吐ききれない肺が教えてくれる―「過膨張」から読み解くCOPDの身体所見
第103回医師国家試験 I問題 第13問
国試問題にチャレンジ
慢性閉塞性肺疾患〈COPD〉にみられないのはどれか。
- a.口すぼめ呼吸
- b.呼吸音の減弱
- c.肺肝境界の上昇
- d.下部胸郭の奇異性運動
- e.呼吸補助筋を使った呼吸
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
COPDでは末梢気道の虚脱と肺胞壁の破壊によりエアトラッピングが起こり、肺の過膨張と横隔膜の平低化が生じます。そのため打診で肺肝境界は低下し、上昇はCOPDとは逆の所見です。口すぼめ呼吸は呼気時の末梢気道の虚脱を防ぐ代償、呼吸音減弱は含気増加と気流低下の反映、下部胸郭の奇異性運動(Hoover徴候)と呼吸補助筋の使用は平低化した横隔膜の機能低下によるものです。気管短縮、心濁音界の縮小、胸部エックス線での透過性亢進や滴状心も同じ病態から説明でき、ばち指がみられれば肺癌などの合併を疑います。所見を病態生理から導く考え方を身につけると、暗記に頼らず身体診察の意味を理解でき、ベッドサイドでの判断にも役立ちます。
解答・解説
正解はcです
慢性閉塞性肺疾患(COPD:chronic obstructive pulmonary disease)は、主に長期の喫煙によって末梢気道の炎症と肺胞壁の破壊(肺気腫)が起こり、完全には元に戻らない気流制限(気流閉塞)を生じる疾患である。 身体所見を理解する鍵は次の2点である。 1) 呼気時に末梢気道がつぶれやすく、空気が吐き出しきれずに肺内に残る(エアトラッピング)。その結果、肺が過膨張する。 2) 過膨張により横隔膜が押し下げられて平低化し、胸郭は樽状になる。横隔膜が有効に働けなくなるため、呼吸補助筋に頼った呼吸になる。 この「肺の過膨張」と「横隔膜の平低化」から、打診・聴診・視診の所見を導き出せる。肺が下方に広がるので、打診で確認する肺と肝臓の境界(肺肝境界)は正常よりも下がる。したがって「肺肝境界の上昇」はCOPDとは逆向きの所見であり、これが「みられないもの」として正解となる。
選択肢考察
- ×a. 口すぼめ呼吸
COPDでみられる。口をすぼめてゆっくり息を吐くと、口元で抵抗が生じて気道内圧が高く保たれる(呼気終末陽圧に近い効果)。これにより呼気時に柔らかくなった末梢気道がつぶれるのを防ぎ、肺内に空気が閉じ込められるのを減らす。患者が自然に身につける代償的な呼吸法であり、呼吸リハビリテーションでも指導される。
- ×b. 呼吸音の減弱
COPDでみられる。肺気腫では肺胞壁が壊れて含気が増え、空気の多い肺が音を伝えにくくなる。さらに1回ごとの換気量・気流も低下するため、聴診では肺胞呼吸音が全体に弱く聞こえる。呼気の延長も併せて聴取されることが多い。
- ○c. 肺肝境界の上昇
COPDではみられない。肺が過膨張すると横隔膜が押し下げられるため、打診で濁音に変わる肺肝境界は正常(右鎖骨中線上でおよそ第6肋骨付近)より低い位置になる(肺肝境界の低下)。肺肝境界が上昇するのは、無気肺・胸水の一部の状況、横隔神経麻痺、腹水や肝腫大・妊娠などで横隔膜が挙上する場合であり、COPDとは逆の変化である。
- ×d. 下部胸郭の奇異性運動
COPDでみられる。正常では吸気時に下部胸郭は外側へ広がる。ところが過膨張で平低化した横隔膜が収縮すると、横隔膜の付着部である下位肋骨を内側へ引き込んでしまい、吸気時に下部胸郭が内側に陥凹する。これをHoover徴候といい、高度の過膨張を示す所見である。
- ×e. 呼吸補助筋を使った呼吸
COPDでみられる。横隔膜の効率が落ちるため、胸鎖乳突筋や斜角筋などの呼吸補助筋を動員して胸郭を引き上げるようになる。長期間続くと胸鎖乳突筋が肥厚して目立つようになる。前かがみで両手を膝につく姿勢(tripod position)も、補助筋を使いやすくするための姿勢である。
COPDの主な身体所見(過膨張と気流閉塞から理解する)
視診:樽状胸郭(胸郭前後径の増大)、口すぼめ呼吸、呼吸補助筋(胸鎖乳突筋・斜角筋)の使用と肥厚、吸気時の鎖骨上窩や肋間の陥凹、Hoover徴候(吸気時の下部胸郭の内方陥凹)、ばち指は通常みられない(あれば肺癌などの合併を考える) 触診:気管短縮(輪状軟骨上縁から胸骨切痕までの距離が短くなる。目安として3横指未満)、吸気時の気管牽引(tracheal tug) 打診:鼓音化、肺肝境界の低下、心濁音界の縮小、横隔膜の呼吸性移動の減少 聴診:肺胞呼吸音の減弱、呼気延長、ときに wheeze(笛様音)、心音の減弱
検査との対応
胸部エックス線:肺野の透過性亢進、横隔膜の平低化、滴状心、肋間腔の開大、胸骨後腔の拡大 呼吸機能検査:気管支拡張薬吸入後の1秒率(FEV1/FVC)70%未満で診断。残気量・全肺気量の増加、肺拡散能(DLCO)の低下(肺気腫優位型で顕著)
口すぼめ呼吸の意義
呼気時に口元に抵抗を作ることで気道内圧の低下を緩やかにし、等圧点(気道内圧と胸腔内圧が等しくなる点)を中枢側へ移動させ、末梢気道の早期閉塞を防ぐ。呼吸数が減り1回換気量が増えて、換気効率も改善する。
POINT
・COPDの身体所見は「肺の過膨張」と「横隔膜の平低化」から考えると整理しやすい ・過膨張のため肺肝境界は低下する(上昇ではない) ・口すぼめ呼吸は呼気時の末梢気道の虚脱を防ぐための代償である ・Hoover徴候:吸気時に下部胸郭が内側に陥凹する奇異性運動 ・呼吸補助筋(胸鎖乳突筋・斜角筋)の使用・肥厚、気管短縮、呼吸音減弱、呼気延長もCOPDの所見
