胃全摘から8年後の貧血とふらつき―同じB12欠乏でも「抗体」は出ない理由
第99回医師国家試験 H問題 第17問
国試問題にチャレンジ
55歳の男性。1か月前から労作時の息切れと舌の痛みとを自覚し,5日前から歩行障害も出現したため来院した。8年前に胃全摘術を受けた。眼瞼結膜に貧血を認め,眼球結膜に軽度の黄疸を認める。Romberg徴候陽性。血液所見:赤血球142万,Hb 6.5g/dL,Ht 19%,網赤血球1.4%,白血球3,100(桿状核好中球4%,分葉核好中球56%,好酸球2%,単球3%,リンパ球35%),血小板8.2万。血液生化学所見:総ビリルビン3.3mg/dL,直接ビリルビン0.9mg/dL,AST 45U/L,ALT 34U/L,LD 2,100U/L(基準176~353)。 この患者でみられないのはどれか。
- a.血清ビタミンB12低下
- b.抗内因子抗体陽性
- c.好中球の核の過分葉
- d.骨髄中の赤芽球増加
- e.Howell-Jolly小体
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
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ドクター
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ドクター
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ドクターまとめ
胃全摘後には内因子が失われ、回腸末端でのビタミンB12吸収ができなくなるため、肝臓の貯蔵が尽きる術後数年を経て巨赤芽球性貧血が発症します。MCV著明高値と汎血球減少、無効造血による間接ビリルビン・LD上昇と網赤血球の相対的低値、好中球過分葉、骨髄の赤芽球過形成、Howell-Jolly小体などが特徴で、Hunter舌炎や亜急性連合性脊髄変性症(Romberg徴候陽性)はB12欠乏を示唆します。抗内因子抗体・抗壁細胞抗体は自己免疫性萎縮性胃炎による悪性貧血の所見であり、胃切除という機械的原因のB12欠乏では陰性です。治療はB12の非経口補充が基本で、葉酸単独投与は神経障害を進行させうるため避ける必要があります。同じ欠乏症でも原因によって検査所見が異なることを意識すると、病態の理解が深まり、検査の解釈を誤らずに済みます。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・背景:8年前に胃全摘術を受けている。 ・症状:1か月前からの労作時息切れ(貧血症状)、舌の痛み(舌炎)、5日前からの歩行障害。 ・身体所見:眼瞼結膜の貧血、眼球結膜の軽度黄疸、Romberg徴候陽性(閉眼で立位がふらつく=深部感覚障害を示す)。 ・血算:赤血球142万/μL、Hb 6.5g/dL、Ht 19%。平均赤血球容積(MCV)=Ht÷赤血球数×10=19÷142×1,000≒134fL(基準は約80〜100fL)で、著明な大球性貧血である。白血球3,100/μL、血小板8.2万/μLと3系統すべてが減少した汎血球減少を呈する。網赤血球は1.4%(絶対数は約2万/μL)で、これほどの貧血にしては骨髄からの赤血球供給が乏しい。 ・生化学:総ビリルビン3.3mg/dL のうち直接ビリルビンは0.9mg/dL で、間接ビリルビン優位(約2.4mg/dL)の上昇。LD 2,100U/L と著明高値。AST・ALT は軽度の変動にとどまる。
診断へのプロセス
1)MCV が120fL を超える高度の大球性貧血に汎血球減少を伴う場合、まず巨赤芽球性貧血(ビタミンB12または葉酸の欠乏によりDNA合成が障害される貧血)を考える。 2)間接ビリルビンとLD の上昇は、骨髄内で成熟できない赤芽球が壊れる「無効造血(骨髄内溶血)」を反映している。網赤血球が増えないのも、骨髄での細胞産生そのものは盛んでも成熟赤血球として末梢に出てこられないためである。 3)舌の痛みはビタミンB12欠乏に特徴的なHunter舌炎(舌乳頭の萎縮により舌が平滑・赤色となり痛む)と考えられる。 4)Romberg徴候陽性の歩行障害は、脊髄後索(深部感覚)と側索(錐体路)が障害される亜急性連合性脊髄変性症を示唆する。神経障害は葉酸欠乏ではみられず、ビタミンB12欠乏に特有である。 5)胃全摘により、胃底腺の壁細胞から分泌される内因子が失われる。ビタミンB12は内因子と結合して回腸末端で吸収されるため、吸収ができなくなる。体内(主に肝臓)の貯蔵量は数mg あり1日の必要量はわずか数μg であるため、欠乏が顕在化するまでに通常数年かかる。本例の術後8年という経過はこれに合致する。 以上から、胃全摘後のビタミンB12欠乏による巨赤芽球性貧血と診断できる。
設問の考え方
「みられないもの」を選ぶ問題である。巨赤芽球性貧血としての血液所見(血清B12低下、好中球過分葉、骨髄の赤芽球過形成、Howell-Jolly小体)はいずれもみられうる。一方、抗内因子抗体は自己免疫性萎縮性胃炎を基盤とする悪性貧血の所見であり、胃切除という機械的原因による本例では陽性とならない。同じB12欠乏でも「原因」が異なる点を見分けることが問われている。
