よく動く、つるんとした卵形のしこり―20代女性の乳房腫瘤は線維腺腫を第一に
第120回医師国家試験 A問題 第56問
国試問題にチャレンジ
22歳の女性。右乳房のしこりを主訴に来院した。右乳房に長径約2cmの卵形の腫瘤を触知する。腫瘤は表面平滑で弾性硬,可動性は良好で圧痛を認めない。乳頭からの分泌物を認めない。乳房超音波像を下に示す。 最も考えられるのはどれか。

- a.乳癌
- b.乳腺症
- c.乳管内乳頭腫
- d.乳腺線維腺腫
- e.乳房Paget病
対話形式の解説
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ドクターまとめ
10〜30歳代の女性に、表面平滑・境界明瞭で可動性良好な弾性硬の腫瘤を触れ、超音波で横長楕円形・辺縁平滑・内部均一の低エコー腫瘤を認める場合は、乳腺線維腺腫を第一に考えます。乳癌は中高年に多く、表面不整・可動性不良、超音波で縦長・辺縁不整・後方エコー減弱などを示す点が対照的です。周期的な痛みと境界不明瞭な硬結なら乳腺症、血性乳頭分泌なら乳管内乳頭腫、乳頭・乳輪のびらんや湿疹様変化なら乳房Paget病、急速に増大する腫瘤なら葉状腫瘍を考えます。線維腺腫は典型像であれば経過観察が基本で、非典型像や増大時には組織検査を検討します。年齢・触診・超音波の3つを組み合わせて良悪性を見極める姿勢は、乳房腫瘤の診療全般に通じる基本となります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・22歳という若年女性の、右乳房のしこり。 ・触診:長径約2cmの卵形の腫瘤で、表面平滑、弾性硬、可動性良好、圧痛なし。 ・乳頭分泌はない。 ・乳房超音波像:皮下の乳腺内に、横に長い楕円形の低エコー腫瘤がある。輪郭は全周にわたって平滑で境界明瞭、内部エコーはほぼ均一である。縦横比(腫瘤の高さ÷幅)は小さく、周囲組織へのしみ込み像や後方エコーの減弱(音響陰影)はみられない。
診断へのプロセス
乳房腫瘤の鑑別では、まず年齢が大きな手がかりになる。10〜20歳代の女性の乳房腫瘤の大部分は乳腺線維腺腫であり、乳癌は40歳以降に多い。 次に触診所見をみる。乳腺線維腺腫は表面平滑で境界がはっきりし、指で押すと乳腺内をよく動く(可動性良好)。これに対して乳癌は表面が不整で境界が不明瞭、周囲組織に浸潤するため可動性が乏しく、皮膚のひきつれ(えくぼ徴候)を伴うことがある。硬さはどちらも「弾性硬〜硬」で、硬さだけでは区別しにくい。 超音波でも、境界明瞭平滑・横長の楕円形・内部均一・縦横比が小さいという良性の特徴がそろっている。乳癌では、形状不整、辺縁の不整やぎざぎざ(スピキュラ)、境界部の高エコー像、縦横比が大きい(縦長)、後方エコーの減弱、内部エコーの不均一などがみられる。 以上の年齢・触診・画像所見から、乳腺線維腺腫と診断するのが最も妥当である。
選択肢考察
- ×a. 乳癌
乳癌は40〜60歳代に多く、22歳での発症はまれである。触診では表面不整・境界不明瞭で可動性に乏しく、皮膚のえくぼ徴候を伴うことがある。超音波では形状不整、辺縁不整、縦横比が大きい縦長の腫瘤、後方エコーの減弱、境界部高エコー像(ハロー)などを示す。本例の触診所見・超音波所見はいずれも良性腫瘤の特徴であり、乳癌は考えにくい。
- ×b. 乳腺症
乳腺症は卵巣ホルモンのバランス異常を背景に乳腺組織が増生・嚢胞化する良性の変化で、30〜40歳代に多い。月経周期に関連した乳房の痛みや、境界がはっきりしない硬結として触れることが多く、明瞭な孤立性腫瘤は形成しにくい。超音波では、乳腺内に小嚢胞や低エコー域が斑状に混在する豹紋状のパターンを示すことが多い。本例の境界明瞭な単発の卵形腫瘤とは合わない。
