StudyMed医師国家試験

「ちょっと見るだけ」が一線を越える―電子カルテ閲覧と医師の職業倫理

第118回医師国家試験 E問題 第15問

国試問題にチャレンジ

第118回 E問題 第15問

医師の職業倫理に反するのはどれか。

  1. a.患者からのセカンドオピニオンの求めに応じる。
  2. b.他の医師の不適切な医療行為に対して忠告する。
  3. c.自身の業務に関係のない患者の電子カルテを閲覧する。
  4. d.治験薬剤の適応に合致する患者に治験の情報を提供する。
  5. e.判断能力のない患者の利益擁護者に病状や治療内容を説明する。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は医師の職業倫理を問う問題だ。選択肢はどれも日常診療で出会う場面ばかり。判断の軸はシンプルで、「その行動は患者の権利を守っているか、それとも侵害しているか」。この物差しで一つずつ見ていこう。
医学生医学生
医療倫理の講義でリスボン宣言を習いました。患者の権利を並べた宣言でしたよね。
ドクタードクター
そう、世界医師会が採択した「患者の権利に関するリスボン宣言」だ。良質の医療を受ける権利、選択の自由、自己決定、情報に対する権利、守秘義務に対する権利などが並んでいる。日本医師会の職業倫理指針も同じ考え方に立っている。では、反する行動はどれだと思う?
医学生医学生
業務と関係ない患者の電子カルテを見る、ですね。でも正直、見るだけで誰にも話さなければ問題ないのでは、と思ってしまう人もいそうです。
ドクタードクター
そこが大事なポイントだ。診療記録には病名や既往歴、家族歴、生活状況など、極めて機微な情報が詰まっている。医療者がそれにアクセスできるのは、診療に必要な範囲に限って許されているからなんだ。担当外の患者、たとえば著名人や知人、同僚のカルテを興味本位で開く時点で、すでにプライバシーの侵害になる。
医学生医学生
漏らさなくても、見ること自体がアウトなんですね。
ドクタードクター
その通り。個人情報保護法の観点でも、取得したときの利用目的を超えた利用にあたる。多くの病院では電子カルテのアクセスログが記録・監査されていて、不正閲覧は懲戒処分の対象になる。さらに内容を他人に漏らせば、刑法の秘密漏示罪に問われうる。
医学生医学生
臨床実習の初日に、オリエンテーションで「担当患者以外のカルテは開かないこと、ログは全部残る」と念を押されました。
ドクタードクター
実習生にも守秘義務が求められるから、あの注意はとても重要なんだ。では残りの選択肢も確認しよう。セカンドオピニオンの求めに応じるのはどうかな。
医学生医学生
主治医としては、自分の診断を疑われているようで少し複雑な気もします。
ドクタードクター
気持ちはわかるけれど、リスボン宣言は患者がいつでも他の医師の意見を求める権利を認めている。これは選択の自由と自己決定を支えるものだ。主治医は快く応じ、紹介状や検査データを提供するのが望ましい姿勢だよ。
医学生医学生
同僚の不適切な医療に忠告するのは、人間関係を考えると言い出しにくそうです。
ドクタードクター
現場では確かに勇気がいる。でも見過ごせば患者が害を受けるおそれがあるし、医師という職業全体への信頼も損なわれる。専門職として互いの医療の質を保つ自浄作用、つまりプロフェッショナリズムの一部なんだ。改善がなければ組織や関係機関に報告することも求められる。
医学生医学生
治験の情報提供は、患者さんを研究に誘導しているように見えないか少し気になりました。
ドクタードクター
いい疑問だね。適応に合う患者に治験の存在を知らせるのは、既存治療に加えた選択肢を示すことで、情報に対する権利や自己決定を尊重する行動だ。ただし参加は任意で、目的や予測される利益と危険性、他の治療法、いつでも撤回できることを説明し、文書で同意を得る必要がある。断っても不利益を受けないことの保証も欠かせない。ヘルシンキ宣言やGCP省令の考え方だね。
医学生医学生
判断能力のない患者さんの場合は、本人以外に説明しても守秘義務違反にはならないんですね。
ドクタードクター
そう。意識障害や重度の認知症、未成年などでは、法定代理人や家族など患者の利益を代弁する人に説明し、推定意思や最善の利益に沿って方針を決める。リスボン宣言にも、法的無能力の患者では法律上の権限を有する代理人から同意を得ると書かれている。ただ、可能な範囲で本人にも説明し、意思決定に関わってもらうのが望ましいよ。
医学生医学生
まとめると、4つは患者の権利を守る行動で、カルテの不正閲覧だけが権利を侵害する行動、ということですね。
ドクタードクター
完璧だ。関連して押さえておきたいのは、ジュネーブ宣言がヒポクラテスの誓いを現代化した医師の誓いで、患者の秘密を守ることを掲げていること、ヘルシンキ宣言が人を対象とする医学研究の倫理原則であることだ。それから医療倫理の4原則、自律尊重・善行・無危害・正義も、迷ったときの判断の拠り所になる。臨床では、家族を名乗る電話への病状回答や、SNSでの症例の書き込みも守秘義務の落とし穴になりやすいから注意してほしい。
医学生医学生
宣言の名前と中身を対応させて覚えておくと、こういう問題で迷わなさそうです。
ドクタードクター
そうだね。そして何より、患者が安心して情報を打ち明けられるのは、医療者が秘密を守るという信頼があるからだということを忘れないでほしい。

