夕方の眼瞼下垂と前縦隔の影―眼筋型でも「切る」が正解になる重症筋無力症
第119回医師国家試験 A問題 第69問
国試問題にチャレンジ
63歳の男性。眼瞼下垂を主訴に来院した。1か月前から物が二重に見えることを自覚していた。夕方になると眼瞼下垂がみられる。その他に自覚症状はない。血中抗アセチルコリン受容体抗体が陽性であった。胸部単純CTを下に示す。 適切な対応はどれか。

- a.抗癌化学療法
- b.定位放射線治療
- c.縦隔リンパ節生検
- d.シクロスポリン投与
- e.胸腺腫を含む拡大胸腺摘出術
対話形式の解説
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ドクターまとめ
夕方に悪化する眼瞼下垂や複視といった日内変動・易疲労性に抗アセチルコリン受容体抗体陽性がそろえば、重症筋無力症と診断できます。重症筋無力症では胸腺腫の合併が少なくないため胸部CTで前縦隔を必ず評価し、胸腺腫を認めた場合は眼筋型であっても、腫瘍と残存胸腺、前縦隔脂肪組織をまとめて切除する拡大胸腺摘出術が原則です。胸腺腫は悪性の潜在能をもつ腫瘍であり、被包化された切除可能例では播種を避けるため術前生検を行わず、切除が診断と治療を兼ねます。化学療法や放射線治療は浸潤・切除不能・不完全切除例に、カルシニューリン阻害薬は全身型の免疫治療に用いるもので、胸腺腫の治療にはなりません。術後のクリーゼや眼筋型から全身型への移行にも注意が必要で、神経疾患と縦隔腫瘍を結びつけて考える視点は臨床で重要です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・63歳の男性。1か月前からの複視(物が二重に見える)と、夕方に目立つ眼瞼下垂。 ・症状が夕方に悪化する(日内変動)、すなわち筋を使うほど弱くなる易疲労性は、神経筋接合部の障害を示す特徴である。 ・その他の自覚症状はなく、四肢筋力低下・構音障害・嚥下障害・呼吸困難などの全身症状はない。症状は眼の筋(外眼筋と上眼瞼挙筋)に限局している。 ・血中抗アセチルコリン受容体(AChR)抗体陽性: 重症筋無力症(myasthenia gravis: MG)に特異性の高い自己抗体である。 ・胸部単純CT: 前縦隔(胸骨の背側、心大血管の前方)に境界明瞭な腫瘤があり、周囲組織への明らかな浸潤はみられない。部位と性状、MGの合併から胸腺腫が最も考えられる。
診断
眼瞼下垂・複視の鑑別には、動眼神経麻痺(脳動脈瘤など)、Horner症候群、眼咽頭型筋ジストロフィーやミトコンドリア病などの筋疾患、MGなどがあるが、日内変動・易疲労性と抗AChR抗体陽性からMG(現時点では眼筋型)と診断できる。さらに前縦隔腫瘤を認めることから、胸腺腫合併MGである。
対応の考え方
胸腺腫はWHO分類上すべて悪性の潜在能を持つ腫瘍として扱われ、局所浸潤や胸膜播種を来しうる。そのため、胸腺腫を認めた場合は、MGが眼筋型か全身型かにかかわらず外科的切除が原則である。MG合併例では、腫瘍だけでなく周囲の胸腺組織と前縦隔脂肪組織も一括して切除する拡大胸腺摘出術を行う。これにより腫瘍の根治を図ると同時に、自己抗体産生に関与する胸腺組織を取り除き、MG症状の改善も期待する。CTで明らかな浸潤を認めない被包化された腫瘍であれば、術前の生検は通常不要で、手術による切除が診断と治療を兼ねる。
選択肢考察
- ×a. 抗癌化学療法
誤り。胸腺腫に対する化学療法(シスプラチンを含む多剤併用療法など)は、周囲臓器への浸潤や胸膜播種・遠隔転移があって切除が難しい進行例に対する術前導入療法、あるいは切除不能例・再発例に対して行われる。本例はCT上境界明瞭で浸潤所見がなく、切除可能と考えられるため、まず手術を選択する。
- ×b. 定位放射線治療
誤り。定位放射線治療は、小さな病変に多方向から放射線を集中させる治療で、主に小型の脳腫瘍や早期肺癌などに用いられる。胸腺腫に対する放射線治療は、不完全切除例や浸潤例に対する術後照射、切除不能例に対して行われるもので、切除可能な胸腺腫の第一選択の治療ではない。
- ×c. 縦隔リンパ節生検
