夕方に下がるまぶたの奥に潜むもの―重症筋無力症と前縦隔の腫瘍
第120回医師国家試験 D問題 第26問
国試問題にチャレンジ
54歳の男性。飲み込みづらさを主訴に来院した。2か月前から,夕方に左のまぶたが下がり,物が二重に見えるようになった。1か月前から水分の飲み込みに違和感があったため受診した。診察時,左眼瞼下垂と右方視時の複視を認めた。エドロホニウムの投与により,これらの所見が一時的に改善した。 この患者に合併する可能性が高いのはどれか。
- a.胸腺腫
- b.胸膜中皮腫
- c.小細胞肺癌
- d.成熟奇形腫
- e.悪性リンパ腫
対話形式の解説
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ドクターまとめ
夕方に悪化する眼瞼下垂や複視に嚥下障害などの球症状が加わり、エドロホニウム(コリンエステラーゼ阻害薬)で一時的に改善する場合は、神経筋接合部のシナプス後膜が障害される重症筋無力症を考えます。重症筋無力症に合併する腫瘍として最も重要なのは前縦隔の胸腺腫で、診断したら胸部CTで必ず確認し、見つかれば拡大胸腺摘除術を検討します。名前の似たLambert-Eaton筋無力症候群はシナプス前膜のカルシウムチャネルに対する自己抗体による病気で、小細胞肺癌に合併し、近位筋の筋力低下や自律神経症状、反復刺激でのwaxingが特徴です。卵巣奇形腫と抗NMDA受容体脳炎など、傍腫瘍性・自己免疫性神経疾患と腫瘍の組み合わせを対比して整理しておくと、鑑別と合併症検索の両面で臨床に直結します。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・54歳男性。2か月前から、夕方になると左のまぶたが下がり(眼瞼下垂)、物が二重に見える(複視)。症状が夕方に悪くなるのは、筋肉を使うほど力が落ちる「易疲労性」と、それによる「日内変動」を示す。 ・1か月前から水分を飲み込むときに違和感がある。嚥下障害などの球症状(延髄の脳神経が支配する筋の症状)が加わっており、症状が眼の筋から全身へ広がりつつあることを示す。 ・診察では左眼瞼下垂と右方視時の複視がある。1本の脳神経の支配領域では説明しにくい、片寄った外眼筋の障害である。 ・エドロホニウム(短時間作用型のコリンエステラーゼ阻害薬)を静注すると、症状が一時的に改善した。
診断へのプロセス
眼瞼下垂と複視は、動眼神経麻痺などの脳神経障害、脳幹病変、筋疾患、神経筋接合部の疾患で起こる。本例では、夕方に悪化する日内変動、眼の筋から嚥下に関わる筋への広がり、そしてエドロホニウムで改善すること(エドロホニウム試験陽性)から、神経筋接合部の疾患である重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)と診断する。動眼神経麻痺では、外眼筋の障害は説明できても、嚥下障害や日内変動は説明できない。 重症筋無力症は、骨格筋側(シナプス後膜)のアセチルコリン受容体などに対する自己抗体によって神経から筋への信号伝達が障害される自己免疫疾患である。コリンエステラーゼ阻害薬はアセチルコリンの分解を遅らせ、接合部にあるアセチルコリンを増やすため、一時的に症状が改善する。
設問の考え方
重症筋無力症に合併する腫瘍として最も重要なのは胸腺腫である。重症筋無力症と診断したら、必ず胸部CTなどで前縦隔を調べる。小細胞肺癌はよく似た病名のLambert-Eaton筋無力症候群に合併する腫瘍であり、取り違えないことが大切である。
選択肢考察
- ○a. 胸腺腫
胸腺腫は前縦隔に好発する胸腺上皮由来の腫瘍で、重症筋無力症をはじめ、赤芽球癆、低ガンマグロブリン血症(Good症候群)など、さまざまな自己免疫疾患を合併しやすい。重症筋無力症の患者の一部(報告によりおよそ10〜20%台)に胸腺腫が見つかり、逆に胸腺腫の患者の約4分の1前後に重症筋無力症が合併する。胸腺腫を伴う重症筋無力症は中高年に多く、抗アセチルコリン受容体抗体が陽性で、症状が全身に及ぶものが多い。本例は50歳代で、眼の症状から嚥下障害へと進んでおり、胸腺腫の合併を最も考えるべきである。胸腺腫があれば拡大胸腺摘除術の適応となる。以上から、正しい。
