既往歴が処方を変える―緑内障をもつCOPD患者に選ぶ吸入薬
第120回医師国家試験 F問題 第62問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,61~63の問いに答えよ。 80歳の男性。労作時の息切れを主訴に来院した。 現病歴:3年前から労作時に息切れを自覚していた。6か月前から咳,痰が出現し,1か月前から坂道や階段を途中で休まないと昇れなくなったため受診した。 既往歴:2年前に閉塞隅角緑内障と診断されたが,以後,通院はしていない。 生活歴:喫煙は40本/日を60年間。飲酒は機会飲酒。 家族歴:父が脳梗塞。 現症:意識は清明。身長170cm,体重58kg。体温36.2℃。脈拍92/分,整。血圧138/62mmHg。呼吸数24/分。SpO2 90%(room air)。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。頸静脈の怒張を認めない。胸鎖乳突筋の肥大を認める。心音に異常を認めない。呼吸音は全体的に減弱しており,喘鳴を認める。両下腿に浮腫を認めない。 検査所見:血液所見:赤血球460万,Hb 13.7g/dL,Ht 42%,白血球7,600,血小板18万。血液生化学所見:AST 22U/L,ALT 18U/L,LD 210U/L(基準124~222),尿素窒素16mg/dL,クレアチニン0.7mg/dL,Na 140mEq/L,K 4.3mEq/L,Cl 97mEq/L。動脈血ガス分析(room air):pH 7.41,PaCO2 54Torr,PaO2 58Torr,HCO3- 32mEq/L。胸部エックス線写真では,両側横隔膜の平低化および滴状心を認める。
入院で酸素投与,グルココルチコイド点滴静注および抗菌薬投与を行い,症状が改善したため退院予定となった。階段は途中で休まずに昇れるようになったが,急いで歩くと息切れがする。 退院前に開始する治療で適切なのはどれか。
- a.抗コリン薬の内服
- b.グルココルチコイドの内服
- c.長時間作用型β2刺激薬の吸入
- d.セフェム系薬の少量長期の内服
- e.ロイコトリエン受容体拮抗薬の内服
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
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医学生
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医学生まとめ
COPDの急性増悪では酸素投与、短期の全身性グルココルチコイド、抗菌薬で治療し、回復後は日常の呼吸困難の軽減と増悪予防のために長時間作用性気管支拡張薬の吸入を導入します。第一選択はLAMAまたはLABAですが、抗コリン薬は散瞳により急性緑内障発作を誘発しうるため閉塞隅角緑内障では禁忌であり、本例ではLABAの吸入が適切です。全身性ステロイドは増悪時の短期投与に限られ、少量長期投与される抗菌薬はマクロライド系、ロイコトリエン受容体拮抗薬は喘息の薬である点も整理しておきましょう。安定期には禁煙、ワクチン、呼吸リハビリテーション、栄養療法、在宅酸素療法の評価も合わせて行います。既往歴や併存症から薬の禁忌を見抜く視点は、高齢者の処方全般に通じる重要な臨床判断です。
解答・解説
正解はcです
症例の整理
80歳の男性。喫煙指数2,400の重喫煙者で、慢性の労作時呼吸困難、咳・痰、呼吸補助筋(胸鎖乳突筋)の肥大、呼吸音の減弱と喘鳴、代償された慢性II型呼吸不全(PaCO2 54Torr、PaO2 58Torr、HCO3- 32mEq/L)、胸部エックス線での横隔膜平低化・滴状心から、慢性閉塞性肺疾患〈COPD〉と診断される。1か月前からの症状悪化に対して、入院で酸素投与、全身性グルココルチコイド、抗菌薬という急性増悪時の標準的治療が行われ、改善した。
現在の状態
階段は休まず昇れるまで回復したが、急いで歩くと息切れが残る。つまり増悪期を脱して安定期に移行しつつあり、今後は日常の呼吸困難を軽減し、次の増悪を予防するための長期管理薬を導入する段階である。
設問の考え方
COPD安定期の薬物療法の中心は長時間作用性気管支拡張薬の吸入であり、第一選択は長時間作用性抗コリン薬〈LAMA: long-acting muscarinic antagonist〉または長時間作用性β2刺激薬〈LABA: long-acting β2 agonist〉である(症状が強ければ両者の併用)。ここで本例の既往歴が鍵となる。患者は2年前に閉塞隅角緑内障と診断され、その後通院していない(未治療の可能性が高い)。抗コリン薬は瞳孔を散大させて隅角を狭め、眼圧を急上昇させて急性緑内障発作を誘発しうるため、閉塞隅角緑内障では禁忌である。したがってLAMAは使えず、LABAの吸入を選択する。
選択肢考察
- ×a. 抗コリン薬の内服
