10年来のしこりが牙をむくとき―えくぼ徴候とスピキュラが告げる乳癌
第118回医師国家試験 A問題 第40問
国試問題にチャレンジ
65歳の女性(2妊1産)。乳房のしこりを主訴に来院した。10年ほど前から左乳房のしこりを自覚していたが様子をみていた。最近になって痛みが出現したため受診した。乳癌の家族歴はない。身長160cm,体重60kg。体温36.0℃。脈拍80/分,整。血圧146/90mmHg。左乳房に皮膚の陥凹を認め,径3cmの腫瘤を触知する。マンモグラフィでは周囲にスピキュラを伴う高濃度腫瘤陰影と多形性の微細石灰化像を認めた。 診断はどれか。
- a.乳癌
- b.乳腺症
- c.葉状腫瘍
- d.慢性乳腺炎
- e.乳腺線維腺腫
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
乳房腫瘤では、皮膚陥凹(えくぼ徴候)、マンモグラフィでのスピキュラを伴う高濃度腫瘤、多形性微細石灰化が揃えば乳癌を強く疑います。えくぼ徴候はクーパー靱帯への浸潤、スピキュラは浸潤性増殖と線維化を反映し、いずれも癌の浸潤性という本質を示す所見です。線維腺腫の粗大なポップコーン様石灰化、乳腺症の周期的な痛みと両側性の硬結、葉状腫瘍の急速増大する分葉状腫瘤、乳腺炎の炎症所見とは区別して考えます。確定診断は針生検による病理診断で、ホルモン受容体やHER2の結果が治療方針を決めます。長年あったしこりでも新たな変化が出たら悪性を念頭に再評価するという姿勢は、見逃しを防ぐ臨床の基本です。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・65歳の女性で閉経後と考えられる。わが国の乳癌は40歳代後半と60歳代前半〜後半に罹患のピークがあり、本例は好発年齢にあたる。 ・10年ほど前から左乳房のしこりを自覚していたが放置しており、最近になって痛みが出現した。 ・乳癌の家族歴はない。 ・視診で左乳房に皮膚の陥凹(いわゆるえくぼ徴候)を認め、触診で径3cmの腫瘤を触れる。 ・マンモグラフィで、周囲にスピキュラ(腫瘤辺縁から放射状に伸びる棘状・線状の影)を伴う高濃度腫瘤陰影と、多形性の微細石灰化を認める。
診断へのプロセス
乳房腫瘤の鑑別では、まず良性か悪性かを見極める。 10年来のしこりという長い経過だけをみると、線維腺腫のような良性腫瘍も思い浮かぶ。しかし本例には、悪性を強く示唆する所見が重なっている。 (1) 皮膚の陥凹:癌が乳房提靱帯(クーパー靱帯)に浸潤して短縮させ、皮膚を内側へ引き込むことで生じる。 (2) スピキュラを伴う腫瘤:癌細胞が周囲組織へ浸潤性に広がり、線維化(間質反応)を伴うことを反映した所見で、乳癌に特徴的である。 (3) 多形性の微細石灰化:形や大きさが不ぞろいな細かい石灰化で、癌細胞の壊死物質などへの石灰沈着を反映し、悪性を強く疑う所見である。 これらから乳癌と臨床診断できる。良性疾患と考えられていた病変でも、経過中に増大、痛み、皮膚所見などの変化が出現した場合は、悪性を念頭に再評価が必要である。なお、乳癌は通常無痛性であるが、進行して周囲組織や神経へ浸潤すると痛みを伴うことがある。 確定診断には、針生検(コア針生検や吸引式組織生検)による病理組織学的診断が必要であり、その結果(組織型、ホルモン受容体、HER2など)に基づいて治療方針を決める。
選択肢考察
- ○a. 乳癌
閉経後の好発年齢であること、皮膚の陥凹(えくぼ徴候)を伴う径3cmの硬い腫瘤であること、マンモグラフィでスピキュラを伴う高濃度腫瘤と多形性の微細石灰化を認めることは、いずれも乳癌を強く示唆する所見である。特にスピキュラと多形性微細石灰化は、マンモグラフィにおける代表的な悪性所見であり、乳癌と診断できる。確定には針生検による病理診断を行う。
- ×b. 乳腺症
