「えくぼ」は危険信号―視触診で乳癌を見逃さないための思い込みチェック
第110回医師国家試験 C問題 第10問
国試問題にチャレンジ
乳癌を心配して来院した患者の診察で正しいのはどれか。
- a.平滑な乳房腫瘤は乳癌ではない。
- b.えくぼ徴候は乳癌を疑う所見である。
- c.痛みを伴う乳房腫瘤は乳癌の可能性が高い。
- d.血性でない乳頭分泌物は良性の徴候である。
- e.乳頭部のびらんは悪性を示唆する所見ではない。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
乳癌を心配して受診した患者さんの診察では、えくぼ徴候のように乳癌を疑う所見を正しく拾い上げることが重要です。えくぼ徴候は癌がCooper靱帯に浸潤して靱帯が短縮・牽引されることで生じる皮膚陥凹で、乳頭陥凹や橙皮様皮膚、乳頭部のびらん(Paget病)とともに悪性を示唆します。一方、表面平滑な腫瘤(粘液癌など)、痛みを伴う腫瘤(炎症性乳癌など)、血性でない乳頭分泌物でも乳癌は否定できず、身体所見だけで「良性」と断定することはできません。気になる所見があればマンモグラフィ・超音波で評価し、細胞診や針生検で確定診断するという流れを押さえておくことが、乳癌の見逃しを防ぐ臨床判断の基本になります。
解答・解説
正解はbです
乳癌を心配して受診した患者を診るとき、問診・視診・触診で得られる所見のうち、どれが悪性を疑う手がかりになり、どれが良性を保証するものではないかを正しく理解しているかを問う問題である。
乳癌を疑う代表的な所見
・無痛性の硬い腫瘤(境界不明瞭、可動性不良のことが多い) ・皮膚の陥凹(えくぼ徴候 dimpling sign)、皮膚のひきつれ ・乳頭の陥凹・偏位 ・皮膚の発赤・浮腫(橙皮様皮膚 peau d'orange)、潰瘍 ・乳頭分泌物(特に片側・単一乳管からの血性分泌) ・乳頭・乳輪のびらん、湿疹様変化(Paget病) ・腋窩リンパ節腫大
考え方
身体所見だけで「乳癌ではない」と言い切れる所見は基本的に存在しない。境界が平滑でも、痛みがあっても、分泌物が血性でなくても、乳癌は否定できない。したがって「〜なら乳癌ではない」「〜なら良性である」と断定する選択肢は誤りと判断しやすい。一方、えくぼ徴候は癌の浸潤によって生じる典型的な悪性所見であり、これを乳癌を疑う所見とする記述が正しい。 所見が気になる場合は、マンモグラフィや乳房超音波検査で評価し、必要に応じて穿刺吸引細胞診や針生検(組織診)で確定診断を行う。
選択肢考察
- ×a. 平滑な乳房腫瘤は乳癌ではない。
誤り。乳癌の多くは境界不明瞭で硬い腫瘤として触れるが、例外がある。特殊型の粘液癌は粘液を豊富に含むため柔らかく境界平滑で、良性腫瘍のように触れることがある。また充実腺管癌(旧分類での名称。現行の取扱い規約では浸潤性乳管癌の亜型分類が変更されている)や髄様癌の性質をもつ腫瘍、三重陰性(トリプルネガティブ)乳癌なども、膨張性に発育して境界明瞭な腫瘤を形成しやすい。表面が平滑であることを理由に乳癌を否定してはならない。
- ○b. えくぼ徴候は乳癌を疑う所見である。
正しい。乳腺と皮膚を結ぶ線維性の支持組織をCooper靱帯(乳房提靱帯)という。乳癌がこの靱帯に浸潤すると靱帯が短縮・牽引され、腫瘤直上の皮膚が引き込まれてくぼむ。これがえくぼ徴候(dimpling sign)である。視診で明らかでなくても、腫瘤を両側からつまむように寄せたり、上肢を挙上させたりすると出現しやすい。癌の浸潤性発育を反映する所見であり、乳癌を強く疑う根拠となる。
