唾液が減ると何が起こる?―Sjögren症候群を「乾き」の帰結から理解する
第105回医師国家試験 D問題 第34問
国試問題にチャレンジ
32歳の女性。人間ドックで白血球減少とリウマチ反応陽性とを指摘され来院した。眼と口腔粘膜の乾燥がある。白血球3,100(好中球55%,好酸球5%,好塩基球1%,単球10%,リンパ球29%)。免疫学所見:リウマトイド因子〈RF〉陽性,抗核抗体陽性(斑紋型),抗SS-A抗体陽性,抗SS-B抗体陽性。 この疾患で正しいのはどれか。
- a.易感染性である。
- b.遺伝性疾患である。
- c.流産の可能性が高い。
- d.う歯の多発傾向がある。
- e.乾燥症状に副腎皮質ステロイドが有効である。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
眼と口腔の乾燥症状に抗SS-A抗体・抗SS-B抗体陽性がそろえばSjögren症候群を考え、RF陽性や斑紋型抗核抗体、軽度の白血球減少もよくみられます。唾液分泌の低下で自浄・緩衝・抗菌・再石灰化作用が失われるため、う歯が多発しやすく、口腔カンジダ症も起こりやすくなります。白血球減少は軽度で全身的な易感染性には通常至らず、本症は多因子性の自己免疫疾患であって遺伝性疾患ではありません。抗SS-A抗体は流産ではなく新生児ループス(先天性完全房室ブロック)と関連し、乾燥症状には点眼や人工唾液、セビメリン・ピロカルピンなどの対症療法を行い、ステロイドは重い腺外病変に用います。MALTリンパ腫の合併や歯科との連携も含め、「乾き」がもたらす帰結から病態を理解することが臨床での全身管理につながります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・32歳女性。自覚症状として眼の乾燥(ドライアイ)と口腔の乾燥(ドライマウス)がある。 ・白血球3,100/μLと軽度の減少。好中球は55%で、絶対数に直すと約1,700/μL(3,100×0.55)であり、易感染性が問題となる目安(おおむね1,000/μL未満、特に500/μL未満)には達していない。 ・リウマトイド因子(RF)陽性、抗核抗体陽性(斑紋型)、抗SS-A抗体陽性、抗SS-B抗体陽性。
診断へのプロセス
中年女性の眼・口腔の乾燥症状に、抗SS-A抗体と抗SS-B抗体の両者陽性が加わっており、Sjögren(シェーグレン)症候群と診断できる。本症は涙腺・唾液腺などの外分泌腺にリンパ球が浸潤して分泌が低下する自己免疫疾患である。RF陽性や抗核抗体(斑紋型)陽性、高γグロブリン血症もよくみられ、白血球減少は本症の2〜4割程度に認められる血液所見である。関節リウマチやSLEなど他の膠原病を伴わない場合は一次性(原発性)Sjögren症候群とよぶ。確定には、涙液分泌検査(Schirmer試験)、唾液分泌量測定、口唇小唾液腺生検、唾液腺造影・シンチグラフィなどを組み合わせる。
設問の考え方
本症の臨床的特徴を問う問題である。乾燥症状がどのような二次的な問題(う歯、口腔カンジダ症、角結膜炎など)を引き起こすか、抗SS-A抗体が妊娠にどう関わるか(流産ではなく新生児ループス)、乾燥症状の治療の基本(対症療法)は何か、を整理しておくと各選択肢を判断できる。
選択肢考察
- ×a. 易感染性である。
白血球数は軽度減少しているが、好中球の絶対数は約1,700/μLと保たれており、細菌感染症にかかりやすくなる水準ではない。Sjögren症候群でみられる白血球減少は多くが軽度で、それ自体が易感染性をもたらすことは通常ない。なお、唾液による自浄作用の低下から口腔カンジダ症は起こりやすくなるが、これは局所環境の変化によるもので、全身的な易感染性とは区別して考える。
- ×b. 遺伝性疾患である。
Sjögren症候群は、HLAなどの遺伝的素因にウイルス感染やホルモン(女性に多い)などの環境因子が加わって発症する多因子性の自己免疫疾患であり、特定の遺伝子変異で決まる遺伝性疾患ではない。家族内で膠原病が集積することはあるが、それは発症しやすさ(素因)が共有されているためである。
- ×c. 流産の可能性が高い。
