脳から出て肛門には届かない―「さまよう神経」迷走神経の旅路の終点
第120回医師国家試験 F問題 第8問
国試問題にチャレンジ
迷走神経の支配域に含まれないのはどれか。
- a.咽頭
- b.気管支
- c.心臓
- d.空腸
- e.肛門括約筋
対話形式の解説
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ドクターまとめ
迷走神経は延髄から出る混合神経で、疑核由来の運動成分が咽頭(茎突咽頭筋を除く)や喉頭の筋を、背側運動核由来の副交感成分が心臓・気管支・肺・食道・胃から小腸、そして横行結腸の右側約2/3までを支配します。それより肛門側の下行結腸・S状結腸・直腸は仙髄S2〜S4由来の骨盤内臓神経が副交感支配を担い、その境界(Cannon-Böhm点)は中腸と後腸の境界にほぼ一致します。肛門括約筋のうち内肛門括約筋は下腹神経(交感)と骨盤内臓神経(副交感)、外肛門括約筋は陰部神経の支配であり、迷走神経の支配域には含まれません。気管支収縮に対する抗コリン薬や上室頻拍への迷走神経刺激手技、カーテン徴候など、迷走神経の分布を理解することは薬理や神経診察、障害部位の推定に直結する重要な基礎知識です。
解答・解説
正解はeです
本問は、第X脳神経である迷走神経がどこまで分布するかを問う解剖学の問題である。 迷走神経は延髄から出て頸静脈孔を通って頭蓋外へ出る混合神経で、次の成分を含む。 ・運動(鰓弓運動)成分:疑核から起こり、咽頭収縮筋や軟口蓋の筋(口蓋帆張筋を除く)、喉頭の筋(反回神経・上喉頭神経を介して)を支配する。 ・副交感(臓性遠心)成分:迷走神経背側運動核から起こり、心臓、気管・気管支・肺、食道、胃から小腸、そして大腸の一部(横行結腸の右側約2/3)までの胸腹部内臓に分布する。 ・感覚成分:咽頭・喉頭の粘膜感覚、外耳道の一部の皮膚感覚、胸腹部内臓からの内臓感覚(求心性線維が大部分を占める)を伝える。 したがって、迷走神経の及ぶ範囲を「咽頭・喉頭から、消化管では横行結腸の右側2/3付近まで」と押さえておけば、その先の下行結腸・S状結腸・直腸・肛門は仙髄(S2〜S4)由来の神経の支配であると判断できる。肛門括約筋は迷走神経の支配域から最も遠い構造であり、これが正解となる。
選択肢考察
- ×a. 咽頭
咽頭には舌咽神経と迷走神経が咽頭神経叢を形成して分布する。咽頭の筋(咽頭収縮筋など)の運動は、茎突咽頭筋(舌咽神経支配)を除いて迷走神経が支配し、嚥下運動を担う。咽頭粘膜の感覚は主に舌咽神経が担うが、下咽頭の感覚には迷走神経も関与する。迷走神経が一側で障害されると、発声時に咽頭後壁が健側へ引かれるカーテン徴候や嚥下障害がみられる。
- ×b. 気管支
気管支には肺神経叢を介して交感神経と迷走神経(副交感神経)が分布する。迷走神経の刺激は、アセチルコリンを介して気管支平滑筋を収縮させ、気道分泌を促進する。抗コリン薬(ムスカリン受容体拮抗薬)の吸入がCOPDや喘息で気管支拡張に用いられるのは、この迷走神経由来の収縮を遮断するためである。
- ×c. 心臓
心臓には心臓神経叢を介して交感神経と迷走神経(副交感神経)が分布する。迷走神経は主に洞結節と房室結節に作用し、心拍数を減らし(陰性変時作用)、房室伝導を遅らせる(陰性変伝導作用)。右迷走神経は主に洞結節に、左迷走神経は主に房室結節に作用するとされる。頸動脈洞マッサージなどの迷走神経刺激手技が発作性上室頻拍の停止に用いられるのはこのためである。
- ×d. 空腸
迷走神経の副交感線維は腹腔神経叢や上腸間膜動脈神経叢を経由して、胃、十二指腸、空腸、回腸、上行結腸、横行結腸の右側約2/3までの消化管に分布し、蠕動運動や消化液の分泌を促進する。空腸はこの範囲に含まれる。
- ○e. 肛門括約筋
肛門括約筋は迷走神経の支配を受けない。内肛門括約筋は平滑筋で自律神経支配であり、下腹神経(腰髄由来の交感神経)が収縮させ、骨盤内臓神経(S2〜S4由来の副交感神経)が弛緩させる。外肛門括約筋は横紋筋で、陰部神経(S2〜S4)の枝である下直腸神経が支配し、随意的に排便を我慢することを可能にしている。いずれも仙髄・腰髄由来の神経であり、迷走神経の分布範囲(横行結腸の右側2/3付近まで)を超えた部位である。
副交感神経の出どころと支配域(脳神経と仙髄)
・動眼神経(III):瞳孔括約筋(縮瞳)、毛様体筋(遠近調節) ・顔面神経(VII):涙腺、顎下腺、舌下腺、鼻腺・口蓋腺 ・舌咽神経(IX):耳下腺 ・迷走神経(X):心臓、気管・気管支・肺、食道、胃〜小腸、上行結腸〜横行結腸の右側約2/3 ・骨盤内臓神経(S2〜S4):横行結腸の左側約1/3〜下行結腸・S状結腸・直腸、膀胱(排尿筋の収縮)、生殖器(勃起) 迷走神経と骨盤内臓神経の支配が切り替わる横行結腸の脾弯曲寄りの部位は、Cannon-Böhm点と呼ばれる。これは発生学的に中腸(上腸間膜動脈領域)と後腸(下腸間膜動脈領域)の境界にほぼ一致する。
排便に関わる神経
・内肛門括約筋(平滑筋、不随意):交感神経(下腹神経)で収縮、副交感神経(骨盤内臓神経)で弛緩 ・外肛門括約筋(横紋筋、随意):陰部神経(S2〜S4) 直腸に便が入ると直腸壁が伸展され、内肛門括約筋が反射的に弛緩する(直腸肛門反射)。外肛門括約筋を意識的に緩めることで排便が完了する。
迷走神経障害の主な所見
カーテン徴候、軟口蓋の挙上障害(鼻声)、嚥下障害、反回神経麻痺による嗄声、咽頭反射の低下(遠心路)。
POINT
・迷走神経の副交感支配は、胸部臓器(心臓・気管支・肺・食道)と、腹部消化管では横行結腸の右側約2/3まで。 ・それより肛門側(下行結腸〜直腸)は骨盤内臓神経(S2〜S4)が副交感支配する。 ・外肛門括約筋は陰部神経(S2〜S4)、内肛門括約筋は自律神経(交感:下腹神経、副交感:骨盤内臓神経)の支配で、いずれも迷走神経ではない。 ・咽頭筋の運動は茎突咽頭筋(舌咽神経)を除き迷走神経が支配する。
