StudyMed医師国家試験

「やめます」に理由はいらない―被験者を守る医学研究倫理の原則

第120回医師国家試験 E問題 第24問

国試問題にチャレンジ

第120回 E問題 第24問

医学研究の倫理で正しいのはどれか。

  1. a.研究の資金源は秘匿する。
  2. b.侵襲を伴わない研究の倫理審査は不要である。
  3. c.13歳未満の子どもには研究の目的を伝えない。
  4. d.研究目的の重要性は対象者のリスクより優先される。
  5. e.対象者は理由を説明することなく研究参加の同意を撤回できる。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は医学研究の倫理を問う問題だ。症例問題ではないけれど、どの選択肢も「研究対象者の人権・安全・福利を、科学や社会の利益より優先する」という一本の軸で判断できる。まずはその軸を確認していこう。研究倫理の国際的な基本原則といえば何を思い浮かべるかな。
医学生医学生
ヘルシンキ宣言です。医療倫理の講義で、ニュルンベルク綱領の後にできたと習いました。
ドクタードクター
その通り。ニュルンベルク綱領はナチス・ドイツの人体実験を裁いた裁判を受けて作られ、被験者の自発的同意を絶対的に必要としたもの。それを受けて世界医師会が1964年にヘルシンキ宣言を採択し、改訂を重ねてきた。日本では「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」や臨床研究法で具体的なルールが定められているよ。
医学生医学生
じゃあ、まず研究目的の重要性と対象者のリスクの関係はどうなりますか。社会のために大事な研究なら、多少のリスクは許されるような気もしてしまいます。
ドクタードクター
そこが一番の落とし穴だね。ヘルシンキ宣言は、新しい知識を得ることが研究の目的であっても、それが個々の対象者の権利と利益に優先してはならないと明記している。研究が正当化されるのは、リスクと負担を最小にしたうえで、期待される利益がそれを上回る場合だけ。研究中にリスクが利益を上回るとわかれば、修正か中止が必要になる。
医学生医学生
目的の重要性が優先されるという選択肢は、軸と真逆なんですね。では資金源の秘匿はどうでしょう。
ドクタードクター
これも誤り。製薬企業などとの経済的関係は、研究デザインや解析、公表の仕方に偏りを生みうる。これを利益相反、COIというんだ。COIがあること自体はすぐ不正になるわけではないけれど、適切に管理して開示することが求められる。説明文書や論文、学会発表にも資金源とCOIを明記するんだよ。
医学生医学生
そういえば学会発表のスライドの最初に、COI開示のページが必ずありますね。
ドクタードクター
よく見ているね。次は「侵襲を伴わない研究の倫理審査は不要」という選択肢。どう考える?
医学生医学生
採血も投薬もないアンケート研究なら、危険はなさそうなので審査はいらないのかな、と思いました。
ドクタードクター
そう考えたくなるけれど誤りなんだ。アンケートや診療記録、保存試料を使う研究でも、個人情報の漏洩、心理的負担、差別やプライバシー侵害のリスクがある。だからヒトを対象とする研究は、侵襲の有無にかかわらず原則として事前に倫理審査委員会の審査と研究機関の長の許可が必要だ。侵襲の程度で変わるのは、同意の取り方や迅速審査が可能かといった手続きのほうで、審査そのものは省けない。
医学生医学生
診療記録を使う研究で、病院の掲示板にオプトアウトのお知らせが貼ってあるのを見たことがあります。あれは同意の取り方の工夫なんですね。
ドクタードクター
その通り。では子どもの選択肢はどうだろう。
医学生医学生
小児科の臨床実習で、治験に参加する子にイラスト付きの説明文書を使っていました。なので、年齢が低くても目的を伝えないのはおかしい気がします。
ドクタードクター
いい経験だね。子どもは単独で法的に有効な同意をしにくいので、保護者など代諾者の同意を得る。そのうえで本人にも理解力に応じた言葉で目的や内容を説明し、本人の賛意、インフォームド・アセントを得るよう努めるんだ。本人が拒んだらその意思はできるだけ尊重する。「13歳未満には伝えない」という線引きは存在しないよ。
医学生医学生
そうすると正解は、対象者は理由を説明せずに同意を撤回できる、ですね。
ドクタードクター
正解。参加は自由意思に基づくもので、その自由は同意した後も保障される。もし撤回に理由を求めたり、撤回したら診療で不利益を受けたりするなら、事実上の参加強制になってしまう。だから説明文書には「いつでも撤回でき、撤回しても不利益を受けない」ことを必ず書くんだ。
医学生医学生
主治医に気をつかって「やめたい」と言い出せない患者さんもいそうなので、理由不要というのは大事な保障ですね。
ドクタードクター
まさにそこが臨床での注意点だ。研究者が主治医を兼ねると、患者は断りにくい立場に置かれやすい。だからこそ、説明の場で拒否や撤回の自由をはっきり伝えることが重要なんだ。発展として、米国のベルモント・レポートが示した人格の尊重、善行、正義の3原則もセットで覚えておこう。
医学生医学生
臨床研究法や治験のルールとはどう関係するんでしょうか。
ドクタードクター
臨床研究法は、未承認・適応外の医薬品等を使う研究や、企業から資金提供を受ける医薬品等の研究を特定臨床研究として、認定臨床研究審査委員会の審査やjRCTへの登録を義務付けている。承認申請のための治験は医薬品医療機器等法とGCPで規制される。枠組みは違っても、対象者保護という根っこは同じだよ。

