「誰もわかってくれない」―言葉から読み解くスピリチュアルペインと孤独感
第105回医師国家試験 F問題 第7問
国試問題にチャレンジ
がん患者のスピリチュアルペインにおいて「孤独感」を最も表現しているのはどれか。
- a.「今までの行いが悪かったからこんな病気になったのだ」
- b.「誰も私の本当の苦しみを理解してくれない」
- c.「もう何日も生きることができない」
- d.「こんな治療をしても意味がない」
- e.「私の人生は無駄だった」
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
スピリチュアルペインは、死を意識するなかで生きる意味や自分の存在が揺らぐことによる苦痛で、信仰の有無にかかわらず誰にでも生じえます。日本の緩和ケアでは、これを時間存在・関係存在・自律存在の揺らぎとして整理する考え方がよく用いられ、「誰も私の本当の苦しみを理解してくれない」のように他者とのつながりや理解の欠如を訴える言葉は、関係存在の揺らぎである孤独感の表現です。一方、病気を過去の行いの報いととらえる罪責感、残された時間がないという絶望、治療や人生への無意味感・無価値感は、同じスピリチュアルペインでも別の側面の苦しみです。がん患者の苦痛はソンダースのトータルペインとして身体的・精神的・社会的・スピリチュアルな側面が相互に影響するため、安易に励まさず傾聴と共感を基本に多職種で支えることが重要です。患者の言葉の背後にある苦しみを聞き分ける力は、緩和ケアに限らずあらゆる臨床の場で求められる基本的な姿勢といえます。
解答・解説
正解はbです
本問は、がん患者が抱えるスピリチュアルペインのうち「孤独感」に当たる言葉を、ほかの種類の苦しみの表現と区別できるかを問う問題である。
スピリチュアルペインとは
スピリチュアルペインは、死が近づくなかで自分の存在や生きる意味が揺らぐことによって生じる苦痛であり、「魂の痛み」「存在の痛み」とも表現される。「なぜ自分がこんな目に」「生きていても意味がない」「自分の人生は何だったのか」「誰にもわかってもらえない」といった言葉として現れる。宗教的な信仰の有無にかかわらず誰にでも生じうる。
苦しみの分類の枠組み
日本の緩和ケアでは、人間の存在を三つの側面からとらえ、そのいずれかが揺らぐことでスピリチュアルペインが生じるという考え方(村田久行による理論)がよく用いられる。 ・時間存在:将来への希望や見通しをもって生きる存在。死が迫り将来が失われると、「残された時間がない」「今していることに意味がない」「人生が無駄だった」という無意味感・無価値感が生じる。 ・関係存在:家族・友人・医療者など他者との関係に支えられて生きる存在。関係が失われたり、わかってもらえないと感じたりすると、孤独感・疎外感が生じる。 ・自律存在:自分のことを自分で決め、行えることで自分の価値を感じる存在。身体機能の低下や他者への依存が増すと、「迷惑をかけるだけ」「役に立たない」という負担感・無力感が生じる。
考え方
「孤独感」は、他者とのつながりが断たれた、あるいは理解されていないという感覚であり、関係存在の揺らぎに当たる。選択肢の中で、他者との関係(理解されないこと)に触れている言葉を選べばよい。
選択肢考察
- ×a. 「今までの行いが悪かったからこんな病気になったのだ」
誤り。病気の原因を自分の過去の行いに求め、罰を受けていると感じる言葉であり、罪責感(罪の意識)の表現である。自分の過去や生き方の意味づけに関わる苦しみで、トータルペインの概念でもスピリチュアルな痛みの典型例として挙げられる。ただし他者とのつながりの喪失を訴えているわけではないため、孤独感を最も表しているとはいえない。
- ○b. 「誰も私の本当の苦しみを理解してくれない」
