帝王切開の脊椎麻酔で真っ先に警戒すべきもの―交感神経遮断と大きな子宮が招く血圧低下
第110回医師国家試験 B問題 第15問
国試問題にチャレンジ
帝王切開のための脊髄くも膜下麻酔時に最も高頻度に起こるのはどれか。
- a.誤嚥
- b.嗄声
- c.発熱
- d.乏尿
- e.血圧低下
対話形式の解説
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ドクターまとめ
帝王切開の脊髄くも膜下麻酔で最も高頻度に起こる合併症は血圧低下です。T4レベルまでの高い麻酔域で広範な交感神経が遮断され、血管拡張と静脈プーリングにより静脈還流と心拍出量が減り、さらに妊娠子宮による下大静脈圧迫(仰臥位低血圧症候群)が重なることが原因です。対策は子宮左方転位、急速輸液、フェニレフリンやエフェドリンなどの昇圧薬で、母体低血圧は子宮胎盤血流を減らして胎児機能不全を招くため迅速な対応が求められます。誤嚥や嗄声は全身麻酔・気管挿管、悪性高熱症は吸入麻酔薬などによる全身麻酔の合併症であり、区域麻酔ではまれです。麻酔法ごとに「何が遮断され、何が保たれるか」を理解しておくことが、合併症の予測と周術期管理の基本になります。
解答・解説
正解はeです
問われていること
帝王切開は、現在多くの場合、脊髄くも膜下麻酔(脊椎麻酔。くも膜下腔に局所麻酔薬を注入し、脊髄神経をブロックする方法)や硬膜外麻酔との併用(脊髄くも膜下硬膜外併用麻酔)で行われる。本問は、その際に最も頻繁に起こる合併症を問うている。
脊髄くも膜下麻酔で血圧が下がる仕組み
1. 交感神経遮断: 交感神経の節前線維は胸腰髄(T1〜L2)から出る。帝王切開では腹膜刺激による痛みを抑えるため、およそT4レベルまでの高い麻酔域が必要となり、広い範囲の交感神経が遮断される。 2. 血管拡張: 細動脈が拡張して末梢血管抵抗が下がり、さらに容量血管である静脈も拡張して下半身に血液がたまる(プーリング)。その結果、心臓に戻る血液(静脈還流量)が減り、心拍出量が低下する。 3. 徐脈: 麻酔域がT1〜T4に及ぶと心臓促進神経も遮断され、静脈還流の減少による反射(Bezold-Jarisch反射)も加わって徐脈になりやすく、血圧低下を助長する。
妊婦に特有の要因
妊娠後期の妊婦が仰臥位をとると、大きくなった子宮が下大静脈(と腹部大動脈)を圧迫し、静脈還流が減って低血圧を起こす(仰臥位低血圧症候群)。脊髄くも膜下麻酔で交感神経による代償(血管収縮)が失われると、この影響がさらに強く現れる。 これらが重なるため、予防策をとらなければ帝王切開の脊髄くも膜下麻酔では高い頻度で血圧低下が起こり、最も頻度の高い合併症となる。母体の低血圧は悪心・嘔吐、意識レベル低下を起こすほか、子宮胎盤血流を減らして胎児機能不全(胎児の低酸素・アシドーシス)につながるため、迅速な対応が必要である。
選択肢考察
- ×a. 誤嚥
誤り。妊婦はプロゲステロンによる下部食道括約筋の弛緩、増大した子宮による胃の圧迫、胃内容排出の遅れなどから誤嚥の危険が高く、全身麻酔の導入時には特に注意が必要である。しかし脊髄くも膜下麻酔では意識が保たれ、咽頭・喉頭の反射(咳嗽反射・嚥下反射)も維持されるため、誤嚥の頻度は低い。妊婦の帝王切開で区域麻酔(脊髄くも膜下麻酔・硬膜外麻酔)が全身麻酔より優先される理由の一つが、この誤嚥や挿管困難のリスクを避けられる点である。なお、血圧低下に伴って悪心・嘔吐が起こることはあり、血圧を保つことは嘔吐予防にもなる。
- ×b. 嗄声