まとめ

ヒトを対象とする医学研究では、ヘルシンキ宣言に基づき、研究対象者の人権・安全・福利が研究の目的や社会的利益より常に優先されます。そのため対象者はいつでも理由を示さずに同意を撤回でき、撤回によって不利益を受けてはなりません。侵襲の有無にかかわらず原則として事前の倫理審査が必要であり、資金源や利益相反は開示し、子どもにも理解力に応じて説明してインフォームド・アセントを得るよう努めます。ニュルンベルク綱領、ベルモント・レポート、国内の倫理指針や臨床研究法とあわせて理解しておくことは、将来研究に関わるときだけでなく、日常診療で患者の自己決定を尊重する姿勢の土台にもなります。

解答・解説

正解はeです

ヒトを対象とする医学研究の倫理は、世界医師会(WMA)のヘルシンキ宣言(1964年採択、以後たびたび改訂。最新は2024年)を国際的な基本原則とし、日本では「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」(2021年施行)や臨床研究法などで具体的に定められている。その中心にあるのは、研究対象者(被験者)の人権・安全・福利を、科学や社会の利益よりも優先するという考え方である。 この原則から、次のような要件が導かれる。(1)研究計画を事前に倫理審査委員会で審査・承認を受けること、(2)十分な説明のうえで自由意思による同意(インフォームド・コンセント)を得ること、(3)同意はいつでも撤回でき、それによって不利益を受けないこと、(4)リスクを最小にし、研究の価値がリスクを上回る場合に限って行うこと、(5)資金源や利益相反を開示して透明性を確保すること、(6)子どもなど同意能力が不十分な人も、理解力に応じて説明を受け、本人の賛意(インフォームド・アセント)を尊重されること。各選択肢がこれらの原則に合っているかを確かめれば正解にたどり着ける。

選択肢考察

  1. ×a.  研究の資金源は秘匿する。

    誤りである。資金提供者(製薬企業など)と研究者との経済的関係は、研究のデザイン・解析・結果の公表に偏りを生じさせうる。このような状態を利益相反(COI:conflict of interest)といい、利益相反があること自体は直ちに不正ではないが、適切に管理し開示することが求められる。研究計画書や説明文書、倫理審査、学会発表、論文には資金源とCOIを明記し、対象者や読者が研究の公正さを判断できるようにする。

  2. ×b.  侵襲を伴わない研究の倫理審査は不要である。

    誤りである。採血や投薬などの身体的侵襲がなくても、アンケートや診療記録・試料の利用では個人情報の漏洩、心理的負担、差別やプライバシー侵害などのリスクがある。そのため、ヒトを対象とする研究は侵襲の有無にかかわらず、原則として研究開始前に倫理審査委員会の審査と研究機関の長の許可が必要である。侵襲の有無やその程度によって変わるのは、インフォームド・コンセントの取得方法(文書か口頭か、オプトアウトでよいか等)や審査の手続き(迅速審査が可能か等)であって、審査そのものを省いてよいわけではない。

