外科医が3時間来られない!―多発外傷で「すぐできる手術」に飛びつかない優先順位の考え方
第108回医師国家試験 E問題 第62問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,60~62の問いに答えよ。 19歳の男性。交通外傷のため搬入された。 現病歴:河川沿いの堤防道路でオートバイを運転中に対向車と接触し転倒,崖下に転落した。 既往歴:特記すべきことはない。 現症:意識はほぼ清明だが会話は困難。脈拍124/分。血圧92/70 mmHg。呼吸数28/分。SpO2 100%(リザーバー付マスク10 L/分酸素投与下)。顔面に挫創があり,口腔から出血と凝血塊の喀出とを認める。胸部は右前胸部に圧痛があり,右呼吸音が減弱している。右下肢は外旋位で,右下腿の変形と開放創とを認める。腹部超音波検査で腹腔内に液体貯留を認める。マスクによる酸素投与を継続している。
輸液開始20分後,バイタルサインは脈拍112/分,血圧110/60 mmHgとなった。頭部CTでは頭蓋内に異常はなく,腹腔内出血および右脛骨と腓骨の開放骨折に対して治療が必要と判断した。しかし,自施設の外科医と整形外科医に連絡したところ,整形外科医からは「30分以内に対応可能」という返事が得られたが,外科医からは「現在,別の緊急手術を行っているため3時間は対応が難しい」との返事があった。 この時点での対応で適切でないのはどれか。
- a.輸血を準備する。
- b.動脈塞栓術が可能か検討する。
- c.観血的整復固定術を先行させる。
- d.動脈血圧のモニタリングを開始する。
- e.近くの救命救急センターへの転送を検討する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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ドクター
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ドクター
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ドクターまとめ
多発外傷では、生命を脅かす損傷の止血が最優先であり、本例では腹腔内出血がそれにあたります。初期輸液で循環がいったん改善しても、頻脈が残っていれば一過性反応の可能性を考え、輸血の準備と観血的動脈圧モニタリングで再度のショックに備えます。外科的止血がすぐにできない場合は、経カテーテル動脈塞栓術や、より早く止血できる高次医療機関への転送を検討します。一方、開放骨折は抗菌薬投与と6〜8時間以内のデブリドマン・洗浄が目安で、不安定な患者では創外固定で一時的に安定させるダメージコントロール整形外科が基本であり、観血的整復固定術を先行させるのは不適切です。「すぐできる治療」ではなく「命に関わる順」に資源を配分する判断は、外傷診療の根幹となる考え方です。
解答・解説
正解はcです
状況の整理
本例は高エネルギー外傷による多発外傷で、搬入時には出血性ショック(脈拍124/分、血圧92/70 mmHg)を呈していた。出血源の候補は腹腔内出血(超音波で液体貯留)、右胸部外傷(血胸の可能性)、右下腿開放骨折である。 初期輸液(晶質液の急速投与)を開始して20分後、脈拍112/分、血圧110/60 mmHgと改善した。ただし頻脈はまだ残っており、完全に安定したとはいえない。初期輸液に反応しても、止血されていなければ輸液を減らすと再び循環が悪化する「一過性反応(transient responder)」である可能性を常に念頭に置く必要がある。頭部CTで頭蓋内に異常はなく、治療が必要な損傷は腹腔内出血と右脛骨・腓骨の開放骨折と判断された。
考え方
多発外傷では、生命を脅かす損傷から優先して治療する。腹腔内出血は進行すれば致死的となる出血源であり、その止血が最優先である。一方、開放骨折は感染予防のために早期のデブリドマン(壊死・汚染組織の除去)と洗浄が必要だが、受傷後6〜8時間程度(いわゆるゴールデンタイム)までに行えばよく、今すぐ生命を左右するものではない。 したがって、自施設の外科医がすぐ対応できない場面では、(1) 循環を維持しながら再度のショックに備える(輸血の準備、観血的動脈圧モニタリング)、(2) 開腹手術以外の止血手段を探る(経カテーテル動脈塞栓術)、(3) より早く根本的止血ができる施設への転送を検討する、といった対応をとるのが適切である。整形外科医がすぐに対応できるからといって、骨折の根治的な手術を先に始めることは、腹腔内出血への対応を遅らせ、患者を危険にさらすことになる。
選択肢考察
- ×a. 輸血を準備する。
