StudyMed医師国家試験

えくぼ、陥凹、オレンジの皮―「浸潤で説明できるか」で見抜く乳癌の身体所見

第118回医師国家試験 E問題 第16問

国試問題にチャレンジ

第118回 E問題 第16問

乳癌を疑う所見で誤っているのはどれか。

  1. a.乳汁分泌
  2. b.乳頭陥凹
  3. c.えくぼ徴候
  4. d.橙皮様変化
  5. e.大胸筋に固着した腫瘤

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は乳癌を疑う身体所見を問う問題だ。乳癌の所見の多くは、癌が皮膚やCooper靱帯、乳管、リンパ管、胸壁へ浸潤して、引っ張ったり詰まらせたりすることで生じる。だから「その所見は癌の浸潤で説明できるか」と考えると、仲間外れが見えてくるよ。
医学生医学生
乳頭から何か出るのは乳癌のサインだと思っていたので、乳汁分泌も怪しく見えてしまいます。
ドクタードクター
そこが今回の落とし穴だね。乳頭分泌には色々な種類があって、乳汁、つまり白くてミルクのような分泌は、ほとんどが乳癌とは関係ない。妊娠・授乳期の生理的なものか、高プロラクチン血症によるものが大部分なんだ。
医学生医学生
高プロラクチン血症というと、内分泌の講義で習ったプロラクチノーマですね。
ドクタードクター
そう。ほかにも、ドパミン拮抗作用をもつ薬剤、たとえば抗精神病薬やメトクロプラミド、ドンペリドンでも起こるし、原発性甲状腺機能低下症でもTRHの上昇を介してプロラクチンが上がる。こうした原因の乳汁分泌は、両側性で複数の乳管口から出ることが多いのが特徴だ。
医学生医学生
じゃあ乳頭分泌で乳癌を疑うのは、どんなときですか。
ドクタードクター
片側の、単一の乳管口からの血性、あるいは褐色の分泌だ。乳管の中に広がる癌、たとえば非浸潤性乳管癌で問題になる。ただし乳管内乳頭腫でも同じような分泌が出るので、細胞診や超音波、MRIなどで精査する。性状、左右、乳管口の数の3点で見分けると覚えておこう。
医学生医学生
なるほど、分泌があるかどうかではなく、その中身が大事なんですね。だから乳汁分泌が「誤っているもの」になるわけですね。
ドクタードクター
正解。では残りの所見を、機序とセットで確認しよう。まず乳頭陥凹はどうかな。
医学生医学生
癌が乳管を巻き込んで縮めることで、乳頭が引き込まれるんでしょうか。
ドクタードクター
その通り。ただ、もともと両側にある先天的な陥没乳頭は問題にならない。新しく出てきた片側の陥凹や、乳頭の向きが変わったときが要注意だ。ちなみに男性は乳腺組織が乳頭の直下に限られるから、男性乳癌では乳頭陥凹や乳頭部の潰瘍が出やすい。
医学生医学生
えくぼ徴候は、外科の臨床実習で乳腺外来に入ったとき、腕を上げてもらうと皮膚がへこむのを見せてもらいました。
ドクタードクター
いい経験をしたね。乳腺と皮膚をつなぐ支持組織であるCooper靱帯に癌が浸潤すると、靱帯が縮んで皮膚を内側に引き込み、えくぼのような陥凹ができる。上肢を挙上させたり、皮膚を寄せたりすると目立ちやすい。腫瘤が小さいうちから出ることもあって、早期発見の手がかりになる所見だ。
医学生医学生
橙皮様変化は名前のとおりオレンジの皮みたいになるんですよね。でも、どうして凹凸ができるのかはよく分かっていませんでした。
ドクタードクター
癌細胞が真皮のリンパ管に入り込んで塞ぐと、リンパの流れが滞って皮膚がむくんで厚くなる。でも毛孔の部分は皮膚が付属器でつなぎとめられていて沈んだまま残るから、ぶつぶつした凹凸になるんだ。炎症性乳癌の代表的な所見で、TNM分類では皮膚浮腫はT4に入る進行所見だよ。
医学生医学生
発赤や腫脹を伴うなら、乳腺炎と間違えそうです。
ドクタードクター
まさにそこが臨床の注意点だ。乳腺炎は授乳期に多く、発熱などの全身症状を伴いやすい。炎症性乳癌は全身症状に乏しく、抗菌薬で良くならない。「治らない乳腺炎」を見たら炎症性乳癌を疑って、画像検査や生検を考えることが大切だ。
医学生医学生
大胸筋に固着した腫瘤は、OSCEの乳房診察で習った「可動性」の評価につながりますね。
ドクタードクター
そうだね。線維腺腫のような良性腫瘍は境界明瞭でよく動くけれど、乳癌は周りに浸潤するから硬く、境界不明瞭で動きにくい。深部の大胸筋まで及ぶと胸壁に固着する。患者に腰に手を当てて力を入れてもらい、大胸筋を収縮させた状態で腫瘤の動きが悪くなるかを見る方法もある。
医学生医学生
えくぼはCooper靱帯、陥凹は乳管、橙皮様はリンパ管、固着は深部への浸潤――全部「浸潤」で説明がつくのに、乳汁分泌だけはホルモンの話なんですね。
ドクタードクター
見事な整理だ。補足すると、乳頭や乳輪がびらん・湿疹のようになるPaget病、皮膚の潰瘍や衛星皮膚結節、腋窩リンパ節腫大も悪性を疑う所見だ。乳頭の湿疹がステロイド外用で治らないときは、Paget病を疑って生検を考えよう。身体所見で疑ったら、マンモグラフィや超音波、そして針生検で確定するという流れも押さえておいてほしい。