誤り。縦隔リンパ節生検は、肺癌のリンパ節転移の評価やサルコイドーシス・悪性リンパ腫の診断などで行われる。胸腺腫はリンパ節転移を来すことが少なく、本例ではリンパ節腫大の所見もないため、診断や治療方針の決定に寄与しない。また、被包化された切除可能な胸腺腫では、被膜を破って播種を起こす危険を避けるため、腫瘍自体の術前生検も一般に行わず、切除標本で病理診断を確定する。
- ×d. シクロスポリン投与
誤り。シクロスポリンはカルシニューリン阻害薬(T細胞の活性化を抑える免疫抑制薬)で、主に全身型MGにおいて、ステロイドで効果が不十分な場合やステロイドの減量を図る目的で用いられる。本例は眼筋型であり、薬物療法としてはまずコリンエステラーゼ阻害薬や少量の副腎皮質ステロイドが検討される。何より、胸腺腫が存在する以上、腫瘍の切除が優先され、免疫抑制薬で腫瘍は治療できない。
- ○e. 胸腺腫を含む拡大胸腺摘出術
正しい。胸腺腫は悪性の潜在能をもつ腫瘍であり、胸腺腫を合併するMGでは、眼筋型であっても胸腺腫の切除が適応となる。MG合併例では、腫瘍とともに残存胸腺と周囲の前縦隔脂肪組織(異所性胸腺組織を含みうる)をまとめて切除する拡大胸腺摘出術が標準である。腫瘍の根治に加え、MGの症状改善や治療薬の減量も期待できる。術前にはMG症状を安定させ、術後のクリーゼ(呼吸筋の筋力低下による呼吸不全)に注意する。
重症筋無力症(MG)の概要
神経筋接合部のシナプス後膜にある分子に対する自己抗体により、神経から筋への興奮の伝達が障害される自己免疫疾患である。自己抗体は抗AChR抗体が約80〜85%で最も多く、ほかに抗筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)抗体陽性例、いずれも陰性の例がある。
症状
・易疲労性と日内変動(夕方に悪化)が特徴。 ・眼瞼下垂と複視が初発症状として最も多い。 ・眼の症状のみに限局する眼筋型と、四肢・球症状(構音・嚥下障害)・呼吸筋に及ぶ全身型に分けられる。眼筋型で発症しても、多くは発症後2年以内に全身型へ移行しうる。 ・急激に呼吸筋の筋力低下が進む状態をクリーゼといい、人工呼吸管理を要する。
検査
・自己抗体(抗AChR抗体、抗MuSK抗体) ・反復刺激試験: 低頻度反復刺激で複合筋活動電位の振幅が漸減(waning)する。 ・エドロホニウム(テンシロン)試験: 短時間作用型コリンエステラーゼ阻害薬で症状が一時的に改善する。 ・アイスパック試験: 眼瞼を冷やすと眼瞼下垂が改善する。 ・単線維筋電図: ジッターの増大。 ・胸部CT/MRI: 胸腺腫・胸腺過形成の検索。
胸腺との関係
MG患者の約20〜30%に胸腺腫、また多くに胸腺過形成を認める。逆に胸腺腫患者の約30%前後にMGが合併する。胸腺腫には、MGのほか赤芽球癆、低ガンマグロブリン血症(Good症候群)などの自己免疫・免疫異常疾患が合併しうる。
胸腺腫の病期と治療
正岡分類(被膜内にとどまるI期から、周囲臓器への浸潤、胸膜・心膜播種、リンパ行性・血行性転移のIV期まで)などで病期を評価する。切除可能なら外科的完全切除が基本で、浸潤例や不完全切除例では放射線治療、進行・再発例では化学療法を組み合わせる。
MGの治療
・対症療法: コリンエステラーゼ阻害薬(ピリドスチグミン)。 ・免疫治療: 副腎皮質ステロイド、カルシニューリン阻害薬(タクロリムス、シクロスポリン)。難治例では血漿浄化療法、免疫グロブリン大量静注療法、補体阻害薬(エクリズマブなど)、胎児性Fc受容体(FcRn)阻害薬などの分子標的薬が用いられる。 ・胸腺摘出術: 胸腺腫合併例では必須。胸腺腫を伴わない抗AChR抗体陽性の全身型MGでも、若年〜中年発症例を中心に有効性が示されている。
POINT
・日内変動のある眼瞼下垂・複視+抗AChR抗体陽性は重症筋無力症。 ・MGをみたら胸部CTで前縦隔の胸腺腫を検索する。 ・胸腺腫を合併するMGでは、眼筋型であっても胸腺腫を含む拡大胸腺摘出術が適応。 ・化学療法・放射線治療は進行・切除不能・不完全切除の胸腺腫に対して用いる。 ・カルシニューリン阻害薬(シクロスポリン、タクロリムス)は全身型MGの免疫治療で使われるが、胸腺腫の治療にはならない。
