StudyMed医師国家試験

吐ききれない肺が教えてくれる―「過膨張」から読み解くCOPDの身体所見

第103回医師国家試験 I問題 第13問

国試問題にチャレンジ

第103回 I問題 第13問

慢性閉塞性肺疾患〈COPD〉にみられないのはどれか。

  1. a.口すぼめ呼吸
  2. b.呼吸音の減弱
  3. c.肺肝境界の上昇
  4. d.下部胸郭の奇異性運動
  5. e.呼吸補助筋を使った呼吸

対話形式の解説

ドクタードクター
今回はCOPDの身体所見の問題だ。所見を一つずつ暗記するより、「肺が過膨張している」「横隔膜が平らに押し下げられている」という2つの病態から導き出すのがコツなんだ。まず、COPDでなぜ肺が膨らむのか説明できるかな。
医学生医学生
肺胞壁が壊れて弾性が失われるからでしょうか。生理学の講義で、肺気腫ではコンプライアンスが上がると習いました。
ドクタードクター
その通り。弾性収縮力が落ちると、息を吐くときに末梢の細い気道が支えを失ってつぶれやすくなる。すると空気を吐ききれずに肺の中に残ってしまう。これをエアトラッピングといって、その積み重ねで肺が過膨張するんだ。
医学生医学生
吐ききれない空気がたまって、肺がどんどん大きくなるイメージですね。
ドクタードクター
そう。では、肺が下に向かって広がると、打診で調べる肺と肝臓の境目はどう動くと思う?
医学生医学生
肺が横隔膜を押し下げるので、境界も下がるはずです。あ、だから「上昇」はおかしいんですね。
ドクタードクター
正解。正常では右鎖骨中線上で第6肋骨付近にある肺肝境界が、COPDでは低下する。上昇とは逆向きだから、これがCOPDにみられない所見だ。肺肝境界が上がるのは、横隔神経麻痺や、腹水・肝腫大・妊娠などで横隔膜が持ち上げられる場合だね。
医学生医学生
OSCEの胸部診察で打診を練習したとき、どこで濁音に変わるかを確かめました。あれがこういう場面で効いてくるんですね。
ドクタードクター
そうなんだ。では残りの所見も病態から説明してみよう。口すぼめ呼吸はなぜ起こるのかな。
医学生医学生
息を吐きやすくするため……と思っていましたが、むしろゆっくり吐いているように見えます。
ドクタードクター
いい観察だね。口をすぼめると口元に抵抗ができて、気道の中の圧が高く保たれる。そのおかげで、吐くときにつぶれやすい末梢気道が開いたままになり、空気の閉じ込めが減るんだ。患者さんが自然に身につける代償で、呼吸リハビリでも指導される。
医学生医学生
呼吸音の減弱は、空気が多い肺だと音が伝わりにくいからですか。
ドクタードクター
その通り。含気が増えた肺は音を伝えにくく、さらに気流そのものも弱くなるから、肺胞呼吸音が全体に小さく聞こえる。呼気の延長も一緒に聴取されることが多いよ。次に、下部胸郭の奇異性運動はどうだろう。
医学生医学生
吸気で胸が広がるはずなのに、逆に内側にへこむ動きのことでしょうか。理屈がよく分かっていません。
ドクタードクター
ここで横隔膜の平低化が効いてくる。正常のドーム状の横隔膜は、収縮すると下に下がって肺を広げる。ところが平らになった横隔膜が収縮すると、付着している下位肋骨を内側へ引っ張り込んでしまうんだ。これがHoover徴候で、高度の過膨張を示すサインだよ。
医学生医学生
横隔膜が頼りにならないから、首の筋肉で呼吸するようになるわけですね。呼吸器内科の実習で、胸鎖乳突筋が浮き出ている患者さんを見ました。
ドクタードクター
まさにそれが呼吸補助筋を使った呼吸だ。胸鎖乳突筋や斜角筋で胸郭を引き上げるようになり、長く続くと筋が肥厚する。前かがみで両手を膝につくtripod positionも、補助筋を使いやすくするための姿勢なんだ。
医学生医学生
全部「過膨張」と「横隔膜が平ら」から説明できると、覚えることがぐっと減りますね。
ドクタードクター
そうだね。発展として、触診では気管短縮、つまり輪状軟骨から胸骨切痕までの距離が3横指未満に縮むことも押さえておこう。打診では鼓音化や心濁音界の縮小、胸部エックス線では肺の透過性亢進、横隔膜の平低化、滴状心がみられる。診断は気管支拡張薬吸入後の1秒率70%未満だ。
医学生医学生
ばち指はCOPDでもみられますか。
ドクタードクター
COPDそのものでは通常みられない。もしばち指があったら、肺癌などの合併を疑うきっかけにしてほしい。身体所見から病態を推し量り、合わないものに気づく姿勢が臨床では大切なんだ。

まとめ

COPDでは末梢気道の虚脱と肺胞壁の破壊によりエアトラッピングが起こり、肺の過膨張と横隔膜の平低化が生じます。そのため打診で肺肝境界は低下し、上昇はCOPDとは逆の所見です。口すぼめ呼吸は呼気時の末梢気道の虚脱を防ぐ代償、呼吸音減弱は含気増加と気流低下の反映、下部胸郭の奇異性運動(Hoover徴候)と呼吸補助筋の使用は平低化した横隔膜の機能低下によるものです。気管短縮、心濁音界の縮小、胸部エックス線での透過性亢進や滴状心も同じ病態から説明でき、ばち指がみられれば肺癌などの合併を疑います。所見を病態生理から導く考え方を身につけると、暗記に頼らず身体診察の意味を理解でき、ベッドサイドでの判断にも役立ちます。