まとめ

医師の職業倫理は、リスボン宣言に代表される患者の権利(良質の医療、選択の自由、自己決定、情報、守秘義務など)を守ることを基盤としています。業務に関係のない患者の電子カルテ閲覧は、内容を漏らさなくてもプライバシーと守秘義務の侵害であり、アクセスログ監査による懲戒の対象となり、内容を漏らせば刑法の秘密漏示罪にも問われえます。一方、セカンドオピニオンへの協力、同僚の不適切な医療への忠告、適応患者への治験情報の提供(任意参加・文書同意が前提)、判断能力のない患者の代理人への説明は、いずれも患者の権利と医療の質を守る適切な行動です。ジュネーブ宣言(医師の誓い)、ヘルシンキ宣言(医学研究)、医療倫理の4原則とあわせて整理しておくと、倫理問題を一貫した物差しで判断でき、信頼される医療者としての土台になります。

解答・解説

正解はcです

本問は「職業倫理に反するもの」を一つ選ぶ問題であり、4つは倫理的に適切な行動、1つが不適切な行動である。 医師の職業倫理の基盤となる国際的な文書として、世界医師会(World Medical Association:WMA)の「患者の権利に関するリスボン宣言」(1981年採択、その後改訂)がある。そこでは、良質の医療を受ける権利、選択の自由の権利、自己決定の権利、意識のない患者・法的無能力の患者への対応、情報に対する権利、守秘義務に対する権利、健康教育を受ける権利、尊厳に対する権利、宗教的支援に対する権利などが挙げられている。日本医師会の「医師の職業倫理指針」も同様の考え方に立っている。 各選択肢を、これらの患者の権利を守る行動か、それとも侵害する行動かという観点で判断するとよい。セカンドオピニオンへの協力、同僚の不適切な医療への忠告、治験に関する情報提供、判断能力のない患者の代理人への説明は、いずれも患者の権利や医療の質を守る行動である。一方、業務上必要のない患者の診療記録を見ることは、患者の個人情報とプライバシーを侵害する行為であり、職業倫理に反する。

選択肢考察

  1. ×a.  患者からのセカンドオピニオンの求めに応じる。

    倫理に反しない(適切な行動)。セカンドオピニオンとは、患者が現在の主治医とは別の医師(通常は他の医療機関の医師)に、診断や治療方針についての意見を求めることである。リスボン宣言は、患者が医師を自由に選び、いつでも他の医師の意見を求める権利を認めており、これは選択の自由と自己決定の権利を支えるものである。主治医は患者の求めに快く応じ、紹介状や検査データなど必要な情報を提供すべきであり、求められた側の医師も誠実に意見を述べることが望ましい。

  2. ×b.  他の医師の不適切な医療行為に対して忠告する。

    倫理に反しない(適切な行動)。同僚の不適切・危険な医療行為を見過ごすことは、患者が良質の医療を受ける権利を損ない、患者に害が及ぶおそれがある。医師には専門職として互いの医療の質を保ち、患者の安全を守る責務がある(プロフェッショナリズムにおける自律・自浄作用)。また、問題のある行為を放置すれば医師という職業全体への社会の信頼も損なわれる。必要に応じて忠告し、改善がなければ組織や関係機関へ報告することは、むしろ求められる行動である。