適切な対応である。出血性ショックの状態で、止血手術が数時間行えない可能性がある。初期輸液に一時的に反応していても、出血が続けば再び血圧が下がるため、早めに血液型判定・交差適合試験を行い、赤血球製剤や新鮮凍結血漿を準備しておく。大量の晶質液投与は血液の希釈や凝固障害、低体温を招くため、循環が維持できなければ速やかに輸血に切り替える。
- ×b. 動脈塞栓術が可能か検討する。
適切な対応である。肝臓・脾臓・腎臓などの実質臓器損傷からの出血では、造影CTで血管外漏出像を確認したうえで、経カテーテル動脈塞栓術(TAE: transcatheter arterial embolization)により止血できることがある。外科医が開腹手術をすぐに行えない状況では、有力な代替の止血手段となる。ただし適応は、TAEを行う間も循環がある程度保たれている場合に限られ、循環が不安定であれば手術による止血が原則である。
- ○c. 観血的整復固定術を先行させる。
適切でない対応である。観血的整復固定術(皮膚を切開して骨折部を直接整復し、プレートや髄内釘などで固定する手術)は、骨折に対する根治的な治療であり、生命に直結する処置ではない。これを先行させると、手術中に腹腔内出血が増えても開腹止血への移行が遅れるうえ、長時間の手術自体による出血や全身麻酔の影響で循環がさらに悪化しうる。また右胸部外傷で気胸がある場合、全身麻酔下の陽圧換気によって緊張性気胸に進展する危険もある。開放骨折は受傷後6〜8時間以内のデブリドマン・洗浄と早期の抗菌薬投与が重要であるが、全身状態が不安定な多発外傷ではまず創外固定などで一時的に固定し、根治的な内固定は全身状態が安定してから行う(ダメージコントロール整形外科)。
- ×d. 動脈血圧のモニタリングを開始する。
適切な対応である。輸液によって循環はいったん改善したが、止血はされておらず、再び血圧が低下するおそれがある。動脈にカテーテルを留置して血圧を連続的に測定する観血的動脈圧モニタリングを行えば、一拍ごとの血圧変化をとらえてショックの再燃を早期に発見でき、動脈血ガス分析のための頻回の採血も容易になる。
- ×e. 近くの救命救急センターへの転送を検討する。
適切な対応である。自施設では腹腔内出血の止血手術が3時間は行えないため、より早く根本的な止血が可能な施設があれば、転送を検討するのは当然である。ただし、転送中の急変に備え、循環の安定度、気道確保の要否、胸腔ドレナージの必要性などを評価し、必要な処置を済ませてから、転送先と情報を共有して搬送する。
初期輸液療法への反応による分類
ショックの外傷患者には、加温した晶質液(乳酸リンゲル液など)を成人で1 L程度急速投与し、その反応で方針を決める。 ・反応あり(responder): 循環が安定し、そのまま維持される。出血はおおむね止まっていると考えられ、secondary surveyで精査を進める。 ・一過性反応(transient responder): いったん改善するが、輸液速度を落とすと再び悪化する。出血が続いており、輸血と止血術(手術・TAE)が必要である。 ・反応なし(non-responder): 輸液に反応しない。大量出血が続いており、直ちに止血術(外科的止血)が必要である。
ダメージコントロールの考え方
重症外傷で出血が多い患者は、低体温・アシドーシス・凝固障害(「死の三徴」)に陥りやすい。長時間の根治手術はこれを悪化させるため、初回手術は止血と汚染の制御に限った短時間の手術とし、集中治療で全身状態を立て直してから根治手術を行う(ダメージコントロール手術)。骨折についても同様に、まず創外固定で一時的に安定させ、状態が安定してから内固定を行う(ダメージコントロール整形外科)。
開放骨折の初期治療
開放骨折は創から細菌が骨折部に入るため、感染・骨髄炎の危険が高い。受傷後できるだけ早く抗菌薬を投与し、創を被覆・固定する。デブリドマンと洗浄は受傷後6〜8時間以内(ゴールデンタイム)に行うのが目安とされる。
経カテーテル動脈塞栓術(TAE)
肝・脾・腎などの実質臓器損傷や骨盤骨折に伴う動脈性出血に対して、カテーテルを出血血管に挿入し、塞栓物質を詰めて止血する。開腹せずに止血でき、特に循環がある程度保たれている症例で有用である。
POINT
・多発外傷では生命を脅かす損傷(本例では腹腔内出血)の止血が最優先。骨折の根治手術は後回し。 ・初期輸液で一時的に改善しても一過性反応の可能性があり、輸血準備と観血的動脈圧モニタリングで備える。 ・外科的止血がすぐできなければ、TAEや高次医療機関への転送を検討する。 ・開放骨折はデブリドマン・洗浄を6〜8時間以内に。不安定な患者ではまず創外固定(ダメージコントロール整形外科)。
