下がった血圧は母と胎児の危機―脊髄くも膜下麻酔後の低血圧に何をするか
第103回医師国家試験 G問題 第38問
国試問題にチャレンジ
帝王切開術に際して脊髄くも膜下麻酔を施行したところ低血圧を生じた。 対応として正しいのはどれか。2つ選べ。
- a.半坐位にする。
- b.エフェドリン静注
- c.オキシトシン静注
- d.乳酸リンゲル液輸液
- e.重炭酸ナトリウム静注
対話形式の解説
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医学生
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ドクターまとめ
脊髄くも膜下麻酔では交感神経が遮断されて血管が拡張し、静脈還流が減ることで低血圧が起こり、妊婦では仰臥位低血圧症候群による下大静脈圧迫がこれに重なります。母体の低血圧は子宮胎盤血流を減らして胎児の低酸素・アシドーシスを招くため、子宮左方転位、乳酸リンゲル液などの細胞外液の急速輸液、エフェドリンやフェニレフリンなどの昇圧薬投与で速やかに是正します。上半身を起こす体位は静脈還流をさらに減らし、オキシトシンは娩出後の子宮収縮薬、重炭酸ナトリウムはアシドーシス補正薬であり、いずれも低血圧の対応にはなりません。悪心・嘔吐が低血圧のサインとなることもあり、合併症を機序から理解しておくことが、安全な産科麻酔管理の土台になります。
解答・解説
正解はb, dです
脊髄くも膜下麻酔(腰椎麻酔)は、くも膜下腔に局所麻酔薬を注入して脊髄神経を遮断する方法である。運動・感覚神経と同時に交感神経も遮断されるため、下半身を中心に血管が拡張し、静脈還流量(心臓へ戻る血液量)が減って血圧が低下する。遮断範囲が第4胸髄(T4)付近まで及ぶと、心臓へ向かう交感神経(T1〜T4)も抑制されて徐脈を伴うことがある。 帝王切開では、この交感神経遮断に加えて、仰臥位で妊娠子宮が下大静脈を圧迫する仰臥位低血圧症候群が重なるため、低血圧が非常に起こりやすい。母体の低血圧は子宮胎盤血流を減らし、胎児の低酸素・アシドーシスにつながるので、速やかに是正しなければならない。 対応の基本は、(1) 静脈還流を増やす体位(子宮左方転位など)、(2) 細胞外液製剤による輸液で循環血液量を補うこと、(3) 昇圧薬の投与の3つである。本問では選択肢のうち輸液(乳酸リンゲル液)と昇圧薬(エフェドリン)がこれに当たる。
選択肢考察
- ×a. 半坐位にする。
誤り。上半身を起こすと重力で血液が下肢へ貯留し、静脈還流がさらに減って低血圧が悪化する。また、脊髄くも膜下麻酔では高比重の局所麻酔薬を用いることが多く、体位によって麻酔の広がりも変わる。低血圧時に頭部を高くする体位は避けるべきであり、妊婦では仰臥位のまま子宮を左へ寄せる(右腰の下に枕を入れる、手術台を左に傾ける)ことで下大静脈の圧迫を解除するのが適切である。
- ○b. エフェドリン静注
正しい。エフェドリンはα受容体・β受容体の双方を刺激し、さらに交感神経終末からのノルアドレナリン放出を促す間接作用も持つ昇圧薬である。血管収縮と心拍出量増加の両面で血圧を上げ、心拍数も保たれやすいため、脊髄くも膜下麻酔後の低血圧、とくに徐脈を伴う場合に使いやすい。なお現在の産科麻酔では、α1受容体刺激薬のフェニレフリンも第一選択として広く用いられている(エフェドリンは胎盤を通過して胎児アシドーシスを起こしやすいとの報告があるため)。いずれにせよ昇圧薬の投与は標準的な対応である。
- ×c. オキシトシン静注
誤り。オキシトシンは子宮収縮薬であり、帝王切開では胎児娩出後に子宮収縮を促して出血を減らす目的で使う。娩出前に投与すると子宮が収縮して子宮胎盤血流が減り、低血圧で既に低下している胎児への酸素供給をさらに悪化させる。加えて、オキシトシンの急速静注は血管拡張作用によって血圧を下げることがあり、低血圧の是正にはならない。
- ○d. 乳酸リンゲル液輸液
正しい。乳酸リンゲル液は電解質組成が細胞外液に近い等張晶質液(細胞外液補充液)で、血管内に投与すると循環血液量を補い、交感神経遮断による相対的な血管内容量不足を是正する。脊髄くも膜下麻酔の施行時には、麻酔の開始に合わせて急速に輸液する(コロード)ことが低血圧の予防・治療に有効とされる。
- ×e. 重炭酸ナトリウム静注
誤り。重炭酸ナトリウム(炭酸水素ナトリウム)は代謝性アシドーシスの補正に用いる薬剤である。本問の低血圧は交感神経遮断と静脈還流低下によるもので、アシドーシスが原因ではない。原因である循環動態の異常を輸液と昇圧薬で正すのが先であり、ここで重炭酸ナトリウムを投与する根拠はない。
帝王切開の麻酔
緊急度が極めて高い場合や、凝固異常・血小板減少などで区域麻酔が禁忌となる場合を除き、帝王切開では脊髄くも膜下麻酔(または硬膜外麻酔との併用)が標準である。全身麻酔と比べて、母体の誤嚥や挿管困難のリスクを避けられ、麻酔薬による新生児の抑制も少ない。
脊髄くも膜下麻酔の主な合併症
・低血圧:交感神経遮断による血管拡張と静脈還流低下。妊婦では仰臥位低血圧症候群が加わる。 ・徐脈:T1〜T4の心臓交感神経の遮断、静脈還流低下による反射(Bezold-Jarisch反射)。 ・高位脊髄くも膜下麻酔/全脊椎麻酔:呼吸抑制、意識消失。 ・硬膜穿刺後頭痛:座位や立位で増悪し、臥位で軽快する頭痛。 ・悪心・嘔吐:低血圧に伴う脳血流低下が一因となる。
低血圧への対応のまとめ
・体位:子宮左方転位(左側臥位や手術台の左傾斜)、必要に応じて下肢挙上。 ・輸液:乳酸リンゲル液などの細胞外液補充液を急速投与。 ・昇圧薬:フェニレフリン、エフェドリン。 ・酸素投与と胎児心拍のモニタリング。
POINT
・脊髄くも膜下麻酔後の低血圧は交感神経遮断による血管拡張・静脈還流低下が原因。 ・妊婦では仰臥位低血圧症候群が加わるため、子宮左方転位を行う。上半身を起こす体位は低血圧を悪化させる。 ・治療の柱は細胞外液(乳酸リンゲル液など)の輸液と昇圧薬(エフェドリン、フェニレフリン)。 ・オキシトシンは胎児娩出後に使う子宮収縮薬であり、娩出前の低血圧対策には用いない。
