そのお腹の痛み、本当にお腹から?―腹部症状の「犯人」を腹部の外に探す
第111回医師国家試験 B問題 第20問
国試問題にチャレンジ
腹部症状を生じないのはどれか。
- a.急性心筋炎
- b.急性冠症候群
- c.劇症1型糖尿病
- d.高カルシウム血症
- e.頸椎椎間板ヘルニア
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
腹痛や悪心・嘔吐などの腹部症状は、消化器疾患以外でも、関連痛、代謝・内分泌異常、全身感染の前駆症状、心不全によるうっ血といった機序で生じます。急性冠症候群(特に下壁梗塞)は心窩部痛と迷走神経反射による悪心・嘔吐を、急性心筋炎や劇症1型糖尿病はかぜ様症状や消化器症状の先行を、高カルシウム血症は消化管運動低下による食欲不振・便秘や消化性潰瘍・膵炎をきたします。一方、頸椎椎間板ヘルニアは神経根症・脊髄症による神経症状が主体で、重症例の膀胱直腸障害はあっても腹部症状は生じません。腹痛の診療では腹部以外の重篤な疾患を常に念頭に置き、心電図や血糖・電解質を確認する姿勢が見逃しを防ぐ鍵になります。
解答・解説
正解はeです
腹痛・悪心・嘔吐・食欲不振・便秘などの腹部症状は、消化器疾患だけで起こるわけではない。消化器以外で腹部症状を起こす機序は、大きく次のように整理できる。 ・関連痛:心臓(特に下壁)や胸膜など、腹部臓器と同じ脊髄レベルに入る内臓求心線維からの痛みが、心窩部や上腹部の痛みとして感じられる。 ・代謝・内分泌異常:ケトアシドーシス、電解質異常(高カルシウム血症など)、副腎不全などは、消化管運動の低下や嘔吐中枢への作用で悪心・嘔吐・腹痛を起こす。 ・全身性の感染・炎症:ウイルス感染症の前駆症状として消化器症状がみられる。 ・心不全・循環障害:腸管や肝臓のうっ血・低灌流により食欲不振、悪心、右季肋部痛などが生じる。 本問の選択肢のうち、急性心筋炎(ウイルス感染の前駆症状、心不全)、急性冠症候群(関連痛、迷走神経反射)、劇症1型糖尿病(前駆症状とケトアシドーシス)、高カルシウム血症(代謝異常による消化管機能低下)はいずれも上記の機序で腹部症状を呈しうる。これに対し、頸椎椎間板ヘルニアは頸部の神経根や頸髄の圧迫による神経症状が主体であり、腹痛や悪心などの腹部症状を生じる疾患ではない。腹部症状を見たときに、腹部以外の重篤な疾患(特に急性冠症候群や糖尿病性ケトアシドーシス)を見逃さないことが臨床上重要である。
選択肢考察
- ×a. 急性心筋炎
腹部症状を生じうる。急性心筋炎の多くはコクサッキーウイルスなどのウイルス感染が原因で、心症状が出る前に発熱・咳・咽頭痛などのかぜ様症状や、悪心・嘔吐・腹痛・下痢などの消化器症状が先行することが多い。また心不全をきたすと腸管や肝臓のうっ血によって食欲不振や腹部不快感、右季肋部痛も生じる。消化器症状が前面に出るために「胃腸炎」と誤診され、劇症型心筋炎の診断が遅れることがあり注意が必要である。
- ×b. 急性冠症候群
腹部症状を生じうる。急性冠症候群(不安定狭心症、急性心筋梗塞)は典型的には胸痛・胸部圧迫感を呈するが、心臓からの痛みは関連痛として心窩部痛や上腹部痛として感じられることがある。特に右冠動脈領域の下壁梗塞では、心窩部痛に加え迷走神経反射による悪心・嘔吐、徐脈、血圧低下を伴いやすい。高齢者・糖尿病患者・女性では非典型的症状が多く、心窩部痛や悪心のみを訴えることもあるため、上腹部痛の鑑別では心電図の確認が欠かせない。
- ×c. 劇症1型糖尿病
