去年はなかった2cmの影―「時間」が教える孤立性肺結節の良悪性
第103回医師国家試験 I問題 第45問
国試問題にチャレンジ
52歳の女性。健康診断で胸部異常陰影を指摘され来院した。昨年の健康診断では胸部エックス線写真の異常を指摘されていない。自覚症状はない。胸部エックス線写真を別に示す。 考えられるのはどれか。2つ選べ。

- a.肺過誤腫
- b.肺分画症
- c.転移性肺癌
- d.原発性肺癌
- e.肺動静脈瘻
対話形式の解説
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ドクターまとめ
孤立性肺結節の良悪性を判断するうえで、過去の画像との比較による出現時期と増大速度は最も重要な情報の一つです。前年に異常がなかった部位に1年で約2cmの結節が出現した場合、体積倍加時間の短い悪性腫瘍が示唆され、原発性肺癌と転移性肺癌を考えます。肺過誤腫は発育が緩徐な良性腫瘍で、肺分画症や肺動静脈瘻は先天性病変であるため、短期間での新たな出現は考えにくく、それぞれ左下葉後肺底区の好発や流入・流出血管影といった画像上の特徴もあります。単純写真で原発と転移は区別できないため、CTでの性状評価、全身の原発巣検索、生検による組織診断へと進みます。形態だけでなく「時間軸」で陰影を評価する視点は、健診や外来での肺結節の見落としを防ぐ基本となります。
解答・解説
正解はc, dです
所見の整理
・52歳の女性。自覚症状はなく、健康診断で胸部異常陰影を指摘された。 ・前年の健康診断の胸部エックス線写真では異常を指摘されていない。 ・胸部エックス線写真では、左上肺野(鎖骨の下方付近)に直径2cm前後の類円形の結節影が1個みられる。辺縁は比較的明瞭で、石灰化や空洞ははっきりしない。結節に出入りする太い異常血管影や、下葉の嚢胞状陰影は認めない。
鑑別の考え方
孤立性肺結節(単発の類円形陰影)の鑑別では、形態だけでなく「いつから存在するか」「どの速さで大きくなっているか」という時間経過の情報が非常に重要である。本症例の最大の手がかりは「1年前には写っていなかった陰影が、今年は約2cmの大きさで出現している」という点である。 腫瘍の大きさは体積倍加時間(腫瘍の体積が2倍になるのに要する時間)で評価される。一般に悪性腫瘍の倍加時間はおおむね1か月〜1年程度(多くは数十日〜数百日)、良性腫瘍は1年以上かかることが多いとされる。直径2cmの結節は体積で見ると、胸部エックス線写真で見逃されやすい直径5mm程度の結節の約64倍(4倍の3乗)にあたり、1年でここまで増大するのは増殖速度の速い悪性腫瘍を示唆する。 一方、先天性の病変(肺分画症、肺動静脈瘻)は出生時から存在し、成人になってから1年で急に出現することは考えにくい。発育の遅い良性腫瘍(肺過誤腫)も同様である。 したがって、1年で新たに出現した単発結節としては、悪性腫瘍、すなわち原発性肺癌と転移性肺癌の2つを考える。境界明瞭な類円形の結節は転移性肺腫瘍でよくみられる形態であり、原発性肺癌でも末梢型腺癌などが同様の結節として見つかることがある。単純エックス線写真1枚で両者を区別することはできないため、今後は胸部CTで性状(辺縁のスピキュラ・胸膜陥入・石灰化・脂肪の有無、他の結節の有無)を評価し、他臓器の原発巣検索、気管支鏡やCTガイド下生検による組織診断へと進むことになる。
選択肢考察
- ×a. 肺過誤腫
肺過誤腫は肺の良性腫瘍の中で最も頻度が高く、軟骨・脂肪・平滑筋・上皮成分などが混在して増殖したものである。無症状で健診時に偶然見つかることが多く、境界明瞭な類円形の孤立性結節を呈する点は本症例の画像と似ている。CTでは内部の脂肪濃度やポップコーン状の石灰化が特徴的とされる。しかし発育は非常に緩徐で、倍加時間は年単位であることが多いため、前年に異常を指摘されなかった部位に1年で約2cmの結節が出現する経過には合わない。形態だけでは否定しきれないが、経過から考えにくい。
- ×b. 肺分画症