- ×c. 乳管内乳頭腫
乳管内乳頭腫は乳管の上皮が乳頭状に増殖する良性腫瘍で、30〜50歳代に多く、乳頭近くの太い乳管にできやすい。代表的な症状は血性あるいは漿液性の乳頭分泌である。超音波では拡張した乳管の内部に小さな充実性病変がみられる。本例は乳頭分泌がなく、乳管拡張を伴わない2cmの充実性腫瘤であり、合致しない。
- ○d. 乳腺線維腺腫
乳腺線維腺腫は乳管周囲の間質(線維性結合組織)と乳管上皮の両方が増殖する良性腫瘍で、10歳代後半〜30歳代の若年女性に最も多い。触診では表面平滑、弾性硬で、周囲との癒着がないためよく動く(mobile mass)。超音波では本例のように、境界明瞭・辺縁平滑な横長の楕円形低エコー腫瘤で、内部エコーは均一、縦横比が小さいのが典型である。年齢、触診所見、超音波所見のすべてが合致する。
- ×e. 乳房Paget病
乳房Paget病は、乳管内に発生した癌細胞が乳頭・乳輪の表皮内へ広がる特殊な乳癌である。中高年女性に多く、乳頭・乳輪のびらん、湿疹に似た発赤、かさぶたなどの皮膚変化が主な症状で、通常は腫瘤を触れない。本例は乳頭・乳輪の皮膚病変の記載がなく、若年者の可動性良好な腫瘤であり、合わない。
乳腺線維腺腫
・間質と上皮の両成分が増殖する線維上皮性腫瘍の代表で、若年女性の乳房腫瘤として最も頻度が高い。 ・大きさは多くが1〜3cmで、多発や両側性のこともある。エストロゲンの影響を受け、妊娠・授乳期に増大し、閉経後は縮小して石灰化することがある。 ・診断:触診と超音波で典型像であれば経過観察とすることが多い。画像で非典型な所見がある場合や増大傾向がある場合には、穿刺吸引細胞診や針生検で組織を確認する。 ・治療:基本的には経過観察。大きいもの、増大傾向のあるもの、葉状腫瘍との鑑別が必要なもの、本人が希望する場合は摘出術を行う。 ・癌化することはまれである。
葉状腫瘍との違い
葉状腫瘍も間質と上皮からなる線維上皮性腫瘍だが、間質成分の増殖が強く、短期間に急速に大きくなることが多い。線維腺腫より発症年齢がやや高く、40歳代に多い。良性・境界病変・悪性に分類され、良性でも局所再発しやすいため、周囲の正常組織をつけて切除する。線維腺腫とは別の腫瘍として扱われ、病理学的に区別される。
乳房腫瘤の主な鑑別(年齢と特徴)
・乳腺線維腺腫:10〜30歳代。境界明瞭、表面平滑、可動性良好。 ・乳腺症:30〜40歳代。周期的な痛み、境界不明瞭な硬結。 ・乳管内乳頭腫:30〜50歳代。血性乳頭分泌。 ・葉状腫瘍:40歳代に多い。急速な増大。 ・乳癌:40〜60歳代に多い。境界不明瞭、表面不整、可動性不良、えくぼ徴候、腋窩リンパ節腫大。
乳房超音波での良悪性の見分け方
・良性を示唆:楕円形、境界明瞭平滑、横長(縦横比が小さい)、内部均一、後方エコーは不変〜増強。 ・悪性を示唆:形状不整、辺縁不整・スピキュラ、境界部高エコー像、縦長(縦横比が大きい)、内部不均一、後方エコー減弱、乳腺前方の境界線の断裂。
POINT
・若年女性(10〜30歳代)の境界明瞭・表面平滑・可動性良好な弾性硬の腫瘤 → 乳腺線維腺腫。 ・超音波では横長楕円形、辺縁平滑、内部均一の低エコー腫瘤。 ・乳癌は中高年に多く、表面不整・可動性不良、超音波で縦長・辺縁不整・後方エコー減弱。 ・乳頭分泌(特に血性)→ 乳管内乳頭腫、乳頭・乳輪のびらん・湿疹様変化 → 乳房Paget病、周期的疼痛と境界不明瞭な硬結 → 乳腺症。 ・急速に増大する線維上皮性腫瘍 → 葉状腫瘍を考える。
