減らすべきはお酒ではない―生活習慣から高血圧指導の優先順位を見極める
第108回医師国家試験 F問題 第25問
国試問題にチャレンジ
52歳の男性。職場の健康診断で高血圧を指摘され来院した。45歳の時にも高血圧を指摘され2年間降圧薬を内服したが,その後は内服していなかった。食事の塩分摂取量も意識していない。喫煙は20本/日を32年間。飲酒はビール350 mLを週2回程度で20年間。仕事は事務職で最近2か月の週当たりの労働時間は65時間以上が続いており,運動はしていない。身長168 cm,体重74 kg。脈拍72/分,整。血圧166/102 mmHg。血液生化学所見:AST 23 IU/L,ALT 18 IU/L,γ-GTP 23 IU/L(基準8~50),空腹時血糖102 mg/dL,総コレステロール210 mg/dL,トリグリセリド104 mg/dL,HDLコレステロール52 mg/dL。 この患者に対する指導として優先度が低いのはどれか。
- a.禁煙
- b.禁酒
- c.減塩
- d.運動の奨励
- e.労働時間の短縮
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高血圧の生活習慣修正には、減塩(6 g/日未満)、減量(BMI 25未満)、有酸素運動、節酒、禁煙、野菜・果物の摂取があり、さらに長時間労働やストレスの管理も血圧を下げるうえで重要です。指導の優先順位は、一般論ではなく患者ごとに実際に問題となっている項目から判断します。本例では肥満・運動不足・塩分過多・重喫煙・過労死ラインに達する長時間労働がある一方、飲酒は男性の節酒目安(エタノール20~30 mL/日以下)を大きく下回り肝機能も正常なため、禁酒の優先度は低くなります。また、II度高血圧に男性・喫煙が加わる高リスク例では、生活習慣の修正と並行して降圧薬の開始・再開を検討します。患者の生活背景から優先順位をつけて指導する姿勢は、外来診療や健診後のフォローで欠かせない実践的なスキルです。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・52歳男性、健診で高血圧を指摘。7年前にも高血圧と言われ降圧薬を2年間服用したが、その後は自己中断している。 ・血圧166/102 mmHgで、収縮期160~179 mmHgかつ/または拡張期100~109 mmHgに当たるため、日本高血圧学会のガイドライン(JSH2019)の分類ではII度高血圧である。 ・BMI(体格指数)は 74 ÷ 1.68² ≒ 26.2 で、日本の基準(BMI 25以上)では肥満(1度)に当たる。 ・生活習慣:塩分摂取に無頓着、喫煙20本/日×32年(ブリンクマン指数 20×32=640)、運動習慣なし、週65時間以上の長時間労働が2か月続いている。 ・飲酒はビール350 mLを週2回程度であり、量としては少ない。 ・AST、ALT、γ-GTP(γ-グルタミルトランスペプチダーゼ)はいずれも基準範囲内で、多量飲酒を示唆する所見はない。空腹時血糖、脂質も明らかな異常はない。
診断の考え方
若年期から高血圧があり、二次性高血圧を疑わせる所見(低カリウム血症、腎機能障害、特徴的な身体所見など)は示されていない。塩分過多、肥満、運動不足、喫煙、ストレスの多い長時間労働といった生活習慣要因が重なった本態性高血圧と考えるのが自然である。なお本例は男性であり喫煙者でもあるため、II度高血圧と合わせると脳心血管病リスクは高リスクに分類され、生活習慣の修正と並行して降圧薬の再開も検討すべき状況である。
設問へのアプローチ
問われているのは「指導の優先度が低いもの」である。高血圧に対する生活習慣修正の項目(減塩、減量、運動、節酒、禁煙、野菜・果物の摂取など)を思い浮かべ、この患者に実際に問題として存在するものを優先度が高い項目、既に適正で改善の余地が乏しいものを優先度が低い項目と判断する。飲酒は量的に節酒の目標をすでに満たしており、「禁酒」を指導する必要性は他の項目に比べて明らかに低い。
選択肢考察
- ×a. 禁煙
優先度は高い。喫煙のたびにニコチンが交感神経を刺激し、副腎髄質からのカテコラミン放出を促すため、一過性に血圧と心拍数が上がる。さらに喫煙は血管内皮障害を介して動脈硬化を進め、それ自体が脳卒中や冠動脈疾患の独立した強い危険因子である。高血圧と喫煙が重なると心血管リスクは相乗的に高まるため、ブリンクマン指数640の本例では最優先で取り組むべき指導の一つである。
