酒と複視とふらつき―大量飲酒者の意識障害で「食事」を聞き直す理由
第110回医師国家試験 F問題 第24問
国試問題にチャレンジ
61歳の男性。意識障害のため家族に連れられて来院した。昨日,物が二重に見えると家族に話していたという。今日になり,歩行がふらつき,意識もおかしいと家族が気付き受診した。頭部外傷の既往はない。飲酒は日本酒3合/日を40年間。意識レベルはJCSⅠ-3。血圧130/80 mmHg。眼瞼結膜は軽度貧血様である。眼球運動は左方視にて右眼球の内転が不良で眼振もみられた。歩行不能である。血液所見:赤血球245万,Hb 9.6 g/dL,Ht 29%,MCV 125.7 fL,MCH 41.7 pg,MCHC 33.2 g/dL,白血球3,500,血小板14万。血液生化学所見:総蛋白6.0 g/dL,アルブミン3.3 g/dL,AST 47 IU/L,ALT 17 IU/L,LD 270 IU/L(基準176~353),γ-GTP 102 IU/L(基準8~50),クレアチニン0.7 mg/dL,血糖90 mg/dL,Na 140 mEq/L,K 4.3 mEq/L,Cl 104 mEq/L。CRP 0.1 mg/dL。 診断のために再度確認すべきなのはどれか。
- a.喫煙の状況
- b.摂食の状況
- c.胆囊摘出の手術歴
- d.甲状腺疾患の治療歴
- e.抗精神病薬の服薬の有無
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
大量飲酒者に急性に生じた意識障害・眼球運動障害(複視、眼振、内転障害など)・運動失調は、ビタミンB1欠乏によるWernicke脳症の3徴であり、診断を固めるには食事摂取の状況を家族から聞き直すことが重要です。著明な大球性貧血や低アルブミン血症は低栄養を示唆し、アルコールによるB1の吸収・利用障害と合わせて欠乏の背景を説明します。喫煙歴や胆嚢摘出歴、甲状腺疾患や抗精神病薬の服用歴は、今回の病態を説明する鍵にはなりません。疑った時点で検査を待たずにビタミンB1を静注し、ブドウ糖は同時かその後に投与すること、治療が遅れるとKorsakoff症候群が後遺することは臨床で必ず押さえておきたいポイントです。アルコール以外にも妊娠悪阻や胃切除後、ビタミンを含まない高カロリー輸液などが原因となるため、低栄養の患者全般で念頭に置くべき疾患です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・61歳男性、日本酒3合/日を40年間という長期大量飲酒歴。 ・経過:前日に複視(物が二重に見える)→ 当日に歩行のふらつきと意識の異常。数日単位の急性発症である。 ・神経所見:意識レベルJCS(Japan Coma Scale)Ⅰ-3(覚醒しているが自分の名前・生年月日が言えない程度)。左方視で右眼の内転が不良で、眼振を伴う。歩行不能。 ・頭部外傷の既往はなく、血糖90mg/dL、Na 140mEq/L と低血糖・電解質異常による意識障害は否定的。CRP 0.1mg/dL で炎症所見もない。 ・血液所見:Hb 9.6g/dL の貧血で、MCV 125.7fL と著明な大球性貧血。白血球3,500と軽度減少。 ・生化学:γ-GTP 102IU/L と上昇し、AST 47IU/L がALT 17IU/L より明らかに高い(AST/ALT比が2以上)。いずれもアルコール性肝障害を示唆する。アルブミン3.3g/dL とやや低く、栄養状態の不良もうかがわれる。
診断へのプロセス
大量飲酒者に、眼球運動障害(複視・眼振・内転障害)、運動失調(歩行不能)、意識障害(精神状態の変化)の3つがそろっており、Wernicke脳症の古典的3徴に合致する。Wernicke脳症はビタミンB1(チアミン)欠乏によって第三脳室・中脳水道周囲、乳頭体、視床内側、脳幹被蓋などが障害される疾患で、大量飲酒者に多い。右眼の内転障害と眼振は、脳幹被蓋の病変が内側縦束(MLF)に及んだ核間性眼筋麻痺様の所見と解釈できる。 大量飲酒者では、アルコールで熱量を摂る一方で食事をほとんど摂らないことが多く、さらにアルコールはビタミンB1の腸管吸収や体内での利用を妨げる。高度の大球性貧血も、食事摂取不良による葉酸やビタミンB12の欠乏(巨赤芽球性貧血)を示唆しており、栄養障害が背景にあることを裏付ける。 鑑別としては、意識障害をきたす慢性硬膜下血腫(外傷歴なし)、肝性脳症、低血糖、脳幹梗塞などが挙がるが、急性の3徴と飲酒・栄養障害を背景とする状況からWernicke脳症が最も考えやすい。
設問の考え方
