光で「焼く」治療が届かない病気―レーザー光凝固の4つの目的から網膜色素変性を見抜く
第104回医師国家試験 E問題 第12問
国試問題にチャレンジ
レーザー光凝固術が有効でないのはどれか。
- a.網膜裂孔
- b.網膜色素変性
- c.糖尿病網膜症
- d.閉塞隅角緑内障
- e.中心性漿液性網脈絡膜症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
眼科のレーザー光凝固は、網膜裂孔の周囲を瘢痕で癒着させる、糖尿病網膜症の虚血網膜を凝固してVEGF産生を抑える、中心性漿液性脈絡網膜症の漏出点をふさぐ、閉塞隅角緑内障で虹彩に孔をあけて瞳孔ブロックを解除する、という明確な目的をもって行われます。網膜色素変性は視細胞が遺伝的に進行性変性する疾患で、レーザーで治療すべき標的がなく、光凝固は有効ではありません。網膜色素変性は夜盲、求心性視野狭窄、骨小体様色素沈着、ERGの減弱〜消失が特徴で、治療はロービジョンケアや合併症対応が中心ですが、RPE65変異例には遺伝子治療薬も登場しています。レーザー治療を病名の暗記ではなく「癒着・虚血の凝固・漏出の閉鎖・孔をあける」という作用の観点で整理しておくと、眼科治療全体の理解が深まり、臨床での治療選択の判断にも役立ちます。
解答・解説
正解はbです
【テーマ】眼科で用いられるレーザー治療の適応を問う問題である。「有効でないもの」を選ぶ形式であることに注意する。
レーザー治療の原理と主な用途
レーザー光凝固は、網膜色素上皮やメラニン・ヘモグロビンなどに吸収された光エネルギーを熱に変え、組織を凝固させる治療である。眼科での主な狙いは次のように整理できる。 1. 瘢痕をつくって組織を癒着させる:網膜裂孔の周囲を凝固し、網膜剝離への進展を防ぐ。 2. 虚血網膜を凝固して酸素需要を減らす:糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症の無灌流領域を凝固し、血管内皮増殖因子(VEGF)の産生を抑えて新生血管の発生・進行を防ぐ。 3. 漏出点を直接凝固してふさぐ:中心性漿液性脈絡網膜症の蛍光眼底造影で確認した漏出点、糖尿病黄斑浮腫の毛細血管瘤など。 4. 組織に孔をあける・形を変える:閉塞隅角緑内障に対するレーザー虹彩切開術(前房と後房の交通路をつくる)、開放隅角緑内障に対する選択的レーザー線維柱帯形成術など。 【考え方】上記のどれにも当てはまらず、視細胞そのものが遺伝的に変性していく網膜色素変性には、レーザーで改善させる標的がない。したがってレーザー光凝固術が有効でないのは網膜色素変性である。
選択肢考察
- ×a. 網膜裂孔
網膜裂孔は、後部硝子体剝離などで硝子体に牽引された網膜に孔が開いた状態で、放置すると液化硝子体が孔から網膜下に入り込み裂孔原性網膜剝離に進展する。裂孔の周囲を取り囲むようにレーザー光凝固を行うと、数週間で網膜と網膜色素上皮・脈絡膜が瘢痕で癒着し、剝離の進展を防げる。網膜剝離が広がる前の予防的治療として有効である(すでに広範な剝離がある場合は硝子体手術や強膜内陥術が必要となる)。
- ○b. 網膜色素変性
網膜色素変性は、視細胞(主に杆体、進行すると錐体も)や網膜色素上皮に関わる遺伝子の変異により、視細胞が進行性に変性・脱落する遺伝性疾患である。夜盲で始まり、輪状暗点から求心性視野狭窄へ進み、眼底に骨小体様色素沈着、網膜血管の狭細化、視神経乳頭の蝋様萎縮がみられ、網膜電図(ERG)は早期から減弱〜消失する。変性した視細胞をレーザーで回復させることはできず、光凝固は有効でない。治療は遮光眼鏡、ロービジョンケア、合併する白内障・嚢胞様黄斑浮腫への対応が中心で、根本治療は確立していない。なお、RPE65遺伝子の両アレル変異によるものに限っては、アデノ随伴ウイルスベクターを用いた遺伝子治療薬(ボレチゲン ネパルボベク)が承認されている。
