緩和ケアは「最期のケア」ではない―診断の日から始まる全人的な支援
第107回医師国家試験 E問題 第28問
国試問題にチャレンジ
緩和ケアについて正しいのはどれか。
- a.医療用麻薬の投与は避ける。
- b.がんの診断後に早期から行う。
- c.意識障害の患者は対象としない。
- d.モルヒネは体性痛に有効である。
- e.経済的苦痛は身体的苦痛に含まれる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
緩和ケアは終末期に限らず、がんの診断時から抗がん治療と並行して行うもので、患者本人だけでなく家族も対象とし、意識障害の有無や病期で対象外にはなりません。苦痛は身体的・精神的・社会的・スピリチュアルの4側面からなる全人的苦痛としてとらえ、経済的問題は社会的苦痛に含まれます。中等度以上のがん疼痛には医療用麻薬を積極的に用い、便秘などの副作用対策を並行します。オピオイドが最もよく効くのは内臓痛で、骨転移などの体性痛にはNSAIDsやレスキュー薬、放射線照射を、神経障害性疼痛には鎮痛補助薬を組み合わせます。緩和ケアは非がん疾患にも広がっており、どの診療科の医師にも求められる基本的な診療能力です。
解答・解説
正解はbです
緩和ケアの定義・対象・開始時期、全人的苦痛(トータルペイン)の考え方、がん疼痛に対する鎮痛薬の使い方という基本事項をまとめて問う一般問題である。
緩和ケアの定義
世界保健機関(WHO)は2002年に緩和ケアを次のように定義した。生命を脅かす疾患に関連する問題に直面している患者とその家族を対象とする。痛みなどの身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に見つけて正確に評価し、対処する。それによって苦痛を予防し、和らげ、生活の質(QOL:quality of life)を高めるアプローチである。
考え方
この定義から、次の3点が導かれる。 (1) 緩和ケアは「治療手段がなくなった終末期に限るケア」ではない。診断の時点から、抗がん治療と並行して始めるものである。 (2) 対象は症状や病期、意識状態で選別されない。患者本人に加えて家族も対象になる。 (3) 苦痛は身体的・精神的・社会的・スピリチュアルの4側面からとらえる(全人的苦痛)。 これに、医療用麻薬(オピオイド)を適切に使うことと、痛みの種類ごとの鎮痛薬の効き方の違いを知っていれば、正解を選べる。
選択肢考察
- ×a. 医療用麻薬の投与は避ける。
誤り。がん疼痛の治療では、痛みの強さに応じて鎮痛薬を選ぶ。中等度から高度の痛みには、モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル、ヒドロモルフォンなどの医療用麻薬(強オピオイド)を積極的に使う。これはWHO方式がん疼痛治療法の考え方である。適切に調節して使えば、依存(精神依存)や致死的な呼吸抑制はまれである。「麻薬だから避ける」と投与をためらうと、除痛できる痛みが放置され、QOLが下がる。副作用として便秘、悪心・嘔吐、眠気が出やすいので、下剤や制吐薬で予防・対処しながら使う。
- ○b. がんの診断後に早期から行う。
正しい。がんと診断された直後から、患者は痛みなどの身体症状に加えて、不安、抑うつ、不眠、仕事や家計の心配など多くの苦痛を抱える。そのため緩和ケアは、抗がん治療と並行して診断時から始めるべきとされる。わが国のがん対策推進基本計画も「診断時からの緩和ケア」を掲げている。早期からの緩和ケアの導入は、QOLや気分の改善につながることが臨床研究で示されている。進行肺癌では生存期間の延長も報告されている。
- ×c. 意識障害の患者は対象としない。
誤り。緩和ケアの対象は、生命を脅かす疾患をもつ患者とその家族である。意識状態の有無で対象から外すことはない。終末期には意識障害やせん妄がよく起こるが、その時期にも症状の緩和、苦痛を与えないケア、尊厳の保持、家族への支援(悲嘆のケアを含む)が続く。意識障害そのもの、とくにせん妄の原因検索と対処(薬剤の見直し、高カルシウム血症や脱水の補正など)も緩和ケアの重要な仕事である。
