つわりが「治療の対象」に変わるとき―再受診で読み解く妊娠悪阻と脱水のサイン
第102回医師国家試験 F問題 第27問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,26と27の問いに答えよ。 19歳の女性。5日前からの嘔気と嘔吐とを主訴に来院した。 現病歴:症状は早朝と空腹時とに悪化する傾向がある。下痢や腹痛はない。 既往歴・生活歴:特記すべきことはない。最終月経は35日前から5日間。 現症:意識は清明。身長162cm,体重58kg。体温36.8℃。脈拍72/分,整。血圧102/68 mmHg。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知せず,圧痛や抵抗を認めない。 検査所見:血液所見と血液生化学所見とに異常を認めない。
嘔気と嘔吐とが改善しないため1週後再受診した。意識は清明。体重56kg。体温37.2℃。脈拍108/分,整。血圧92/60mmHg。皮膚と口腔粘膜とは乾燥している。甲状腺に腫大と圧痛とを認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知せず,圧痛や抵抗を認めない。 最も考えられるのはどれか。
- a.貧血
- b.脱水
- c.肺水腫
- d.腸閉塞
- e.胃食道逆流
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
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ドクター
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ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
持続する嘔吐に加え、短期間の体重減少、頻脈、血圧低下、皮膚・口腔粘膜の乾燥がそろえば、細胞外液量の減少すなわち脱水と判断でき、妊娠初期であれば妊娠悪阻を考えます。貧血・肺水腫・腸閉塞・胃食道逆流は、それぞれに特徴的な所見を欠くうえ、これらの所見を一元的に説明できません。妊娠悪阻では尿中ケトン体陽性、血液濃縮、低Cl・低K血症と代謝性アルカローシスがみられ、治療は輸液による水分・電解質補正と糖補給が基本です。糖を投与する際はビタミンB1を必ず併用してWernicke脳症を予防することが重要で、hCGによる一過性甲状腺機能亢進症や血栓症リスクにも注意します。身体所見から体液量を読み取る力は、産科に限らずあらゆる診療科で役立つ基本技能です。
解答・解説
正解はbです
前提となる初診時の評価
19歳の女性が、最終月経開始から35日経過した時点で、早朝・空腹時に増悪する嘔気・嘔吐を訴えて受診した。妊娠可能年齢であり、症状の特徴もつわりに典型的であるため、妊娠を最も疑う状況であった。腹部所見や血液検査に異常はなく、他の器質的疾患を示す所見はなかった。
再受診時の所見の整理
・嘔気・嘔吐が1週間改善しない(経口摂取が十分にできていない) ・体重58kg→56kg:短期間で2kg(約3.4%)の減少 ・脈拍72/分→108/分:頻脈 ・血圧102/68mmHg→92/60mmHg:低下 ・皮膚・口腔粘膜の乾燥 ・体温37.2℃:軽度上昇(妊娠初期は黄体ホルモンの作用で基礎体温が高温相を保つことや、脱水による影響が考えられ、感染を示すほどではない) ・甲状腺腫大・圧痛なし、心音・呼吸音正常、腹部は平坦・軟で圧痛なし
診断へのプロセス
嘔吐による水分・電解質の喪失と経口摂取不良が続くと、細胞外液が減少する。その結果、循環血漿量の低下を代償するために心拍数が増え、血圧が下がり、皮膚や粘膜が乾燥する。短期間の体重減少の多くは体内水分の喪失を反映している。これらはいずれも細胞外液量の減少、すなわち脱水を示す所見である。つわりが悪化して治療を要するようになった状態、つまり妊娠悪阻による脱水と考えられる。 一方、呼吸音・心音は正常で、腹部所見にも異常がなく、甲状腺にも所見がないため、心肺疾患・腹部疾患・甲状腺炎を示唆する所見はない。