解答・解説

正解はcです

慢性閉塞性肺疾患(COPD:chronic obstructive pulmonary disease)は、主に長期の喫煙によって末梢気道の炎症と肺胞壁の破壊(肺気腫)が起こり、完全には元に戻らない気流制限(気流閉塞)を生じる疾患である。 身体所見を理解する鍵は次の2点である。 1) 呼気時に末梢気道がつぶれやすく、空気が吐き出しきれずに肺内に残る(エアトラッピング)。その結果、肺が過膨張する。 2) 過膨張により横隔膜が押し下げられて平低化し、胸郭は樽状になる。横隔膜が有効に働けなくなるため、呼吸補助筋に頼った呼吸になる。 この「肺の過膨張」と「横隔膜の平低化」から、打診・聴診・視診の所見を導き出せる。肺が下方に広がるので、打診で確認する肺と肝臓の境界(肺肝境界)は正常よりも下がる。したがって「肺肝境界の上昇」はCOPDとは逆向きの所見であり、これが「みられないもの」として正解となる。

選択肢考察

  1. ×a.  口すぼめ呼吸

    COPDでみられる。口をすぼめてゆっくり息を吐くと、口元で抵抗が生じて気道内圧が高く保たれる(呼気終末陽圧に近い効果)。これにより呼気時に柔らかくなった末梢気道がつぶれるのを防ぎ、肺内に空気が閉じ込められるのを減らす。患者が自然に身につける代償的な呼吸法であり、呼吸リハビリテーションでも指導される。

  2. ×b.  呼吸音の減弱

    COPDでみられる。肺気腫では肺胞壁が壊れて含気が増え、空気の多い肺が音を伝えにくくなる。さらに1回ごとの換気量・気流も低下するため、聴診では肺胞呼吸音が全体に弱く聞こえる。呼気の延長も併せて聴取されることが多い。

  3. ○c.  肺肝境界の上昇

    COPDではみられない。肺が過膨張すると横隔膜が押し下げられるため、打診で濁音に変わる肺肝境界は正常(右鎖骨中線上でおよそ第6肋骨付近)より低い位置になる(肺肝境界の低下)。肺肝境界が上昇するのは、無気肺・胸水の一部の状況、横隔神経麻痺、腹水や肝腫大・妊娠などで横隔膜が挙上する場合であり、COPDとは逆の変化である。

  4. ×d.  下部胸郭の奇異性運動

    COPDでみられる。正常では吸気時に下部胸郭は外側へ広がる。ところが過膨張で平低化した横隔膜が収縮すると、横隔膜の付着部である下位肋骨を内側へ引き込んでしまい、吸気時に下部胸郭が内側に陥凹する。これをHoover徴候といい、高度の過膨張を示す所見である。

  5. ×e.  呼吸補助筋を使った呼吸

    COPDでみられる。横隔膜の効率が落ちるため、胸鎖乳突筋や斜角筋などの呼吸補助筋を動員して胸郭を引き上げるようになる。長期間続くと胸鎖乳突筋が肥厚して目立つようになる。前かがみで両手を膝につく姿勢(tripod position)も、補助筋を使いやすくするための姿勢である。

COPDの主な身体所見(過膨張と気流閉塞から理解する)

視診:樽状胸郭(胸郭前後径の増大)、口すぼめ呼吸、呼吸補助筋(胸鎖乳突筋・斜角筋)の使用と肥厚、吸気時の鎖骨上窩や肋間の陥凹、Hoover徴候(吸気時の下部胸郭の内方陥凹)、ばち指は通常みられない(あれば肺癌などの合併を考える) 触診:気管短縮(輪状軟骨上縁から胸骨切痕までの距離が短くなる。目安として3横指未満)、吸気時の気管牽引(tracheal tug) 打診:鼓音化、肺肝境界の低下、心濁音界の縮小、横隔膜の呼吸性移動の減少 聴診:肺胞呼吸音の減弱、呼気延長、ときに wheeze(笛様音)、心音の減弱

検査との対応

胸部エックス線:肺野の透過性亢進、横隔膜の平低化、滴状心、肋間腔の開大、胸骨後腔の拡大 呼吸機能検査:気管支拡張薬吸入後の1秒率(FEV1/FVC)70%未満で診断。残気量・全肺気量の増加、肺拡散能(DLCO)の低下(肺気腫優位型で顕著)

口すぼめ呼吸の意義

呼気時に口元に抵抗を作ることで気道内圧の低下を緩やかにし、等圧点(気道内圧と胸腔内圧が等しくなる点)を中枢側へ移動させ、末梢気道の早期閉塞を防ぐ。呼吸数が減り1回換気量が増えて、換気効率も改善する。

POINT

・COPDの身体所見は「肺の過膨張」と「横隔膜の平低化」から考えると整理しやすい ・過膨張のため肺肝境界は低下する(上昇ではない) ・口すぼめ呼吸は呼気時の末梢気道の虚脱を防ぐための代償である ・Hoover徴候:吸気時に下部胸郭が内側に陥凹する奇異性運動 ・呼吸補助筋(胸鎖乳突筋・斜角筋)の使用・肥厚、気管短縮、呼吸音減弱、呼気延長もCOPDの所見

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。