StudyMed医師国家試験

「やっていない診療」を請求した代償―保険医登録取消しが問うもの

第119回医師国家試験 B問題 第25問

国試問題にチャレンジ

第119回 B問題 第25問

診療所長の医師が,実際には行っていない従業員への診療の報酬を繰り返し請求していたことが発覚した。厚生労働大臣はこの医師の保険医登録を取り消す処分を行った。  処分にあたって最も問題とされたのはどれか。

  1. a.情報開示
  2. b.法の遵守
  3. c.労働者保護
  4. d.経営の健全性
  5. e.情報セキュリティ

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は医療倫理と医療制度の問題だ。診療所長が何をしたのか、そしてその行為がどの規範に反するのかを一言で言い当てることが求められている。まずは行為の性質を整理してみよう。
医学生医学生
実際には診療していないのに報酬を請求していたので、いわゆる架空請求ですよね。
ドクタードクター
その通り。診療の事実がないのに診療報酬を請求するのは、不正請求の典型例なんだ。ここで前提として、保険医という仕組みを確認しておこう。医師免許があれば誰でも保険診療ができると思っていないかな。
医学生医学生
正直、医師免許があれば保険診療もできると思っていました。公衆衛生の講義で聞いた気はするんですが……。
ドクタードクター
よくある誤解だね。公的医療保険で診療を行うには、医師免許とは別に、健康保険法に基づいて厚生労働大臣の登録を受けた保険医である必要がある。医療機関の側も保険医療機関の指定を受ける。これを二重指定制というんだ。保険医は療養担当規則などのルールに従って診療し、診療報酬を正しく請求する義務を負っている。
医学生医学生
つまり、登録を取り消されると保険診療ができなくなるわけですね。医師免許はそのままでも。
ドクタードクター
そう。保険医登録の取消しは厚生労働大臣による行政処分で、医師免許そのものへの処分とは別の仕組みだ。さて、架空請求は何に違反しているだろう。
医学生医学生
健康保険法や療養担当規則に反しますし、保険者からお金をだまし取っているので、詐欺にもなりそうです。
ドクタードクター
まさに。刑法の詐欺罪にも当たりうる行為だ。だから処分で最も問題とされたのは、守るべき法令を守らなかったこと、つまり法の遵守、コンプライアンスの欠如なんだ。では、ほかの選択肢も見ていこう。名目に従業員が使われているから、労働者保護が気になった人もいるかもしれない。
医学生医学生
僕も一瞬そう思いました。従業員の名前を勝手に使われたわけですし。
ドクタードクター
気持ちはわかる。でも労働者保護は、労働時間や賃金、職場の安全や健康といった労働条件の話だ。今回は従業員の労働条件が損なわれたのではなく、公的医療保険制度が不正に使われたことが問題なんだ。経営の健全性はどうかな。
医学生医学生
お金に困って不正をした可能性はありそうですが、問題文には経営悪化の記載はないですね。
ドクタードクター
そう。動機として経営事情があったとしても、処分の根拠は経営状態ではなく違法行為そのものだ。情報開示は診療録の開示請求への対応など、情報セキュリティは患者情報の漏洩や不正アクセスの防止の話で、どちらも本問とは関係しない。
医学生医学生
選択肢がどれも医療機関に大切な価値なので迷いますが、行為そのものが何に反しているかを考えればいいんですね。
ドクタードクター
その考え方がいちばん確実だ。発展知識として処分の流れも押さえておこう。不正請求が疑われると、指導・監査を経て、保険医登録の取消しや保険医療機関の指定取消しが行われる。取り消されると原則5年間は再登録・再指定を受けられない。不正に受け取った報酬は返還を求められ、加算金が課されることもある。
医学生医学生
医師免許のほうにも影響はありますか。
ドクタードクター
刑事事件として詐欺罪で有罪になった場合などには、医師法に基づき、医道審議会の意見を聴いて医業停止や免許取消しといった処分が別途行われることもある。行政処分、刑事責任、医師免許への処分は、それぞれ別の仕組みとして動くんだ。
医学生医学生
臨床実習で、指導医の先生がカルテ記載と算定を必ず一致させるよう口うるさく言っていた理由がわかりました。
ドクタードクター
いい経験だね。保険診療は国民の保険料と公費で成り立つ制度だから、その信頼を損なう行為は厳しく処分される。故意の架空請求はもちろん、記載の不備から意図せず不適切な請求になることもあるから、日々の正確な記録が自分を守ることにもつながるんだ。