選択肢考察
- ×a. 血清ビタミンB12低下
本例でみられる。胃全摘により内因子が分泌されなくなり、回腸末端でのビタミンB12吸収が不可能になる。肝臓の貯蔵分が数年かけて消費し尽くされた結果、血清ビタミンB12は低値となる。本症の病態の中心となる所見である。
- ○b. 抗内因子抗体陽性
本例ではみられない。抗内因子抗体は、自己免疫機序で胃体部の壁細胞が破壊される萎縮性胃炎(A型胃炎)を背景とする悪性貧血で検出される自己抗体である(悪性貧血での陽性率は約50〜70%とされ、特異度が高い)。本例のB12欠乏は胃全摘により内因子の産生源そのものが失われたことが原因であり、自己免疫機序は関与していない。したがって抗内因子抗体や抗壁細胞抗体は陽性とならない。
- ×c. 好中球の核の過分葉
本例でみられる。ビタミンB12欠乏ではDNA合成が障害され、赤血球系だけでなく顆粒球系の細胞にも核の成熟異常が生じる。末梢血では核が6分葉以上に分かれた好中球(過分葉好中球)が出現する。正常では5分葉以上の好中球はごく少数(3%以下)だが、巨赤芽球性貧血では5%以上にみられることが多く、診断の手がかりとなる。骨髄では巨大後骨髄球や巨大桿状核球もみられる。
- ×d. 骨髄中の赤芽球増加
本例でみられる。巨赤芽球性貧血の骨髄は過形成で、特に赤芽球系が著増し、核の成熟が細胞質の成熟に比べて遅れる巨赤芽球(核と細胞質の成熟解離)が多数出現する。骨髄球系と赤芽球系の比(M/E比、正常は約2〜3)は低下する。赤芽球は増えているものの多くが骨髄内で崩壊するため(無効造血)、末梢の網赤血球は増えず、間接ビリルビンとLD が上昇する。
- ×e. Howell-Jolly小体
本例でみられうる。Howell-Jolly小体は赤血球内に残った直径1〜2μm 程度の円形の核の断片で、核と同じ色(紫色)に染まる。巨赤芽球性貧血では核の成熟・脱核の異常により出現する。このほか脾臓摘出後や脾機能低下(通常は脾臓で除去されるため)、造血が急激に亢進する溶血性貧血などでもみられる。
ビタミンB12の吸収経路
食物中のB12は胃酸とペプシンで蛋白から遊離し、唾液由来のハプトコリンと結合する。十二指腸で膵酵素によりハプトコリンが分解されると、胃壁細胞由来の内因子と結合し、回腸末端の受容体を介して吸収される。したがって、胃全摘・悪性貧血(内因子欠乏)、回腸切除やCrohn病(吸収部位の障害)、盲管症候群(細菌による消費)、広節裂頭条虫症(寄生虫による消費)、厳格な菜食主義(摂取不足)などが欠乏の原因となる。
悪性貧血と胃切除後貧血の比較
・悪性貧血:自己免疫性萎縮性胃炎(A型胃炎)が基盤。抗内因子抗体・抗壁細胞抗体陽性、血清ガストリン高値、胃癌や胃神経内分泌腫瘍のリスク上昇。他の自己免疫疾患(橋本病など)を合併しやすい。 ・胃切除後:内因子の産生源が物理的に失われる。自己抗体は陰性。術後数年(通常5年前後以降)で発症する。胃酸の減少や十二指腸の食物通過がなくなることで鉄吸収も低下するため、鉄欠乏性貧血を合併することがあり、その場合MCV が見かけ上正常に近づくことがある。
巨赤芽球性貧血の検査所見
・MCV 高値(しばしば120fL 超)、汎血球減少 ・末梢血:大楕円赤血球、好中球過分葉、Howell-Jolly小体 ・骨髄:過形成、巨赤芽球、巨大後骨髄球、M/E比低下 ・無効造血:間接ビリルビン上昇、LD 著明高値(しばしば数千U/L)、ハプトグロビン低下、網赤血球は相対的に低値
亜急性連合性脊髄変性症
B12欠乏により脊髄後索と側索に脱髄が生じる。後索障害により振動覚・位置覚が低下しRomberg徴候陽性となり、側索障害により痙性やBabinski徴候陽性をきたす。末梢神経障害を合併すると腱反射は低下することもある。貧血がなくても神経症状が先行することがあり、治療が遅れると後遺症が残る。
治療
胃全摘後や悪性貧血では経口での吸収が期待しにくいため、ビタミンB12(メコバラミン、ヒドロキソコバラミン等)の筋肉内注射を行い、その後も生涯にわたり定期的に補充する(大量経口投与で内因子非依存性の受動拡散による吸収を利用する方法もある)。治療開始後数日で網赤血球が増加(網赤血球クリーゼ)し、この時期に鉄需要増大や低カリウム血症をきたすことがある。葉酸のみを投与すると貧血は改善しても神経障害が進行しうるため、B12欠乏を見逃さないことが重要である。
POINT
・胃全摘後のビタミンB12欠乏は、貯蔵B12が枯渇する術後数年を経て発症する。 ・巨赤芽球性貧血:MCV 高値+汎血球減少、好中球過分葉、骨髄の赤芽球過形成、無効造血による間接ビリルビン・LD 上昇。 ・Hunter舌炎と亜急性連合性脊髄変性症(Romberg徴候陽性)はB12欠乏を示唆し、神経症状は葉酸欠乏ではみられない。 ・抗内因子抗体・抗壁細胞抗体は悪性貧血(自己免疫性萎縮性胃炎)の所見であり、胃切除後のB12欠乏では陰性である。