まとめ

乳癌の身体所見は、癌の浸潤・牽引・リンパ管閉塞という機序で理解すると整理しやすく、えくぼ徴候はCooper靱帯、乳頭陥凹は乳管の短縮、橙皮様変化は真皮リンパ管の閉塞、大胸筋への固着は深部浸潤によって生じます。一方、乳汁分泌は妊娠・授乳期の生理的なものや、プロラクチノーマ・薬剤・甲状腺機能低下症による高プロラクチン血症が主な原因で、通常は両側・複数乳管口からみられ、乳癌を疑う所見ではありません。乳頭分泌で悪性を疑うのは片側・単一乳管口からの血性(褐色)分泌で、乳管内乳頭腫との鑑別が必要です。橙皮様変化は炎症性乳癌の特徴でT4に相当し、抗菌薬で改善しない乳腺炎様の所見では本症を疑うことが重要です。所見を機序と結びつけて理解することで、暗記に頼らず悪性のサインを見抜け、乳房診察や外来での早期発見に直結します。

解答・解説

正解はaです

乳癌の身体所見は、癌組織が周囲の構造(皮膚、Cooper靱帯、乳管、リンパ管、胸壁)へ浸潤・牽引・閉塞を起こすことで生じるものが中心である。したがって「その所見が癌の浸潤によって説明できるか」を考えると、正誤を判断しやすい。 乳頭陥凹、えくぼ徴候、橙皮様変化、大胸筋への固着は、いずれも癌の浸潤によって説明できる典型的な悪性所見である。一方、乳汁(白色で乳汁様の分泌物)の分泌は、妊娠・授乳期の生理的なものや、高プロラクチン血症など内分泌的な原因で起こるものが大部分であり、乳癌を疑う根拠にはならない。乳頭からの分泌物で乳癌を疑うべきなのは、片側・単一の乳管口からの血性(または褐色)分泌である。 本問は「誤っているもの」を選ぶ問題であり、乳癌を疑う所見として不適切な「乳汁分泌」が正解となる。

選択肢考察

  1. ○a.  乳汁分泌

    乳汁様の分泌は乳癌を疑う所見ではないため、本問の正解である。乳汁分泌は妊娠・授乳期に生理的にみられるほか、授乳期以外でも高プロラクチン血症(プロラクチン産生下垂体腺腫、ドパミン拮抗作用をもつ薬剤〔抗精神病薬、メトクロプラミド、ドンペリドンなど〕、原発性甲状腺機能低下症など)によって起こる。多くは両側性で、複数の乳管口から分泌される。これに対して、乳管内乳頭腫や乳管拡張症でも乳頭分泌はみられ、乳癌(特に非浸潤性乳管癌などの乳管内に広がる癌)で問題となるのは、片側・単一乳管口からの血性あるいは褐色の分泌である。分泌物の性状と左右・乳管口の数で鑑別することが重要であり、単なる乳汁分泌は乳癌を示唆しない。

