えくぼ、陥凹、オレンジの皮―「浸潤で説明できるか」で見抜く乳癌の身体所見
第118回医師国家試験 E問題 第16問
国試問題にチャレンジ
乳癌を疑う所見で誤っているのはどれか。
- a.乳汁分泌
- b.乳頭陥凹
- c.えくぼ徴候
- d.橙皮様変化
- e.大胸筋に固着した腫瘤
対話形式の解説
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ドクターまとめ
乳癌の身体所見は、癌の浸潤・牽引・リンパ管閉塞という機序で理解すると整理しやすく、えくぼ徴候はCooper靱帯、乳頭陥凹は乳管の短縮、橙皮様変化は真皮リンパ管の閉塞、大胸筋への固着は深部浸潤によって生じます。一方、乳汁分泌は妊娠・授乳期の生理的なものや、プロラクチノーマ・薬剤・甲状腺機能低下症による高プロラクチン血症が主な原因で、通常は両側・複数乳管口からみられ、乳癌を疑う所見ではありません。乳頭分泌で悪性を疑うのは片側・単一乳管口からの血性(褐色)分泌で、乳管内乳頭腫との鑑別が必要です。橙皮様変化は炎症性乳癌の特徴でT4に相当し、抗菌薬で改善しない乳腺炎様の所見では本症を疑うことが重要です。所見を機序と結びつけて理解することで、暗記に頼らず悪性のサインを見抜け、乳房診察や外来での早期発見に直結します。
解答・解説
正解はaです
乳癌の身体所見は、癌組織が周囲の構造(皮膚、Cooper靱帯、乳管、リンパ管、胸壁)へ浸潤・牽引・閉塞を起こすことで生じるものが中心である。したがって「その所見が癌の浸潤によって説明できるか」を考えると、正誤を判断しやすい。 乳頭陥凹、えくぼ徴候、橙皮様変化、大胸筋への固着は、いずれも癌の浸潤によって説明できる典型的な悪性所見である。一方、乳汁(白色で乳汁様の分泌物)の分泌は、妊娠・授乳期の生理的なものや、高プロラクチン血症など内分泌的な原因で起こるものが大部分であり、乳癌を疑う根拠にはならない。乳頭からの分泌物で乳癌を疑うべきなのは、片側・単一の乳管口からの血性(または褐色)分泌である。 本問は「誤っているもの」を選ぶ問題であり、乳癌を疑う所見として不適切な「乳汁分泌」が正解となる。
選択肢考察
- ○a. 乳汁分泌
乳汁様の分泌は乳癌を疑う所見ではないため、本問の正解である。乳汁分泌は妊娠・授乳期に生理的にみられるほか、授乳期以外でも高プロラクチン血症(プロラクチン産生下垂体腺腫、ドパミン拮抗作用をもつ薬剤〔抗精神病薬、メトクロプラミド、ドンペリドンなど〕、原発性甲状腺機能低下症など)によって起こる。多くは両側性で、複数の乳管口から分泌される。これに対して、乳管内乳頭腫や乳管拡張症でも乳頭分泌はみられ、乳癌(特に非浸潤性乳管癌などの乳管内に広がる癌)で問題となるのは、片側・単一乳管口からの血性あるいは褐色の分泌である。分泌物の性状と左右・乳管口の数で鑑別することが重要であり、単なる乳汁分泌は乳癌を示唆しない。
- ×b. 乳頭陥凹
乳癌を疑う所見であり、記述は正しい。乳頭直下や乳管に沿って広がった癌が乳管を巻き込んで短縮させると、乳頭が内側へ引き込まれる。もともと両側性に存在する先天的な陥没乳頭は問題にならないが、新たに出現した片側性の乳頭陥凹や乳頭の向きの変化は悪性を疑う重要なサインである。男性では乳腺組織が乳頭直下に限局しているため、男性乳癌では乳頭陥凹や乳頭部の潰瘍が出やすい。
