脈打つ眼球と眼窩の雑音―海綿静脈洞に動脈血が流れ込むとき
第105回医師国家試験 A問題 第32問
国試問題にチャレンジ
40歳の女性。頭痛と左眼痛とを主訴に来院した。3週前から複視があった。視力は右1.0(矯正不能),左1.0(矯正不能)。左眼の結膜浮腫,上強膜静脈の怒張および拍動性眼球突出を認める。左眼の内転障害と上下転障害とを認める。左眼窩外側縁で血管性雑音を聴取する。 考えられるのはどれか。
- a.左眼窩内血管腫
- b.左前頭葉血管芽腫
- c.脳底動脈巨大動脈瘤
- d.左側頭葉動静脈奇形
- e.左内頸動脈海綿静脈洞瘻
対話形式の解説
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ドクターまとめ
拍動性眼球突出、結膜充血・浮腫(上強膜静脈の怒張)、眼窩部の血管性雑音は内頸動脈海綿静脈洞瘻の三主徴であり、海綿静脈洞内の内頸動脈から洞へ動脈血が流入し、眼静脈が逆流・うっ滞することで生じます。海綿静脈洞には動眼・滑車・外転神経と三叉神経第1・第2枝が通るため、眼球運動障害や複視を伴います。眼窩内血管腫は非拍動性で雑音を欠き、脳実質のAVMや脳底動脈瘤は眼の静脈うっ滞を説明できない点で鑑別できます。外傷後に急激に発症する直接型と、中年以降の女性に緩徐に発症する間接型(硬膜動静脈瘻)があり、診断は脳血管撮影、治療は血管内塞栓術が主体で、皮質静脈逆流があれば早期治療が必要です。症状を解剖学的な一点に集約して考える姿勢は、慢性結膜炎などと誤診されやすいこの疾患を見逃さないための基本になります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・40歳女性。頭痛と左眼痛、3週前からの複視。 ・視力は両眼とも1.0で保たれている。 ・左眼の結膜浮腫(白目の結膜がむくんで盛り上がる状態)、上強膜静脈の怒張(白目の血管が太く蛇行して見える状態)。 ・左眼の拍動性眼球突出。 ・左眼の内転障害と上下転障害 → 内直筋・上直筋・下直筋・下斜筋を支配する動眼神経の麻痺を示唆する。 ・左眼窩外側縁で血管性雑音(bruit)を聴取する。
診断へのプロセス
1)静脈うっ滞の所見:眼の静脈血は上眼静脈・下眼静脈を通って海綿静脈洞へ流れ込む。結膜浮腫、上強膜静脈の怒張、眼球突出は、眼窩からの静脈還流が妨げられ、眼窩内の静脈圧が上がっていることを示す。 2)動脈血の流入を示す所見:眼球突出が脈に合わせて拍動し、眼窩部で血管性雑音が聞こえることは、本来静脈であるはずの経路に動脈の高い圧の血流が直接流れ込んでいることを意味する。 3)脳神経障害:海綿静脈洞の中や壁には動眼神経(III)、滑車神経(IV)、外転神経(VI)、三叉神経第1・第2枝が走っている。本例の内転・上下転障害は動眼神経障害で説明でき、海綿静脈洞部の病変に合致する。 以上の「静脈うっ滞+拍動性眼球突出+血管性雑音+海綿静脈洞を通る脳神経の麻痺」という組み合わせは、内頸動脈(またはその硬膜枝)と海綿静脈洞との間に異常な短絡が生じた内頸動脈海綿静脈洞瘻(carotid-cavernous fistula:CCF)に特徴的であり、病変側は症状のある左側と考えられる。
設問の考え方
頭痛・眼痛・複視だけであれば、内頸動脈-後交通動脈分岐部動脈瘤による動眼神経麻痺、Tolosa-Hunt症候群(海綿静脈洞部の非特異的肉芽腫性炎症)、海綿静脈洞部の腫瘍、眼窩内病変など多くの疾患が候補になる。そのなかで、眼の静脈うっ滞を示す所見と、動静脈短絡を示す拍動性眼球突出・血管性雑音の両方がそろう疾患は内頸動脈海綿静脈洞瘻である。
選択肢考察
- ×a. 左眼窩内血管腫
眼窩内の血管腫(成人では海綿状血管腫が代表的で、現在は静脈奇形として扱われることが多い)はゆっくり大きくなる腫瘤で、眼球を前方へ押し出して無痛性・非拍動性の眼球突出を起こす。視神経を圧迫すれば視力低下を生じうる。血流は遅いため、血管性雑音や拍動性の眼球突出は通常みられず、結膜浮腫や上強膜静脈の著明な怒張といった高度の静脈うっ滞所見も典型的ではない。本例の所見とは合わない。
