「一直線に歩けない」は小脳のサイン―アルコール依存症の神経所見を部位で仕分ける
第120回医師国家試験 D問題 第8問
国試問題にチャレンジ
アルコール依存症でみられる神経学的所見のうち,小脳失調の所見はどれか。
- a.外眼筋麻痺
- b.記銘力障害
- c.つぎ足歩行不能
- d.Romberg徴候陽性
- e.手袋靴下型感覚障害
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
アルコール依存症では脳幹、記憶の回路、小脳、末梢神経が障害され、所見を責任部位ごとに仕分けることが重要です。小脳虫部が障害されると体幹失調が生じ、支持基底面の狭いつぎ足歩行ができなくなります。一方、Romberg徴候陽性は深部感覚障害による感覚性失調を示し、小脳失調では開眼時から不安定なため陰性が典型です。外眼筋麻痺はWernicke脳症(脳幹神経核)、記銘力障害はKorsakoff症候群(乳頭体・視床背内側核)、手袋靴下型感覚障害はアルコール性ニューロパチーの所見です。失調の種類を診察手技で見分ける力と、Wernicke脳症へのチアミン投与を急ぐ判断は、救急や一般外来でもそのまま役立ちます。
解答・解説
正解はcです
アルコール依存症では、中枢神経から末梢神経までさまざまな部位が障害され、多彩な神経症状が現れる。本問は、それらの所見のうち「小脳の障害によって生じる所見」を選ぶ問題である。
アルコール依存症でみられる主な神経障害と責任部位
・Wernicke脳症(チアミン欠乏):眼球運動障害(外眼筋麻痺・眼振)、失調性歩行、意識障害の三徴。脳幹(眼球運動にかかわる神経核)、第三脳室・中脳水道周囲、乳頭体、小脳虫部などが障害される。 ・Korsakoff症候群:Wernicke脳症に続発することが多く、記銘力障害、作話、見当識障害が中心。乳頭体や視床背内側核の障害による。 ・アルコール性小脳変性症:小脳虫部の前上部が優位に萎縮し、体幹失調・歩行失調が目立つ。四肢、特に上肢の協調運動障害は比較的軽い。 ・アルコール性多発ニューロパチー:四肢遠位優位の感覚障害(手袋靴下型)、深部感覚障害、腱反射低下。
考え方
「ふらついて歩けない」という症状は、小脳性失調・感覚性失調(深部感覚障害)・前庭性失調のいずれでも生じうる。したがって「どの診察手技が、どの系統の障害を示すか」を区別できるかが問われている。小脳虫部の障害では体幹のバランスが保てず、開脚した不安定な歩行となり、一直線上を歩くつぎ足歩行(tandem gait)ができなくなる。一方、Romberg徴候は視覚による代償を外したときに悪化するかをみる手技で、深部感覚障害(感覚性失調)を示す所見である。この区別ができれば正解に到達できる。
選択肢考察
- ×a. 外眼筋麻痺
Wernicke脳症の三徴の一つである。チアミン欠乏により脳幹の動眼神経核・外転神経核や内側縦束(MLF)などが障害されて生じ、外転神経麻痺が特に多い。眼振を伴うこともある。脳幹の神経核や伝導路の障害による所見であり、小脳失調の所見ではない。
- ×b. 記銘力障害
新しいことを覚えられない前向性健忘は、Korsakoff症候群の中核症状である。作話や見当識障害を伴うことが多い。乳頭体や視床背内側核など、記憶にかかわる回路(Papezの回路など)の障害によるもので、小脳失調とは関係しない。
- ○c. つぎ足歩行不能