腹部症状を生じうる。劇症1型糖尿病は、膵β細胞がきわめて急速(数日程度)に破壊されて発症し、高血糖症状の出現から短期間で糖尿病性ケトアシドーシスに至る。発症前に発熱・咽頭痛などのかぜ様症状や、上腹部痛・悪心・嘔吐などの消化器症状を前駆症状として訴えることが多い。さらにケトアシドーシス自体も悪心・嘔吐・腹痛を生じる。発症が急なため、診断時のHbA1cは高血糖の程度に比して低め(8.7%未満)であり、膵外分泌酵素(アミラーゼ、リパーゼなど)の上昇を伴うことが多い。
- ×d. 高カルシウム血症
腹部症状を生じうる。高カルシウム血症では神経筋の興奮性が低下し、消化管平滑筋の運動が低下するため、食欲不振、悪心・嘔吐、便秘が起こる。また、カルシウムはガストリン分泌を刺激し胃酸分泌を増やすため消化性潰瘍を起こしやすく、膵酵素の活性化を通じて急性膵炎の原因にもなる。そのほか尿濃縮力障害による多尿・口渇、意識障害、尿路結石なども生じる。原発性副甲状腺機能亢進症の症状を表す「bones, stones, abdominal groans, psychic moans」という言い回しの「abdominal groans」は、この腹部症状を指している。
- ○e. 頸椎椎間板ヘルニア
腹部症状を生じないため、これが正解である。頸椎椎間板ヘルニアは、変性した椎間板の髄核が後方に突出して神経根や頸髄を圧迫する疾患である。神経根の圧迫(神経根症)では頸部痛、肩甲部痛、一側上肢の放散痛・しびれ・筋力低下が、頸髄の圧迫(脊髄症)では両手のしびれ、巧緻運動障害(箸が使いにくい、ボタンを留めにくいなど)、痙性歩行が生じる。重症の脊髄症では膀胱直腸障害(排尿・排便障害)を伴うことはあるが、これは神経障害による症状であり、腹痛や悪心・嘔吐といった腹部症状を呈することはない。
腹部以外の原因で腹部症状をきたす主な疾患
・循環器:急性冠症候群(特に下壁梗塞)、急性心筋炎、心不全、大動脈解離、感染性心内膜炎 ・呼吸器:肺炎(特に下葉)、胸膜炎、肺塞栓症、気胸 ・代謝・内分泌:糖尿病性ケトアシドーシス、アルコール性ケトアシドーシス、高カルシウム血症、副腎不全(副腎クリーゼ)、甲状腺クリーゼ ・泌尿生殖器:尿路結石、腎盂腎炎、腎梗塞、異所性妊娠、卵巣茎捻転、骨盤内炎症性疾患 ・血液・その他:急性ポルフィリン症、鉛中毒、IgA血管炎、遺伝性血管性浮腫、家族性地中海熱、帯状疱疹(皮疹出現前の神経痛) ・整形外科:胸腰椎圧迫骨折などで体幹への放散痛
劇症1型糖尿病の特徴
・高血糖症状出現から約1週間以内にケトーシスまたはケトアシドーシスに陥る。 ・初診時の高血糖(血糖値288mg/dL以上)に比してHbA1cが低い(8.7%未満)。 ・発症時の尿中Cペプチド10μg/日未満、または空腹時血中Cペプチド0.3ng/mL未満(グルカゴン負荷後0.5ng/mL未満)とインスリン分泌が枯渇している。 ・膵島関連自己抗体は通常陰性で、膵外分泌酵素の上昇を伴うことが多い。妊娠関連の発症もみられる。
頸椎椎間板ヘルニアの症状の整理
・神経根症:一側上肢の放散痛・しびれ・筋力低下・腱反射低下(障害神経根の支配域に一致)、Spurling試験陽性 ・脊髄症:両手のしびれ、巧緻運動障害、痙性歩行、腱反射亢進、病的反射、重症例で膀胱直腸障害
POINT
・腹部症状は消化器疾患以外(心疾患、代謝・内分泌疾患、感染症など)でも生じる。 ・急性冠症候群、特に下壁梗塞は心窩部痛・悪心・嘔吐で発症することがあり、上腹部痛では心電図を確認する。 ・急性心筋炎・劇症1型糖尿病はかぜ様症状や消化器症状が先行しやすい。 ・高カルシウム血症では食欲不振、悪心・嘔吐、便秘、消化性潰瘍、膵炎が起こる。 ・頸椎椎間板ヘルニアは神経根症・脊髄症による神経症状が主体で、腹部症状は生じない。