肺分画症は、正常の気管支と交通をもたず、大動脈から直接分岐する異常動脈によって血流を受ける肺組織が存在する先天異常である。正常肺と同じ胸膜に包まれる肺葉内肺分画症と、独自の胸膜をもつ肺葉外肺分画症に分けられ、多くは左下葉の後肺底区(S10)付近に生じる。画像では下葉の腫瘤影や嚢胞状陰影として現れ、感染を合併して発見されることも多い。本症例の陰影は左上肺野にあり好発部位と異なるうえ、先天性の病変が1年で新たに出現することはないため、考えにくい。
- ○c. 転移性肺癌
肺は全身の血液が必ず通過する臓器であるため、血行性転移の頻度が高い。転移性肺腫瘍は血流の多い下肺野や肺の末梢(胸膜直下)に多く、境界明瞭な類円形の結節として現れるのが典型で、多発することが多いが単発のこともある。原発巣としては大腸癌、乳癌、腎細胞癌、骨肉腫、子宮癌などが挙げられる。本症例は1年で新たに出現した境界明瞭な類円形結節であり、増殖の速い悪性腫瘍として転移性肺癌は十分に考えられる。既往歴に悪性腫瘍がないかの確認と、全身の原発巣検索が必要になる。
- ○d. 原発性肺癌
原発性肺癌は、特に肺の末梢に発生する腺癌が無症状のまま健診の胸部エックス線写真で発見されることが多い。多くの肺癌は倍加時間が数十日〜数百日であり、前年に指摘されなかった部位に1年で2cm程度の結節が出現することは十分にありうる。典型的には辺縁のスピキュラ(棘状の突起)や分葉状の輪郭、胸膜陥入像を伴うが、単純エックス線写真では境界が比較的明瞭な類円形結節にみえることもあり、形態だけで否定することはできない。したがって本症例で考慮すべき疾患である。
- ×e. 肺動静脈瘻
肺動静脈瘻は、肺動脈と肺静脈が毛細血管を介さずに直接つながる血管の異常で、多くは先天性であり、遺伝性出血性毛細血管拡張症(Osler病)に合併することが多い。胸部エックス線写真では、肺門側から流入・流出する血管影(流入動脈と流出静脈)を伴う結節影として描出される。右左シャントのため、大きいものでは低酸素血症、チアノーゼ、ばち指、労作時息切れがみられ、奇異性塞栓による脳梗塞や脳膿瘍を起こすこともある。本症例では結節につながる異常血管影がはっきりせず、先天性の病変が1年で新たに出現する経過とも合わないため、考えにくい。
孤立性肺結節の評価
孤立性肺結節とは、周囲を肺実質に囲まれた直径3cm以下の単発の類円形陰影をいう(3cmを超えるものは腫瘤と呼ぶ)。良悪性の判断には次のような点を用いる。 ・経時的変化:過去の画像との比較が最も有用である。2年以上大きさが変わらない充実性結節は良性の可能性が高いとされる。逆に短期間で出現・増大したものは悪性を疑う(ただし数週間で急に出現・消退するものは炎症性病変のことが多い)。 ・形態:スピキュラ、分葉状の辺縁、胸膜陥入、血管・気管支の巻き込みは原発性肺癌を示唆する。 ・石灰化:中心性・層状・びまん性・ポップコーン状の石灰化は良性(肉芽腫、過誤腫)を示唆する。 ・内部の脂肪濃度:過誤腫に特徴的である。 ・患者背景:年齢、喫煙歴、悪性腫瘍の既往など。
体積倍加時間
球の体積は直径の3乗に比例するため、直径が2倍になると体積は8倍(倍加3回分)となる。直径が小さいうちは画像で捉えにくいが、倍加を繰り返すと急速に見かけの大きさが増す。悪性腫瘍はおおむね30日〜400日程度、良性病変はそれより長いことが多いとされる。
選択肢に挙げられた疾患の整理
・肺過誤腫:最も多い肺良性腫瘍。発育緩徐。CTで脂肪・ポップコーン状石灰化。 ・肺分画症:先天異常。大動脈からの異常動脈で栄養される。左下葉後肺底区に好発。 ・転移性肺腫瘍:境界明瞭な類円形結節、多発・下肺野・胸膜直下に多い。 ・原発性肺癌:末梢型腺癌は健診発見が多い。スピキュラ・胸膜陥入。 ・肺動静脈瘻:流入・流出血管を伴う結節影。Osler病に合併。右左シャントによる低酸素血症、奇異性塞栓。
POINT
・孤立性肺結節の良悪性判定では、過去の画像との比較(出現時期と増大速度)が最も重要な情報である。 ・前年に異常がなく1年で約2cmの結節が出現した場合は、増殖の速い悪性腫瘍(原発性肺癌・転移性肺癌)を考える。 ・肺過誤腫は発育緩徐な良性腫瘍、肺分画症・肺動静脈瘻は先天性病変であり、短期間での新規出現は考えにくい。 ・肺分画症は左下葉後肺底区、肺動静脈瘻は流入・流出血管を伴う結節影が画像上の特徴である。
