梗塞3日目、突然の新しい雑音―「裂ける心臓」が教える機械的合併症の見分け方
第106回医師国家試験 I問題 第79問
国試問題にチャレンジ
75歳の女性。2時間持続する激しい前胸部痛を主訴に来院した。意識は清明。脈拍88/分,整。血圧104/88 mmHg。呼吸数16/分。心音と呼吸音とに異常を認めなかった。心電図のV1~V5誘導でST上昇を認めたため,緊急入院し,治療を行った。入院後3日,突然の呼吸困難を自覚した。脈拍104/分,整。血圧90/70 mmHg。呼吸数24/分。心音の聴取で,入院時に認めなかった全収縮期雑音を認める。 この時点の病態として考えられるのはどれか。2つ選べ。
- a.心室瘤
- b.乳頭筋断裂
- c.収縮性心膜炎
- d.心室中隔穿孔
- e.心タンポナーデ
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
急性心筋梗塞の発症から数日後、とくに壊死心筋が軟化する2〜5日目ごろに突然の呼吸困難や血圧低下が起きた場合は、機械的合併症を疑います。新たな全収縮期雑音を伴うのは、左→右シャントを生じる心室中隔穿孔と、急性の高度僧帽弁閉鎖不全を生じる乳頭筋断裂で、前者は前壁梗塞、後者は下壁梗塞に多い傾向があります。自由壁破裂による心タンポナーデは雑音を生じず、心室瘤は慢性期、収縮性心膜炎は梗塞急性期の合併症ではありません。両者の鑑別には心エコーのカラードプラが有用で、右心カテーテルでの酸素飽和度ステップアップや巨大v波も手がかりになります。「時期」と「雑音の有無」で合併症を整理し、梗塞後の毎日の聴診を怠らない姿勢は、急変を早期に捉え救命につなげる臨床の基本です。
解答・解説
正解はb, dです
所見の整理
・75歳の女性。2時間続く激しい前胸部痛で来院した。 ・心電図でV1〜V5誘導にST上昇がある。左前下行枝の閉塞による前壁中隔〜前壁の急性心筋梗塞(ST上昇型心筋梗塞、STEMI)と診断され、入院治療を受けた。 ・入院時は心音・呼吸音に異常がなかった。 ・入院3日目に突然の呼吸困難が出現した。頻脈(104/分)、血圧低下(90/70 mmHg、脈圧20 mmHg)、頻呼吸(24/分)を伴い、入院時にはなかった全収縮期雑音が新たに聴取された。
診断へのプロセス
急性心筋梗塞の発症から数日後に、突然、心不全や循環不全が生じた場合は、機械的合併症をまず考える。機械的合併症とは、壊死した心筋が脆くなって裂けることで生じる構造的な破綻である。壊死組織が軟化する発症後数日から1週間以内(特に2〜5日目ごろ)に起こりやすい。主なものは次の3つである。 1. 心室中隔穿孔:左室から右室への短絡(左→右シャント)が生じる。 2. 乳頭筋断裂:僧帽弁を支えられなくなり、急性の僧帽弁閉鎖不全が生じる。 3. 左室自由壁破裂:心嚢内へ出血し、心タンポナーデになる。 このうち新たな全収縮期雑音を生じるのは、収縮期を通して血液の逆流・短絡が起こる1と2である。3の心破裂では雑音は生じず、心音が小さくなったり、急激に循環が破綻したりする。
設問の考え方
「急性心筋梗塞後の急性期」「突然の呼吸困難と血圧低下」「新たな全収縮期雑音」の3点がそろえば、心室中隔穿孔と乳頭筋断裂が候補となる。両者は聴診だけでは区別が難しく、心エコー(カラードプラ)で、短絡血流が中隔にあるか、僧帽弁の逆流と弁尖の翻転(flail)があるかを確認して鑑別する。右心カテーテル検査では、心室中隔穿孔なら右房から肺動脈にかけて血液の酸素飽和度が上昇(ステップアップ)し、乳頭筋断裂なら肺動脈楔入圧波形に巨大なv波がみられる。 なお一般に、前壁梗塞では中隔の心尖部寄りが障害されやすいため心室中隔穿孔が、下壁梗塞では血流を1本の冠動脈に頼る後内側乳頭筋が障害されやすいため乳頭筋断裂が、それぞれ起こりやすい。本例は前壁梗塞なので心室中隔穿孔がより考えやすいが、どちらも否定はできないため、2つとも「考えられる病態」となる。
選択肢考察
- ×a. 心室瘤
心室瘤は、梗塞部の壊死心筋が線維性の瘢痕に置き換わる過程で薄くなり、外側へ膨らんだ状態である。収縮期に逆に外へ膨らむ奇異性運動を示す。発症から数週間以降の慢性期に完成する合併症で、前壁梗塞に多い。心電図でST上昇が持続すること、心室性不整脈、壁在血栓による塞栓症、心不全の原因になる。しかし、弁の逆流や短絡を生じないので、全収縮期雑音の原因にはならない。発症3日目の突然の呼吸困難と新たな雑音の説明としては合わない。
- ○b. 乳頭筋断裂
