StudyMed医師国家試験

「ものが2つに見える」は飲酒歴を聞くサイン―Wernicke脳症と複視

第120回医師国家試験 A問題 第7問

国試問題にチャレンジ

第120回 A問題 第7問

アルコール多飲に伴う神経障害の訴えで特徴的なのはどれか。

  1. a.「顔が痛い」
  2. b.「飲み込みづらい」
  3. c.「目が閉じにくい」
  4. d.「耳が聞こえづらい」
  5. e.「ものが2つに見える」

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、アルコール多飲に伴う神経障害で患者さんがどんな訴えをするかを問う問題だ。選択肢はどれも脳神経の症状なので、それぞれがどの神経の障害を表しているか、そしてアルコールとどうつながるかを考えるのが着眼点だよ。
医学生医学生
アルコールと神経といえば、まず末梢神経障害の手足のしびれが思い浮かびますが、選択肢にはないですね。
ドクタードクター
いいところに気づいたね。多発ニューロパチーも確かに大事だけど、今回は脳神経の症状から選ぶ必要がある。そこで考えたいのが、アルコール多飲者に起こりやすいビタミン欠乏だ。何が足りなくなりやすいかな。
医学生医学生
ビタミンB1です。生化学の講義で、チアミンがピルビン酸脱水素酵素の補酵素だと習いました。
ドクタードクター
その通り。偏った食事、吸収の低下、肝臓での貯蔵の低下などが重なってB1が欠乏しやすい。B1が不足するとエネルギー需要の高い脳の一部、たとえば乳頭体や視床内側、中脳水道周囲が障害される。これがWernicke脳症だね。三徴は言えるかな。
医学生医学生
意識障害、眼球運動障害、小脳性運動失調です。CBTの前に語呂で覚えました。
ドクタードクター
完璧だ。このうち眼球運動障害が今回の鍵になる。外転神経麻痺や注視麻痺、眼振が起こり、左右の目の向きがずれるので、患者さんは「ものが2つに見える」、つまり複視を訴える。これが正解だよ。
医学生医学生
なるほど、三徴の一つを患者さんの言葉に置き換えた形なんですね。では「顔が痛い」はどう考えればいいですか。
ドクタードクター
顔面の痛みは三叉神経領域の症状で、三叉神経痛や帯状疱疹、副鼻腔炎、歯の病気などが原因になる。アルコール多飲に特徴的な訴えではないね。
医学生医学生
「飲み込みづらい」はどうでしょう。アルコール多飲の人は低ナトリウム血症になりやすいと聞いたので、少し迷いました。
ドクタードクター
鋭いね。低ナトリウム血症を急速に補正すると浸透圧性脱髄症候群が起こり、偽性球麻痺で嚥下障害が出ることはある。ただそれは補正に伴う合併症で、アルコールそのものによる典型的な神経障害とはいえない。嚥下障害は一般に球麻痺や偽性球麻痺、ALS、重症筋無力症などで考える症状だよ。
医学生医学生
「目が閉じにくい」は眼輪筋なので顔面神経ですね。脳神経内科の実習でBell麻痺の患者さんを診ました。
ドクタードクター
そう、閉眼困難は顔面神経麻痺を示唆する。Bell麻痺やRamsay Hunt症候群、重症筋無力症などが代表だ。「耳が聞こえづらい」は内耳神経や内耳の障害で、Ménière病、突発性難聴、聴神経腫瘍、アミノグリコシド系抗菌薬による難聴などを考える。どちらもアルコールとの結びつきは弱いね。
医学生医学生
複視は片目を隠すと消えるかどうかも大事でしたよね。
ドクタードクター
よく覚えていたね。片眼を覆うと消えるなら両眼性複視で、眼球運動障害を考える。片眼でも二重に見えるなら乱視や白内障など眼球自体の問題だ。Wernicke脳症の複視は両眼性だよ。
医学生医学生
救急外来でWernicke脳症を疑ったら、どう対応すればいいですか。
ドクタードクター
ここが臨床で一番大切なところだ。ビタミンB1を十分量、速やかに静注する。低血糖があってもブドウ糖だけを先に入れるのは避けること。糖代謝でB1がさらに消費されて悪化しうるからね。それに三徴がすべてそろうのは一部の患者さんだけなので、そろうのを待たずに疑うことが大事だ。
医学生医学生
治療が遅れると、Korsakoff症候群に移行してしまうんですよね。
ドクタードクター
その通り。前向性健忘や作話を特徴とする健忘症候群で、後遺症として残りやすい。ほかにもアルコール関連では、手袋靴下型の多発ニューロパチー、小脳虫部の萎縮による体幹失調、脳梁が障害されるMarchiafava-Bignami病、泥酔して腕を圧迫したまま眠って起こる橈骨神経麻痺なども押さえておこう。飲酒歴のある人が「ものが2つに見える」と言ったら、まずWernicke脳症を思い浮かべてほしい。

