不整脈が飛ばした血栓―突然の全失語と右片麻痺が語る心原性脳塞栓症
第105回医師国家試験 A問題 第60問
国試問題にチャレンジ
70歳の男性。急に右上下肢が動かなくなったため,発症から1時間後に搬入された。意識レベルはJCSⅠ-2。全失語と右片麻痺とがみられる。脈拍88/分,不整。血圧152/94 mmHg。既往歴に高血圧と心房細動とがある。頭部MRIの拡散強調像(A)と頭部MRA(B)とを別に示す。 診断はどれか。

- a.アテローム血栓性脳梗塞
- b.出血性脳梗塞
- c.心原性脳塞栓症
- d.中大脳動脈解離
- e.椎骨動脈解離
- f.脳動脈瘤破裂
- g.被殻出血
- h.皮質下出血
- i.もやもや病
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
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ドクター
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ドクターまとめ
心房細動を背景に突然発症し、全失語・右片麻痺・意識障害といった皮質症状を伴い、拡散強調像で左中大脳動脈領域の皮質を含む高信号、MRAで同動脈近位部の途絶を認める場合は、心原性脳塞栓症と診断します。アテローム血栓性脳梗塞は安静時発症や階段状進行、一過性脳虚血発作の先行が特徴であり、被殻出血などの脳出血はCTやT2*強調像で出血所見を確認して区別します。出血性脳梗塞は再開通後の数日以内や血栓溶解療法後に起こりうる合併症として注意が必要です。急性期は発症4.5時間以内のrt-PA静注や、主幹動脈閉塞に対する血栓回収療法を迅速に検討し、再発予防には抗凝固薬を用います。症状から病変部位を、発症様式と既往から原因を、画像から虚血か出血かを絞り込む流れは、脳卒中診療の基本となる考え方です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・70歳男性。右上下肢の麻痺が「急に」出現し、発症1時間で搬入された(突発完成型の発症)。 ・意識レベルJCS I-2(覚醒しているが見当識障害がある)の軽度意識障害、全失語、右片麻痺 → 左大脳半球の広い範囲、とくに左中大脳動脈(MCA)領域の障害を示す。全失語は、運動性言語中枢(Broca野、前頭葉)と感覚性言語中枢(Wernicke野、側頭葉)の双方が障害されたときに生じ、左MCA本幹レベルの閉塞でみられやすい。 ・脈拍88/分で不整、既往に心房細動と高血圧 → 心内血栓の塞栓源となりうる。 ・頭部MRI拡散強調像(DWI、A): 左島皮質から前頭・側頭弁蓋部、側頭〜頭頂葉の皮質を含む領域に高信号域がある。皮質を含む楔状〜広範な病変で、左MCA皮質枝領域の急性期梗塞である。 ・頭部MRA(B): 左MCAが近位部で途絶し、それより末梢の分枝が描出されない。右MCA、両側前大脳動脈、椎骨脳底動脈系は描出されている。
診断へのプロセス
急性発症の局所神経症状(片麻痺・失語)で、DWIで急性期梗塞を示す高信号、MRAで主幹動脈の閉塞を認めることから脳梗塞と診断できる。脳梗塞の病型(臨床病型分類)は、主に①アテローム血栓性脳梗塞、②心原性脳塞栓症、③ラクナ梗塞に分けられる。本例は ・心房細動という塞栓源がある ・症状が数分以内に完成する突発的な発症 ・皮質を含む広い梗塞巣と、主幹動脈(MCA)の突然の閉塞 という特徴がそろっており、心原性脳塞栓症の典型像である。 なお、DWIやT2*強調像・CTで出血の所見が示されていないことから、脳出血やくも膜下出血、出血性梗塞は否定的である。
選択肢考察
- ×a. アテローム血栓性脳梗塞
アテローム血栓性脳梗塞は、頸部・頭蓋内の主幹動脈の粥状硬化(アテローム)による狭窄部に血栓が形成されて起こる。高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙などが危険因子で、安静時・睡眠中に発症し、症状が階段状・段階的に進行することが多い。先行する一過性脳虚血発作(TIA)がみられることもある。本例も高齢・高血圧があり完全には否定できないが、心房細動という明確な塞栓源があり、発症が突発的で、MRAで他の血管に動脈硬化性の狭窄所見が目立たないことから、心原性脳塞栓症の方がはるかに考えやすい。
- ×b. 出血性脳梗塞
出血性脳梗塞は、梗塞に陥った脳組織内に二次的に出血が生じた状態である。心原性脳塞栓症では、閉塞していた塞栓子が溶解・移動して再開通し、脆弱になった血管から出血することで起こりやすく、発症後数日以内に生じることが多い。また血栓溶解療法の合併症としても問題となる。本例は発症1時間で、画像上も梗塞巣内の出血を示す所見はなく、該当しない。将来の合併症として起こりうる病態である。
- ○c. 心原性脳塞栓症