乳頭筋は腱索を介して僧帽弁尖を支え、収縮期に弁が左房側へ反転しないようにしている。梗塞で乳頭筋が壊死し断裂すると、弁尖が左房側へ翻転して、急性で高度の僧帽弁閉鎖不全が突然生じる。左房は急な容量負荷に慣れていないため、左房圧と肺静脈圧が急上昇して急性肺水腫と心原性ショックに陥る。聴診では心尖部で全収縮期雑音を聴取する。発症後2〜5日ごろに多く、突然の呼吸困難・血圧低下・新たな全収縮期雑音という本例の経過に合う。なお、左房圧が急に高くなると逆流が早く終わるため、雑音が短く小さくなることもある。
- ×c. 収縮性心膜炎
収縮性心膜炎は、心膜が線維化・肥厚・石灰化して硬くなり、心臓の拡張が妨げられる慢性の病態である。原因は特発性、結核、心臓手術後、放射線照射後などで、数か月から年単位で進行する。頸静脈怒張、Kussmaul徴候(吸気時に頸静脈圧が上昇する)、肝腫大、浮腫、拡張早期の心膜ノック音などが特徴で、全収縮期雑音は生じない。心筋梗塞後の心膜の合併症としては、発症数日の梗塞後心膜炎(心膜摩擦音を聴取)や、数週後のDressler症候群があるが、梗塞後3日で収縮性心膜炎が起こることはない。
- ○d. 心室中隔穿孔
心室中隔の心筋が壊死して穿孔すると、収縮期に高圧の左室から低圧の右室へ血液が流れ込む(左→右シャント)。その結果、肺血流量と左心系の容量負荷が急に増えて肺うっ血を起こし、体循環へ出る血液は減って心拍出量が低下する。これにより急性心不全・心原性ショックとなる。聴診では、胸骨左縁下部を中心に、しばしば振戦(スリル)を伴う粗い全収縮期雑音を聴取する(心室中隔欠損症と同じ機序)。前壁梗塞に合併しやすく、発症後数日以内に起こりやすいので、本例に最も合致する病態の一つである。
- ×e. 心タンポナーデ
心筋梗塞後の心タンポナーデは主に左室自由壁破裂による。心膜腔にたまった血液が心臓を外から圧迫して拡張を妨げ、心拍出量が低下する。徐々に血液がにじみ出る型(oozing型)では、血圧低下、脈圧の縮小、頸静脈怒張、心音減弱(Beckの三徴)や奇脈がみられる。一気に破裂する型(blowout型)では、急激な循環虚脱から無脈性電気活動(PEA)に陥る。いずれも弁の逆流や短絡は生じないため、新たな全収縮期雑音の出現は説明できない。
急性心筋梗塞の合併症の整理
・不整脈:発症直後から起こりうる。心室細動は発症早期の突然死の主な原因。下壁梗塞では房室ブロックや洞徐脈が起こりやすい。 ・ポンプ失調:心不全、心原性ショック(Killip分類・Forrester分類で評価する) ・機械的合併症(発症後数日〜1週間以内、特に2〜5日目ごろに多い) - 左室自由壁破裂:心タンポナーデを起こす。高齢者、女性、初回梗塞、高血圧の患者に多い。 - 心室中隔穿孔:左→右シャントを生じ、胸骨左縁で全収縮期雑音とスリルを聴取する。前壁梗塞に多い。 - 乳頭筋断裂:急性の高度僧帽弁閉鎖不全を生じ、心尖部で全収縮期雑音を聴取する。下壁梗塞(後内側乳頭筋)に多い。前外側乳頭筋は左前下行枝と左回旋枝の二重支配を受けるため、断裂しにくい。 - いずれも突然発症して急速に悪化し、致死率が高い。緊急手術の適応となる。 ・心膜の合併症:梗塞後心膜炎(発症後数日、心膜摩擦音)、Dressler症候群(数週後、自己免疫的機序による心膜炎) ・慢性期の合併症:心室瘤(数週〜数か月、ST上昇の持続、壁在血栓)、リモデリングによる慢性心不全や機能性僧帽弁逆流
全収縮期雑音をきたす疾患
・僧帽弁閉鎖不全症:心尖部、腋窩へ放散する ・三尖弁閉鎖不全症:胸骨左縁下部、吸気で増強する(Rivero-Carvallo徴候) ・心室中隔欠損症(穿孔):胸骨左縁第3〜4肋間、スリルを伴うことが多い
機械的合併症の診断と治療
・診断:心エコー(カラードプラ)が最も迅速で有用である。右心カテーテルでは、心室中隔穿孔で右室レベルの酸素飽和度のステップアップ、乳頭筋断裂で肺動脈楔入圧の巨大v波がみられる。 ・治療:循環を保つため、大動脈内バルーンパンピング(IABP)で後負荷を下げ、心拍出量を補助する。強心薬・血管拡張薬を用いる。必要に応じて補助循環(VA-ECMOや補助人工心臓Impellaなど)を併用し、緊急の外科手術(中隔穿孔のパッチ閉鎖、僧帽弁置換術など)を行う。心破裂には心嚢穿刺で一時的に対応し、緊急の外科的修復を行う。
POINT
・急性心筋梗塞の数日後に突然の心不全・血圧低下が起これば、機械的合併症を考える。 ・新たな全収縮期雑音を伴う機械的合併症は、心室中隔穿孔と乳頭筋断裂である。 ・心室中隔穿孔は前壁梗塞に多く、胸骨左縁で雑音を聴き、スリルを伴う。乳頭筋断裂は下壁梗塞に多く、心尖部で雑音を聴き、急性肺水腫をきたす。 ・両者の鑑別は心エコー(カラードプラ)で行う。右心カテーテルでは、中隔穿孔で酸素飽和度のステップアップ、乳頭筋断裂で巨大v波がみられる。 ・自由壁破裂による心タンポナーデでは雑音は出ない。心室瘤は慢性期、収縮性心膜炎は梗塞急性期の合併症ではない。