- ○b. 禁酒
優先度が低いため、これが正解である。多量の飲酒は血圧を上げるため、高血圧患者には節酒が勧められ、目安はエタノールで男性20~30 mL/日(ビール中瓶1本程度)以下、女性はその半分程度である。本例のビール350 mL(5%とするとエタノール約17 mL)を週2回という量は、1日平均にするとこの目安を大きく下回る。肝機能検査(AST、ALT、γ-GTP)も正常で、アルコールによる臓器障害を示す所見もない。したがって、現時点で飲酒の完全な中止を求める意義は小さく、指導の優先順位は他の項目より低い。
- ×c. 減塩
優先度は高い。食塩の過剰摂取は体液量の増加などを介して血圧を上げる。日本人は食塩摂取量が多く、高血圧の最も重要な生活習慣要因の一つとされる。ガイドラインでは高血圧患者の食塩摂取を6 g/日未満に抑えることが推奨されている。本例は塩分量を意識しておらず過剰摂取の可能性が高いため、減塩指導は欠かせない。
- ×d. 運動の奨励
優先度は高い。ウォーキングなどの中等度の有酸素運動を定期的に(目安として毎日30分以上、または週180分以上)行うと、降圧効果が得られる。本例はBMI 26.2の肥満で運動習慣もないため、運動は減量(BMI 25未満を目指す)にもつながり、降圧に二重に役立つ。なお、重いII度高血圧では、運動量を増やすのは降圧薬などで血圧をある程度下げてからが望ましい。
- ×e. 労働時間の短縮
優先度は高い。週65時間以上の労働は、法定労働時間の週40時間を25時間以上超えており、時間外労働に換算すると月100時間前後になる。これは脳・心臓疾患の労災認定で業務との関連が強いとされる水準(いわゆる過労死ライン:発症前1か月で約100時間、または2~6か月の平均で約80時間を超える時間外労働)に達する。長時間労働は精神的ストレスや睡眠不足を通じて交感神経を緊張させ、血圧を上げる。運動や食生活を見直す時間を確保するためにも、労働時間の短縮は重要な指導項目である。
高血圧に対する生活習慣修正の主な項目(JSH2019)
1. 食塩制限:6 g/日未満 2. 野菜・果物の積極的摂取(重い腎障害がある場合は、高カリウム血症に注意する)、飽和脂肪酸・コレステロールの摂取を控え、多価不飽和脂肪酸や低脂肪乳製品を取り入れる 3. 適正体重の維持:BMI 25未満 4. 運動療法:軽強度~中強度の有酸素運動を毎日30分、または週180分以上 5. 節酒:エタノールで男性20~30 mL/日以下、女性10~20 mL/日以下 6. 禁煙(受動喫煙の防止も含む) 項目を組み合わせるとより大きな降圧効果が得られる。このほか、防寒や情動ストレスの管理も推奨されている。
血圧分類(診察室血圧、JSH2019)
・正常血圧:<120 かつ <80 mmHg ・正常高値血圧:120~129 かつ <80 mmHg ・高値血圧:130~139 かつ/または 80~89 mmHg ・I度高血圧:140~159 かつ/または 90~99 mmHg ・II度高血圧:160~179 かつ/または 100~109 mmHg ・III度高血圧:≧180 かつ/または ≧110 mmHg
治療開始の考え方
血圧の程度に、予後に影響する因子(65歳以上、男性、脂質異常症、喫煙、脳心血管病の既往、糖尿病、蛋白尿のある慢性腎臓病など)を組み合わせてリスクを低・中等・高の3段階に分ける。低~中等リスクではまず生活習慣の修正を行い、おおむね1~3か月後に改善がなければ薬物療法を始める。高リスクでは生活習慣の修正と同時に、すぐ降圧薬を開始する。本例はII度高血圧に男性と喫煙が加わるため高リスクに当たる。
飲酒量の換算
純アルコール量(g)= 飲んだ量(mL)× アルコール度数 × 0.8(エタノールの比重)。ビール350 mL(5%)のエタノールは約17.5 mL、重さにして約14 gである。
POINT
・高血圧の生活習慣修正:減塩(6 g/日未満)、減量(BMI 25未満)、有酸素運動、節酒、禁煙、野菜・果物の摂取。 ・節酒の目安:エタノールで男性20~30 mL/日以下、女性10~20 mL/日以下。少量の飲酒ならまず禁酒の必要はない。 ・長時間労働やストレスも血圧を上げる要因であり、指導の対象になる。 ・「優先度が低い」を問う設問では、その患者で既に適正範囲にある項目を探す。