  3. ○c.  自身の業務に関係のない患者の電子カルテを閲覧する。

    倫理に反する(本問の正解)。診療記録には病名、既往歴、家族歴、生活状況など極めて機微な個人情報が含まれる。医療者は診療に必要な範囲でのみその情報にアクセスすることが許されており、担当外の患者(例えば著名人や知人、同僚)のカルテを興味本位で閲覧することは、患者のプライバシーと守秘義務に対する権利を侵害する。個人情報保護法の観点からも、取得時の利用目的を超えた個人情報の利用にあたり許されない。多くの医療機関では電子カルテのアクセスログが記録・監査されており、不正閲覧は懲戒処分の対象となる。閲覧した内容を他人に漏らせば、刑法上の秘密漏示罪にも問われうる。

  4. ×d.  治験薬剤の適応に合致する患者に治験の情報を提供する。

    倫理に反しない(適切な行動)。治験は、新しい薬剤の承認申請に必要な有効性・安全性のデータを得るための臨床試験である。適応に合致する患者に治験の存在を知らせることは、既存の治療に加えた選択肢を提示することであり、患者の情報に対する権利や自己決定の権利を尊重する行動である。ただし参加はあくまで任意であり、目的・方法・予測される利益と危険性・他の治療法・いつでも参加を撤回できることなどを十分に説明し、文書による同意を得る必要がある(ヘルシンキ宣言、GCP省令)。参加を断っても不利益を受けないことも保証しなければならない。

  5. ×e.  判断能力のない患者の利益擁護者に病状や治療内容を説明する。

    倫理に反しない(適切な行動)。医師には病状や治療について説明する義務がある。意識障害や重度の認知症、未成年などで患者本人に十分な判断能力がない場合は、法定代理人(親権者や成年後見人など)や家族など患者の利益を代弁する立場の人に説明し、患者の推定意思や最善の利益に沿って方針を決める。リスボン宣言でも、意識のない患者や法的無能力の患者については、法律上の権限を有する代理人から同意を得ることが求められている。なお、判断能力が不十分な患者であっても、可能な範囲で本人にも説明し、意思決定に関与させることが望ましい。

患者の権利に関するリスボン宣言(WMA、1981年採択、1995年・2005年改訂など)の主な項目

1. 良質の医療を受ける権利 2. 選択の自由の権利(医師や医療機関を選び、他の医師の意見を求める権利を含む) 3. 自己決定の権利 4. 意識のない患者 5. 法的無能力の患者 6. 患者の意思に反する処置 7. 情報に対する権利 8. 守秘義務に対する権利 9. 健康教育を受ける権利 10. 尊厳に対する権利 11. 宗教的支援に対する権利

その他の主な医の倫理に関する宣言

・ジュネーブ宣言(1948年):ヒポクラテスの誓いを現代化した医師の誓い。患者の健康を第一とし、患者の秘密を守ることなどを掲げる。 ・ヘルシンキ宣言(1964年):人を対象とする医学研究の倫理原則。インフォームド・コンセントや倫理審査委員会による審査を求める。

医療倫理の4原則

自律尊重(患者の自己決定を尊重する)、善行(患者の利益を図る)、無危害(患者に害を与えない)、正義(医療資源を公平に配分する)。

医療者の守秘義務

医師は刑法第134条(秘密漏示罪)により、業務上知り得た人の秘密を正当な理由なく漏らすことを禁じられている。また医療機関は個人情報保護法に基づき、患者の個人情報を利用目的の範囲内で適切に取り扱う義務を負う。

POINT

・業務と関係のない患者のカルテ閲覧は、プライバシー・守秘義務の侵害であり職業倫理に反する。 ・セカンドオピニオンへの協力は患者の選択の自由・自己決定の権利を支える。 ・同僚の不適切な医療行為への忠告は、患者の安全と医療の質を守る専門職の責務。 ・治験の情報提供は選択肢の提示であり適切。参加は任意で、文書同意が必要。 ・判断能力のない患者では、法定代理人などの利益擁護者に説明し同意を得る。 ・根拠となる文書:リスボン宣言(患者の権利)、ジュネーブ宣言(医師の誓い)、ヘルシンキ宣言(医学研究)。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。