誤り。嗄声(声のかすれ)は、全身麻酔時の気管挿管でチューブが声帯を圧迫・損傷したり、反回神経が障害されたりして起こる。脊髄くも膜下麻酔では気管挿管を行わず、局所麻酔薬が作用するのは脊髄神経であって喉頭の神経ではないため、嗄声は原則として起こらない。
- ×c. 発熱
誤り。麻酔に関連する重篤な発熱として悪性高熱症があるが、これは揮発性吸入麻酔薬やスキサメトニウム(脱分極性筋弛緩薬)が誘因となる全身麻酔の合併症で、遺伝的素因(主にリアノジン受容体〔RYR1〕の異常)をもつ人に起こるまれな病態である。脊髄くも膜下麻酔で用いる局所麻酔薬は誘因とならない。むしろ脊髄くも膜下麻酔では、末梢血管拡張により体の中心部の熱が末梢へ移動するため、体温は低下する傾向にある(シバリングを伴うことがある)。
- ×d. 乏尿
誤り。脊髄くも膜下麻酔そのものが尿の産生を直接減らすことはない。高度の低血圧が持続すれば腎血流が減って乏尿をきたしうるが、血圧低下に対しては直ちに昇圧薬投与や輸液で対処するため、乏尿にまで至ることは少ない。なお、仙髄(S2〜S4)領域の遮断で膀胱の収縮が障害され、術後に尿閉(尿は作られているが排出できない状態)が起こることはあるが、これは乏尿とは異なる。
- ○e. 血圧低下
正しい。脊髄くも膜下麻酔による広範な交感神経遮断で末梢血管抵抗が下がり、静脈拡張による血液のプーリングで静脈還流量と心拍出量が減る。さらに妊婦では増大した子宮による下大静脈の圧迫(仰臥位低血圧症候群)が加わるため、帝王切開時の脊髄くも膜下麻酔では血圧低下が最も高頻度にみられる。麻酔薬注入直後から数分〜十数分の間に起こりやすい。対策として、子宮の左方転位(手術台を左に傾ける、右腰の下に枕を入れる)、麻酔と同時に輸液を急速に行うこと、昇圧薬(フェニレフリン、徐脈を伴う場合はエフェドリンなど)の投与が行われる。
脊髄くも膜下麻酔の主な合併症
・低血圧: 最も頻度が高い。交感神経遮断による。 ・徐脈: 高位の遮断で心臓交感神経が遮断されたときや、Bezold-Jarisch反射による。 ・悪心・嘔吐: 低血圧に伴う脳血流低下や、相対的な迷走神経優位による。 ・高位脊髄くも膜下麻酔・全脊髄くも膜下麻酔: 麻酔域が頸髄まで上がると呼吸困難、上肢のしびれ、意識消失、呼吸停止に至ることがある。 ・硬膜穿刺後頭痛: 穿刺部位から脳脊髄液が漏れて起こる。立位で増悪し臥位で軽快する。若年女性・妊婦に多く、細い穿刺針・ペンシルポイント針の使用で頻度が減る。重症例では硬膜外自家血パッチを行う。 ・尿閉: 仙髄領域の遮断による。 ・まれな合併症: 硬膜外血腫・膿瘍、神経障害、局所麻酔薬中毒(主に硬膜外麻酔で大量の薬剤を使うとき)。
帝王切開で区域麻酔が選ばれる理由
妊婦は機能的残気量の低下と酸素消費量の増加で低酸素になりやすく、気道粘膜の浮腫で挿管困難の頻度が高く、誤嚥の危険も高い。区域麻酔はこれらを回避でき、胎児への薬剤移行も少なく、母親が意識のある状態で出生に立ち会える利点がある。緊急で時間的余裕がない場合や凝固障害がある場合などは全身麻酔が選択される。
仰臥位低血圧症候群
妊娠後期の仰臥位で、子宮が下大静脈を圧迫し静脈還流が減ることで起こる。血圧低下、頻脈、顔面蒼白、悪心、冷汗などを示し、左側臥位にすると改善する。
POINT
・帝王切開の脊髄くも膜下麻酔で最も多い合併症は血圧低下。 ・機序: 交感神経遮断(血管拡張・静脈プーリング・静脈還流減少)+妊婦の仰臥位低血圧症候群(子宮による下大静脈圧迫)。 ・対策: 子宮左方転位、輸液、昇圧薬(フェニレフリン、エフェドリン)。 ・母体低血圧は子宮胎盤血流を減らし、胎児機能不全の原因になる。 ・嗄声は気管挿管、悪性高熱症は吸入麻酔薬・スキサメトニウムによる全身麻酔の合併症。
