穿孔の奥に見えるもの―正常鼓膜と鼓室の地図を読み解く
第104回医師国家試験 E問題 第18問
国試問題にチャレンジ
左慢性穿孔性中耳炎患者の左右の鼓膜写真を別に示す。 正しい組合せはどれか。2つ選べ。

- a.① ―― 鼓膜弛緩部
- b.② ―― ツチ骨頭
- c.③ ―― 光錐
- d.④ ―― キヌタ骨長脚
- e.⑤ ―― 前庭窓
対話形式の解説
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ドクターまとめ
正常鼓膜では、斜めに走るツチ骨柄、その下端の臍、臍から前下方へ広がる光錐、ツチ骨短突起より上の小さな弛緩部が主な目印で、それ以外の大部分が緊張部です。ツチ骨頭やキヌタ骨体は上鼓室にあるため、正常鼓膜越しには観察できません。緊張部に穿孔があると鼓室内が直接見え、中央に岬角、後上方にキヌタ骨長脚とアブミ骨、後下方に蝸牛窓(正円窓)が確認できますが、前庭窓(卵円窓)はアブミ骨底板でふさがれていて通常は見えません。慢性穿孔性中耳炎は耳漏の反復と伝音難聴を示し、静止期には鼓膜形成術や鼓室形成術の対象となり、弛緩部や辺縁の穿孔では真珠腫との鑑別が問題になります。鼓膜の4象限と鼓室構造の位置関係を「地図」として覚えておくことは、耳鏡所見を正しく読み、中耳疾患を診断するための基本です。
解答・解説
正解はc, dです
問われていること
左の慢性穿孔性中耳炎の患者で、健側(右)の正常鼓膜と、患側(左)の穿孔した鼓膜の写真が示され、図中の番号が指す構造を答える問題である。耳鏡(耳内視鏡)で見える正常鼓膜の目印と、穿孔を通して見える中耳(鼓室)の構造を知っていれば解ける、解剖の基本問題である。
正常鼓膜で見える構造
鼓膜は外耳道の奥にある薄い膜で、大部分を占める緊張部と、上方の小さな弛緩部(シュラップネル膜)に分かれる。鼓膜の内面にはツチ骨柄が付着しており、耳鏡では前上方から後下方へ斜めに走る白い線状の構造として透見される。ツチ骨柄の下端が鼓膜の最も陥凹した点で、臍(umbo)と呼ぶ。臍から前下方に向かって三角形の光の反射が見え、これが光錐である。ツチ骨柄の上端には短突起が小さな突出として見え、その上方が弛緩部である。ツチ骨頭やキヌタ骨体は鼓膜より上方の上鼓室(アッティク)に収まっているため、正常鼓膜を通して観察することはできない。
穿孔を通して見える構造
緊張部に大きな中心性穿孔があると、鼓室内側壁(岬角)や耳小骨の一部が直接観察できる。後上方にはキヌタ骨長脚と、その先端に連なるアブミ骨が見えることがある。後下方の岬角の後方にあるくぼみの奥には蝸牛窓(正円窓)がある。前庭窓(卵円窓)はアブミ骨底板でふさがれており、位置も後上方でキヌタ骨・アブミ骨の陰になるため、通常の穿孔からそれ自体を見ることはない。
解き方
正常鼓膜側では「光錐は前下方」「ツチ骨柄は斜めに走る白い線」「弛緩部は短突起より上の小領域」という位置関係で判断し、穿孔側では「後上方=キヌタ骨長脚・アブミ骨」「後下方=蝸牛窓」という配置を思い浮かべて番号と照合する。
選択肢考察
- ×a. ① ―― 鼓膜弛緩部
①が示しているのは鼓膜緊張部(後下象限付近)である。弛緩部はツチ骨短突起より上方にある小さな領域で、鼓膜全体から見ると上端のごく一部にすぎない。緊張部は線維層を含む3層構造で張りがあり、弛緩部は線維層がほとんどなく薄くたるんでいる点で区別される。弛緩部は真珠腫性中耳炎(弛緩部型)の好発部位として重要である。