まとめ

アルコール多飲者は食事の偏りや吸収低下などでビタミンB1(チアミン)が欠乏しやすく、乳頭体や視床内側、中脳水道周囲が障害されるWernicke脳症を起こします。三徴は意識障害、眼球運動障害、小脳性運動失調で、外転神経麻痺や注視麻痺による両眼性複視、つまり「ものが2つに見える」という訴えが特徴的です。顔面痛は三叉神経、嚥下困難は下部脳神経や延髄、閉眼困難は顔面神経、難聴は内耳神経の障害を示唆し、いずれもアルコール多飲に特徴的とはいえません。Wernicke脳症を疑ったら三徴がそろうのを待たずにビタミンB1を速やかに静注し、ブドウ糖だけを先に投与するのは避けます。治療が遅れるとKorsakoff症候群が残りうるため、飲酒歴と複視を結びつけて考えることは救急診療でも重要です。

解答・解説

正解はeです

問われていること

慢性的な大量飲酒(アルコール多飲)に関連して起こる神経障害のうち、患者の訴え(自覚症状)として特徴的なものを選ぶ問題である。選択肢はいずれも脳神経領域の症状であり、それぞれがどの脳神経・どの疾患を示唆するかを考え、アルコールとの関連が強いものを選ぶ。

考え方

アルコール多飲者は、食事摂取の偏り、消化管からの吸収低下、肝臓での貯蔵低下、アルコール代謝による消費増大などによりビタミンB1(チアミン)が欠乏しやすい。チアミンはピルビン酸脱水素酵素やα-ケトグルタル酸脱水素酵素などの補酵素であり、欠乏するとエネルギー需要の高い脳の特定部位(乳頭体、視床内側、中脳水道周囲灰白質、第三・第四脳室周囲)が障害される。これがWernicke(ウェルニッケ)脳症である。 Wernicke脳症の古典的三徴は、①意識障害(せん妄・注意障害などの精神症状)、②眼球運動障害、③小脳性運動失調(失調性歩行)である。眼球運動障害は外転神経麻痺(両側性のことが多い)、注視麻痺、眼振などとして現れ、両眼の視軸がずれるために患者は「ものが2つに見える」(複視)と訴える。したがって、アルコール多飲に伴う神経障害の訴えとして最も特徴的なのは複視である。 その他の選択肢(顔面痛、嚥下困難、閉眼困難、難聴)は、三叉神経・下部脳神経・顔面神経・内耳神経などの障害を示唆するが、いずれもアルコール多飲に特徴的な神経障害の症状とはいえない。

選択肢考察

  1. ×a.  「顔が痛い」

    顔面の痛みは三叉神経領域の症状であり、三叉神経痛(血管による神経根の圧迫が多い)、帯状疱疹および帯状疱疹後神経痛、副鼻腔炎、歯科疾患、心理的要因による疼痛などが原因となる。アルコール多飲に伴う神経障害として特徴的な訴えではない。

  2. ×b.  「飲み込みづらい」

    嚥下困難は、舌咽神経・迷走神経・舌下神経などの下部脳神経や延髄の障害による球麻痺、両側の皮質延髄路障害による偽性球麻痺、脳血管障害、筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患、重症筋無力症などで起こる。また、器質的異常がないのに咽頭のつかえ感を訴える心因性のもの(いわゆるヒステリー球)もある。アルコール多飲に特徴的な訴えではない(低ナトリウム血症の急速補正による浸透圧性脱髄症候群で偽性球麻痺を生じることはあるが、これはアルコールそのものによる典型的な神経障害とはいえない)。