- ×b. 胸膜中皮腫
胸膜中皮腫は、胸膜の中皮細胞から生じる悪性腫瘍で、多くはアスベスト(石綿)の吸入と関連し、曝露から数十年たって発症する。胸水貯留や胸膜の肥厚がみられる。重症筋無力症との関連は知られていないので、誤りである。
- ×c. 小細胞肺癌
小細胞肺癌は、さまざまな傍腫瘍性神経症候群(腫瘍に対する免疫反応が神経を障害する病態)を起こす。代表がLambert-Eaton筋無力症候群(LEMS)で、神経終末側(シナプス前膜)の電位依存性カルシウムチャネル(P/Q型VGCC)に対する自己抗体によりアセチルコリンの放出が減る。LEMSでは、近位筋(太もも・腰回りなど)の筋力低下、腱反射の低下、口渇や便秘などの自律神経症状がみられ、筋肉を繰り返し使うと一時的に力が増すのが特徴である。電気刺激を高頻度で繰り返すと筋の反応が大きくなる(waxing)。本例は眼の症状から始まり夕方に悪化する経過で、重症筋無力症の像であり、LEMSとは合わない。したがって合併の可能性が高いのは小細胞肺癌ではなく胸腺腫であり、誤りである。
- ×d. 成熟奇形腫
成熟奇形腫は胚細胞腫瘍の一つで、卵巣や前縦隔などに生じる。神経疾患との関連では、卵巣奇形腫が抗NMDA受容体脳炎(若い女性に多く、精神症状、けいれん、不随意運動、意識障害、低換気などを起こす自己免疫性脳炎)に合併することが知られている。重症筋無力症との関連は知られていないので、誤りである。
- ×e. 悪性リンパ腫
悪性リンパ腫は縦隔にも生じ、傍腫瘍性神経症候群として、末梢神経障害(多発ニューロパチー、感覚性ニューロパチーなど)、亜急性小脳変性症(Hodgkinリンパ腫で知られる)、辺縁系脳炎などを起こすことがある。しかし、重症筋無力症の合併腫瘍として特に重要とはされていないので、誤りである。
重症筋無力症の要点
・病態:神経筋接合部のシナプス後膜にある分子に対する自己抗体による。抗アセチルコリン受容体(AChR)抗体が約80〜85%で陽性、抗筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)抗体が数%で陽性、どちらも陰性のものもある。 ・症状:眼瞼下垂と複視が初発症状として最も多い。左右差があり、症状が出たり消えたりする。易疲労性と日内変動(夕方に悪化)がみられる。全身型では、四肢の筋力低下、構音・嚥下障害などの球症状、呼吸筋の障害が起こる。呼吸不全に至る急な悪化を「クリーゼ」とよぶ。 ・診断:自己抗体の測定、反復刺激試験(低頻度の電気刺激を繰り返すと筋の反応がだんだん小さくなる=waning)、単線維筋電図、テンシロン(エドロホニウム)試験、アイスパック試験(まぶたを冷やすと眼瞼下垂が改善する)など。 ・合併:胸腺腫、胸腺の過形成(特に若年発症例)、甲状腺疾患(Basedow病・橋本病)などの自己免疫疾患。 ・治療:コリンエステラーゼ阻害薬(ピリドスチグミン)で症状を和らげる。免疫療法として、ステロイド、免疫抑制薬(タクロリムスなど)、血液浄化療法、免疫グロブリン大量静注療法、補体阻害薬や胎児性Fc受容体(FcRn)阻害薬などの分子標的薬を用いる。胸腺腫があれば拡大胸腺摘除術を行う。
重症筋無力症とLambert-Eaton筋無力症候群の比較
・障害部位:MGはシナプス後膜(AChR)、LEMSはシナプス前膜(VGCC)。 ・合併腫瘍:MGは胸腺腫、LEMSは小細胞肺癌。 ・症状:MGは眼の症状で始まることが多く、使うほど悪化する。LEMSは近位筋の筋力低下と自律神経症状が多く、動かし始めに力が一時的に増す。腱反射は低下する。 ・反復刺激試験:MGは低頻度刺激で漸減(waning)、LEMSは高頻度刺激で漸増(waxing)。
POINT
・夕方に悪化する眼瞼下垂・複視+球症状+エドロホニウムで改善 → 重症筋無力症。 ・重症筋無力症の合併腫瘍=胸腺腫(前縦隔)。診断したら胸部CTで必ず確認する。 ・小細胞肺癌=Lambert-Eaton筋無力症候群(抗VGCC抗体、近位筋の筋力低下、自律神経症状、waxing)。 ・卵巣奇形腫=抗NMDA受容体脳炎。 ・胸腺腫は赤芽球癆や低ガンマグロブリン血症(Good症候群)も合併しうる。
