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「病気がない」だけでは足りない―WHO憲章が描いた健康の3つの柱

第104回医師国家試験 B問題 第3問

国試問題にチャレンジ

第104回 B問題 第3問

WHO〈世界保健機関〉憲章前文に述べられている「健康」を定義する文章を示す。  “Health is a state of complete(  ),(  )and(  )well-being and not merely the absence of disease or infirmity.”  (  )内に入る言葉はどれか。3つ選べ。

  1. a.physical
  2. b.ecological
  3. c.mental
  4. d.social
  5. e.economical

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は公衆衛生学の出発点ともいえる、WHO憲章前文の「健康の定義」を問う問題だ。英文の穴埋めだけれど、ポイントは「健康をどんな側面からとらえているか」と「病気がないことと健康とはどう違うのか」の2つ。まずは素直に、空欄に入りそうな言葉を考えてみよう。
医学生医学生
physicalとmentalはすぐ浮かびました。あと1つで迷っています。
ドクタードクター
身体と心、ここまでは多くの人が思いつくね。では、人が健康に暮らすためには、体と心のほかに何が必要だと思う?
医学生医学生
家族や職場との関係でしょうか。公衆衛生の講義で「健康は個人の体だけの問題ではない」と習った気がします。そうするとsocialですか。
ドクタードクター
その通り。正解はphysical、mental、socialの3つ。全文は「健康とは、身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病または虚弱が存在しないことではない」と訳される。WHO憲章は1946年にニューヨークの国際保健会議で採択され、1948年4月7日に発効した。この発効日が「世界保健デー」になっているんだ。
医学生医学生
ecologicalも少し気になりました。環境も健康に大きく影響しますよね。
ドクタードクター
良い疑問だね。人と環境との関わりは、確かに健康を左右する重要な要因、いわゆる健康の決定要因の一つだ。ただ、それは「健康に影響する要因」であって、「健康という状態そのものを構成する側面」として定義に書かれているわけではない。ここを区別しておくと迷わない。
医学生医学生
economicalも同じ理屈ですね。所得が低いと健康状態が悪くなる、という話は社会医学の授業でも出てきました。
ドクタードクター
そう、経済状況は健康の社会的決定要因として重視されるけれど、定義の語ではない。ちなみにeconomicalは本来「節約になる」という意味合いが強くて、「経済の」と言いたいときは普通economicを使う。英語としても少し不自然な選択肢なんだ。
医学生医学生
この定義のどこがそんなに画期的だったんでしょうか。当たり前のことを言っている気もします。
ドクタードクター
今の感覚だとそう思えるよね。でも当時は、健康とは病気がない状態、という見方が一般的だった。この定義は2点で新しかった。1つは、体だけでなく心や社会生活まで含めて健康を包括的にとらえたこと。もう1つは、「病気や虚弱がない」という消極的な状態ではなく、「良好な状態(well-being)」という積極的な状態として示したことだ。
医学生医学生
消極的健康と積極的健康、という言葉を聞いたことがあります。WHOの定義は積極的健康の考え方を含んでいるということですね。
ドクタードクター
その理解でいいよ。臨床実習でも、検査値は正常なのに仕事を失って家にこもっている人や、病気を抱えながらも地域で役割を持って生き生きと暮らしている人に出会うはずだ。そういう場面で、この定義の意味が実感できると思う。
医学生医学生
確かに、総合診療科を回ったとき、病気よりも生活背景の調整に時間を使っていた患者さんがいました。ところで、spiritualが追加されたと聞いたことがあるのですが。
ドクタードクター
そこは注意が必要なところだ。1998年のWHO執行理事会で、spiritualを加えてstateをdynamic stateとする改正案が提案された。spiritualは生きがいや人間の尊厳といった内面的な充足、dynamicは健康と疾病が連続していて状態が絶えず変化することを表す。ただし1999年の世界保健総会では審議が見送られ、採択されていない。だから現在の定義は1946年のまま、physical、mental、socialの3つなんだ。
医学生医学生
「追加された」と覚えていたら間違えるところでした。提案されたけれど採択されていない、ですね。
ドクタードクター
そう。あわせて関連する宣言も整理しておこう。1978年のアルマ・アタ宣言はプライマリヘルスケアを提唱し、「西暦2000年までにすべての人に健康を」を掲げた。1986年のオタワ憲章はヘルスプロモーションを「人々が自らの健康をコントロールし、改善できるようにするプロセス」と定義した。年代とキーワードをセットで押さえておくといい。
医学生医学生
WHO憲章が健康の理想像を示して、アルマ・アタ宣言とオタワ憲章がそれを実現する方法を示した、という流れで覚えられそうです。
ドクタードクター
良いまとめ方だね。健康を多面的にとらえる視点は、患者さんを病気だけでなく生活や心理面まで含めて診る姿勢そのものにつながる。試験のためだけでなく、医師としての土台になる考え方だよ。

