冷や汗と吐き気は心臓のSOS―急性冠症候群の胸痛を「らしさ」で見抜く
第106回医師国家試験 H問題 第3問
国試問題にチャレンジ
急性冠症候群で認められる胸痛の特徴はどれか。
- a.悪心を伴う。
- b.部位が移動する。
- c.1週間以上持続する。
- d.圧迫によって増強する。
- e.深吸気によって増強する。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
急性冠症候群の胸痛は心筋虚血に由来し、胸骨裏の締めつけ感や圧迫感として20分以上持続し、冷汗や悪心・嘔吐などの自律神経症状を伴うのが特徴です。痛みは体位・呼吸・圧迫では変化しにくく、痛みの移動は大動脈解離、深吸気での増強は胸膜炎・気胸・肺血栓塞栓症・心膜炎、圧痛による再現は胸壁由来の痛み、1週間以上の持続は非心臓性の原因を示唆します。下壁梗塞ではBezold-Jarisch反射により悪心・嘔吐や徐脈・低血圧を来しやすく、高齢者・糖尿病患者・女性では悪心や心窩部不快感のみの非典型的な症状にも注意が必要です。胸痛の増悪因子と随伴症状から鑑別を組み立て、速やかに12誘導心電図をとる姿勢は、致死的な胸痛を見逃さないための基本になります。
解答・解説
正解はaです
急性冠症候群(ACS)とは
急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)は、冠動脈の動脈硬化巣(プラーク)が破綻・びらんを起こし、そこに血栓が形成されて冠動脈の血流が急激に低下・途絶することで起こる病態の総称である。不安定狭心症、急性心筋梗塞(ST上昇型・非ST上昇型)、および虚血による心臓突然死を含む。
ACSの胸痛の典型像
・部位:前胸部〜胸骨裏の比較的広い範囲。指一本で示せるような限局した痛みではなく、手のひらで示すような範囲であることが多い。頸部、下顎、左肩・左腕、心窩部への放散痛を伴うことがある。 ・性状:締めつけられる、圧迫される、重苦しい、焼けつくような感じ。「痛み」というより「不快感」と表現されることも多い。 ・持続:安定狭心症の発作は数分〜15分程度で治まるが、ACSでは安静時にも起こり、20分以上持続する。心筋梗塞では数十分〜数時間続き、ニトログリセリンの効果が乏しい。 ・随伴症状:冷汗、悪心・嘔吐、呼吸困難、動悸、不安感、失神など。 ・体位・呼吸・圧迫による変化:乏しい。痛みは心筋虚血によるもので、胸壁の動きや外からの圧迫とは無関係である。
考え方
胸痛の鑑別では、痛みの部位の移動(大動脈解離)、呼吸での増強(胸膜炎・心膜炎・気胸・肺血栓塞栓症)、圧痛(胸壁由来の痛み)、長期間の持続(非心臓性や慢性疾患)といった特徴がそれぞれの疾患を示唆する。これらはACSの典型像からは外れる特徴であり、ACSに特徴的なのは悪心などの自律神経症状を伴う点である。
選択肢考察
- ○a. 悪心を伴う。
ACSでは、心筋虚血や強い疼痛により自律神経反射が生じ、悪心・嘔吐、冷汗を伴うことが多い。特に下壁梗塞では、左室下後壁に分布する迷走神経の求心路が刺激され(Bezold-Jarisch反射)、悪心・嘔吐に加えて徐脈や低血圧を来しやすい。高齢者・糖尿病患者・女性では胸痛がはっきりせず、悪心や心窩部不快感が主症状となることもあり、消化器疾患と誤認されやすい点にも注意が必要である。
- ×b. 部位が移動する。
ACSの胸痛は前胸部を中心とした一定の範囲に生じ、放散痛はあっても痛みの中心が時間とともに移動することは通常ない。痛みの部位が移動するのは大動脈解離の特徴で、解離の進展に伴って前胸部から背部、腰部へと痛みが移っていく。腹部では虫垂炎で心窩部から右下腹部へ移動する痛みがみられる。
- ×c. 1週間以上持続する。
ACSの胸痛は20分以上持続するのが特徴だが、単位は数十分〜数時間である。1週間以上も続く胸痛は、筋骨格系の痛み、帯状疱疹(皮疹出現前の神経痛を含む)、心因性、消化器疾患など非心臓性の原因を考える。ACSは発症から治療開始までの時間が予後を左右する緊急疾患であり、長期間経過をみることは許されない。
- ×d. 圧迫によって増強する。
ACSの痛みは心筋虚血に由来するため、胸壁を押しても痛みは変化せず、圧痛はない。胸壁の圧迫で痛みが再現・増強する場合は、肋軟骨炎(Tietze症候群など)、肋骨骨折、胸壁の筋肉痛といった胸壁由来の痛みを考える。ただし圧痛があってもACSを完全には否定できないため、心電図などで評価することが重要である。
- ×e. 深吸気によって増強する。
深吸気や咳で増強する痛み(胸膜痛)は、壁側胸膜や心膜が呼吸運動で刺激されることによる。胸膜炎、自然気胸、肺炎、肺血栓塞栓症(胸膜に接した肺梗塞)、急性心膜炎でみられる。急性心膜炎では、さらに仰臥位で増強し坐位・前屈位で軽減するのが特徴である。ACSの痛みは呼吸によって変化しない。
急性冠症候群の分類
・ST上昇型心筋梗塞(STEMI):冠動脈の完全閉塞による貫壁性虚血。緊急の再灌流療法(主に経皮的冠動脈インターベンション:PCI)の適応。 ・非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI):心筋トロポニンなどの心筋逸脱酵素の上昇を伴うがST上昇はない。 ・不安定狭心症:心筋トロポニン上昇を伴わない。新規発症、増悪型(頻度・強度・持続の増加)、安静時発作などを含む。 NSTEMIと不安定狭心症をまとめて非ST上昇型ACS(NSTE-ACS)と呼ぶ。ACSという概念は、冠動脈造影での狭窄の程度よりも、プラークの不安定性(破綻しやすさ)と血栓形成が発症に重要であるという理解に基づく。軽度〜中等度の狭窄部位のプラークが破綻して発症することも多い。
致死的な胸痛の鑑別と特徴
・ACS:締めつけ感、20分以上持続、冷汗・悪心を伴う、放散痛(左肩・左腕・下顎) ・急性大動脈解離:突然発症の激烈な引き裂かれるような痛み、背部への放散・移動、血圧の左右差 ・肺血栓塞栓症:突然の呼吸困難、胸膜痛、頻呼吸、低酸素血症、深部静脈血栓症の危険因子(長期臥床など) ・緊張性気胸:片側の呼吸音減弱、気管偏位、頸静脈怒張、ショック ・食道破裂(Boerhaave症候群):嘔吐後の激しい胸痛、皮下気腫
初期対応
胸痛患者では、来院後10分以内に12誘導心電図を記録し、心筋トロポニンを測定する。ACSが疑われれば、アスピリン投与、必要に応じて硝酸薬(右室梗塞や低血圧では禁忌)などを行い、再灌流療法を検討する。
POINT
・ACSの胸痛:胸骨裏の締めつけ・圧迫感、20分以上持続、冷汗・悪心・嘔吐を伴う、放散痛あり ・呼吸・体位・圧迫では変化しない ・痛みの移動 → 大動脈解離 ・深吸気で増強 → 胸膜炎、気胸、心膜炎、肺血栓塞栓症 ・圧痛で再現 → 胸壁由来の痛み ・高齢者・糖尿病・女性では非典型的症状(悪心、心窩部痛のみなど)に注意