- ×c. えくぼ徴候
乳癌を疑う所見であり、記述は正しい。乳腺と皮膚をつなぐ線維性の支持組織であるCooper靱帯(乳房提靱帯)に癌が浸潤すると、靱帯が短縮して皮膚を内側へ引き込み、えくぼのような陥凹ができる(dimpling sign)。腫瘤上の皮膚を指でつまむように寄せたり、上肢を挙上させたりすると目立ちやすい。腫瘤自体が小さくても出現することがあり、早期発見の手がかりになる。
- ×d. 橙皮様変化
乳癌を疑う所見であり、記述は正しい。癌細胞が皮膚の真皮リンパ管内に浸潤・塞栓を形成するとリンパ流がうっ滞し、皮膚が浮腫状に肥厚する。このとき毛孔の部分は陥凹したまま残るため、皮膚がオレンジの皮のような凹凸を示す(peau d'orange)。炎症性乳癌の代表的所見であり、乳房の発赤・腫脹・熱感を伴うと乳腺炎と紛らわしいが、発熱などの全身症状に乏しく抗菌薬で改善しない点が手がかりとなる。TNM分類では皮膚浮腫(橙皮様皮膚を含む)はT4に相当する進行所見である。
- ×e. 大胸筋に固着した腫瘤
乳癌を疑う所見であり、記述は正しい。良性腫瘍である線維腺腫は境界明瞭で可動性が良好なのに対し、乳癌は周囲へ浸潤するため境界不明瞭で硬く、可動性が不良となる。深部へ進展して大胸筋筋膜や大胸筋に浸潤すると、腫瘤は胸壁側に固着する。診察時に患者に腰に手を当てて力を入れさせ、大胸筋を収縮させた状態で腫瘤の可動性が低下するかをみることで固着を確認できる(Tillaux法)。
乳癌の主な身体所見と機序
・硬く境界不明瞭で可動性不良の腫瘤:周囲組織への浸潤 ・えくぼ徴候(皮膚陥凹):Cooper靱帯への浸潤・短縮 ・乳頭陥凹・乳頭の偏位:乳管の巻き込み・短縮 ・橙皮様変化、皮膚の発赤・浮腫:真皮リンパ管への癌浸潤(炎症性乳癌で顕著) ・皮膚の潰瘍・衛星皮膚結節:皮膚への直接浸潤 ・胸壁(大胸筋)への固着:深部への浸潤 ・乳頭のびらん・湿疹様変化:Paget病(乳頭・乳輪の表皮内に癌細胞が進展) ・腋窩リンパ節腫大:リンパ節転移 ・片側・単一乳管口からの血性乳頭分泌:乳管内に広がる癌(非浸潤性乳管癌など)、ただし乳管内乳頭腫でも同様の所見を示す
乳頭分泌の鑑別
・乳汁様、両側、複数乳管口:生理的(妊娠・授乳)、高プロラクチン血症(下垂体腺腫、薬剤性、甲状腺機能低下症など)→ 乳癌は考えにくい ・血性・褐色、片側、単一乳管口:乳管内乳頭腫、乳癌 → 分泌物細胞診、乳管造影、乳管内視鏡、超音波・MRIなどで精査 ・漿液性・膿性など:乳管拡張症、乳腺炎など
POINT
・乳癌の所見は「浸潤・牽引・リンパ管閉塞」で説明できる:えくぼ徴候(Cooper靱帯)、乳頭陥凹(乳管)、橙皮様変化(真皮リンパ管)、胸筋固着(深部浸潤)。 ・乳汁分泌は生理的・内分泌的(高プロラクチン血症)な原因が主で、乳癌を疑う所見ではない。 ・乳頭分泌で悪性を疑うのは「片側・単一乳管口・血性」の場合である。 ・橙皮様変化は炎症性乳癌の特徴で、T4に分類される進行所見である。