ビタミンB1欠乏の原因を確かめるため、「普段どのくらい食事を摂っていたか」という摂食の状況を家族から再確認することが診断上重要である。なお、Wernicke脳症が疑われれば、検査結果を待たずに直ちにビタミンB1を静注で補充する。ブドウ糖を先に投与するとB1消費が増えて症状が悪化しうるため、ブドウ糖輸液はB1投与と同時またはその後に行う。
選択肢考察
- ×a. 喫煙の状況
喫煙は動脈硬化を介して脳梗塞などの脳血管障害の危険因子となるが、本例は前日の複視から始まり、眼球運動障害・失調・意識障害が大量飲酒と栄養障害を背景に急性に出そろった経過であり、Wernicke脳症が強く疑われる。Wernicke脳症の原因であるビタミンB1欠乏と喫煙は直接関係しないため、診断のために再確認すべき事項としては優先度が低い。
- ○b. 摂食の状況
Wernicke脳症はビタミンB1欠乏によって起こる。大量飲酒者では、食事を摂らずにアルコールで熱量を補うためにB1摂取量が不足し、加えてアルコールがB1の吸収・利用を障害する。本例ではMCV 125.7fL の高度な大球性貧血、アルブミンの軽度低下もみられ、葉酸やビタミンB12を含む栄養素全般の摂取不良が疑われる。B1欠乏の背景を確かめるために、食事の摂取状況を家族から再度詳しく聴取することが診断上重要である。
- ×c. 胆囊摘出の手術歴
胆囊を摘出しても、ビタミンB1のような水溶性ビタミンの吸収にはほとんど影響しない。ビタミンB1やB12の欠乏の原因として問診で確認すべき手術歴は、胃切除術(吸収面積の減少や内因子の欠如)などであり、胆囊摘出は本例の病態とは関係が乏しい。
- ×d. 甲状腺疾患の治療歴
甲状腺機能低下症では無気力・傾眠などの精神症状や大球性傾向の貧血がみられることがあり、重症例では粘液水腫性昏睡に至る。しかし粘液水腫性昏睡は低体温・徐脈・低換気などを伴い、本例のような急性の眼球運動障害と眼振、失調の組み合わせは説明しにくい。また抗甲状腺薬の副作用は無顆粒球症などであり、意識障害や眼球運動障害の原因にはならない。本例で再確認すべき事項としては優先度が低い。
- ×e. 抗精神病薬の服薬の有無
抗精神病薬は過量服薬による鎮静や、悪性症候群(高熱、筋強剛、意識障害、CKの上昇)をきたしうる。しかし本例には発熱や筋強剛の記載がなく、CRPも上昇していない。急性の眼球運動障害・失調・意識障害が大量飲酒者にみられた本例では、薬剤性よりもビタミンB1欠乏を第一に考えるべきであり、服薬歴は診断の鍵とはならない。
Wernicke脳症
・原因:ビタミンB1(チアミン)欠乏。アルコール多飲が代表的だが、妊娠悪阻、胃切除後、神経性やせ症(摂食障害)、長期の絶食、ビタミン剤を含まない高カロリー輸液、透析、悪性腫瘍などでも起こる。 ・機序:ビタミンB1はピルビン酸脱水素酵素などの補酵素として糖代謝に必須であり、欠乏すると糖をエネルギー源とする脳の神経細胞が障害される。 ・病変部位:第三脳室・第四脳室周囲、中脳水道周囲灰白質、乳頭体、視床内側部など。MRIのFLAIR画像・T2強調画像でこれらの部位に左右対称性の高信号を認めることがある。 ・3徴:意識障害(精神状態の変化)、眼球運動障害(外転神経麻痺、注視麻痺、眼振、核間性眼筋麻痺など)、小脳性の運動失調(とくに体幹・歩行)。3徴すべてがそろう例は一部であり、疑ったら治療を優先する。 ・検査:血中ビタミンB1の低下、乳酸・ピルビン酸の上昇。 ・治療:直ちにビタミンB1を経静脈投与する。ブドウ糖を先に投与するとB1が消費されて症状が悪化しうるので、ブドウ糖はB1と同時かその後に投与する。 ・予後:治療が遅れると、記銘力障害・作話・見当識障害を特徴とするKorsakoff症候群(Korsakoff健忘症候群)へ移行し、後遺症として残ることが多い。両者を一連の病態としてWernicke-Korsakoff症候群とよぶ。
大量飲酒者の大球性貧血
アルコールそのものが骨髄に作用してMCV上昇をきたすほか、食事摂取不良による葉酸欠乏(飲酒者で特に多い)やビタミンB12欠乏による巨赤芽球性貧血も起こりうる。MCVが120fL を超えるような著明な大球性は、葉酸・B12欠乏を考える手がかりになる。
アルコール性肝障害の検査所見
γ-GTPの上昇、AST優位のトランスアミナーゼ上昇(AST/ALT比が2以上)、MCVの上昇が特徴的である。
POINT
・大量飲酒者の急性の「意識障害+眼球運動障害+失調」はWernicke脳症(ビタミンB1欠乏)を疑う。 ・B1欠乏の背景として、飲酒量に加え摂食の状況(低栄養)を必ず確認する。胃切除後、妊娠悪阻、ビタミンを含まない高カロリー輸液も原因となる。 ・疑ったら検査結果を待たずにビタミンB1を静注する。ブドウ糖を先行投与してはならない。 ・治療が遅れるとKorsakoff症候群(記銘力障害・作話・見当識障害)が後遺する。 ・飲酒者の大球性貧血は、アルコール自体の影響のほか、葉酸・B12欠乏を考える。
