針を持つ前に聞くひと言―縫合処置の出発点は「局所麻酔でトラブルはありませんでしたか?」
第120回医師国家試験 C問題 第28問
国試問題にチャレンジ
汚染のない皮下組織までの創を縫合する際,まず行うべきことはどれか。
- a.軟膏を創へ塗布する。
- b.鎮痛薬を筋肉注射する。
- c.抗菌薬を静脈内投与する。
- d.破傷風トキソイドを接種する。
- e.局所麻酔薬アレルギーについて問診する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
皮下組織に達する創の縫合ではリドカインなどによる局所麻酔が欠かせず、局所麻酔薬はまれながらアナフィラキシーを起こしうるうえ投与後に除去できないため、処置の最初に局所麻酔薬アレルギーの有無を問診します。汚染のない創では抗菌薬の全身投与は原則不要で、感染予防の中心は十分な洗浄とデブリドマンであり、鎮痛は筋注の鎮痛薬ではなく浸潤麻酔で行います。軟膏は縫合後の創保護に用いるもので、破傷風予防は創の性状と接種歴から必要性を判断します。局所麻酔薬はエステル型のほうがPABAを介してアレルギーを起こしやすく、「麻酔で気分が悪くなった」という訴えは血管迷走神経反射やアドレナリンの作用とも区別し、局所麻酔薬中毒とも分けて理解することが大切です。問診から被覆までの処置の流れを押さえておくことは、救急外来や実習の現場で安全に創処置を行うための基本となります。
解答・解説
正解はeです
本問は、汚染のない皮下組織までの切創・裂創を一次縫合する場面で、処置を始める前に最初にすべきことを問う一般問題である。 皮下組織に達する創を縫合するには、針の刺入や創縁の操作で強い痛みが生じるため、局所麻酔(創縁に局所麻酔薬を注射する浸潤麻酔)がほぼ必ず必要になる。代表的な薬剤はリドカインである。局所麻酔薬は頻度こそ低いものの、アナフィラキシーなどの重いアレルギー反応を起こしうる。いったん注射すると薬を取り除くことはできないため、使う前に「以前に歯科治療や手術などで局所麻酔を受けて、具合が悪くなったことはないか」を確認しておく必要がある。 縫合処置はおおむね、問診(アレルギー歴・既往歴・抗血栓薬の内服・破傷風予防接種歴など)→止血→局所麻酔→洗浄→(必要なら)デブリドマン→縫合→被覆、という流れで進む。この中で最初に位置し、しかも省略すると重大な事故につながりうるのが、局所麻酔薬アレルギーの問診である。 一方、汚染のない創では抗菌薬の全身投与は原則不要であり、鎮痛は局所麻酔で行うのが基本である。軟膏は縫合が終わってから創を保護する目的で使うものであり、破傷風の予防は受傷状況と接種歴をもとに判断する追加の対応で、いずれも「まず行うこと」には当たらない。
選択肢考察
- ×a. 軟膏を創へ塗布する。
誤り。軟膏(白色ワセリンや抗菌薬含有軟膏など)は、縫合を終えた創や縫合しない創を湿った状態に保ち、ガーゼが創にくっつくのを防ぐために、処置の最後に使うものである。縫合の前に塗ると、創縁が滑って縫合の妨げになるうえ、創の中に異物を持ち込むことにもなる。必要かどうかも創によって異なり、少なくとも最初に行う処置ではない。
- ×b. 鎮痛薬を筋肉注射する。
誤り。縫合時の痛みは、局所麻酔薬を創縁に浸潤させて抑えるのが原則である。非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やオピオイドなどを筋肉注射しても、針を刺す痛みを十分に消すことはできない。筋肉注射そのものも痛みや神経損傷などの合併症を伴うため、この場面で最初に行う理由はない。処置後の痛みには、必要に応じて経口の鎮痛薬を処方すれば足りる。
- ×c. 抗菌薬を静脈内投与する。
