「1日でも長く」の前に問うべきこと―意思を語れない患者の栄養方針を家族とどう決めるか
第108回医師国家試験 F問題 第24問
国試問題にチャレンジ
89歳の女性。1年前からParkinson病のため療養病床に入院中である。71歳でParkinson病を発症し,86歳でHoehn & Yahrの臨床重症度分類5度となり,ベッド上の生活となった。87歳で家族とのコミュニケーションも困難になった。3か月前から食事量が減り誤嚥性肺炎〉を2回起こしている。意思表示は困難であるが,家族の声かけにわずかに表情が緩むこともある。家族は献身的な介護を続けており,1日でも長く生きてほしいと願っている。家族と今後の方針を話し合うことになった。胃瘻を含む経管栄養や中心静脈栄養など人工的栄養補給の選択肢を説明した。 家族が方針を決めるのを支援する際に,医師が伝える内容として適切なのはどれか。
- a.「一旦方針を決定すると変更できません」
- b.「これまでの本人の価値観を十分尊重してください」
- c.「人工的栄養補給を行わないと安楽死とみなされます」
- d.「最終的な方針決定には病院の倫理委員会の許可が必要です」
- e.「いずれ死亡するので無駄な人工的栄養補給は行うべきではありません」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
本人が意思表示できない終末期に近い患者の医療方針は、家族自身の希望ではなく、本人のこれまでの価値観や生き方から「本人ならどう望むか」を推定して決めるのが原則であり、医師はその視点を家族に促すことで意思決定を支援します。方針はいつでも見直し可能で、人工的栄養補給の差し控えや中止は安楽死とは異なり、個々の決定に倫理委員会の許可は必須ではありません。医師は医学的見通しを正確に伝えつつも、「無駄だ」と一方的に判断を押しつけるパターナリズムは避けるべきです。意思表示ができなくなる前からのアドバンス・ケア・プランニング(人生会議)が重要であり、この考え方は終末期医療に携わるすべての医師に求められる基本姿勢です。
解答・解説
正解はbです
状況の整理
・89歳女性。18年の経過をもつParkinson病で、Hoehn & Yahr重症度分類5度(介助なしでは寝たきりまたは車椅子の生活)となり、ベッド上の生活である。 ・2年前から家族とのコミュニケーションも困難で、現在は意思表示ができない。ただし家族の声かけに表情が緩むことがある。 ・3か月前から食事量が減り、誤嚥性肺炎を2回起こしている。進行期Parkinson病では嚥下障害が進み、誤嚥性肺炎は主要な死因の一つである。 ・家族は献身的に介護し、1日でも長く生きてほしいと願っている。 ・医師は胃瘻を含む経管栄養や中心静脈栄養といった人工的栄養補給(AHN: artificial hydration and nutrition)の選択肢を説明した。
設問の考え方
本問は人生の最終段階(終末期)に近い患者の医療方針を、本人の意思が確認できない状況で家族とどう決めていくかを問う医療倫理の問題である。厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(2007年策定、2018年改訂)などでは、次のような考え方が示されている。 ・本人の意思決定を基本とし、医療・ケアチームと本人・家族等が十分に話し合う。 ・本人の意思が確認できない場合は、家族等が本人の意思を推定できるときはその推定意思を尊重し、本人にとって最善の方針をとる。推定できない場合は、本人にとって何が最善かを家族等と医療・ケアチームが十分に話し合って決める。 ・方針は一度決めたら終わりではなく、本人の状態や家族の気持ちの変化に応じて繰り返し話し合い、見直すことができる。 ・医療・ケアチームの中で合意が得られない、あるいは家族等との話し合いで合意に至らない場合などには、複数の専門家からなる話し合いの場を別途設置して助言を得る。 したがって医師は、家族自身の願い(1日でも長く生きてほしい)だけで決めるのではなく、「本人ならどう望むか」を、これまでの本人の生き方・価値観・言動を手がかりに考えてもらうよう支援することが適切である。これは代理判断における代行判断(substituted judgment)の考え方にあたり、家族が決定の重荷を一人で背負い込むことを和らげる意味もある。
選択肢考察
- ×a. 「一旦方針を決定すると変更できません」
人生の最終段階の医療方針は、本人の病状の変化や家族の心情の変化に応じて、何度でも話し合い、変更することができる。人工的栄養補給も、開始後に本人にとって負担が大きいと判断されれば中止や減量を検討しうるし、行わないと決めた後に考えを変えることもできる。「変更できない」と伝えることは誤りであり、家族に不必要な心理的圧力をかけることにもなる。
- ○b. 「これまでの本人の価値観を十分尊重してください」