  2. ×b.  乳頭陥凹

    乳癌を疑う所見であり、記述は正しい。乳頭直下や乳管に沿って広がった癌が乳管を巻き込んで短縮させると、乳頭が内側へ引き込まれる。もともと両側性に存在する先天的な陥没乳頭は問題にならないが、新たに出現した片側性の乳頭陥凹や乳頭の向きの変化は悪性を疑う重要なサインである。男性では乳腺組織が乳頭直下に限局しているため、男性乳癌では乳頭陥凹や乳頭部の潰瘍が出やすい。

  3. ×c.  えくぼ徴候

    乳癌を疑う所見であり、記述は正しい。乳腺と皮膚をつなぐ線維性の支持組織であるCooper靱帯(乳房提靱帯)に癌が浸潤すると、靱帯が短縮して皮膚を内側へ引き込み、えくぼのような陥凹ができる(dimpling sign)。腫瘤上の皮膚を指でつまむように寄せたり、上肢を挙上させたりすると目立ちやすい。腫瘤自体が小さくても出現することがあり、早期発見の手がかりになる。

  4. ×d.  橙皮様変化

    乳癌を疑う所見であり、記述は正しい。癌細胞が皮膚の真皮リンパ管内に浸潤・塞栓を形成するとリンパ流がうっ滞し、皮膚が浮腫状に肥厚する。このとき毛孔の部分は陥凹したまま残るため、皮膚がオレンジの皮のような凹凸を示す(peau d'orange)。炎症性乳癌の代表的所見であり、乳房の発赤・腫脹・熱感を伴うと乳腺炎と紛らわしいが、発熱などの全身症状に乏しく抗菌薬で改善しない点が手がかりとなる。TNM分類では皮膚浮腫(橙皮様皮膚を含む)はT4に相当する進行所見である。

  5. ×e.  大胸筋に固着した腫瘤

    乳癌を疑う所見であり、記述は正しい。良性腫瘍である線維腺腫は境界明瞭で可動性が良好なのに対し、乳癌は周囲へ浸潤するため境界不明瞭で硬く、可動性が不良となる。深部へ進展して大胸筋筋膜や大胸筋に浸潤すると、腫瘤は胸壁側に固着する。診察時に患者に腰に手を当てて力を入れさせ、大胸筋を収縮させた状態で腫瘤の可動性が低下するかをみることで固着を確認できる(Tillaux法)。

乳癌の主な身体所見と機序

・硬く境界不明瞭で可動性不良の腫瘤:周囲組織への浸潤 ・えくぼ徴候(皮膚陥凹):Cooper靱帯への浸潤・短縮 ・乳頭陥凹・乳頭の偏位:乳管の巻き込み・短縮 ・橙皮様変化、皮膚の発赤・浮腫:真皮リンパ管への癌浸潤(炎症性乳癌で顕著) ・皮膚の潰瘍・衛星皮膚結節:皮膚への直接浸潤 ・胸壁(大胸筋)への固着:深部への浸潤 ・乳頭のびらん・湿疹様変化:Paget病(乳頭・乳輪の表皮内に癌細胞が進展) ・腋窩リンパ節腫大:リンパ節転移 ・片側・単一乳管口からの血性乳頭分泌:乳管内に広がる癌(非浸潤性乳管癌など)、ただし乳管内乳頭腫でも同様の所見を示す

乳頭分泌の鑑別

・乳汁様、両側、複数乳管口:生理的(妊娠・授乳)、高プロラクチン血症(下垂体腺腫、薬剤性、甲状腺機能低下症など)→ 乳癌は考えにくい ・血性・褐色、片側、単一乳管口:乳管内乳頭腫、乳癌 → 分泌物細胞診、乳管造影、乳管内視鏡、超音波・MRIなどで精査 ・漿液性・膿性など:乳管拡張症、乳腺炎など

POINT

・乳癌の所見は「浸潤・牽引・リンパ管閉塞」で説明できる:えくぼ徴候(Cooper靱帯)、乳頭陥凹(乳管)、橙皮様変化(真皮リンパ管)、胸筋固着(深部浸潤)。 ・乳汁分泌は生理的・内分泌的(高プロラクチン血症)な原因が主で、乳癌を疑う所見ではない。 ・乳頭分泌で悪性を疑うのは「片側・単一乳管口・血性」の場合である。 ・橙皮様変化は炎症性乳癌の特徴で、T4に分類される進行所見である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。