誤り。汚染のない新しい創は、十分に洗浄してから縫合すれば感染のリスクは低く、抗菌薬を全身に投与する必要は原則としてない。予防的な抗菌薬を検討するのは、土壌や糞便で強く汚れた創、咬傷(動物やヒトに咬まれた創)、受傷から時間がたった創、免疫不全がある場合などに限られる。感染予防で最も大切なのは、抗菌薬ではなく十分な洗浄とデブリドマン(壊死組織や異物の除去)である。
- ×d. 破傷風トキソイドを接種する。
誤り。破傷風の予防が必要かどうかは、創の性状(汚染の有無、深さ、壊死組織の有無など)と、破傷風トキソイド(不活化した毒素からつくるワクチン)の接種歴によって判断する。接種歴が3回以上あって最終接種から一定期間内であれば、きれいな小さな創では追加接種は不要である。このように、検討すべき事項ではあるが、接種歴を確かめてから決める対応であり、縫合にあたって最初に行うことではない。なお、破傷風の予防は発症を防ぐためのものであり、筋硬直などの症状が出ているかどうかで決めるものではない。
- ○e. 局所麻酔薬アレルギーについて問診する。
正しい。皮下組織まで達する創の縫合には、リドカインなどによる局所麻酔が欠かせない。局所麻酔薬は少量でもアナフィラキシーを起こしうるうえ、投与した後で取り除くことはできないため、使う前にアレルギー歴を聞いておくことが安全な処置の出発点となる。過去の歯科麻酔や手術での異常の有無を具体的に尋ね、疑わしい場合は別系統の薬剤(エステル型とアミド型)を選ぶ、救急薬品を準備するなどの対策をとる。同時に、抗凝固薬・抗血小板薬の内服や破傷風の接種歴なども確認しておくとよい。
創処置・縫合の一般的な手順
1. 問診:受傷の経緯と時刻、受傷機転(何で、どのように受傷したか)、アレルギー歴(局所麻酔薬・消毒薬・ラテックスなど)、既往歴(糖尿病、免疫不全)、抗血栓薬の内服、破傷風の予防接種歴を確認する。 2. 止血:まず圧迫止血を行う。拍動性の出血では結紮や電気凝固を考える。 3. 局所麻酔:創縁から皮下に浸潤麻酔を行う。代表薬はリドカイン(1%など)である。 4. 洗浄:水道水や生理食塩水を大量に使い、圧をかけて洗い流す。異物や汚れを確実に取り除く。 5. デブリドマン:壊死組織や汚染された組織を切り取り、新しい創面を出す。 6. 縫合:深い創では、死腔(組織のすき間)を残さないように真皮縫合などを行ったうえで皮膚を縫合する。 7. 被覆:創を湿った状態に保てるドレッシング材や軟膏で覆う。
局所麻酔薬の分類とアレルギー
・アミド型:リドカイン、メピバカイン、ブピバカイン、ロピバカインなど。アレルギーはまれである。 ・エステル型:プロカイン、テトラカインなど。代謝で生じるパラアミノ安息香酸(PABA)が抗原となり、アレルギーを起こしやすい。 ・薬液に含まれる防腐剤(メチルパラベンなど)がアレルギーの原因になることもある。 ・「局所麻酔で気分が悪くなった」という訴えの多くは、血管迷走神経反射や、添加されたアドレナリンによる動悸であり、本当のアレルギーとは区別して評価する。
局所麻酔薬中毒
大量投与や誤って血管内に入った場合に、血中濃度が上がって起こる。口の周りのしびれ、耳鳴り、多弁から、けいれん、意識障害、不整脈・心停止へと進むことがある。アレルギーとは機序の異なる有害事象として覚えておく。
破傷風予防の考え方
破傷風を起こしやすい創(汚染の強い創、深い刺創、壊死組織を伴う創など)か、きれいな小さな創かを見極め、トキソイドの接種回数と最終接種からの期間を組み合わせて、トキソイドの追加接種や抗破傷風ヒト免疫グロブリンの投与を判断する。
POINT
・局所麻酔を伴う処置の前には、まず局所麻酔薬アレルギーの有無を問診する。 ・汚染のない創では抗菌薬の全身投与は原則不要であり、感染予防の中心は十分な洗浄とデブリドマンである。 ・縫合時の鎮痛は局所麻酔(浸潤麻酔)が基本である。 ・破傷風予防は、創の性状と予防接種歴から必要性を判断する。 ・軟膏やドレッシング材は縫合後に創を保護するために用いる。