  3. ×c.  「目が閉じにくい」

    閉眼は顔面神経支配の眼輪筋が担うため、閉眼困難(兎眼)は顔面神経麻痺(Bell麻痺、Ramsay Hunt症候群など)を示唆する。重症筋無力症でも眼輪筋の筋力低下がみられる。アルコール多飲に伴う神経障害として特徴的ではなく、酩酊時にはむしろ眼瞼が下がって目を開けにくくなる。

  4. ×d.  「耳が聞こえづらい」

    難聴は内耳神経(蝸牛神経)や内耳の障害による。原因としてMénière病、突発性難聴、聴神経腫瘍、加齢性難聴、騒音性難聴、薬剤性難聴(アミノグリコシド系抗菌薬など)、心因性難聴などがある。アルコール多飲に伴う神経障害として特徴的ではない。

  5. ○e.  「ものが2つに見える」

    両眼で見たときにものが2つに見える両眼性複視は、眼球運動障害により左右の視軸がずれることで生じる。アルコール多飲者ではビタミンB1欠乏によるWernicke脳症が起こりやすく、外転神経麻痺や注視麻痺、眼振などの眼球運動障害を三徴の一つとする。そのため複視はアルコール多飲に伴う神経障害の特徴的な訴えである。Wernicke脳症を疑えば、ブドウ糖投与より先に(あるいは同時に)ビタミンB1を十分量静注することが重要である。

アルコール多飲に関連する主な神経障害

・Wernicke脳症:ビタミンB1欠乏。意識障害・眼球運動障害・小脳性運動失調が三徴(三徴すべてがそろうのは一部のみ)。MRIで乳頭体、視床内側、中脳水道周囲に病変。ビタミンB1の静注で治療し、ブドウ糖のみを先に投与すると増悪しうる。 ・Korsakoff症候群:Wernicke脳症の後遺症として起こる健忘症候群。前向性健忘、逆向性健忘、見当識障害、作話が特徴。 ・アルコール性多発ニューロパチー:ビタミンB1などの栄養障害とアルコールの直接毒性による。両下肢遠位優位の手袋靴下型の感覚障害(しびれ、灼熱痛)、アキレス腱反射低下。 ・アルコール性小脳変性症:小脳虫部上部の萎縮により、体幹失調・失調性歩行が目立つ。 ・Marchiafava-Bignami病:脳梁の脱髄・壊死。意識障害、認知機能障害など。 ・浸透圧性脱髄症候群(橋中心髄鞘崩壊症を含む):低ナトリウム血症の急速補正で起こる。アルコール多飲者・低栄養者がリスク群。四肢麻痺、構音障害・嚥下障害(偽性球麻痺)など。 ・ペラグラ(ナイアシン欠乏):皮膚炎、下痢、認知症。 ・アルコール離脱症候群:振戦、発汗、けいれん発作、振戦せん妄(幻視、自律神経症状)。 ・その他:圧迫性橈骨神経麻痺(泥酔して上腕を圧迫したまま眠ることで起こる下垂手、いわゆるSaturday night palsy)、アルコール性ミオパチー、肝性脳症(肝硬変に伴う)。

複視の考え方

片眼を覆うと消える複視は両眼性で、眼球運動障害(動眼・滑車・外転神経麻痺、重症筋無力症、甲状腺眼症、眼窩病変、脳幹病変など)を考える。片眼でも見える単眼性複視は乱視・白内障など眼球自体の問題である。

POINT

・アルコール多飲 → ビタミンB1欠乏 → Wernicke脳症(意識障害・眼球運動障害・小脳性運動失調の三徴)。 ・眼球運動障害(外転神経麻痺、注視麻痺、眼振)により「ものが2つに見える(複視)」と訴える。 ・治療はビタミンB1の速やかな静注。ブドウ糖単独の先行投与は避ける。 ・後遺症のKorsakoff症候群(健忘・作話)、手袋靴下型の多発ニューロパチー、小脳変性症もアルコール関連神経障害として重要。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。