負荷で消えて、休むと戻る―心筋血流SPECTの「再分布」が示す冠動脈狭窄
第106回医師国家試験 A問題 第37問
国試問題にチャレンジ
75歳の女性。階段を昇ったときに自覚する前胸部の違和感を主訴に来院した。症状は約1年前からあり,頻度や強さに変化はないという。身体診察所見に異常を認めない。胸部エックス線写真と安静時の12誘導心電図とに異常を認めない。アデノシン負荷201Tl心筋血流SPECTの左室短軸像(A)(B)を別に示す。 原因として考えられるのはどれか。

- a.冠攣縮
- b.心筋炎
- c.左室肥大
- d.冠動脈狭窄
- e.陳旧性心筋梗塞
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
労作で誘発され、頻度や強さが一定の胸部症状は安定労作性狭心症を示唆し、その原因は器質的な冠動脈狭窄です。安静時心電図が正常でも狭心症は否定できず、負荷心筋血流SPECTで負荷時の局所的な集積低下が遅延像で回復する再分布を確認すれば、可逆性虚血と判断できます。一方、遅延像でも欠損が残る固定性欠損は陳旧性心筋梗塞を、安静時・夜間〜早朝の発作は冠攣縮性狭心症を考え、心筋炎や左室肥大は経過や心電図・身体所見の違いで区別します。アデノシン負荷は正常冠動脈と狭窄冠動脈の血流差を強調する検査であり、喘息やカフェイン摂取への注意も臨床では欠かせません。症状の性状と画像の可逆性を組み合わせて病態を読み解く力は、虚血性心疾患の診断と治療方針決定の基本となります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・75歳女性で、階段昇降という労作に伴って前胸部の違和感が出現する。労作で心筋の酸素需要が増えたときに症状が出るという点で、心筋虚血を最初に考える。 ・症状は約1年前からあり、頻度や強さが変わっていない。症状パターンが一定であることから、不安定狭心症(急性冠症候群)ではなく安定した病態と判断できる。 ・身体所見、胸部エックス線写真、安静時12誘導心電図はいずれも正常である。狭心症では非発作時の心電図が正常であることがまれではなく、安静時心電図が正常でも虚血性心疾患は否定できない。一方で、心筋梗塞の既往を示す異常Q波や、左室肥大を示す高電位・ストレイン型ST-T変化はみられないことになる。
心筋血流SPECTの読み方
・短軸像はドーナツ状に描出され、通常、上が前壁、左側が中隔、右側が側壁、下が下壁に相当する。 ・初期像(A、アデノシン負荷時)では、左室心筋のリングの一部、主に前壁から側壁にかけてトレーサー(201Tl:タリウム201)の集積が低下している。 ・遅延像(B、3〜4時間後)では同部位の集積が回復し、リング全体がほぼ均一になっている。これを再分布(fill-in)といい、負荷時にだけ血流が不足する「可逆性虚血」を意味する。 ・負荷時の欠損が遅延像でも残る(固定性欠損)場合は、心筋が壊死・瘢痕化した心筋梗塞を考える。本例はこれに当たらない。
診断と設問への考え方
労作で誘発され、症状が安定しており、負荷心筋血流SPECTで再分布を伴う可逆性の血流低下がみられることから、安定労作性狭心症と診断できる。その原因として最も考えられるのは、器質的な冠動脈狭窄である。狭窄があると、安静時には血流が保たれていても、負荷時(あるいは血管拡張薬投与時)に血流を増やす余力(冠血流予備能)が足りなくなり、支配領域が相対的な虚血に陥る。
選択肢考察
- ×a. 冠攣縮
冠攣縮は冠動脈が一過性に強く収縮する現象で、冠攣縮性狭心症(異型狭心症を含む)の原因となる。典型的には安静時、特に夜間から早朝にかけて発作が起こり、労作との関連は乏しい。発作時の心電図ではST上昇を示すことが多い。診断には発作時心電図やアセチルコリン・エルゴノビンによる冠攣縮誘発試験が用いられる。本例は階段昇降という労作で毎回症状が出る典型的な労作性のパターンであり、冠攣縮は考えにくい。また、アデノシン負荷は冠血流予備能の低下(器質的狭窄)を検出する検査であり、攣縮の評価には適さない。
- ×b. 心筋炎