- ×d. モルヒネは体性痛に有効である。
本問では誤りとして扱う。侵害受容性疼痛のうち、オピオイドが最もよく効くのは内臓痛である。内臓痛は管腔臓器の伸展や、被膜を持つ臓器(肝臓など)の腫大による、局在のはっきりしない鈍い痛みである。一方、体性痛は骨・筋・皮膚などの損傷による、局在のはっきりした痛みである。体性痛にもモルヒネは一定の効果をもつので、無効ではない。しかし骨転移痛のような体性痛は動作で急に強くなる(体動時痛)ので、持続投与のオピオイドだけでは抑えにくい。非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の併用、レスキュー薬(突出痛に使う速効性の鎮痛薬)の予防的使用、放射線照射などが必要になる。神経障害性疼痛もオピオイドが効きにくく、鎮痛補助薬を併用する。緩和ケアで「モルヒネが特に有効な痛み」として挙げるべきなのは内臓痛である。そのため、正解としては選択肢bが適切である。
- ×e. 経済的苦痛は身体的苦痛に含まれる。
誤り。経済的な問題は社会的苦痛に含まれる。治療費、休職・失職による収入減、仕事や家庭での役割の喪失、家族関係の問題なども社会的苦痛である。身体的苦痛は、痛み、呼吸困難、倦怠感、食欲不振、悪心、ADL(日常生活動作)の低下など、からだの症状による苦痛を指す。
全人的苦痛(トータルペイン)
がん患者の苦痛は、次の4つの側面が互いに影響し合ったものとしてとらえる。 ・身体的苦痛:痛み、呼吸困難、倦怠感、食欲不振、悪心・嘔吐、便秘、ADL低下など ・精神的苦痛:不安、いらだち、抑うつ、恐れ、孤独感など ・社会的苦痛:経済的問題、仕事上の問題、家庭内の問題、人間関係、相続など ・スピリチュアルな苦痛:生きる意味や価値への問い、死への恐怖、罪の意識、自己の存在意義の喪失など
痛みの分類と鎮痛薬の効き方
・侵害受容性疼痛―内臓痛:腹部腫瘍による臓器の伸展、肝被膜の伸展などが原因である。局在がはっきりせず、鈍く、関連痛を伴うこともある。オピオイドがよく効く。 ・侵害受容性疼痛―体性痛:骨転移、皮膚・筋肉の浸潤などが原因である。局在がはっきりし、体動時に強くなる。NSAIDsやアセトアミノフェンが有効で、オピオイドを併用する。突出痛への対策も必要である。 ・神経障害性疼痛:神経への浸潤や圧迫が原因で、しびれ・灼熱感・電撃痛を伴う。オピオイドは効きにくく、鎮痛補助薬(プレガバリン、デュロキセチン、抗けいれん薬など)を併用する。
WHO方式がん疼痛治療法
基本原則は次のとおりである。 ・経口投与を基本とする(by mouth) ・時刻を決めて規則正しく投与する(by the clock) ・患者ごとに量を調節する(for the individual) ・細かい点に配慮する(with attention to detail) かつては「除痛ラダーに沿って」(by the ladder)も原則に含まれていた。3段階除痛ラダーは、非オピオイド鎮痛薬→弱オピオイド→強オピオイドと、痛みの強さに応じて薬を選ぶ考え方である。2018年のWHOガイドライン改訂で、ラダーは原則からは外れ、教育上の目安として位置づけられた。痛みが強ければ最初から強オピオイドを選んでよい。
緩和ケアの提供体制
緩和ケアは、主治医・看護師が日常診療で行う「基本的緩和ケア」と、専門家が行う「専門的緩和ケア」に分けられる。専門的緩和ケアを担うのは、緩和ケアチーム、緩和ケア病棟、在宅緩和ケアなどである。対象はがんに限らず、心不全、慢性呼吸器疾患、神経難病、末期腎不全など、生命を脅かす非がん疾患にも広がっている。
POINT
・緩和ケアは終末期に限らない。がんの診断時から抗がん治療と並行して行う。 ・対象は患者と家族であり、意識障害の有無や病期で対象外にはならない。 ・全人的苦痛は身体的・精神的・社会的・スピリチュアルの4側面からなる。経済的苦痛は社会的苦痛に含まれる。 ・中等度以上のがん疼痛には医療用麻薬を積極的に使い、便秘などの副作用対策も並行する。 ・オピオイドが最もよく効くのは内臓痛である。体性痛(特に骨転移の体動時痛)にはNSAIDsの併用などが必要で、神経障害性疼痛には鎮痛補助薬を加える。