つぎ足歩行(tandem gait)は、一方の足のかかとを他方の足のつま先につけながら、綱渡りのように一直線上を歩かせる検査である。支持基底面が狭くなるため、体幹の平衡機能をみるのに鋭敏である。小脳虫部は脊髄小脳路や前庭神経核から姿勢・平衡の情報を受けて体幹の協調運動を調節しており、ここが障害されると体幹失調が起こり、つぎ足歩行ができなくなる。アルコール性小脳変性症は虫部前上部が優位に障害されるため、四肢の失調に比べて歩行障害・体幹失調が目立つ。Wernicke脳症の失調性歩行も主に小脳虫部の障害による。したがって小脳失調の所見として最も適切である。
- ×d. Romberg徴候陽性
Romberg徴候は、両足をそろえて立たせ、開眼では立てるが閉眼すると著しく動揺・転倒する状態を陽性とする。開眼時は視覚で位置覚の不足を補えるが、閉眼でその代償がなくなるために生じる。脊髄後索や末梢神経(大径線維)の障害による深部感覚障害、すなわち感覚性失調を示す所見である。アルコール性ニューロパチーで陽性となりうるが、小脳失調の所見ではない。小脳失調では開眼時から立位が不安定で、閉眼しても動揺はあまり増悪しないため、Romberg徴候は陰性となるのが典型である。
- ×e. 手袋靴下型感覚障害
四肢の遠位ほど強い感覚障害(手袋靴下型)は、長い神経線維から障害される長さ依存性の多発ニューロパチーの特徴である。アルコール性ニューロパチー(アルコールの直接毒性やビタミンB1などの栄養欠乏が関与)でみられ、しびれや灼熱痛を伴うことが多い。末梢神経の障害であり、小脳失調の所見ではない。
失調の3つのタイプの鑑別
・小脳性失調:開脚歩行、つぎ足歩行不能、指鼻試験・踵膝試験の拙劣、測定障害、反復拮抗運動障害、断綴性言語、眼振。Romberg徴候は陰性(開眼時からすでに不安定)。 ・感覚性失調(脊髄後索・末梢神経):位置覚・振動覚の低下、Romberg徴候陽性、足元を見ながら踵を打ちつけるように歩く。暗所で悪化する。 ・前庭性失調:回転性めまい、眼振、障害側への偏倚。Romberg試験で障害側に倒れることがある。
Wernicke脳症とKorsakoff症候群
どちらもチアミン(ビタミンB1)欠乏による。原因はアルコール依存症が最も多いが、妊娠悪阻、摂食障害、胃切除後、長期の経静脈栄養なども原因となる。Wernicke脳症は急性に発症し、三徴(眼球運動障害、失調性歩行、意識障害)がそろうのは一部の症例にとどまる。MRIでは乳頭体、視床内側、中脳水道周囲などにT2/FLAIR高信号を認める。治療はチアミンの速やかな静脈投与であり、ブドウ糖を先に単独投与すると症状を悪化させるおそれがあるため、ブドウ糖投与前またはと同時にチアミンを補う。治療が遅れると、Wernicke脳症からKorsakoff症候群に移行し、健忘が後遺症として残りやすい。両者を連続した病態としてWernicke-Korsakoff症候群とよぶ。
アルコール性小脳変性症
長期の大量飲酒者にみられ、小脳虫部前上部の萎縮を特徴とする。歩行・立位の失調が主体で、下肢の失調は比較的目立つが、上肢の失調や構音障害、眼振は軽いことが多い。栄養欠乏(特にチアミン)の関与が考えられている。
POINT
・つぎ足歩行不能は体幹失調(小脳虫部の障害)を示す所見である。 ・Romberg徴候陽性は感覚性失調(深部感覚障害)を示し、小脳失調では陰性が典型である。 ・外眼筋麻痺はWernicke脳症(脳幹神経核の障害)、記銘力障害はKorsakoff症候群(乳頭体・視床背内側核の障害)、手袋靴下型感覚障害はアルコール性ニューロパチーの所見である。 ・アルコール性小脳変性症は虫部優位で、体幹・歩行失調が目立ち、上肢の失調は軽い。