まとめ

WHO憲章(1946年採択、1948年発効)前文は、健康を「身体的(physical)・精神的(mental)・社会的(social)に完全に良好な状態であり、単に疾病または虚弱が存在しないことではない」と定義しています。この定義は、健康を心身と社会生活まで含めて包括的にとらえ、病気がないという消極的な状態ではなく良好な状態(well-being)という積極的な状態として示した点に意義があります。環境(ecological)や経済状況は健康の決定要因ではあるものの定義の語ではなく、1998年に提案されたspiritualやdynamicの追加も採択されておらず、定義は現在も改正されていません。アルマ・アタ宣言(1978年、プライマリヘルスケア)やオタワ憲章(1986年、ヘルスプロモーション)とあわせて理解すると、公衆衛生の理念の流れが見えてきます。健康を多面的にとらえる視点は、患者を生活全体の中で診る臨床の姿勢の基礎となります。

解答・解説

正解はa, c, dです

テーマ

世界保健機関(World Health Organization:WHO)憲章は1946年にニューヨークで開かれた国際保健会議で採択され、1948年4月7日に発効した(この日は「世界保健デー」とされている)。その前文の冒頭に置かれた健康の定義は、公衆衛生学の最も基本的な知識の一つである。

定義の全文

"Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity." 日本語では「健康とは、身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病または虚弱が存在しないことではない」と訳される。

正解を導く考え方

空欄に入るのは、健康を構成する3つの側面、すなわち身体的(physical)、精神的(mental)、社会的(social)である。この定義の要点は、①健康を身体面だけでなく心や社会生活の面まで含めて包括的にとらえたこと、②「病気や虚弱がない」という消極的な状態にとどまらず、「良好な状態(well-being)」という積極的な状態として定義したことにある。生態学的(ecological)や経済的(economical)という語は定義に含まれない。

選択肢考察

  1. ○a.  physical

    正しい。physicalは「身体的な」という意味で、WHO憲章の健康の定義の最初の要素である。疾病・障害がなく、身体機能が良好に保たれている状態を指す。

  2. ×b.  ecological

    誤り。ecologicalは「生態学的な」という意味である。人と環境との関わりは健康を左右する重要な要因(健康の決定要因)ではあるが、WHO憲章の健康の定義を構成する語には含まれていない。

  3. ○c.  mental

    正しい。mentalは「精神的な」という意味で、定義の2番目の要素である。精神疾患がないことだけでなく、心理的に安定し、ストレスに対処しながら自分の能力を発揮できる状態を含む。

  4. ○d.  social

    正しい。socialは「社会的な」という意味で、定義の3番目の要素である。家族・職場・地域などでの人間関係や役割を保ち、社会生活を円滑に営める状態を指す。健康を個人の身体だけでなく社会との関係の中でとらえた点が、この定義の画期的な特徴とされる。

  5. ×e.  economical

    誤り。economicalは「経済的な、節約になる」という意味である(「経済の」という意味では通常economicを用いる)。所得などの経済状況は健康の社会的決定要因として重視されるが、WHO憲章の健康の定義を構成する語ではない。

「spiritual」「dynamic」の追加提案について

1998年のWHO執行理事会で、定義を「complete physical, mental, spiritual and social well-being」と改め、「state」を「dynamic state」とする改正案が提案された。「spiritual(霊的)」は生きる意味や生きがいなど人間の尊厳や内面的な充足にかかわる側面、「dynamic(動的)」は健康と疾病が連続したものであり、状態が絶えず変化することを表すとされる。しかし、1999年の世界保健総会では審議が見送られて採択されておらず、WHO憲章の健康の定義は現在も1946年の文言(physical, mental and social)のままである。

健康に関するその他の重要な宣言・憲章

・アルマ・アタ宣言(1978年):プライマリヘルスケア(PHC)の理念を提唱し、「西暦2000年までにすべての人に健康を」を目標に掲げた。 ・オタワ憲章(1986年):ヘルスプロモーションを「人々が自らの健康をコントロールし、改善することができるようにするプロセス」と定義した。

消極的健康と積極的健康

病気や虚弱がないことを消極的健康、より高い身体的・精神的・社会的な良好さや生活の質(QOL)を目指すことを積極的健康と呼ぶことがある。WHO憲章の定義は後者の考え方を含む点に意義がある。

POINT

・WHO憲章(1946年採択、1948年発効)前文の健康の定義:physical(身体的)、mental(精神的)、social(社会的)に完全に良好な状態(well-being)であり、単に疾病や虚弱がないことではない。 ・ecological、economical、spiritualは現行の定義には含まれない。 ・spiritualとdynamicを加える改正案は1998年に提案されたが、1999年の世界保健総会で採択されず、定義は改正されていない。 ・関連事項:アルマ・アタ宣言(1978年、PHC)、オタワ憲章(1986年、ヘルスプロモーション)。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。