- ×b. 左前頭葉血管芽腫
血管芽腫は主に小脳に発生する良性腫瘍で、単発例のほかvon Hippel-Lindau病に合併するものがある。テント上の前頭葉に生じることはまれである。頭蓋内圧亢進による頭痛などをきたしうるが、眼窩の静脈うっ滞所見(結膜浮腫、上強膜静脈怒張)、拍動性眼球突出、眼窩部の血管性雑音を生じることはなく、動眼神経麻痺も説明しにくい。
- ×c. 脳底動脈巨大動脈瘤
脳底動脈の巨大動脈瘤(直径25 mm以上)は脳幹を圧迫したり、近くを走る動眼神経を圧迫したりして眼球運動障害を起こすことがある。しかし病変は後頭蓋窩の正中にあり、眼窩からの静脈還流を障害するわけではないため、片眼の結膜浮腫、上強膜静脈の怒張、拍動性眼球突出、眼窩部の血管性雑音は生じない。
- ×d. 左側頭葉動静脈奇形
脳動静脈奇形(AVM)は脳実質内で動脈と静脈が毛細血管を介さずにつながる先天的な血管異常で、出血やけいれんで発症することが多い。短絡血流が多いと頭部で血管性雑音を聴取することはある。しかし側頭葉のAVMは通常、海綿静脈洞や眼静脈への逆流をきたさないため、眼の静脈うっ滞所見や拍動性眼球突出、動眼神経麻痺の組み合わせは説明できない。
- ○e. 左内頸動脈海綿静脈洞瘻
内頸動脈海綿静脈洞瘻では、海綿静脈洞に動脈血が流れ込んで静脈洞内の圧が上がり、その血流が上眼静脈へ逆流する。このため眼窩の静脈がうっ滞して結膜浮腫・結膜充血・上強膜静脈の怒張(いわゆるコークスクリュー状の血管)が生じ、動脈圧が伝わることで拍動性眼球突出と眼窩部の血管性雑音が現れる。さらに海綿静脈洞を通る動眼・滑車・外転神経が障害されて眼球運動障害・複視をきたす。本例の症状はこの三主徴(拍動性眼球突出、結膜充血・浮腫、血管性雑音)と脳神経麻痺にすべて合致し、所見はいずれも左側にあるので左内頸動脈海綿静脈洞瘻と考えられる。
内頸動脈海綿静脈洞瘻(CCF)の分類
・直接型(direct type):内頸動脈本幹と海綿静脈洞とが直接つながる。多くは頭部外傷(頭蓋底骨折など)が原因で、海綿静脈洞部内頸動脈瘤の破裂でも生じる。短絡血流が多く、急激に発症して症状が強い。治療は経動脈的な瘻孔閉塞(コイルやバルーンによる塞栓)などを行う。 ・間接型(indirect type、硬膜動静脈瘻):内頸動脈や外頸動脈の細い硬膜枝が多数の小さな瘻孔を介して海綿静脈洞へ流入する。かつては先天性の硬膜動静脈奇形と考えられていたが、現在は静脈洞血栓などを契機とする後天性疾患と考えられている。中年以降の女性に多く、非外傷性で緩徐に発症する。症状は比較的軽いことが多い。根治には下錐体静脈洞などを経由して海綿静脈洞そのものを塞栓する経静脈的塞栓術が有効である。 ・Barrow分類ではA型が直接型、B〜D型が間接型(B:内頸動脈の硬膜枝、C:外頸動脈の硬膜枝、D:両者から流入)に相当する。 ・近年の報告では、非外傷性の間接型の占める割合が多いとされる。
臨床像
・三主徴:拍動性眼球突出、結膜充血・浮腫、眼窩部の血管性雑音。 ・眼球運動障害(外転神経麻痺が最も多いが、動眼・滑車神経も障害されうる)、眼痛・頭痛。 ・眼圧上昇(上強膜静脈圧の上昇による)、網膜静脈のうっ血による視力低下を合併しうる。 ・短絡血流が皮質静脈へ逆流する場合は、脳出血や静脈性梗塞の危険があり、早期治療が必要となる。
診断
CTやMRIで上眼静脈の拡張、海綿静脈洞の拡大、外眼筋の腫大をとらえ、確定診断と治療方針の決定には脳血管撮影(DSA)を行う。
海綿静脈洞を通る構造
内頸動脈(海綿静脈洞部)、外転神経(洞内を走る)、動眼神経・滑車神経・三叉神経第1枝(眼神経)・第2枝(上顎神経)(外側壁を走る)。
POINT
・拍動性眼球突出+結膜充血・浮腫(上強膜静脈怒張)+眼窩部の血管性雑音 → 内頸動脈海綿静脈洞瘻。 ・海綿静脈洞を通る脳神経(III、IV、VI、V1、V2)の障害で眼球運動障害・複視を伴う。 ・直接型は外傷後に多く急性発症、間接型(硬膜動静脈瘻)は中年以降の女性に多く緩徐発症。 ・診断は脳血管撮影、治療は血管内治療(直接型は経動脈的、間接型は経静脈的塞栓術が主体)。
