犯罪性なし、でも死因は不明―「監察医の街」で行われる解剖とは
第105回医師国家試験 H問題 第25問
国試問題にチャレンジ
86歳の女性。監察医制度の指定地域にある自宅で死亡した。所轄の警察署が死因について犯罪との関連性はないと判断したので,死亡診断書の作成のため,2日前に初めて往診した医師が自宅に呼ばれた。しかし,前回の診療内容からは死に至った経過を説明できないことから,死因を明らかにするためには解剖が必要と考えられた。 この解剖はどれにあたるか。
- a.行政解剖
- b.系統解剖
- c.司法解剖
- d.承諾解剖
- e.病理解剖
対話形式の解説
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ドクターまとめ
解剖は目的と法的根拠により、教育のための系統解剖、医療機関での病死例を検討する病理解剖、異状死体の死因究明を行う法医解剖に分けられます。法医解剖は犯罪性と監察医制度の有無で区別され、犯罪性があれば裁判官の許可に基づく司法解剖、犯罪性がなく監察医制度の施行地域なら監察医による行政解剖、施行地域外なら遺族の承諾を得る承諾解剖となります。本問は診療中の疾患で死亡を説明できない異状死体で、犯罪性が否定され、監察医制度の指定地域であることから行政解剖に該当し、遺族の承諾は不要です。なお2013年施行の死因・身元調査法により、監察医制度のない地域でも警察署長の判断で解剖が可能になっています。死亡診断書と死体検案書の使い分けや異状死体の24時間以内の届出義務とあわせて理解しておくことが、在宅医療や救急の現場で適切に対応するための基盤となります。
解答・解説
正解はaです
状況の整理
・86歳女性が自宅で死亡した。 ・死亡場所は監察医制度の指定地域である。 ・警察署は死因と犯罪との関連はないと判断している(犯罪性なし)。 ・呼ばれた医師は2日前に初めて往診しただけで、その診療内容からは死亡に至った経過を説明できない(死因不明)。 ・死因を明らかにするために解剖が必要と判断された。
考え方
解剖は目的と法的根拠によって、①人体の正常構造を学ぶ系統解剖、②病死した患者の病態・死因を医学的に検討する病理解剖、③異状死体の死因究明を目的とする法医解剖に大別される。法医解剖はさらに、犯罪性の有無と監察医制度の有無で区別される。 ・犯罪性がある(疑われる)→ 司法解剖(刑事訴訟法に基づき、裁判官の鑑定処分許可状により実施。遺族の承諾は不要) ・犯罪性がなく、監察医制度の施行地域 → 行政解剖(死体解剖保存法第8条に基づき、監察医が実施。遺族の承諾は不要) ・犯罪性がなく、監察医制度のない地域 → 承諾解剖(遺族の承諾を得て実施) 本例は、診療歴から死亡経過を説明できない「死因の分からない死体」であり、医師法上の異状死体として扱うべき状況にある。そのうえで犯罪性は否定され、しかも監察医制度の指定地域内での死亡であるから、該当するのは監察医による行政解剖である。 なお、医師は最終診察から時間が経っていても、生前に診ていた疾患による死亡と判断できれば死亡診断書を交付できる。しかし本例のように診療中の疾患で死亡を説明できない場合は、死亡診断書を書くことはできない。医師は死体を検案し、異状があれば24時間以内に所轄警察署へ届け出る必要がある(医師法第21条)。
選択肢考察
- ○a. 行政解剖
監察医制度の施行地域で、犯罪性はないが死因が明らかでない死体(伝染病・中毒・災害による死亡の疑いを含む)について、死因を明らかにするため監察医が行う解剖である(死体解剖保存法第8条)。公衆衛生の向上を目的とし、遺族の承諾を必要としない。本例は「犯罪性なし」「死因不明」「監察医制度の指定地域」という3条件をすべて満たすので、行政解剖にあたる。
- ×b. 系統解剖
医学・歯学の教育を目的とし、人体の正常な構造を系統的に学ぶために大学で行われる解剖である。生前の本人の意思に基づく献体を主な対象とし、個々の死者の死因究明を目的とするものではない。したがって本例には該当しない。
- ×c. 司法解剖
犯罪による死亡が疑われる死体について、刑事訴訟法に基づき、捜査機関の嘱託を受けた法医学者が裁判官の許可(鑑定処分許可状)を得て行う解剖である。遺族の承諾は不要である。本例では警察署が犯罪との関連性はないと判断しているため、司法解剖の対象にはならない。
- ×d. 承諾解剖
犯罪性のない異状死体の死因究明を目的とする点は行政解剖と同じである。ただし、監察医制度がない地域で、遺族の承諾を得て行う解剖を指す。本例は監察医制度の指定地域での死亡であり、監察医が遺族の承諾なしに行政解剖を行えるので、承諾解剖は選ばない。
- ×e. 病理解剖
原則として医療機関で病死した患者、つまり異状死体ではない死体を対象とする。遺族の承諾を得て病理医が行い、臨床診断の妥当性、治療の効果、死因・合併症などを医学的に検証する。本例は診療経過から死亡を説明できない異状死体であり、法医学的な死因究明が必要であるから、病理解剖は適切でない。
解剖の分類
1. 系統解剖(正常解剖):医学教育のため人体の正常構造を学ぶ。献体が主な対象である(死体解剖保存法、献体法)。 2. 病理解剖:医療機関で病死した症例(非異状死体)を対象とする。遺族の承諾が必要である。臨床診断・治療効果の検証が目的である。 3. 法医解剖:異状死体を対象とする。 ・司法解剖:犯罪性あり(疑いを含む)。刑事訴訟法に基づき、裁判官の鑑定処分許可状により行う。遺族の承諾は不要である。 ・行政解剖:犯罪性なし。監察医制度の施行地域で監察医が行う(死体解剖保存法第8条)。遺族の承諾は不要である。 ・承諾解剖:犯罪性なし。監察医制度の施行地域以外で、遺族の承諾を得て行う。 ・死因・身元調査法解剖:2013年施行の「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律」に基づく。犯罪性がないと判断された死体について、警察署長が死因究明のため必要と認めたときに行う。遺族の承諾は不要である(遺族への説明は行う)。監察医制度のない地域で、承諾解剖を補う役割をもつ。
監察医制度
死体解剖保存法第8条に基づき、政令で定めた地域に監察医を置く制度である。現在、実際に運用されているのは東京都23区、大阪市、神戸市などの一部の大都市に限られる。監察医は、死因の明らかでない死体を検案し、それでも死因が判明しない場合に解剖を行う。
異状死体と医師の義務
・医師法第21条:医師は死体を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。 ・医師法第20条ただし書:診療中の患者が最終診察後24時間以内に死亡した場合は、改めて診察しなくても死亡診断書を交付できる。24時間を超えていても、医師が死亡後に診察し、生前診療していた疾患による死亡と判断できれば死亡診断書を交付できる。 ・診療中の疾患で死亡を説明できない場合や、診療していなかった者の死亡では、死体を検案して死体検案書を作成する。
POINT
・異状死体の解剖=法医解剖。犯罪性と監察医制度の有無で3つに分ける。 ・犯罪性あり → 司法解剖(遺族の承諾不要) ・犯罪性なし+監察医制度の地域 → 行政解剖(遺族の承諾不要) ・犯罪性なし+監察医制度のない地域 → 承諾解剖(遺族の承諾必須) ・病理解剖は医療機関での病死例(非異状死体)が対象、系統解剖は教育目的である。 ・異状死体は検案後24時間以内に所轄警察署へ届け出る(医師法第21条)。