心房細動では左房(とくに左心耳)の血流がうっ滞して血栓が形成され、それが剝がれて脳動脈を突然閉塞させる。側副血行路が発達する時間がないため、発症は突発的で症状は短時間で完成し、皮質を含む広範な梗塞となりやすく、意識障害を伴うことも多い。本例は心房細動の既往と不整脈、突発発症の全失語・右片麻痺・意識障害、DWIで左MCA領域の皮質を含む高信号、MRAで左MCA近位部の閉塞を示しており、左MCA閉塞による心原性脳塞栓症と診断できる。
- ×d. 中大脳動脈解離
脳動脈解離は血管壁の内膜に亀裂が入り、壁内に血液が流入して内腔の狭窄・閉塞や動脈瘤様拡張を来す病態で、比較的若年者に多く、頭痛・頸部痛を伴うことが多い。日本では椎骨動脈に多く、中大脳動脈の解離はまれである。MRAでは紡錘状拡張と狭窄が連続する「pearl and string sign」などが手がかりとなるが、本例ではそうした所見はなく、心房細動を背景とした突然の閉塞として説明できるため否定的である。
- ×e. 椎骨動脈解離
椎骨動脈解離は、後頸部痛・後頭部痛に続いて延髄外側症候群(Wallenberg症候群)などの椎骨脳底動脈系の症状や、くも膜下出血を来す。本例の全失語・右片麻痺は左大脳半球(内頸動脈系、とくにMCA領域)の症状であり、椎骨動脈の病変では説明できない。MRAでも椎骨脳底動脈系は描出されている。
- ×f. 脳動脈瘤破裂
脳動脈瘤の破裂は主にくも膜下出血を起こし、「今までに経験したことのない」突然の激しい頭痛、嘔吐、項部硬直などの髄膜刺激症状が典型である。本例には頭痛の記載がなく、主症状は局所神経症状(片麻痺・失語)であり、MRAで動脈瘤も認めない。画像はくも膜下出血ではなく急性期脳梗塞の所見である。
- ×g. 被殻出血
被殻出血は高血圧性脳出血で最も多く、レンズ核線条体動脈の破綻による。対側の片麻痺・感覚障害、病側への共同偏視を呈し、優位半球では失語を伴うこともあるため症状だけでは区別が難しい。しかし本例の病変は被殻ではなく皮質を中心としたMCA領域で、DWIの高信号と一致するMRAでの主幹動脈閉塞がある。脳出血であればCTで高吸収域、MRIのT2*強調像で低信号として描出されるが、そうした所見は示されていない。
- ×h. 皮質下出血
皮質下出血(脳葉型出血)は、高齢者では脳アミロイド血管症、若年者では脳動静脈奇形などが原因となり、出血部位に応じた巣症状やけいれんを呈する。本例のDWI高信号は皮質を含む血管支配域に一致した梗塞巣であり、MRAで左MCAの閉塞がみられることから、出血ではなく虚血性病変である。
- ×i. もやもや病
もやもや病(ウイリス動脈輪閉塞症)は、両側の内頸動脈終末部から前・中大脳動脈近位部が慢性進行性に狭窄・閉塞し、脳底部に異常な側副血管網(もやもや血管)が発達する疾患である。発症年齢は小児期(5歳前後)と成人期(30〜40歳代)に二峰性のピークがあり、小児は啼泣や過呼吸で誘発される一過性脳虚血発作、成人は脳出血で発症しやすい。本例は70歳で、一側MCAの急性閉塞のみでもやもや血管もなく、該当しない。
脳梗塞の臨床病型の比較
・心原性脳塞栓症: 塞栓源は心房細動(非弁膜症性が最多)、心筋梗塞後の壁在血栓、弁膜症、感染性心内膜炎など。突発完成型で、日中の活動時に多い。皮質を含む広範な梗塞、意識障害を伴いやすい。再開通に伴う出血性梗塞を起こしやすい。 ・アテローム血栓性脳梗塞: 主幹動脈の粥状硬化が原因。安静時・睡眠中の発症が多く、階段状進行やTIAの先行がある。 ・ラクナ梗塞: 穿通枝の閉塞による直径15 mm未満の小梗塞。高血圧が最大の危険因子。意識障害や皮質症状(失語・失認など)を欠き、純粋運動性片麻痺などのラクナ症候群を呈する。
画像診断のポイント
・拡散強調像(DWI)は発症後早期(おおむね1時間以内)から急性期梗塞を高信号として描出でき、CTより早期診断に優れる。 ・MRAで閉塞血管を同定できる。主幹動脈閉塞の有無は血栓回収療法の適応判断に重要である。 ・出血の除外にはCTやMRIのT2*強調像・磁化率強調像を用いる。
急性期治療
・rt-PA(アルテプラーゼ)静注による血栓溶解療法: 発症4.5時間以内で、禁忌項目がなければ適応となる。 ・機械的血栓回収療法: 内頸動脈やMCA近位部(M1)などの主幹動脈閉塞で、原則として発症6時間以内に開始できる例に推奨される。画像で救済可能な脳組織が残っていると判断されれば、発症から24時間以内まで適応が拡大されている。本例(発症1時間、左MCA閉塞)は両者の適応を検討すべき典型例である。 ・再発予防: 心原性脳塞栓症には抗凝固療法を行う。非弁膜症性心房細動では直接経口抗凝固薬(DOAC)が第一選択として広く用いられ、ワルファリンも選択肢である。一方、アテローム血栓性脳梗塞やラクナ梗塞の再発予防には抗血小板薬を用いる。
POINT
・心房細動+突発発症+皮質症状(失語など)・意識障害+主幹動脈閉塞 → 心原性脳塞栓症。 ・全失語+右片麻痺は左中大脳動脈本幹レベルの閉塞を示唆する。 ・DWIは急性期脳梗塞の早期診断、MRAは閉塞血管の同定に有用。 ・発症4.5時間以内はrt-PA静注、主幹動脈閉塞では血栓回収療法を検討する。 ・再発予防は心原性脳塞栓症で抗凝固薬、非心原性脳梗塞で抗血小板薬。
