目は開いているのに、心はどこに?―「脳幹は生きている」で読み解く植物状態
第105回医師国家試験 B問題 第13問
国試問題にチャレンジ
植物状態で欠如または消失しているのはどれか。
- a.追視
- b.腱反射
- c.意思疎通
- d.自発呼吸
- e.睡眠覚醒リズム
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
植物状態は、大脳皮質が広範に障害されて自己や周囲の認識・意思疎通が失われる一方、脳幹機能が保たれた状態であり、「覚醒しているが意識の中身がない」と表現されます。上行性網様体賦活系による睡眠覚醒リズム、延髄の呼吸中枢による自発呼吸、脊髄レベルの腱反射は保たれ、反射的な追視がみられることもありますが、意思疎通は不可能です。自発呼吸と脳幹反射が消失する脳死、開眼も覚醒もない昏睡、意識が清明でまばたきで意思疎通できる閉じ込め症候群、持続的な追視や従命がみられる最小意識状態との違いも重要です。「大脳皮質の機能か、脳幹・脊髄の機能か」という視点で整理すれば、意識障害の病態理解と、家族への説明や治療方針の判断に役立ちます。
解答・解説
正解はcです
問われているテーマ
植物状態(遷延性意識障害)で「失われている機能」と「保たれている機能」を区別できるかを問う問題である。
植物状態とは
脳外傷・低酸素脳症・脳卒中などで大脳皮質(大脳半球)が広範に障害され、意識内容(自分や周囲を認識し、考え、意思を示す働き)は失われているが、脳幹の機能は比較的保たれている状態である。脳幹が保たれていることで、次のような機能が維持される。 ・脳幹網様体(覚醒を維持する神経ネットワーク)による覚醒: 開眼し、睡眠と覚醒のサイクルがある。 ・延髄の呼吸中枢・循環中枢: 自発呼吸があり、血圧・心拍が維持される。 ・脳幹・脊髄レベルの反射: 対光反射、角膜反射、咳・嚥下反射、腱反射などは残る。 一方で、大脳皮質が担う精神活動(認知・言語・意思表示)と随意運動は失われる。つまり「目は覚めているが、意識の中身がない」状態であり、国際的には無反応覚醒症候群(unresponsive wakefulness syndrome)とも呼ばれる。
日本の定義(日本脳神経外科学会、1972年)
以下の6項目が、治療にもかかわらず3か月以上続く状態をいう。 1. 自力移動が不可能 2. 自力摂食が不可能 3. 糞尿失禁がある 4. 声を出しても意味のある発語が不可能 5. 簡単な命令にはかろうじて応じることもあるが、それ以上の意思疎通は不可能 6. 眼球はかろうじて物を追っても認識はできない
考え方
選択肢のうち、脳幹・脊髄の機能で説明できるもの(覚醒リズム、自発呼吸、腱反射、反射的な眼球運動)は保たれ、大脳皮質の機能を必要とするもの(意思疎通)が欠如する、と整理すれば正解に至る。
選択肢考察
- ×a. 追視
日本の定義にも「眼球はかろうじて物を追っても認識はできない」とあるように、植物状態でも動く物を目で追うことがありうる。眼球運動を制御する中脳(上丘など)・脳幹の経路が保たれていれば、対象を認識していなくても反射的に眼球が動くためである。したがって、追視は植物状態で必ず欠如する所見とはいえない。ただし近年の国際的な考え方では、はっきりと持続する追視は最小意識状態(minimally conscious state)を示唆する所見とされ、両者の鑑別で重視されている。
- ×b. 腱反射
腱反射(深部腱反射)は筋紡錘からの求心路と脊髄前角の運動ニューロンで完結する脊髄レベルの反射であり、大脳が障害されても消失しない。むしろ大脳から下行する錐体路が障害されると、脊髄反射に対する抑制が外れて腱反射は亢進し、Babinski徴候などの病的反射も出現しうる。
- ○c. 意思疎通
意思疎通には、言葉や状況を理解し、自分の意思を言語や動作で表出するという大脳皮質の高次機能が必要である。植物状態では大脳皮質が広範に機能を失っているため、周囲を認識することも意味のある発語もできず、意思疎通は不可能である。定義上も「簡単な命令にかろうじて応じることもあるが、それ以上の意思疎通は不可能」とされ、これが植物状態の本質的な特徴である。
- ×d. 自発呼吸
呼吸のリズムを生み出す呼吸中枢は延髄(および橋)にあり、植物状態では脳幹機能が保たれているため自発呼吸がある。この点が、脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止し、自発呼吸が消失する脳死との決定的な違いである。
- ×e. 睡眠覚醒リズム
覚醒状態は、脳幹網様体から視床を経て大脳へ向かう上行性網様体賦活系によって維持される。植物状態ではこの系が保たれているため、開眼して覚醒している時間と閉眼して眠る時間のサイクルがみられる。睡眠覚醒リズムがあることは、植物状態を昏睡(開眼せず覚醒もしない状態)と区別する重要な点である。
植物状態・脳死・昏睡・最小意識状態の比較
・昏睡: 刺激しても開眼せず、睡眠覚醒リズムもない。覚醒系(脳幹網様体や両側大脳半球)の障害による。 ・植物状態: 開眼し睡眠覚醒リズムがあるが、自己や周囲の認識はない。自発呼吸・循環・脳幹反射は保たれる。 ・最小意識状態: 植物状態に近いが、命令に応じる、持続的に追視する、状況に合った感情表出をするなど、不安定ながら意識の存在を示す反応が再現性をもって確認される。植物状態より回復の見込みがよいとされる。 ・脳死: 脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止した状態。深昏睡、瞳孔の固定・散大(両側4 mm以上)、脳幹反射の消失、平坦脳波、自発呼吸の消失(無呼吸テスト)で判定する。人工呼吸器なしでは心停止に至る。 ・閉じ込め症候群: 橋腹側の障害で四肢麻痺と球麻痺をきたすが、意識は清明で、垂直眼球運動やまばたきで意思疎通ができる。植物状態と誤認されやすい。
植物状態で保たれる・失われる機能の整理
・保たれる: 自発呼吸、循環、体温調節、睡眠覚醒リズム、開眼、脳幹反射(対光反射・角膜反射・咳嗽反射・嚥下反射)、脊髄反射(腱反射)、反射的な眼球運動、原始反射 ・失われる: 自己・周囲の認識、意思疎通、意味のある発語、随意運動(自力移動・自力摂食)、排泄の制御
臓器移植との関係
臓器の移植に関する法律に基づく法的脳死判定の対象は脳死であり、植物状態は含まれない。
POINT
・植物状態は大脳機能が失われ、脳幹機能が保たれた状態である。 ・欠如するもの: 意思疎通、意味のある発語、自力移動・自力摂食、排泄の制御。 ・保たれるもの: 自発呼吸、睡眠覚醒リズム、腱反射などの反射。追視はみられることがある。 ・日本の定義では、6項目が3か月以上続く状態をいう。 ・脳死との違いは、脳幹機能(自発呼吸・脳幹反射)が保たれている点にある。