習慣流産・不育症との関連が強いのは抗リン脂質抗体症候群(APS)であり、SLEに合併した場合も流産のリスクが上がる。抗SS-A抗体が問題となるのは流産ではなく、母体の抗体が胎盤を通過して生じる新生児ループスである。新生児ループスでは環状紅斑などの皮疹、血球減少、肝障害がみられ、なかでも先天性完全房室ブロックは不可逆で重篤となりうる。したがって抗SS-A抗体陽性の妊婦では胎児心拍のモニタリングが推奨される。
- ○d. う歯の多発傾向がある。
唾液には、食物残渣を洗い流す自浄作用、酸を中和する緩衝作用、抗菌作用、エナメル質の再石灰化を助ける作用がある。Sjögren症候群では唾液分泌が低下するためこれらの作用が失われ、う歯(虫歯)が多発しやすく、歯頸部など通常は虫歯になりにくい部位にも生じる。ほかにもクッキーなど乾いた食べ物が飲み込みにくい、話しにくい、舌の萎縮や口角炎、口腔カンジダ症などがみられる。
- ×e. 乾燥症状に副腎皮質ステロイドが有効である。
乾燥症状に対しては副腎皮質ステロイドの有効性は示されておらず、使用しない。治療は対症療法が中心で、眼には人工涙液、ヒアルロン酸ナトリウム点眼、ジクアホソル点眼、レバミピド点眼、涙点プラグなど、口腔には人工唾液やムスカリン(M3)受容体刺激薬のセビメリン・ピロカルピン内服による唾液分泌促進を行う。ステロイドや免疫抑制薬は、間質性肺炎、間質性腎炎(尿細管性アシドーシス)、血管炎、末梢神経障害などの腺外病変が重い場合に用いる。
Sjögren症候群の概要
・外分泌腺(涙腺、唾液腺)へのリンパ球浸潤による慢性炎症を主体とする自己免疫疾患。中年女性に多い(男女比はおおむね1:10以上)。 ・一次性(原発性):他の膠原病を伴わないもの。二次性(続発性):関節リウマチ、SLE、全身性強皮症などに合併するもの。
症状
・腺症状:ドライアイ(乾燥性角結膜炎)、ドライマウス、う歯多発、耳下腺腫脹(反復性)など。 ・腺外症状:関節痛、Raynaud現象、環状紅斑、高γグロブリン血症性紫斑、間質性肺炎、間質性腎炎・尿細管性アシドーシス(低カリウム血症を伴うことがある)、末梢神経障害、自己免疫性甲状腺炎など。 ・悪性リンパ腫(特にMALTリンパ腫)の発生リスクが一般人口より高い。持続する唾液腺腫脹、単クローン性免疫グロブリン、低補体血症、クリオグロブリン血症などはリスク因子とされる。
検査所見
・自己抗体:抗SS-A(Ro)抗体(感度が高い)、抗SS-B(La)抗体(特異度が高い)、RF、抗核抗体(斑紋型)。 ・高γグロブリン血症(多クローン性)、赤沈亢進、白血球減少など。 ・腺機能・形態検査:Schirmer試験(5分間で5mm以下を陽性とする)、蛍光色素試験・ローズベンガル試験、ガム試験やサクソン試験による唾液分泌量測定、唾液腺造影(apple tree様の点状陰影)、唾液腺シンチグラフィ、口唇小唾液腺生検(導管周囲のリンパ球浸潤)。
診断基準(厚生省改訂診断基準 1999年)
①生検病理組織検査(口唇腺または涙腺)、②口腔検査(唾液腺造影・唾液分泌量・シンチグラフィ)、③眼科検査(Schirmer試験+色素試験)、④血清検査(抗SS-A抗体または抗SS-B抗体)の4項目のうち2項目以上を満たせばSjögren症候群と診断する。国際的には2016年のACR/EULAR分類基準も用いられる。
妊娠との関係
抗SS-A抗体陽性の母体から生まれた児に新生児ループスが起こりうる。先天性完全房室ブロックの頻度は1〜2%程度と低いが、生じると不可逆的でペースメーカーを要することがある。
治療
・乾燥症状:人工涙液・各種点眼、涙点プラグ、人工唾液、セビメリン・ピロカルピン内服、口腔ケア・歯科管理。 ・腺外病変:重症度に応じて副腎皮質ステロイド、免疫抑制薬を用いる。
POINT
・乾燥症状(ドライアイ・ドライマウス)+抗SS-A/SS-B抗体陽性 → Sjögren症候群。 ・唾液分泌低下によりう歯が多発する。 ・白血球減少はよくみられるが、易感染性には通常至らない。 ・抗SS-A抗体は新生児ループス(先天性完全房室ブロック)と関連。流産と関連が強いのは抗リン脂質抗体症候群。 ・乾燥症状には対症療法(点眼、人工唾液、セビメリン・ピロカルピン)。ステロイドは腺外病変に使う。 ・MALTリンパ腫の合併に注意。
