食べないとき、体は何を燃やすのか―飢餓が生み出すケトン体の意味
第104回医師国家試験 E問題 第9問
国試問題にチャレンジ
飢餓に伴い血中に増加するのはどれか。
- a.アルブミン
- b.インスリン
- c.グルコース
- d.ケトン体
- e.リンパ球数
対話形式の解説
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ドクターまとめ
飢餓では血糖低下に伴ってインスリンが減少し、グルカゴンやコルチゾールなどの拮抗ホルモンが増加します。肝グリコーゲンは1〜2日で枯渇し、その後は糖新生と脂肪分解が主体となり、肝臓でβ酸化された脂肪酸由来のアセチルCoAがTCA回路で処理しきれずケトン体となって血中に増加します。長期飢餓では脳がケトン体を利用することでブドウ糖需要を減らし、筋蛋白の分解を節約するという重要な適応がみられます。一方、グルコースとインスリンは低下し、アルブミンや総リンパ球数は低栄養の指標として減少します。ホルモンの変化から燃料の切り替えを追う考え方は、神経性やせ症やリフィーディング症候群、糖尿病ケトアシドーシスの理解にも直結します。
解答・解説
正解はdです
【テーマ】飢餓(食物からのエネルギー供給が途絶えた状態)で生体がどのように燃料を切り替えるかを問う基本問題である。
飢餓時の代謝の流れ
1. 食後数時間〜約1日:血糖が下がり始めると、膵β細胞からのインスリン分泌が減り、グルカゴン・カテコールアミン・コルチゾールなどのインスリン拮抗ホルモンが増える。まず肝グリコーゲンが分解されてブドウ糖が血中に放出される。肝グリコーゲンの貯蔵量は限られ、およそ24〜48時間で枯渇する。なお筋グリコーゲンはグルコース-6-ホスファターゼを欠くため、筋自身のエネルギー源にはなるが血糖の維持には直接寄与しない。 2. 飢餓数日目:肝臓での糖新生が主体になる。材料は筋蛋白の分解で生じるアミノ酸(アラニン、グルタミンなど)、脂肪分解で生じるグリセロール、乳酸である。 3. 飢餓の長期化:インスリン低下により脂肪組織のホルモン感受性リパーゼが働き、中性脂肪が遊離脂肪酸とグリセロールに分解される。肝臓では脂肪酸のβ酸化でアセチルCoAが大量に生じるが、糖新生のためにオキサロ酢酸が消費されてTCA回路(クエン酸回路)で処理しきれなくなり、余ったアセチルCoAからケトン体(アセト酢酸、3-ヒドロキシ酪酸〈β-ヒドロキシ酪酸〉、アセトン)が作られて血中に放出される。脳は長期飢餓でケトン体を主要なエネルギー源として利用するようになり、その分ブドウ糖の需要が減って筋蛋白の分解が節約される。 【考え方】血中で増えるのは「燃料として動員されるもの」と「インスリン拮抗ホルモン」、減るのは「インスリン」「栄養状態を反映する蛋白」「免疫能の指標」である。この整理で選択肢を見れば、増加するのはケトン体とわかる。
選択肢考察
- ×a. アルブミン
アルブミンは肝臓で合成される血漿蛋白で、合成にはアミノ酸の供給が必要である。飢餓・低栄養ではアミノ酸が糖新生やエネルギー源に回されて合成が落ちるため、血中濃度は低下する。基準値はおおむね4.0〜5.0 g/dL程度で、3.5 g/dL未満は低栄養の目安とされる。ただし半減期が約3週間と長いため、急な栄養状態の変化はトランスサイレチン(プレアルブミン、半減期約2日)などの短半減期蛋白(RTP:rapid turnover protein)のほうが鋭敏に反映する。
- ×b. インスリン
インスリンは血糖上昇を刺激として分泌される同化ホルモンである。飢餓で血糖が低下するとインスリン分泌は抑えられ、血中濃度は低下する。インスリンが下がることで、脂肪分解・糖新生・ケトン体産生が抑制から解放され、これ以上の低血糖を防ぎつつ貯蔵エネルギーを動員できる。逆に増加するのはグルカゴン、カテコールアミン、コルチゾール、成長ホルモンなどの拮抗ホルモンである。
- ×c. グルコース
食物からの糖の供給がなくなるため、血糖は低下傾向となる。ただし肝グリコーゲンの分解と、その枯渇後の糖新生によって、健常人では高度な低血糖にならないよう一定範囲に保たれる。いずれにしても「増加」することはない。
- ○d. ケトン体
インスリン低下と拮抗ホルモン増加により脂肪分解が亢進し、肝臓に流入した遊離脂肪酸がβ酸化されてアセチルCoAが大量に生じる。糖新生にオキサロ酢酸が使われるためTCA回路で処理しきれないアセチルCoAがケトン体(アセト酢酸、3-ヒドロキシ酪酸、アセトン)に変換され、血中濃度が上昇する。尿中ケトン体陽性(飢餓性ケトーシス)となるのはこのためである。ケトン体は脳・心筋・骨格筋でエネルギー源として利用され、長期飢餓で脳のブドウ糖依存を軽減する重要な適応である。
- ×e. リンパ球数
飢餓・低栄養では免疫担当細胞をつくる材料が不足し、さらにストレスによりグルココルチコイド(コルチゾール)分泌が増えるため、末梢血リンパ球数は減少する。総リンパ球数は栄養評価の指標の一つで、おおむね1,500/μL未満、特に800/μL未満は高度の栄養障害を示唆する。細胞性免疫が低下して易感染性となる。
飢餓時の血中成分の変化のまとめ
増加:ケトン体、遊離脂肪酸、グリセロール、グルカゴン、カテコールアミン、コルチゾール、成長ホルモン 減少:インスリン、グルコース(低下傾向〜維持)、アルブミン・トランスサイレチン・トランスフェリンなどの肝合成蛋白、リンパ球数、甲状腺ホルモンのT3(代謝を節約する適応として低下し、reverse T3が増える:低T3症候群)
ケトン体の産生と利用
産生の場は肝臓のミトコンドリアである。肝臓にはケトン体を利用する酵素(スクシニルCoA:3-ケト酸CoAトランスフェラーゼ)がないため、肝臓は作るだけで使わず、肝外組織へ供給する。赤血球はミトコンドリアをもたないためケトン体を利用できず、ブドウ糖に依存し続ける。
臨床との関連
神経性やせ症(神経性食思不振症)でも同様の変化がみられ、低血糖、低T3、リンパ球減少、尿ケトン体陽性などを示す。長期の飢餓状態から急に栄養投与を再開すると、インスリン分泌の急増によりリン・カリウム・マグネシウムが細胞内へ移動し、低リン血症を中心とするリフィーディング症候群を起こしうる。 ケトン体の増加は、飢餓のほか糖尿病ケトアシドーシス(インスリン作用の欠乏)、アルコール性ケトアシドーシス、ケトン食療法、SGLT2阻害薬使用時などでもみられる。
POINT
・飢餓ではインスリンが低下し、脂肪分解→遊離脂肪酸のβ酸化→ケトン体産生が亢進する。 ・血糖は肝グリコーゲン分解(約1日で枯渇)→糖新生の順で維持されるが、上昇はしない。 ・アルブミン、リンパ球数は低栄養で低下する栄養指標である。 ・長期飢餓では脳がケトン体を利用し、筋蛋白分解を節約する。
