夕方の複視と前縦隔の影―2つの手がかりをつなぐ胸腺腫合併重症筋無力症
第103回医師国家試験 I問題 第46問
国試問題にチャレンジ
45歳の女性。健康診断で胸部異常陰影を指摘され来院した。3か月前から夕方になると物が二重に見えるようになるが翌朝は改善するため放置していた。胸部エックス線写真(A)と胸部造影CT(B)とを別に示す。 診断に必要なのはどれか。2つ選べ。

- a.心電図
- b.眼底検査
- c.誘発筋電図
- d.経皮針生検
- e.気管支鏡検査
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
夕方に悪化し休息で改善する複視は、易疲労性と日内変動を示す重症筋無力症を強く示唆し、前縦隔腫瘤を伴う場合は胸腺腫の合併を考えます。診断には、神経筋接合部の伝達障害を示す誘発筋電図(低頻度反復刺激で漸減現象を確認)と、腫瘤の組織型を確かめる経皮針生検が必要です。前縦隔は気道から離れているため気管支鏡は適さず、複視の原因は外眼筋の筋力低下なので眼底検査も役立ちません。実際の診療では抗アセチルコリン受容体抗体の測定も重要で、胸腺腫合併例では胸腺摘除術を行いますが、切除可能な胸腺腫では播種を避けるため術前生検を省略することもあります。症状と画像を一つの病態として結びつけ、病態ごとに確定に必要な検査を選ぶ姿勢は、臨床推論の基本です。
解答・解説
正解はc, dです
所見の整理
・45歳の女性。健康診断で胸部異常陰影を指摘された。 ・3か月前から、夕方になると物が二重に見える(複視)が、翌朝には改善する。 ・胸部エックス線写真(A)では縦隔陰影の拡大がみられ、胸部造影CT(B)では前縦隔に腫瘤を認める。
診断へのプロセス
複視は外眼筋の動きが左右でそろわないときに生じる症状である。本症例の複視は「夕方に悪化し、休息後の翌朝には改善する」という日内変動を示しており、筋肉を使うほど力が落ち(易疲労性)、休むと回復するという重症筋無力症(MG:myasthenia gravis)に特徴的なパターンである。MGの初発症状としては眼瞼下垂や複視などの眼症状が最も多い。 一方、前縦隔に発生する腫瘍の代表は胸腺腫、胚細胞性腫瘍(奇形腫など)、胸骨後甲状腺腫、悪性リンパ腫である(いわゆる4つのT:thymoma、teratoma、thyroid、terrible lymphoma)。MGの患者の約20〜30%に胸腺腫が合併し、逆に胸腺腫の患者の30〜50%程度にMGがみられる。したがって、本症例は「胸腺腫を合併した重症筋無力症」と考えるのが最も自然である。
設問への考え方
診断を確定するには、(1) 神経筋接合部の伝達障害(MG)を客観的に証明する検査と、(2) 前縦隔腫瘤の組織型を確認する検査の2つが必要になる。(1) には反復刺激による誘発筋電図、(2) には経皮針生検による病理組織診断が該当する。なお実際の診療では、MGの診断には抗アセチルコリン受容体(AChR)抗体の測定が最も重要な検査の一つであり、エドロホニウム(テンシロン)試験やアイスパック試験も補助的に用いられる。
選択肢考察
- ×a. 心電図
心電図は不整脈や虚血性心疾患などを評価する検査である。本症例では動悸や胸痛などの心症状はなく、複視と前縦隔腫瘤という病態の診断には寄与しない。術前検査として行われることはあっても、診断に必要な検査ではない。
- ×b. 眼底検査
眼底検査は網膜・視神経乳頭・網膜血管の異常(うっ血乳頭、糖尿病網膜症、高血圧性変化など)を見る検査である。MGの複視は外眼筋の筋力低下による眼球運動障害が原因であり、網膜や視神経には異常が生じないため、眼底検査では所見が得られない。
- ○c. 誘発筋電図