まとめ

実際に行っていない診療の報酬を請求する架空請求は、健康保険法や療養担当規則に反する不正請求であり、刑法の詐欺罪にも当たりうる違法行為です。保険診療を行うには医師免許とは別に厚生労働大臣による保険医登録が必要で、不正請求は登録取消しの対象となり、原則5年間は再登録できません。したがって本問の処分で最も問題とされたのは法の遵守(コンプライアンス)であり、情報開示、労働者保護、経営の健全性、情報セキュリティは本事例の論点ではありません。刑事で有罪となれば医道審議会を経て医師免許への処分が別途行われることもあります。保険診療が国民の保険料と公費で支えられていることを理解し、正確な記録と適正な請求を習慣づけることは、医師としての信頼を守る基本です。

解答・解説

正解はbです

状況の整理

診療所長である医師が、実際には行っていない診療について、診療報酬を繰り返し請求していた。これは診療の事実がないのに報酬を請求する「架空請求」であり、診療報酬の不正請求の典型例である。その結果、厚生労働大臣が保険医登録を取り消した。

保険医とは

我が国の公的医療保険(健康保険など)で診療を行うには、医師免許とは別に、健康保険法に基づいて厚生労働大臣の登録を受けた「保険医」である必要がある。保険医は「保険医療機関及び保険医療養担当規則(療養担当規則)」などのルールに従って保険診療を行い、診療報酬を正しく請求する義務を負う。

考え方

架空請求は、健康保険法や療養担当規則に反するだけでなく、保険者(健康保険組合など)から金銭をだまし取る行為として刑法の詐欺罪にも当たりうる。したがって、この処分で最も問題とされたのは、医師として、また保険医として守るべき法令を守っていなかったこと、すなわち「法の遵守(コンプライアンス)」の欠如である。問題文には情報の公開、従業員の権利、経営状態、情報管理に関する問題をうかがわせる記載はない。

選択肢考察

  1. ×a.  情報開示

    情報開示は、診療録の開示請求への対応や、医療機関の情報を患者に公表することなどに関する論点である。本問では医療情報の開示を拒んだり怠ったりした事実は示されておらず、処分の主な理由ではない。

  2. ○b.  法の遵守

    行っていない診療の報酬を請求することは、健康保険法や療養担当規則に定められた保険医の義務に反し、刑法上も詐欺罪に相当しうる違法行為である。保険医登録の取消しは、こうした重大な法令違反に対する行政処分である。したがって、最も問題とされたのは法の遵守(コンプライアンス)である。

  3. ×c.  労働者保護

    架空請求の名目として従業員が使われているが、従業員の労働条件や健康・安全が損なわれたという内容ではない。問題となったのは公的医療保険制度を不正に利用したことであり、労働基準法などの労働者保護の論点ではない。

  4. ×d.  経営の健全性

    不正請求の動機として経営上の事情があった可能性はあるが、問題文には経営が悪化していたことを示す記載はない。処分の根拠は経営状態ではなく、不正な請求という違法行為そのものである。

  5. ×e.  情報セキュリティ

    情報セキュリティは、患者情報の漏洩や不正アクセスの防止などに関する論点である。本問は不正行為が発覚したという事例であり、情報管理の不備が問われているわけではない。

保険医と保険医療機関

・保険医:健康保険法に基づき、厚生労働大臣の登録を受けた医師。保険診療を行うには医師免許に加えてこの登録が必要である。 ・保険医療機関:厚生労働大臣の指定を受けた病院・診療所。保険診療を行う医療機関側の資格である。 ・医師は「保険医」、医療機関は「保険医療機関」という二重の仕組み(二重指定制)になっている。

不正請求に対する処分

・不正請求が明らかになると、指導・監査を経て、保険医登録の取消しや保険医療機関の指定取消しなどの行政処分が行われる。取り消されると、原則として一定期間(5年間)は再登録・再指定を受けられない。 ・不正に受け取った診療報酬は返還を求められ、加算金が課されることもある。 ・刑事事件として詐欺罪で有罪となった場合などには、医師法に基づき、医道審議会の意見を聴いて医業停止や免許取消しといった医師免許に対する処分が別途行われることもある。

医療におけるコンプライアンス

医師は、医師法・医療法・健康保険法・医薬品医療機器等法(旧薬事法)などの法令を守ることを前提に診療を行う。保険診療は国民の保険料や公費で成り立つ制度であり、その信頼を損なう不正請求は厳しく処分される。

POINT

・行っていない診療の報酬を請求する架空請求は診療報酬の不正請求であり、法令違反である。 ・保険医の登録は健康保険法に基づき厚生労働大臣が行い、不正請求は登録取消しの対象となる。 ・架空請求は刑法の詐欺罪にも当たりうる。 ・本問の処分で問題とされたのは「法の遵守(コンプライアンス)」である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。