心筋炎は多くがウイルス感染を契機とする心筋の炎症で、発熱や感冒様症状が先行し、胸痛、心不全症状、不整脈などを急性に呈する。心電図のST-T変化や伝導障害、トロポニンなど心筋逸脱酵素の上昇を伴うことが多い。本例は全身症状がなく、1年間も同程度の労作時症状が続いており、心電図も正常であるため合致しない。さらに炎症による心筋障害であれば、負荷時だけに現れ遅延像で回復するという可逆性虚血のパターンにはなりにくい。
- ×c. 左室肥大
左室肥大(高血圧性心疾患や大動脈弁狭窄症、肥大型心筋症など)では、心筋の酸素需要が増すため、冠動脈に狭窄がなくても労作時に胸痛を生じることがある。しかしその場合、心電図で左室高電位やストレイン型ST-T変化がみられることが多く、身体所見(心雑音など)や胸部エックス線写真にも異常が出やすい。本例ではこれらがすべて正常である。また、SPECT像でも心筋リングの厚みが目立って増している所見はなく、局所的に再分布を示す血流低下は、左室肥大よりも特定の冠動脈支配域の虚血を示唆する。
- ○d. 冠動脈狭窄
労作で誘発される安定した胸部症状と、負荷時の局所的な集積低下が遅延像で回復する(再分布を示す)SPECT所見は、器質的な冠動脈狭窄による労作性狭心症に典型的である。アデノシンは冠動脈の細動脈を拡張させる薬剤で、正常な冠動脈の支配域では血流が大きく増える。一方、狭窄のある冠動脈ではすでに末梢が代償的に拡張しているため、それ以上血流を増やせない。その結果、狭窄冠動脈の支配域は相対的に血流が少なく見え、負荷像で欠損として描出される。安静時には血流が保たれているため、遅延像では集積が戻る。確定診断と治療方針(PCIなど)の決定には冠動脈CTや冠動脈造影で狭窄部位を確認する。
- ×e. 陳旧性心筋梗塞
陳旧性心筋梗塞では、梗塞部の心筋が壊死し線維化(瘢痕化)している。201Tlは生きた心筋細胞にしか取り込まれないため、梗塞部位は負荷時も遅延像でも集積が欠損したまま(固定性欠損)となる。本例は遅延像で集積が回復しており、心筋は生存している。また、安静時心電図に異常Q波などの梗塞を示す所見もない。したがって陳旧性心筋梗塞は否定的である。
負荷心筋血流シンチグラフィ
・トレーサー:201Tl(タリウム201)や99mTc製剤(テトロホスミン、MIBI)が用いられる。201Tlはカリウムと似た性質をもち、Na+/K+-ATPaseを介して生存心筋に取り込まれるため、血流と心筋の生存(バイアビリティ)の両方を反映する。 ・負荷方法:運動負荷(トレッドミル、エルゴメータ)と薬物負荷がある。高齢や下肢の障害で十分な運動ができない場合は薬物負荷を選ぶ。 ・薬物負荷:アデノシン、ジピリダモール(冠血管拡張による血流の不均衡を利用)、ドブタミン(心筋酸素需要を増やす)など。アデノシンやジピリダモールは気管支攣縮を起こしうるため、気管支喘息では原則として避ける。また、カフェインやテオフィリンなどのキサンチン類はアデノシン受容体を阻害して効果を弱めるため、検査前に中止する。
SPECT所見の解釈
・負荷時欠損 → 遅延像(安静時)で回復(再分布あり):可逆性虚血 → 狭心症 ・負荷時欠損 → 遅延像でも欠損(再分布なし):固定性欠損 → 心筋梗塞(瘢痕) ・一部だけ回復:梗塞に虚血が混在している可能性
狭心症の分類(誘因・機序)
・労作性狭心症:器質的冠動脈狭窄により、需要増大時に供給が追いつかない。労作で誘発され、安静やニトログリセリンで数分以内に軽快する。発作時心電図はST低下が典型。 ・冠攣縮性狭心症:冠動脈の一過性攣縮による。安静時、夜間〜早朝に多い。発作時ST上昇(異型狭心症)。喫煙が危険因子。治療はカルシウム拮抗薬が中心で、β遮断薬単独は攣縮を悪化させうる。 ・安定狭心症と不安定狭心症:症状の頻度・強さ・誘因が一定であれば安定、新規発症・増悪・安静時出現などは不安定狭心症として急性冠症候群に含め、緊急対応が必要となる。
POINT
・労作で誘発され、頻度・強さが一定の胸部症状 → 安定労作性狭心症。原因は器質的冠動脈狭窄。 ・安静時心電図が正常でも狭心症は否定できない。負荷検査で虚血を証明する。 ・負荷心筋血流SPECTで負荷時欠損が遅延像で回復(再分布)→ 可逆性虚血(狭心症)。回復しない固定性欠損 → 心筋梗塞。 ・冠攣縮性狭心症は安静時・夜間〜早朝の発作が特徴で、労作との関連は乏しい。 ・アデノシン負荷は正常冠動脈と狭窄冠動脈の血流差を強調して虚血を検出する。
