肺癌手術で「切らずに守る」神経―標準的根治手術の流れを一つずつ確かめる
第103回医師国家試験 I問題 第12問
国試問題にチャレンジ
肺癌の標準的根治手術で不適切なのはどれか。
- a.側臥位
- b.分離肺換気
- c.肺葉切除
- d.リンパ節郭清
- e.肋間神経切離
対話形式の解説
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ドクターまとめ
肺癌の標準的根治手術は、分離肺換気で術側肺を虚脱させ、術側を上にした側臥位で胸腔に到達し、肺葉切除と肺門・縦隔リンパ節の系統的郭清を行うという流れで構成されます。肋間神経は肋骨下縁を肋間動静脈とともに走り、損傷すると開胸後疼痛症候群の原因となるため、温存するのが原則であり、意図的な切離は標準手技に含まれません。末梢の小型肺癌や低肺機能例では区域切除などの縮小手術も選択肢となり、現在は胸腔鏡手術やロボット支援手術といった低侵襲手術が主流です。手術適応は病期に加え、術後呼吸機能や全身状態から総合的に判断します。手術の流れを要素ごとに理解しておくことは、外科実習での理解を深めるだけでなく、術後合併症の予防や患者説明にも役立ちます。
解答・解説
正解はeです
問われていること
非小細胞肺癌の外科治療で、根治を目指して行われる標準的な手術の要素を問う問題である。「不適切なもの」を選ぶ形式であることに注意する。
標準的根治手術の構成
肺癌の根治手術は、手術の流れに沿って以下の要素から成り立つと整理できる。 1. 麻酔・換気: ダブルルーメンチューブ(左右の気管支を別々に換気できる二腔の気管チューブ)などを用いた分離肺換気で、手術する側の肺を虚脱させ、反対側の肺だけで換気する。 2. 体位・到達法: 健側を下にした側臥位とし、肋骨の間(肋間)から胸腔に入る。従来は後側方開胸が標準であったが、現在は胸腔鏡手術(VATS: video-assisted thoracoscopic surgery)やロボット支援手術など、小さな切開で行う低侵襲手術が広く普及している。 3. 肺切除: 腫瘍を含む肺葉を切除する肺葉切除が基本術式である。 4. リンパ節郭清: 所属リンパ節である肺門リンパ節と縦隔リンパ節を系統的に郭清し、病期を正確に決めるとともに微小転移を取り除く。 肋間神経は、胸壁の感覚と肋間筋の運動をつかさどる神経で、肋骨下縁に沿って走る。開胸操作で肋間を広げる際にはできるだけ損傷しないよう温存するのが原則であり、切離は根治手術の必須要素ではない。肋間神経の損傷は術後の慢性的な痛み(開胸後疼痛症候群)の原因となる。
選択肢考察
- ×a. 側臥位
適切である。肺葉切除では、術側を上にした側臥位をとる。これにより術側の胸腔に側方から到達でき、肺門部の血管・気管支や縦隔リンパ節の操作がしやすくなる。後側方開胸・前側方開胸・胸腔鏡手術のいずれでも、基本となる体位は側臥位である。
- ×b. 分離肺換気
適切である。ダブルルーメンチューブや気管支ブロッカーを用いて左右の肺を別々に換気し、術側肺の換気を止めて虚脱させ、健側肺のみで換気を行う(一側肺換気)。術側肺がしぼむことで胸腔内に手術操作のための空間ができ、視野が確保される。特に胸腔鏡手術では不可欠の手技である。
- ×c. 肺葉切除
適切である。肺癌の標準術式は、腫瘍が存在する肺葉を肺門部の肺動脈・肺静脈・気管支ごと切除する肺葉切除である。腫瘍が複数の肺葉にまたがる場合や中枢に及ぶ場合には、二葉切除や肺全摘、気管支形成術(スリーブ切除)などが選択される。一方、径2cm以下の末梢型小型肺癌では、区域切除が肺葉切除と同等以上の成績を示すことが近年の臨床試験で示され、選択肢の一つとなっている。また、呼吸機能が低い患者などでは縮小手術(区域切除・部分切除)が選択されることがある。
- ×d. リンパ節郭清
適切である。肺癌は肺内リンパ節→肺門リンパ節→縦隔リンパ節へと転移するため、根治手術では肺門および縦隔の所属リンパ節を系統的に郭清する。郭清したリンパ節を病理学的に調べることで正確な病期(pN因子)を決定でき、術後補助化学療法の適応判断にもつながる。
- ○e. 肋間神経切離
不適切であり、これが正解である。肋間神経は肋間動静脈とともに肋骨下縁の肋骨溝を走り、胸壁の知覚と肋間筋の運動を担う。開胸時にはこれを損傷しないよう温存するのが原則で、損傷すると術後の遷延する胸壁痛(開胸後疼痛症候群)や知覚異常の原因となる。かつて長い皮膚切開の後側方開胸で肋骨を切除して大きく開胸していた時代には、結果的に肋間神経を切離することもあったが、標準手技として意図的に切離するものではない。現在は胸腔鏡手術などの小開胸での手術が主流で、肋間神経への侵襲はさらに小さくなっている。
肺癌の治療方針の概略
・非小細胞肺癌: 臨床病期I〜II期(および一部のIIIA期)が手術の主な対象となる。病期や病理所見に応じて術前・術後の化学療法や免疫療法が組み合わされる。手術ができない局所進行例では化学放射線療法、遠隔転移例では薬物療法(細胞障害性抗癌薬、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬)が中心となる。 ・小細胞肺癌: 進行が速く早期に転移しやすいため、化学療法(限局型では放射線療法を併用)が中心で、手術の適応はごく早期に限られる。
切除範囲の種類
・肺全摘: 一側の肺をすべて切除する。侵襲が大きく術後の呼吸機能低下も大きい。 ・肺葉切除: 標準術式。 ・区域切除: 肺葉をさらに区域単位で切除する縮小手術。末梢の小型腫瘍や低肺機能例に用いる。 ・部分切除(楔状切除): 腫瘍を含む肺の一部を楔状に切除する。
術前評価
手術の可否は、病期(胸部CT、PET-CT、頭部MRIなど)に加え、術後の呼吸機能の予測(1秒量、肺拡散能など)や心機能、全身状態をもとに判断する。
低侵襲手術の利点
胸腔鏡手術やロボット支援手術は、切開が小さく肋骨を広げる程度も小さいため、術後疼痛の軽減、早期離床、入院期間短縮などの利点がある。
POINT
・肺癌の標準的根治手術: 分離肺換気下・側臥位で、肺葉切除+肺門・縦隔リンパ節郭清。 ・肋間神経は温存するのが原則で、損傷は開胸後疼痛症候群の原因となる。 ・末梢の小型肺癌や低肺機能例では区域切除・部分切除などの縮小手術が選択されうる。 ・現在は胸腔鏡手術・ロボット支援手術などの低侵襲手術が主流である。