- ×b. ② ―― ツチ骨頭
②は鼓膜に付着して斜めに走るツチ骨柄である。ツチ骨はツチ骨頭・頸・短突起・柄から成るが、鼓膜に付着して透見できるのは柄と短突起だけである。ツチ骨頭は鼓膜より上の上鼓室にあり、キヌタ骨体と関節をつくっているため、正常鼓膜の所見として見えることはない。
- ○c. ③ ―― 光錐
③は臍(ツチ骨柄下端)から前下方に広がる三角形の反射で、光錐である。鼓膜は臍を頂点とした浅い漏斗状で、前下方の部分が観察者の視線に対してほぼ垂直に向くため、照明光がその部分で反射して光って見える。正常鼓膜で認められる所見であり、中耳炎や滲出液貯留、鼓膜の陥凹などで鼓膜の形や透明性が変わると、光錐は変形・消失する。
- ○d. ④ ―― キヌタ骨長脚
④は穿孔縁の後上方から見える細い骨で、キヌタ骨長脚である。キヌタ骨長脚は下方へ伸び、先端の豆状突起でアブミ骨頭と関節をつくる。正常では鼓膜の後上象限から透けて見えることもあるが、穿孔があると直接観察でき、慢性中耳炎では長脚の先端が炎症で骨吸収(びらん)を受け、耳小骨連鎖が離断していることもある。
- ×e. ⑤ ―― 前庭窓
⑤は鼓室内側壁の後下方、岬角の後下にあるくぼみで、蝸牛窓(正円窓)である。蝸牛窓は第二鼓膜(正円窓膜)で閉じられ、内耳のリンパ液の圧を逃がす役割をもつ。前庭窓(卵円窓)は岬角の後上方にあり、アブミ骨底板がはまり込んでいるため、穿孔を通しても窓そのものは見えない。
鼓膜の区分と目印
・鼓膜はツチ骨柄とそれに直交する線で前上・前下・後上・後下の4象限に分けて記載する。 ・緊張部:鼓膜の大部分。外側から上皮層・線維層(固有層)・粘膜層の3層。 ・弛緩部(シュラップネル膜):ツチ骨短突起より上方。線維層を欠き薄い。 ・ツチ骨短突起:鼓膜上部の小さな白い突出。ここから前後にツチ骨ひだが伸び、緊張部と弛緩部の境界になる。 ・ツチ骨柄:短突起から臍へ斜め後下方に走る。 ・臍:鼓膜の最陥凹点。 ・光錐:臍から前下方へ向かう三角形の反射。
鼓室の構造(穿孔から見えうるもの)
・岬角:蝸牛の基底回転による内側壁の膨らみ。穿孔から中央に見える。 ・キヌタ骨長脚・アブミ骨:後上方。 ・蝸牛窓(正円窓):岬角の後下方。 ・前庭窓(卵円窓):岬角の後上方で、アブミ骨底板がはまっている。 ・耳管鼓室口:前方。 ・ツチ骨頭・キヌタ骨体:上鼓室にあり、鼓膜からは見えない。
慢性穿孔性中耳炎
中耳の慢性炎症により鼓膜緊張部に穿孔が残った状態である。耳漏を反復し、伝音難聴を示す。炎症が静止期であれば、鼓膜形成術や鼓室形成術で穿孔の閉鎖と聴力改善を図る。穿孔が緊張部にあり辺縁に達しない中心性穿孔が典型で、弛緩部や辺縁の穿孔では真珠腫との鑑別が問題になる。
POINT
・正常鼓膜で見える目印:ツチ骨短突起、ツチ骨柄、臍、光錐(前下方)。 ・弛緩部はツチ骨短突起より上の小領域で、それ以外が緊張部。 ・ツチ骨頭・キヌタ骨体は上鼓室にあり、鼓膜越しには見えない。 ・穿孔から見える構造:後上方=キヌタ骨長脚・アブミ骨、後下方=蝸牛窓(正円窓)、中央=岬角。 ・前庭窓はアブミ骨底板でふさがれており、通常は見えない。