正しい。家族や医療者に囲まれていても、自分の苦しみを本当にわかってくれる人はいないと感じている言葉であり、他者との関係のなかで自分が理解・受容されていないという孤独感・疎外感の表現である。三つの側面のうち関係存在の揺らぎに当たる。このような訴えに対しては、無理に励ましたり話題を変えたりせず、患者の言葉を否定せずに傾聴し、「わかってくれる人がいる」と感じられる関係を築くことが支援の出発点となる。
- ×c. 「もう何日も生きることができない」
誤り。死が間近に迫り、残された時間がないことへの絶望や恐れを表す言葉であり、将来を失うこと(時間存在の揺らぎ)に関わる苦しみである。死への不安・恐怖の表出であって、他者から理解されないという孤独感を表したものではない。
- ×d. 「こんな治療をしても意味がない」
誤り。治療によって将来が良くなるという見通しがもてず、今行っていることの意味を見出せないという無意味感・絶望感の表現である。将来の喪失(時間存在)や、思うようにならない状況への無力感(自律存在)と関連する苦しみであり、孤独感の表現ではない。
- ×e. 「私の人生は無駄だった」
誤り。これまでの人生を振り返って価値や意味を見出せないという、人生の意味の喪失・無価値感の表現である。死を前に人生の意味を問うことはスピリチュアルペインの中心的な内容の一つであるが、他者との関係の喪失を訴えるものではないため、孤独感とは異なる。
トータルペイン(全人的苦痛)
近代ホスピス運動の創始者であるシシリー・ソンダース(英国、1967年に聖クリストファー・ホスピスを設立)が提唱した概念である。がん患者の苦痛は身体的な痛みだけでなく、次の四つの側面が互いに影響し合って一つの苦痛として現れると考える。 ・身体的苦痛:痛み、呼吸困難、倦怠感、悪心、日常生活動作の障害など ・精神的苦痛:不安、いらだち、抑うつ、恐れ、怒りなど ・社会的苦痛:仕事や経済上の問題、家庭内の問題、人間関係、遺産相続など ・スピリチュアルペイン:人生の意味への問い、死への恐怖、罪責感、孤独感、価値観の揺らぎなど 例えば、身体の痛みが強いと不安や抑うつが増し、逆に不安や孤独感が強いと痛みを強く感じるように、各側面は相互に関連する。そのため医師、看護師、薬剤師、医療ソーシャルワーカー、心理職、宗教家(チャプレン)などの多職種で全人的に対応することが求められる。
スピリチュアルペインへの対応
・傾聴と共感:患者が苦しみを言葉にできる場をつくり、否定や安易な励ましをせずに受け止める。 ・時間存在への支援:残された時間のなかで実現可能な目標を一緒に考える、死を超えた将来(家族の将来、信仰、生きた証を残すことなど)に目を向ける。 ・関係存在への支援:家族や大切な人との関係の修復・強化を助け、医療者も「そばにいる」存在として関わり続ける。 ・自律存在への支援:できる限り自己決定の機会を保障し、患者の意向を尊重する。 ・三つの側面のうち一つが失われても、ほかの側面の支えで補うことで苦痛を和らげることができるとされる。
WHOの緩和ケアの定義(2002年)
生命を脅かす疾患に直面する患者と家族に対し、痛みやその他の身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に見出して的確に評価し、対応することで、苦痛を予防し和らげ、QOL(生活の質)を改善するアプローチである。緩和ケアは終末期に限らず、診断時から治療と並行して提供される。
POINT
・がん患者の苦痛はトータルペイン(身体的・精神的・社会的・スピリチュアル)としてとらえる(シシリー・ソンダース)。 ・スピリチュアルペインは生きる意味や存在の揺らぎによる苦痛で、時間存在・関係存在・自律存在の揺らぎとして整理される。 ・孤独感(誰にも理解されない)は関係存在の揺らぎ、残された時間・無意味感・人生の無価値感は時間存在の揺らぎ、迷惑をかける・役に立たないは自律存在の揺らぎ。 ・対応の基本は傾聴と共感であり、多職種で全人的に支える。
