントラサイクリン系など)に典型的である。EGFR-TKIでも毛髪が細くなる、縮れる、睫毛が長くなる(睫毛貧毛ではなく睫毛延長)などの毛髪変化がみられることはあるが、目立つ脱毛の頻度は皮膚障害と比べて明らかに低い。
- ×b. 貧血
貧血を含む骨髄抑制は、造血幹細胞・前駆細胞の分裂を阻害する殺細胞性抗癌薬(プラチナ製剤、ペメトレキセドなど)で起こりやすい有害事象である。EGFR-TKIは骨髄抑制が軽く、貧血はその特徴的な有害事象ではない。
- ×c. 蛋白尿
蛋白尿は、ベバシズマブ(抗VEGF抗体)やラムシルマブ(抗VEGF受容体2抗体)などVEGF経路を阻害する血管新生阻害薬の代表的な有害事象である。VEGFは腎糸球体のポドサイトから分泌され糸球体内皮細胞の維持に働くため、これを阻害すると糸球体障害が起こり蛋白尿や高血圧を生じる。EGFR-TKIでは特徴的ではない。
- ×d. 副腎不全
副腎不全(副腎皮質機能低下症)は、抗PD-1抗体・抗PD-L1抗体・抗CTLA-4抗体などの免疫チェックポイント阻害薬で起こる免疫関連有害事象(irAE)として知られる。下垂体炎に伴う続発性副腎不全や原発性副腎炎による。EGFR-TKIの有害事象としては典型的でない。
- ○e. 痤瘡様皮疹
EGFRは表皮基底細胞や毛包・皮脂腺に発現しており、その阻害により角化異常と毛包の炎症が生じ、顔面・頭皮・前胸部・背部などの脂漏部位に毛包一致性の紅色丘疹や膿疱が出現する。これが痤瘡様皮疹であり、EGFR-TKIで最も頻度の高い有害事象の一つで、多くの患者に出現する。通常は投与開始後1〜2週程度で出現し、保湿、ステロイド外用薬、ミノサイクリンなどのテトラサイクリン系抗菌薬内服で対処しながら治療を継続することが多い。
EGFR-TKIの概要
EGFR遺伝子変異(エクソン19欠失、エクソン21 L858R点変異が代表)をもつ非小細胞肺癌、特に腺癌に用いられる。日本人・女性・非喫煙者で変異陽性率が高い。第1世代:ゲフィチニブ、エルロチニブ。第2世代:アファチニブ、ダコミチニブ。第3世代:オシメルチニブ(耐性変異T790Mにも有効で、現在は初回治療の中心)。
EGFR-TKIの主な有害事象
・皮膚障害:痤瘡様皮疹、皮膚乾燥・掻痒、爪囲炎、毛髪の変化 ・消化器症状:下痢(第2世代のアファチニブで特に多い)、口内炎 ・肝機能障害(AST・ALT上昇) ・間質性肺疾患:頻度は数%程度と高くはないが、致死的になりうる最も重要な重篤有害事象である。日本人での発症が比較的多いとされ、乾性咳嗽・呼吸困難・発熱が出現したら直ちに休薬し胸部CTで評価する。 ・オシメルチニブではQT延長、心機能低下にも注意する。
薬剤の系統ごとに特徴的な有害事象
・殺細胞性抗癌薬:骨髄抑制(貧血・好中球減少・血小板減少)、脱毛、悪心・嘔吐、粘膜炎 ・VEGF経路阻害薬(ベバシズマブ、ラムシルマブなど):高血圧、蛋白尿、出血、血栓塞栓症、消化管穿孔、創傷治癒遅延 ・免疫チェックポイント阻害薬:免疫関連有害事象(間質性肺炎、大腸炎、甲状腺機能異常、下垂体炎、副腎不全、1型糖尿病、肝炎、皮膚炎など) ・ALK阻害薬:視覚障害(クリゾチニブ)、消化器症状、肝機能障害など ・抗EGFR抗体(セツキシマブ、パニツムマブ:大腸癌などで使用):EGFR-TKIと同様に痤瘡様皮疹・爪囲炎、加えて低マグネシウム血症
POINT
・EGFRは皮膚・毛包・爪周囲・消化管上皮に発現するため、EGFR-TKIでは痤瘡様皮疹・皮膚乾燥・爪囲炎などの皮膚障害と下痢の頻度が高い。 ・頻度は低いが最も注意すべき重篤な有害事象は間質性肺疾患である。 ・蛋白尿・高血圧はVEGF阻害薬、副腎不全・甲状腺機能異常などはirAE(免疫チェックポイント阻害薬)、脱毛・貧血などの骨髄抑制は殺細胞性抗癌薬、と系統ごとに対応づけて覚える。