設問の考え方
選択肢の中で、嘔吐の持続・体重減少・頻脈・血圧低下・皮膚粘膜乾燥のすべてを一元的に説明できる病態を選ぶ。
選択肢考察
- ×a. 貧血
貧血でも代償性の頻脈はみられるが、皮膚・口腔粘膜の乾燥や短期間の体重減少は説明できない。むしろ脱水では血液が濃縮されてヘモグロビン値やヘマトクリット値は見かけ上高くなる傾向がある。初診時の血液所見も正常であり、1週間で臨床的に問題となる貧血が生じる根拠(出血など)もない。
- ○b. 脱水
持続する嘔吐と経口摂取不良により水分とNa・Kなどの電解質が失われ、細胞外液量が減少している。短期間での2kgの体重減少、頻脈(108/分)、血圧低下(92/60mmHg)、皮膚・口腔粘膜の乾燥はいずれも脱水の所見であり、最も考えられる病態である。妊娠悪阻に伴う脱水として、輸液による水分・電解質の補正と、糖およびビタミンB1の補充が必要となる。
- ×c. 肺水腫
肺水腫では呼吸困難、湿性ラ音(水泡音)、低酸素血症などがみられ、体液量はむしろ過剰となることが多い。本例は呼吸音・心音に異常がなく、体重も減少しており、皮膚・粘膜の乾燥という体液量減少の所見とは相反する。
- ×d. 腸閉塞
腸閉塞でも嘔吐から脱水をきたすことはあるが、通常は腹痛、腹部膨満、排便・排ガスの停止、腸蠕動音の異常などを伴う。本例は腹部が平坦・軟で圧痛・抵抗もなく、腸閉塞を示唆する所見がない。
- ×e. 胃食道逆流
胃食道逆流症では胸やけや呑酸(酸っぱい液が上がってくる感覚)が主症状であり、本例にはそのような記載がない。また胃食道逆流だけでは、頻脈・血圧低下・皮膚粘膜乾燥といった循環血漿量減少の所見は説明できない。なお、妊娠悪阻で嘔吐が激しくなると二次的に逆流性食道炎を合併することはあり、吐血や強い胸やけがあれば妊娠中でも上部消化管内視鏡検査を検討する。
妊娠悪阻の概要
つわりが悪化し、食事摂取が著しく障害されて脱水・体重減少・電解質異常・代謝異常をきたし、治療を要する状態を妊娠悪阻という。目安として、妊娠前からの5%以上の体重減少、尿中ケトン体陽性などが重症化の指標とされる。
主な病態と検査所見
・脱水:頻脈、血圧低下、皮膚・粘膜乾燥、尿量減少、尿比重上昇、BUN上昇、ヘマトクリット上昇(血液濃縮) ・飢餓によるケトーシス:脂肪分解の亢進により尿中ケトン体が陽性となる。 ・電解質・酸塩基平衡異常:胃液喪失による低Cl血症・低K血症、代謝性アルカローシス ・その他:軽度の肝機能異常がみられることがある。hCGにはTSH(甲状腺刺激ホルモン)様作用があるため、一過性の甲状腺機能亢進(妊娠性一過性甲状腺機能亢進症)を伴うことがあり、Basedow病や亜急性甲状腺炎との鑑別が必要になる。
治療
・軽症では、少量頻回の食事、食べられる物を食べられるときに摂るなどの食事指導と精神的支援を行う。偏食はこの時期問題とならず、食べる行為から遠ざけないことが大切である。 ・経口摂取が困難な場合は入院のうえ輸液を行い、水分・電解質を補正し、糖を補給する。 ・糖を含む輸液を行う際にはビタミンB1(チアミン)を必ず併用する。B1が欠乏した状態で糖を投与するとB1の消費が増え、Wernicke脳症を誘発・増悪させるおそれがある。
Wernicke脳症
ビタミンB1欠乏による急性脳症で、意識障害・眼球運動障害・小脳性運動失調が三徴である。進行するとKorsakoff症候群(健忘、作話、失見当識)に移行し、後遺症が残ることがある。重症妊娠悪阻は重要な発症背景の一つであり、母体死亡の原因にもなり得る。
その他の合併症
脱水と血液濃縮は深部静脈血栓症・肺塞栓症のリスクを高める。
POINT
・嘔吐の持続+短期間の体重減少+頻脈+血圧低下+皮膚・口腔粘膜乾燥 → 脱水(妊娠悪阻)。 ・妊娠悪阻の検査所見:尿中ケトン体陽性、血液濃縮、低Cl・低K血症、代謝性アルカローシス。 ・治療は輸液による水分・電解質補正と糖補給。糖を投与する際はビタミンB1を併用し、Wernicke脳症を予防する。 ・hCGのTSH様作用による一過性甲状腺機能亢進症との関連も押さえる。
