脅さず、なだめすぎず―肺癌を恐れる喫煙者に届く「今からでも遅くない」の一言
第105回医師国家試験 C問題 第22問
国試問題にチャレンジ
36歳の男性。病気に対する不安を主訴に来院した。21歳から喫煙を開始し,1日40本吸い続けてきた。最近,親戚が肺癌になったため自分も近いうちに肺癌になるのではないかと心配している。 説明で適切なのはどれか。
- a.「遺伝子診断を受ける必要があります」
- b.「直ちに禁煙しないと肺癌になります」
- c.「食事に気をつければ肺癌は予防できます」
- d.「これから禁煙すれば肺癌になる可能性は減ります」
- e.「喫煙した人すべてが肺癌になるわけではないので安心してください」
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
喫煙は肺癌の最大の危険因子であり、喫煙量はブリンクマン指数(1日の本数×喫煙年数)で評価します。肺癌を心配して受診した重喫煙者には、禁煙すれば肺癌のリスクが年数とともに低下するという正確で前向きな情報を伝え、禁煙という行動変容を促すことが最も適切です。断定して脅す説明や根拠のない安心を与える説明、確立していない遺伝子診断や食事による予防を勧める説明は、医学的に不正確であるか禁煙から注意をそらしてしまいます。肺癌の遺伝子検査(EGFR、ALKなど)は診断後の治療薬選択のためのものであり、発症予測とは目的が異なる点も押さえておきましょう。不安を受け止めつつ事実に基づいて行動を後押しする説明の原則は、禁煙指導に限らず、あらゆる患者説明の基本となります。
解答・解説
正解はdです
状況の整理
・36歳男性。自覚症状ではなく「肺癌になるのではないか」という不安を主訴に受診している。 ・21歳から1日40本の喫煙を15年間続けている。喫煙量の指標であるブリンクマン指数(Brinkman index、1日の喫煙本数×喫煙年数)は 40×15=600 であり、重喫煙者に相当する。 ・親戚が肺癌を発症したことがきっかけで不安が強まっている。
考え方
喫煙は肺癌の最大の危険因子であり、特に扁平上皮癌と小細胞癌は喫煙との関連が強い。喫煙者の肺癌リスクは非喫煙者の数倍(日本人男性でおよそ4〜5倍)とされ、喫煙量・喫煙期間が多いほど高くなる。一方、多くの肺癌では家族歴(遺伝的素因)の影響は喫煙ほど大きくない。 この患者は健康への不安から自ら受診しており、禁煙の必要性を理解してもらう絶好の機会である。医師としては、患者の不安を受け止めつつ、①医学的に正確な情報を伝える、②脅したり過度に安心させたりしない、③患者の行動変容(ここでは禁煙)につながる前向きな説明をする、ことが求められる。 禁煙すると肺癌の発症リスクは禁煙期間が長くなるにつれて低下していく。したがって、「今から禁煙すれば肺癌になる可能性は減る」という、事実に基づき、かつ禁煙への動機づけとなる説明が最も適切である。
選択肢考察
- ×a. 「遺伝子診断を受ける必要があります」
親戚に肺癌患者がいても、一般の肺癌は明確な遺伝性腫瘍ではなく、発癌リスクを予測するための遺伝子診断は確立していない。肺癌診療で行われる遺伝子検査は、EGFR遺伝子変異や ALK 融合遺伝子などを調べて分子標的薬の適応を判断するもので、すでに肺癌と診断された患者の腫瘍組織を対象とする。症状もなく肺癌と診断されていない本例に必要な検査ではなく、不安をいたずらに強めるうえ、最大の危険因子である喫煙への対処から目をそらすことにもなる。
- ×b. 「直ちに禁煙しないと肺癌になります」
喫煙は肺癌のリスクを大きく高めるが、喫煙者が必ず肺癌になるわけではないため、断定的な内容は医学的に不正確である。また、不安を抱えて受診した患者を脅すような言い方であり、不安をさらに強めるだけで、患者と医師の信頼関係を損ねかねない。恐怖に訴える説明は、行動変容の方法としても適切とはいえない。