- ×c. 糖尿病網膜症
糖尿病網膜症では網膜毛細血管の閉塞で無灌流領域(虚血網膜)が生じ、そこから放出されるVEGFが新生血管を誘導して硝子体出血や牽引性網膜剝離、血管新生緑内障を招く。増殖前網膜症〜増殖網膜症では無灌流領域や網膜全体に汎網膜光凝固(PRP)を行い、虚血網膜の酸素需要を減らしてVEGF産生を抑え、新生血管の発生・進行を防ぐ。糖尿病黄斑浮腫では漏出源の毛細血管瘤への局所凝固も行われる。なお現在、中心窩を含む黄斑浮腫には抗VEGF薬の硝子体内注射が第一選択となっている。
- ×d. 閉塞隅角緑内障
原発閉塞隅角緑内障の多くは相対的瞳孔ブロックが原因である。すなわち虹彩と水晶体の接触部で房水が後房から前房へ流れにくくなり、後房圧が上がって周辺虹彩が前方へ膨隆し(iris bombé)、隅角をふさいで眼圧が上昇する。レーザー虹彩切開術で周辺虹彩に小孔をあけると、房水が瞳孔を迂回して後房から前房へ流れ、圧較差が解消して隅角が開大する。急性発作の治療(縮瞳薬、高浸透圧薬などで眼圧を下げた後)や、僚眼の発作予防に有効である。なお術後の水疱性角膜症が問題となることがあり、近年は水晶体再建術(白内障手術)も選択肢となっている。
- ×e. 中心性漿液性網脈絡膜症
中心性漿液性脈絡網膜症は、30〜50歳代の男性に多く、ストレスや副腎皮質ステロイド使用が誘因となる。脈絡膜の透過性亢進により網膜色素上皮の障害部位から漿液が漏れ、黄斑部に漿液性網膜剝離が生じて、変視症、小視症、中心暗点、軽度の視力低下をきたす。多くは3〜6か月程度で自然に吸収されるが、遷延例などでは、フルオレセイン蛍光眼底造影で確認した漏出点が中心窩から離れていれば、そこをレーザー光凝固でふさぐと網膜下液の吸収が早まる。漏出点が中心窩に近い場合は、光線力学的療法(PDT)などが検討される。
眼科領域の主なレーザー治療
・網膜光凝固(局所凝固、汎網膜光凝固):網膜裂孔、糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症、中心性漿液性脈絡網膜症、未熟児網膜症、Coats病など ・レーザー虹彩切開術:原発閉塞隅角緑内障(急性発作、発作予防) ・選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT):開放隅角緑内障 ・Nd:YAGレーザー後嚢切開術:白内障手術後の後発白内障 ・光線力学的療法(PDT):光感受性物質を静注し、非熱性レーザーで病変血管を閉塞させる。加齢黄斑変性(ポリープ状脈絡膜血管症など)、中心性漿液性脈絡網膜症の一部 ・エキシマレーザー:屈折矯正手術(LASIKなど)
網膜色素変性の要点
遺伝形式は常染色体顕性・潜性・X連鎖などさまざまで、孤発例も多い。症状は夜盲→視野狭窄(輪状暗点→求心性狭窄)→進行例で中心視力低下。検査ではERGの減弱〜消失(non-recordable)が診断に重要である。合併症として白内障(後嚢下)、嚢胞様黄斑浮腫がある。Usher症候群(難聴を伴う)、Laurence-Moon-Bardet-Biedl症候群など全身疾患の一症状としても現れる。日本では指定難病である。
POINT
・レーザー光凝固の目的は「癒着(網膜裂孔)」「虚血網膜の凝固(糖尿病網膜症)」「漏出点の閉鎖(中心性漿液性脈絡網膜症)」「孔をあける(閉塞隅角緑内障の虹彩切開)」。 ・網膜色素変性は視細胞の遺伝性変性であり、レーザー治療の適応はない。 ・網膜色素変性の三徴的所見:夜盲、求心性視野狭窄、ERG減弱〜消失(眼底は骨小体様色素沈着)。