MGは、アセチルコリン受容体などに対する自己抗体によって神経筋接合部の伝達が障害される自己免疫疾患である。運動神経を低頻度(2〜5Hz程度)で反復して電気刺激し、支配筋の複合筋活動電位を記録する反復刺激試験(Harvey-Masland試験)を行うと、刺激を重ねるごとに振幅が次第に小さくなる漸減現象(waning)がみられる。一般に第1波から第4〜5波で10%以上の減衰を陽性とする。神経筋接合部の伝達障害を客観的に示す検査であり、MGの診断に必要である。
- ○d. 経皮針生検
前縦隔腫瘤は胸腺腫のほか、胚細胞性腫瘍、胸骨後甲状腺腫、悪性リンパ腫、胸腺癌などが鑑別となり、治療方針が大きく異なる。CTガイド下などで経皮的に針を刺して組織を採取し、病理組織学的に腫瘤の種類を確定する経皮針生検は、腫瘤の診断に有用である。前縦隔は胸壁に近く、経皮的に到達しやすい部位でもある。
- ×e. 気管支鏡検査
気管支鏡検査は気管・気管支内腔の観察や、肺野病変・気管支周囲のリンパ節の生検に用いる検査である。本症例の腫瘤は前縦隔にあり、気管・気管支から離れているうえ、気道内病変を示唆する所見(咳、血痰、無気肺など)もないため、気管支鏡で腫瘤に到達して組織を得ることは難しく、診断に必要な検査ではない。
重症筋無力症(MG)の概要
・病態:神経筋接合部のシナプス後膜にあるアセチルコリン受容体(AChR)などに対する自己抗体により、神経から筋への信号伝達が障害される。約80〜85%で抗AChR抗体が陽性であり、陰性例の一部では抗MuSK(筋特異的受容体型チロシンキナーゼ)抗体が陽性となる。 ・疫学:女性に多く、若年女性と高齢者に発症のピークがある。 ・症状:易疲労性と日内変動(夕方に悪化し、休息で改善)が特徴。眼瞼下垂・複視で始まることが多く、その後、顔面筋、咽頭・喉頭筋(構音障害、嚥下障害)、頸部・四肢近位筋、呼吸筋へと広がることがある。眼症状のみにとどまる眼筋型と、全身に及ぶ全身型に分けられる。呼吸筋の急激な筋力低下で呼吸不全に陥る状態をクリーゼという。 ・検査:抗AChR抗体・抗MuSK抗体、反復刺激試験(漸減現象)、単線維筋電図(ジッターの増大)、エドロホニウム試験(短時間作用型のコリンエステラーゼ阻害薬で症状が一過性に改善)、アイスパック試験(眼瞼を冷やすと眼瞼下垂が改善)。胸部CTで胸腺腫の有無を必ず確認する。 ・治療:コリンエステラーゼ阻害薬(ピリドスチグミン)による対症療法、副腎皮質ステロイドや免疫抑制薬、血漿交換・免疫グロブリン大量療法、近年は補体阻害薬や胎児性Fc受容体(FcRn)阻害薬などの分子標的薬も用いられる。胸腺腫合併例では胸腺摘除術を行う。
胸腺腫
・前縦隔腫瘍の中で最も頻度が高い。中高年に多い。 ・MGのほか、赤芽球癆、低γグロブリン血症(Good症候群)などの自己免疫疾患・免疫異常を合併することがある。 ・治療の基本は外科的切除である。なお、CTで被膜に包まれた切除可能な胸腺腫が強く疑われる場合には、被膜を破って腫瘍細胞が播種するのを避けるため、術前の針生検を省略して切除により診断・治療を行う方針もとられる。一方、悪性リンパ腫や胚細胞性腫瘍との鑑別が必要な場合や、切除困難な進行例では生検による組織診断が重要となる。
前縦隔腫瘍の鑑別(4つのT)
胸腺腫(thymoma)、奇形腫などの胚細胞性腫瘍(teratoma)、胸骨後甲状腺腫(thyroid)、悪性リンパ腫(terrible lymphoma)。
POINT
・夕方に悪化し翌朝改善する複視(易疲労性・日内変動)は重症筋無力症を強く示唆する。 ・重症筋無力症+前縦隔腫瘤は胸腺腫の合併を考える(MGの約20〜30%に胸腺腫)。 ・MGの電気生理学的診断は反復刺激試験(誘発筋電図)で、低頻度刺激で漸減現象(waning)を示す。 ・前縦隔腫瘤の組織診断には経皮針生検が用いられる。気管支鏡は縦隔前方の腫瘤には到達しにくい。 ・MGの診断では抗AChR抗体の測定も重要であり、胸腺腫合併例では胸腺摘除術を行う。