医療方針の決定では本人の意思(自己決定)が最も尊重されるべきであり、本人が意思表示できない場合には、家族などが本人のこれまでの価値観・人生観・生前の発言などから「本人ならどう選ぶか」を推定し、本人に代わって判断する。家族自身の希望とは区別して、本人の立場から考えるよう促すことは、自律尊重の原則に沿った適切な支援である。
- ×c. 「人工的栄養補給を行わないと安楽死とみなされます」
安楽死(積極的安楽死)とは、耐えがたい苦痛を除く目的で薬物投与などにより意図的に死期を早める行為を指す。本人の最善の利益を考えたうえで、延命のための人工的栄養補給を開始しない(差し控え)、あるいは中止するという選択は、それとは異なる概念であり、一般に尊厳死や自然な経過にゆだねる選択として位置づけられる。適切な決定プロセスを経ていれば安楽死とみなされることはなく、誤った説明で家族を追い込むことになる。
- ×d. 「最終的な方針決定には病院の倫理委員会の許可が必要です」
医療方針は、本人(またはその意思を推定する家族等)と医療・ケアチームが十分に話し合い、合意のうえで決めるものであり、個々の決定に倫理委員会の許可が必須というわけではない。関係者間で合意が得られない場合や判断が難しい場合に、倫理委員会や複数の専門家からなる話し合いの場に助言を求めることはあるが、それは承認手続きではなく相談・助言の位置づけである。
- ×e. 「いずれ死亡するので無駄な人工的栄養補給は行うべきではありません」
医師は医学的な見通し(人工的栄養補給で期待できる効果や負担、誤嚥性肺炎の再発リスクなど)を正確に説明し、選択肢について専門的な助言をすべきである。しかし「いずれ死亡するから無駄」と一方的に断じるのは、本人の価値観や家族の思いを無視したパターナリズム(医師の判断の押しつけ)であり、自律尊重の原則に反する非倫理的な態度である。
医療倫理の4原則(Beauchamp & Childress)
・自律尊重(respect for autonomy): 本人の自己決定を尊重する。 ・善行(beneficence): 本人の利益になることを行う。 ・無危害(non-maleficence): 本人に害を与えない。 ・正義(justice): 医療資源の公平な配分、公正な扱い。
意思決定能力を欠く患者の代理意思決定
1. 事前指示(アドバンス・ディレクティブ)やリビング・ウィルなど、本人が以前に示した明確な意思があればそれに従う。 2. それがない場合は、家族等が本人の価値観や生前の言動から本人の意思を推定する(代行判断)。 3. 推定もできない場合は、本人にとっての最善の利益(best interest)を家族等と医療・ケアチームで話し合って判断する。
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)
将来の意思決定能力の低下に備えて、本人が家族等や医療・ケアチームと、今後の医療・ケアについて前もって繰り返し話し合うプロセスであり、日本では「人生会議」という愛称で普及が図られている。本症例のように意思表示が困難になってからでは本人の意思を確認できないため、早い段階からのACPが重要である。
人工的栄養補給(AHN)
・経腸栄養(経鼻胃管、胃瘻など)と経静脈栄養(末梢静脈栄養、中心静脈栄養)がある。 ・消化管が機能していれば経腸栄養が原則とされる。 ・胃瘻などの経管栄養を行っても、唾液や逆流した胃内容物の誤嚥は防げないため、誤嚥性肺炎を完全に予防できるわけではない。 ・日本老年医学会の「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン―人工的水分・栄養補給の導入を中心として」(2012年)では、AHNを導入しない、あるいは中止するという選択肢も、適切な意思決定プロセスを経たうえであれば倫理的に許容されうるとしている。
Hoehn & Yahrの重症度分類
1度: 一側性の症状のみ 2度: 両側性の症状、姿勢反射障害なし 3度: 姿勢反射障害が出現、日常生活はほぼ自立 4度: 高度の障害、介助なしでの立位・歩行はかろうじて可能 5度: 介助なしではベッドまたは車椅子の生活
安楽死と尊厳死
・積極的安楽死: 薬物投与などにより意図的に死をもたらす行為。日本では法的に認められていない。 ・尊厳死(消極的安楽死と呼ばれることもある): 延命治療を差し控えたり中止したりして、自然な経過にゆだねること。本人の意思に基づき、適切なプロセスを経たものであれば、倫理的に許容されうると考えられている。
POINT
・終末期の医療方針は本人の意思が最優先。意思表示できない場合は、家族等が本人の価値観・人生観から推定意思を考え、本人にとっての最善を選ぶ。 ・方針はいつでも見直し・変更できる。 ・人工的栄養補給の差し控え・中止は安楽死ではない。 ・個々の方針決定に倫理委員会の許可は必須ではない(合意困難時に助言を求める)。 ・医学的適応だけを根拠に一方的に決めるのはパターナリズムであり不適切。
