トイレで倒れた65歳―「病死か、異状死か」が決める一枚の書類
第103回医師国家試験 E問題 第44問
国試問題にチャレンジ
65歳の女性。自宅のトイレ内で便器に座ったまま,意識不明の状態で家族に発見され搬入された。到着時,すでに心肺停止状態であった。既往症と通院歴とに特記すべきことはない。画像診断と諸検査とによって大動脈解離による心タンポナーデと診断し,搬入1時間後に死亡を確認した。 担当医として取るべき行動はどれか。
- a.警察署に届け出る。
- b.保健所に届け出る。
- c.市町村保健センターに届け出る。
- d.死亡診断書を発行する。
- e.死体検案書を発行する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
医師が人の死亡に際して作成する書類と届け出先は、死因が医学的に確定した病死(内因死)か、外因死や死因不明などの異状死かによって決まります。本例は、搬入後の診療の中で大動脈解離による心タンポナーデという病死であることが確定しており、外因を示す所見もないため、担当医は死亡診断書を発行し、警察への届け出は不要です。一方、異状があると認めた場合は医師法第21条により24時間以内に所轄警察署へ届け出て、死体検案書を作成します。保健所への届け出は感染症や食中毒などに限られ、死亡届は家族などが市区町村役場に提出するものです。死亡診断書と死体検案書の使い分け、異状死の範囲、医師法第20条の24時間規定の正しい理解は、臨床現場で誰もが直面する実務の基礎となります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
65歳の女性が自宅トイレで便器に座ったまま意識を失っているところを家族に発見され、救急搬入時にはすでに心肺停止(CPA: cardiopulmonary arrest)であった。既往歴・通院歴に特記事項はない。病院到着後、画像診断(CT、心エコーなど)と諸検査により、大動脈解離が心嚢内へ破綻して生じた心タンポナーデが死因と判明し、搬入1時間後に死亡が確認されている。
死因の性質の判断
死亡に際して医師がどの書類を作成し、どこかへ届け出る必要があるかは、「死因が医学的に明らかな病死(内因死)か」「異状があるか」によって決まる。本例では、 ・外傷や中毒、転落などの外的要因を示す所見が問題文にない ・トイレでの排便時のいきみ(血圧上昇)は大動脈解離の発症契機として知られており、状況に矛盾がない ・病院で蘇生処置と並行して検査を行い、死因が大動脈解離による心タンポナーデと医学的に確定している ことから、死因は疾病による内因死であり、異状死には当たらないと判断できる。
設問の考え方
死因が確定した病死であり、かつ担当医は搬入後に蘇生処置や画像検査などの診療を行ったうえで死亡を確認している。したがって担当医は死亡診断書を作成・交付すればよく、警察署や行政機関への特別な届け出は必要ない。
選択肢考察
- ×a. 警察署に届け出る。
医師法第21条は、医師が死体を検案して異状があると認めたときに24時間以内に所轄警察署へ届け出ることを義務づけている。本例は外因の関与を疑う所見がなく、検査で大動脈解離による心タンポナーデという病死であることが確定しているため、異状死には該当せず、警察への届け出は不要である。
- ×b. 保健所に届け出る。
保健所への届け出が必要になるのは、感染症法で定められた感染症の診断や、食品衛生法に基づく食中毒(疑いを含む)の場合などである。大動脈解離による死亡はこれらに該当せず、保健所へ届け出る義務はない。
- ×c. 市町村保健センターに届け出る。
市町村保健センターは母子保健や健康診査、健康相談など地域住民への身近な保健サービスを担う施設であり、医師が死亡を届け出る先として定められた規定はない。なお死亡届(戸籍法に基づく)は家族などの届出義務者が死亡診断書を添えて市区町村役場へ提出するもので、医師が行うものではない。
- ○d. 死亡診断書を発行する。
担当医は搬入後に蘇生処置と画像診断・諸検査という診療を行い、その過程で死因を大動脈解離による心タンポナーデと確定させたうえで死亡を確認している。外因の関与を示す所見はなく、医学的に説明のつく病死(内因死)であるから、異状死には当たらない。このような場合、担当医は自ら死亡を診断した者として死亡診断書を作成・交付する(医師法第19条第2項により、求めがあれば正当な理由なく交付を拒めない)。
- ×e. 死体検案書を発行する。
死体検案書は、診療していない者が死亡して見つかった場合や、外因死・死因不明などの異状死体について、医師が死体を検案(外表などを調べて死因等を判定すること)したときに作成する書類である。本例は担当医が診療の中で病死と確定させて死亡を確認しているため、死体検案書ではなく死亡診断書を発行する。
死亡診断書と死体検案書の使い分け
・死亡診断書:医師が診療中の患者(本例のように搬入後に診療を行い死因を確定させた場合を含む)の死亡について、その疾病による死亡と判断したときに作成する。 ・死体検案書:診療していない者の死亡や、異状死体(外因死、死因不明など)について、死体を検案した医師が作成する。 書式は同一の様式で、表題の「死亡診断書」「死体検案書」の不要な方を二重線で消して用いる。
異状死体の考え方
日本法医学会の「異状死ガイドライン」では、確実に診断された内因性疾患で死亡したことが明らかな死体以外を広く異状死体としてとらえる。代表例は次のとおりである。 ・外因による死亡(交通事故、転落、溺水、火災、中毒、窒息、自殺、他殺など)およびその後遺症・続発症による死亡 ・死因が不明な死亡 ・死体として発見された場合 ・診療行為に関連した予期しない死亡(医療事故が疑われるもの) 異状があると認めた医師は、医師法第21条により24時間以内に所轄警察署へ届け出る。
医師法第20条
医師は自ら診察しないで診断書を交付してはならず、自ら検案しないで検案書を交付してはならない。ただし診療中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合には、改めて診察しなくても死亡診断書を交付できる(24時間を過ぎていても、生前に診療していた傷病による死亡であれば、死後に診察して死亡診断書を交付できる)。
大動脈解離と心タンポナーデ
Stanford A型(上行大動脈に解離が及ぶ)の大動脈解離では、解離が心嚢内に破綻すると心嚢に血液が貯留して心臓の拡張が妨げられ、急速に心拍出量が低下して心停止に至る。排便時のいきみや寒冷などによる急激な血圧上昇が発症の契機となることがある。
POINT
・死因が医学的に確定した内因死(病死)は異状死ではない → 死亡診断書を交付し、警察への届け出は不要。 ・外因死、死因不明、死体での発見、診療に関連した予期しない死亡などは異状死体 → 死体検案書を作成し、医師法第21条により24時間以内に所轄警察署へ届け出る。 ・保健所への届け出は感染症や食中毒など特定の場合に限られる。 ・死亡届は家族などが市区町村役場へ提出するもので、医師が届け出るのではない。