乳腺症は、女性ホルモンの不均衡を背景に、乳腺の増殖性変化と退行性変化が混在する良性の状態で、30〜40歳代の性成熟期に多い。両側性のことが多く、月経周期に伴って変動する張りや痛み、境界不明瞭な硬結を触れるのが特徴で、閉経後には軽快していく。マンモグラフィでは乳腺全体がびまん性に高濃度に見えることはあるが、スピキュラを伴う腫瘤や皮膚陥凹はみられない。
- ×c. 葉状腫瘍
葉状腫瘍は、線維腺腫と同じく上皮成分と間質成分からなる線維上皮性腫瘍であるが、間質成分の増殖が著しく、比較的急速に増大して巨大になることがある。40歳代を中心に発症し、病理学的に良性・境界病変・悪性に分類される。悪性例では血行性に肺などへ転移しうる。触診では表面が分葉状で可動性のある腫瘤を触れ、マンモグラフィでは境界明瞭な分葉状の腫瘤として描出され、スピキュラや多形性微細石灰化は通常みられない。治療は再発を防ぐため、周囲の正常組織を含めた切除を行う。
- ×d. 慢性乳腺炎
慢性乳腺炎(非授乳期の乳腺炎)は、乳輪下膿瘍や肉芽腫性乳腺炎などとしてみられ、乳輪下や乳腺内に発赤・熱感・圧痛などの炎症所見を伴う硬結や腫瘤を形成し、瘻孔をつくることもある。本例には発赤や熱感などの炎症所見がなく、スピキュラや多形性微細石灰化という悪性を示す画像所見があることから否定的である。なお、炎症所見を伴う乳房病変では、炎症性乳癌との鑑別も重要である。
- ×e. 乳腺線維腺腫
線維腺腫は、10〜30歳代の若い女性に多い最も頻度の高い良性腫瘍である。無痛性で、表面平滑、弾性硬、可動性良好な腫瘤として触れる。マンモグラフィや超音波検査では境界明瞭で辺縁平滑な楕円形の腫瘤として描出される。長期経過例や閉経後には変性して粗大な石灰化(ポップコーン様石灰化)を伴うことがあるが、これは良性の石灰化であり、本例の多形性微細石灰化とは異なる。10年来のしこりという経過は線維腺腫を思わせるが、皮膚陥凹やスピキュラを伴う点が合わない。
乳癌の視診・触診所見
・えくぼ徴候(皮膚陥凹):クーパー靱帯への浸潤により皮膚が引き込まれる。 ・乳頭陥凹・乳頭の偏位:乳管に沿った癌の進展・牽引による。 ・橙皮状皮膚(peau d'orange):皮膚のリンパ管が癌で閉塞し、皮膚がむくんで毛穴が目立つ。炎症性乳癌でみられる。 ・血性乳頭分泌:乳管内乳頭腫との鑑別を要する。 ・腫瘤は硬く、境界不明瞭で、可動性が乏しいことが多い。腋窩リンパ節の腫大を伴うことがある。
マンモグラフィでの良悪性の目安
・悪性を疑う所見:スピキュラを伴う腫瘤、境界不明瞭な不整形腫瘤、多形性・微細線状・分枝状の微細石灰化(特に区域性・線状に分布するもの)、構築の乱れ。 ・良性を考える所見:境界明瞭で辺縁平滑な円形〜楕円形腫瘤、粗大な石灰化(ポップコーン様)、中心透亮性の石灰化、血管の石灰化。
乳癌の診断の流れ
視診・触診 → マンモグラフィ・乳房超音波検査(画像による臨床診断) → 穿刺吸引細胞診や針生検による病理診断(確定診断) → CT・MRI・骨シンチグラフィなどによる広がり(病期)の評価 → ホルモン受容体(エストロゲン受容体・プロゲステロン受容体)、HER2、Ki-67などに基づく治療方針の決定。
主な乳腺疾患の好発年齢と特徴
・線維腺腫:10〜30歳代。無痛性、可動性良好、境界明瞭。 ・乳腺症:30〜40歳代。両側性、月経周期に伴う痛みと硬結。 ・葉状腫瘍:40歳代中心。急速増大、分葉状、巨大化しうる。 ・乳管内乳頭腫:30〜50歳代。血性乳頭分泌。 ・乳癌:40歳代後半〜60歳代。硬く境界不明瞭、皮膚陥凹、スピキュラ、多形性微細石灰化。
POINT
・皮膚陥凹(えくぼ徴候)は、癌のクーパー靱帯浸潤を示す悪性所見である。 ・マンモグラフィでスピキュラを伴う腫瘤と多形性の微細石灰化は乳癌を強く示唆する。 ・長年あったしこりでも、増大・痛み・皮膚変化などが出現したら悪性を考えて精査する。 ・乳癌の確定診断は針生検による病理組織診断である。 ・線維腺腫の粗大(ポップコーン様)石灰化は良性所見であり、多形性微細石灰化と区別する。