- ×c. 「食事に気をつければ肺癌は予防できます」
野菜や果物の摂取が肺癌リスクをわずかに下げる可能性は指摘されているが、食事によって肺癌を予防できるという確かな根拠はない。むしろ喫煙者に β-カロテンのサプリメントを投与した大規模試験では、肺癌がかえって増加した。さらに、この説明は最も重要な対策である禁煙から患者の注意をそらしてしまうため、不適切である。
- ○d. 「これから禁煙すれば肺癌になる可能性は減ります」
禁煙すると、肺癌のリスクは禁煙期間が長くなるにつれて徐々に低下し、禁煙後およそ10年で喫煙を続けた場合の半分程度になるとされる。若いうちに禁煙するほど効果は大きく、36歳の本例でも禁煙の意義は大きい。医学的に正確であると同時に、「今から行動すれば結果を変えられる」という前向きな内容であり、患者の不安に応えつつ禁煙という行動変容を促す説明として最も適切である。
- ×e. 「喫煙した人すべてが肺癌になるわけではないので安心してください」
喫煙者すべてが肺癌になるわけではないという点自体は事実である。しかし、ブリンクマン指数600の重喫煙者である本例に「安心してください」と伝えると、喫煙を続けてもよいという誤ったメッセージになり、禁煙の機会を逃させてしまう。喫煙は肺癌のほか、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、虚血性心疾患、脳卒中、他臓器の癌などの危険因子でもあり、根拠のない安心を与える説明は不適切である。
ブリンクマン指数(喫煙指数)
1日の喫煙本数 × 喫煙年数で求める。本例は 40本 × 15年 = 600 である。 ・400以上:肺癌の高リスクとされることが多い。 ・600以上:重喫煙者。肺癌検診では、50歳以上でこの基準を満たす者などが喀痰細胞診の対象とされる(喫煙と関連の強い、太い気管支に発生する扁平上皮癌の発見を目的とする)。 ・200以上:35歳以上の者で、禁煙治療を保険診療で受けるための要件の一つ(ほかにニコチン依存症のスクリーニングテストの基準を満たすこと、直ちに禁煙を希望していることなど)。
喫煙と肺癌
・たばこの煙には多数の発癌物質が含まれ、肺癌の最大の危険因子である。 ・組織型別では、扁平上皮癌と小細胞癌が喫煙との関連が特に強い。腺癌は非喫煙者や女性にもみられるが、喫煙によりリスクは上がる。 ・受動喫煙も肺癌のリスクを高める。 ・禁煙によるリスク低下は時間とともに進むが、長期の重喫煙歴がある場合、非喫煙者と同じ水準まで下がるには長い年月を要する。
禁煙指導の進め方
禁煙の意思がある者には、ニコチン置換療法(ニコチンパッチ・ニコチンガム)などの薬物療法とカウンセリングを組み合わせた禁煙治療を行う。短時間の禁煙支援として、喫煙状況を尋ね(Ask)、禁煙を勧め(Advise)、禁煙の意思を評価し(Assess)、実行を支援し(Assist)、フォローアップを設定する(Arrange)という「5A」の手順が知られる。禁煙の意思がない段階の患者に対しても、脅すのではなく、本人の関心(本例では肺癌への不安)と結びつけて禁煙のメリットを伝え、動機を高めることが重要である。
患者への説明の原則
・事実に基づき、断定・誇張をしない。 ・不安をあおらず、かといって根拠のない安心も与えない。 ・患者自身が取れる具体的な行動(本例では禁煙)を示し、前向きな動機づけを行う。
POINT
・喫煙は肺癌の最大の危険因子。ブリンクマン指数=1日本数×喫煙年数(本例は600)。 ・禁煙すれば肺癌のリスクは年数とともに低下する。若いうちの禁煙ほど効果が大きい。 ・患者説明では、脅す(b)・根拠のない安心を与える(e)・不要な検査を勧める(a)・根拠のない予防法を示す(c)のではなく、正確な情報で行動変容を促す。 ・肺癌の遺伝子検査(EGFR、ALK など)は、診断後の治療薬選択のために行うものである。