COPDで抗コリン薬を用いる場合は、気道に直接届けて全身性の副作用を減らすために吸入薬(LAMAなど)を使うのが原則であり、気管支拡張を目的として抗コリン薬を内服することはない。さらに本例は閉塞隅角緑内障の既往があり、抗コリン作用による散瞳が隅角を閉塞させ急性緑内障発作を誘発するおそれがあるため、剤形にかかわらず抗コリン薬は禁忌である。高齢男性では前立腺肥大症による尿閉にも注意が必要である。
- ×b. グルココルチコイドの内服
全身性グルココルチコイドは、COPD急性増悪時に短期間(5日間程度)用いることで回復を早め、再増悪を減らす効果がある。しかし安定期に長期内服しても呼吸機能や予後の改善効果は乏しく、骨粗鬆症、糖尿病、感染症、筋力低下(ステロイドミオパチー)などの副作用が問題となるため推奨されない。本例は増悪から回復しており、退院後に内服を継続・開始する意義はない。なお安定期に用いられるグルココルチコイドは吸入薬〈ICS〉であり、喘息の合併(喘息とCOPDのオーバーラップ)や、末梢血好酸球増多を伴い増悪を繰り返す例で気管支拡張薬に追加するものである。
- ○c. 長時間作用型β2刺激薬の吸入
LABA(サルメテロール、インダカテロール、ホルモテロールなど)は気管支平滑筋のβ2受容体を刺激して気管支を長時間拡張させ、呼吸困難の軽減、運動耐容能の改善、増悪の抑制に役立つ。COPD安定期の第一選択はLAMAまたはLABAの吸入であるが、本例は閉塞隅角緑内障のためLAMAが禁忌であり、LABAの吸入が最も適切な選択となる。急いで歩くと息切れが残るという安定期の症状にも合致する。副作用として動悸・頻脈、振戦、低カリウム血症があり、心疾患を有する高齢者では注意して用いる。
- ×d. セフェム系薬の少量長期の内服
呼吸器領域で少量長期投与される抗菌薬はマクロライド系(エリスロマイシン、クラリスロマイシン、アジスロマイシン)であり、抗菌作用よりも抗炎症・気道分泌抑制などの免疫調整作用を期待して用いる。代表的な適応はびまん性汎細気管支炎で、気管支拡張症や、増悪を繰り返すCOPDの増悪予防にも用いられることがある。セフェム系薬にはこのような作用はなく、少量長期投与は耐性菌を増やすだけであり、行われない。
- ×e. ロイコトリエン受容体拮抗薬の内服
ロイコトリエン受容体拮抗薬(モンテルカスト、プランルカストなど)は、好酸球性気道炎症や気管支収縮に関わるシステイニルロイコトリエンの作用を阻害する薬で、気管支喘息(特にアスピリン喘息や運動誘発性喘息)とアレルギー性鼻炎に用いられる。好中球性炎症が主体のCOPDでは有効性が示されておらず、COPDの治療薬には含まれない。
COPD安定期の管理
・禁煙: すべての病期で最も重要な介入であり、呼吸機能低下の速度を抑える唯一確実な方法である。 ・ワクチン: インフルエンザワクチン、肺炎球菌ワクチンで増悪・肺炎を予防する。 ・呼吸リハビリテーション: 運動療法、呼吸法(口すぼめ呼吸など)の指導、栄養指導(本例のようなやせ型では栄養療法が重要)を行う。 ・薬物療法: 長時間作用性気管支拡張薬(LAMA、LABA)の吸入が中心で、単剤で不十分ならLAMA/LABA配合薬へ強化する。喘息合併例や好酸球増多を伴う増悪反復例ではICSを追加する。増悪を繰り返す例には喀痰調整薬やマクロライド系薬の長期投与を考慮する。 ・在宅酸素療法〈HOT〉: 安静時PaO2 55Torr以下、またはPaO2 60Torr以下で睡眠時・運動時に著しい低酸素血症をきたす例や肺高血圧症を伴う例が保険適用の目安である。本例の室内気PaO2 58Torrは増悪期の値であり、安定期に再評価して導入を検討する。
急性増悪の治療(ABCアプローチ)
A(Antibiotics): 喀痰の膿性化などがあれば抗菌薬、B(Bronchodilators): 短時間作用性β2刺激薬の吸入、C(Corticosteroids): 全身性グルココルチコイドの短期投与。加えて低酸素血症には酸素投与を行うが、II型呼吸不全ではCO2ナルコーシスに注意し、SpO2 88〜92%程度を目標に低流量から調整する。換気不全が進めば非侵襲的陽圧換気〈NPPV〉を用いる。
抗コリン薬の禁忌・注意
抗コリン薬は、閉塞隅角緑内障(散瞳による隅角閉塞と眼圧上昇)と前立腺肥大症などによる排尿障害(尿閉の誘発)で禁忌または慎重投与となる。開放隅角緑内障では隅角が開いているため、一般に問題となりにくい。
POINT
・COPD安定期の第一選択薬はLAMAまたはLABAの吸入である。 ・閉塞隅角緑内障、前立腺肥大症による排尿障害では抗コリン薬(LAMAを含む)は禁忌 → LABAを選ぶ。 ・全身性グルココルチコイドは増悪時の短期投与に限り、安定期には長期使用しない。 ・少量長期投与される抗菌薬はマクロライド系(びまん性汎細気管支炎など)。 ・ロイコトリエン受容体拮抗薬は喘息・アレルギー性鼻炎の薬であり、COPDには用いない。