  3. ×c.  13歳未満の子どもには研究の目的を伝えない。

    誤りである。子どもは法的に有効な同意を単独で与えられないことが多く、保護者など代諾者の同意(代諾)を得るが、それに加えて、本人の年齢や理解力に応じた言葉で研究の目的や内容を説明し、本人の賛意(インフォームド・アセント)を得るよう努めることが求められる。本人が参加を拒んだ場合には、その意思をできるだけ尊重する。「13歳未満には目的を伝えない」という年齢の線引きは存在しない。

  4. ×d.  研究目的の重要性は対象者のリスクより優先される。

    誤りである。ヘルシンキ宣言は、医学研究の目的が新たな知識を得ることにあっても、それが個々の研究対象者の権利と利益に優先してはならないと明記している。研究は、予測されるリスクと負担が最小化され、研究の重要性(期待される利益)がそれを上回ると判断される場合に限って正当化される。また、研究中にリスクが利益を上回ることが判明した場合は、研究を修正または中止しなければならない。

  5. ○e.  対象者は理由を説明することなく研究参加の同意を撤回できる。

    正しい。研究への参加は対象者の自由意思に基づくものであり、その自由は同意した後も保障される。ヘルシンキ宣言でも、対象者はいつでも報復や不利益を受けることなく同意を撤回できることが示されており、撤回に理由を述べる必要はない。もし理由の説明を求めたり、撤回によって診療上の不利益を受けたりするなら、事実上参加を強制することになるからである。このため、説明文書には「同意はいつでも撤回でき、撤回しても不利益を受けない」ことを必ず記載する。

医学研究倫理の歴史的背景

・ニュルンベルク綱領(1947年):ナチス・ドイツの人体実験を裁いた裁判を受けて作られ、被験者の自発的同意を絶対的に必要とすることを示した。 ・ヘルシンキ宣言(1964年、世界医師会):医師が行うヒトを対象とした研究の倫理原則。研究計画書の作成、倫理審査委員会による審査、インフォームド・コンセント、同意能力のない人の保護、プラセボ使用の条件、研究登録と結果公表、利益相反の開示などを定める。 ・ベルモント・レポート(1979年、米国):人格の尊重、善行(恩恵)、正義の3原則を示した。

日本の主な規制

・人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針:倫理審査、インフォームド・コンセント、個人情報保護、利益相反の管理、有害事象への対応などを定める。 ・臨床研究法(2018年施行):未承認・適応外の医薬品等を用いる研究や、製薬企業等から資金提供を受ける医薬品等の臨床研究を「特定臨床研究」とし、認定臨床研究審査委員会の審査や公開データベース(jRCT)への登録を義務付ける。 ・医薬品の承認申請のための臨床試験(治験)は、医薬品医療機器等法とGCP(医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令)で規制される。

インフォームド・コンセントで説明すべき主な事項

研究の目的・方法・期間、予測される利益とリスク・負担、ほかの選択肢、参加は任意であり拒否・撤回しても不利益を受けないこと、個人情報の取り扱い、資金源と利益相反、健康被害が生じた場合の補償、問い合わせ先など。

子どもを対象とする研究

代諾者(親権者など)の同意に加え、本人の理解力に応じた説明とインフォームド・アセントを得るよう努める。年齢が上がり十分な判断能力がある場合(中学校の課程を修了した者、または16歳以上など)には、本人からもインフォームド・コンセントを受けることが求められる。

POINT

・対象者の人権・安全・福利は、研究の目的や社会的利益より常に優先される(ヘルシンキ宣言)。 ・同意はいつでも、理由を示さずに撤回でき、撤回による不利益はない。 ・侵襲の有無にかかわらず、ヒトを対象とする研究は原則として事前の倫理審査が必要。 ・資金源・利益相反(COI)は開示する。 ・子どもにも理解に応じて説明し、インフォームド・アセントを得る。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。