「死なせる」のではなく「生き方を選ぶ」―尊厳死・安楽死・鎮静を言葉で切り分ける
第107回医師国家試験 H問題 第18問
国試問題にチャレンジ
我が国における尊厳死について正しいのはどれか。
- a.法的な許容要件が確立している。
- b.文書によるリビングウィルの存在が必須である。
- c.患者の苦痛軽減を目的とする持続的な鎮静のことである。
- d.医師が致死薬を患者に投与して死に至らしめることである。
- e.患者の自己決定権と人間としての尊厳を守ることが目的である。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
尊厳死とは、回復の見込みがない終末期患者に対し、本人の意思に基づいて延命治療を差し控えたり中止したりし、人間としての尊厳を保ったまま自然な死を迎えることであり、その目的は患者の自己決定権と尊厳の尊重にあります。医師が致死薬を投与する積極的安楽死や、苦痛緩和のために意識を下げる持続的鎮静とは、行為も目的も異なる別の概念です。我が国には尊厳死を定めた法律はなく、法的な許容要件は確立しておらず、リビングウィルも望ましいものの必須ではありません。実際の臨床では、厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」に沿い、本人・家族等と医療・ケアチームが繰り返し話し合うアドバンス・ケア・プランニングが重視されます。用語を正確に区別して理解しておくことは、終末期の患者さんと向き合い、本人の望む最期を支えるための基盤となります。
解答・解説
正解はeです
尊厳死とは、回復の見込みがない終末期の患者に対し、本人の意思に基づいて人工呼吸器や人工栄養などの延命治療を差し控えたり中止したりし、人間としての尊厳を保ったまま自然な経過で死を迎えさせることをいう。いわゆる「消極的安楽死」とほぼ重なる概念であり、医師が薬物を用いて積極的に死期を早める「積極的安楽死」とは明確に区別される。 本問では、次の3点を整理しておくと正解にたどり着ける。 1. 尊厳死の定義:延命治療の不開始・中止によって自然な死を受け入れることであり、致死薬の投与(積極的安楽死)や苦痛緩和のための鎮静とは別の概念である。 2. 法的位置づけ:我が国には尊厳死を直接規定する法律はなく、許容要件は法律上確立していない。実際の臨床では、厚生労働省のガイドラインに沿った意思決定プロセスが重視される。 3. 目的:患者の自己決定権(自分の医療を自分で選ぶ権利)を尊重し、人間としての尊厳を守ることにある。 このように整理すると、尊厳死の本質である「自己決定権と尊厳の尊重」を述べた選択肢が正しいと判断できる。
選択肢考察
- ×a. 法的な許容要件が確立している。
誤り。我が国には尊厳死を定めた法律は存在しない。議員立法による尊厳死法案の検討が行われたことはあるが、成立には至っていない。現場では、厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」などに基づき、本人の意思確認や多職種での話し合いを経て方針を決めるが、これは法律ではなく、延命治療中止の法的な許容要件を定めたものでもない。臓器移植法のように明文化された規定がある臓器提供とは対照的である。
- ×b. 文書によるリビングウィルの存在が必須である。
誤り。リビングウィル(終末期にどのような医療を受けたい・受けたくないかを、判断能力のあるうちに示しておく事前指示書)を書面で残しておくことは望ましいとされるが、尊厳死の必須条件ではない。法律上の規定がないため、文書の有無が要件として定められているわけではない。本人の意思が確認できない場合でも、家族等が推定する本人の意思を尊重し、医療・ケアチームと話し合って本人にとって最善の方針を決めるプロセスがガイドラインで示されている。
- ×c. 患者の苦痛軽減を目的とする持続的な鎮静のことである。
誤り。これは緩和ケアにおける持続的鎮静(治療抵抗性の耐えがたい苦痛に対し、鎮静薬で意識を低下させて苦痛を和らげる方法)の説明である。持続的鎮静は苦痛緩和を目的とする医療行為であり、死をもたらすことを目的とするものではない。延命治療の差し控え・中止によって自然な死を受け入れる尊厳死とは、概念が異なる。
- ×d. 医師が致死薬を患者に投与して死に至らしめることである。
誤り。これは積極的安楽死の説明であり、尊厳死とは異なる。我が国では、たとえ患者本人の要請があったとしても、医師が致死薬を投与して死亡させれば殺人罪や嘱託殺人罪に問われうる。東海大学安楽死事件の判決(1995年、横浜地裁)で積極的安楽死が許容されうる4要件が示されたが、これは判決中の考え方にとどまり、法律として認められたものではない。実際に積極的安楽死が適法とされた例はない。
- ○e. 患者の自己決定権と人間としての尊厳を守ることが目的である。
正しい。尊厳死は、無益な延命治療によって本人の望まない状態で生かされ続けることを避け、自分の最期のあり方を自ら選ぶという患者の自己決定権を尊重し、人間らしい尊厳を保って死を迎えることを目的とする。世界医師会の「患者の権利に関するリスボン宣言」でも、患者は人間的な終末期ケアを受け、できる限り尊厳を保ち安楽に死を迎えるための助力を得る権利をもつとされており、この理念と一致する。
終末期医療に関わる用語の整理
・尊厳死(消極的安楽死とほぼ同義):延命治療を差し控える・中止することで自然な死を迎える。我が国に法律の規定はない。 ・積極的安楽死:医師が致死薬を投与するなど、積極的な手段で死期を早める。我が国では違法(殺人罪・嘱託殺人罪などの対象)。オランダ、ベルギーなど一部の国では法律で一定条件下に認められている。 ・医師による自殺幇助:医師が致死薬を処方し、患者自身が服用する。一部の国・地域で合法化されているが、我が国では認められていない。 ・間接的安楽死:苦痛緩和の治療の結果として、副次的に死期が早まる可能性があるもの。 ・持続的鎮静:治療抵抗性の苦痛を緩和するために意識を低下させる医療行為。緩和ケアの一手段である。
東海大学安楽死事件判決(1995年)で示された積極的安楽死の4要件
1. 患者に耐えがたい激しい肉体的苦痛がある。 2. 死が避けられず、死期が迫っている。 3. 肉体的苦痛を除去・緩和する方法を尽くし、ほかに代替手段がない。 4. 生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示がある。 同判決では、延命治療の中止(尊厳死)についても、患者の意思(推定的意思を含む)などを条件に許容されうるとの考え方が示された。
意思決定プロセスに関するガイドライン
厚生労働省は2007年に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を策定し、その後名称を「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」に改め、2018年の改訂で「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」となった。本人の意思決定を基本とし、医療・ケアチームが本人・家族等と繰り返し話し合うこと(アドバンス・ケア・プランニング、ACP。愛称「人生会議」)が重視されている。
リビングウィルと事前指示
リビングウィルは、終末期に望む医療・望まない医療を事前に表明した文書である。我が国では法的拘束力は定められていないが、本人の意思を推し量る重要な資料となる。
POINT
・尊厳死=延命治療の差し控え・中止により尊厳を保って自然な死を迎えること。目的は自己決定権と尊厳の尊重。 ・我が国には尊厳死を規定した法律はなく、法的な許容要件は確立していない。 ・リビングウィルは推奨されるが必須ではない。 ・致死薬投与は積極的安楽死であり、我が国では違法。 ・持続的鎮静は苦痛緩和の医療行為で、尊厳死とは別概念。