- ×c. 痛みを伴う乳房腫瘤は乳癌の可能性が高い。
誤り。乳癌は多くの場合、無痛性の腫瘤として自覚される。乳房の痛みを伴う病変としては、月経周期に伴って痛みや張りが変動する乳腺症、急に大きくなった嚢胞、乳腺炎・乳輪下膿瘍などの炎症性疾患が代表的で、これらは良性である。なお若年女性に多い線維腺腫も通常は無痛性で、よく動く弾性硬の腫瘤として触れる。ただし痛みがあるからといって乳癌が否定されるわけではなく(炎症性乳癌では疼痛や熱感を伴うことがある)、痛みの有無は良悪性の決め手にはならない。
- ×d. 血性でない乳頭分泌物は良性の徴候である。
誤り。乳頭分泌物のうち、片側・単一の乳管口から出る血性分泌は乳管内乳頭腫や非浸潤性乳管癌などの乳管内病変を疑う重要な所見である。しかし乳管内の癌でも漿液性など血性でない分泌物を呈することがあり、肉眼的に血性でなくても潜血反応が陽性のこともある。血性でないことのみで良性と判断することはできず、片側性・単孔性か、腫瘤を伴うかなどを含めて評価し、分泌物の細胞診や潜血検査、超音波検査などを行う。なお両側・多孔性の乳汁様分泌は、高プロラクチン血症など乳腺外の原因を考える。
- ×e. 乳頭部のびらんは悪性を示唆する所見ではない。
誤り。乳頭・乳輪のびらんや湿疹様変化は、乳房Paget病を示唆する所見である。Paget病は乳管内に発生した癌細胞(Paget細胞)が乳頭・乳輪の表皮内に進展したもので、乳癌の一型である。片側性で、外用ステロイドなどの湿疹治療に反応しない乳頭部のびらんをみたら、Paget病を疑って擦過細胞診や皮膚生検を行う必要がある。
乳房腫瘤の良悪性の目安(触診)
乳癌: 硬い、境界不明瞭、表面不整、可動性不良、無痛性が多い。皮膚所見(えくぼ徴候、橙皮様皮膚、潰瘍)や乳頭陥凹を伴うことがある。 線維腺腫: 10〜30歳代に多い。弾性硬、境界明瞭、表面平滑、可動性良好、通常無痛性。 乳腺症: 30〜40歳代に多い。境界不明瞭な硬結として触れ、月経前に増強する痛み・張りを伴う。 嚢胞: 弾性軟〜弾性硬で境界明瞭、急に増大すると痛みを伴う。
乳癌に関連する皮膚・乳頭所見
・えくぼ徴候: Cooper靱帯への浸潤による皮膚の陥凹。 ・乳頭陥凹: 乳管が癌に巻き込まれ短縮することで生じる。 ・橙皮様皮膚(peau d'orange): 皮膚リンパ管への癌の浸潤によるリンパうっ滞で、毛穴が目立つ浮腫状の皮膚となる。炎症性乳癌でみられ、発赤・熱感を伴う。 ・Paget病: 乳頭・乳輪のびらん・湿疹様変化。
乳頭分泌物の評価
片側・単孔性・血性は乳管内病変(乳管内乳頭腫、非浸潤性乳管癌など)を疑う。両側・多孔性・乳汁様は高プロラクチン血症(下垂体腺腫、薬剤性など)を考える。
確定診断の流れ
視触診 → マンモグラフィ・乳房超音波 → 必要に応じMRI → 穿刺吸引細胞診・針生検で病理診断。
POINT
・えくぼ徴候はCooper靱帯への癌浸潤による皮膚陥凹で、乳癌を疑う所見である。 ・乳癌は無痛性腫瘤が多い。痛みは良性疾患(乳腺症、嚢胞、乳腺炎)で多いが、痛みで乳癌は否定できない。 ・粘液癌などは境界平滑な腫瘤を呈しうるため、平滑でも乳癌を否定できない。 ・血性でない乳頭分泌物でも乳管内癌の可能性はある。 ・乳頭部のびらんはPaget病を疑う。
