膵石が語る30年の飲酒歴―慢性膵炎で失われる「消化」と「血糖調節」
第99回医師国家試験 H問題 第14問
国試問題にチャレンジ
53歳の男性。3日前から背部に放散する心窩部痛があり来院した。30年間ほぼ毎日,日本酒4合程度の飲酒歴がある。3か月前から軟便があり,4kgの体重減少がある。身長165cm,体重56kg。上腹部に圧痛を認める。血液所見:赤血球472万,Hb 12.5g/dL,白血球8,300,血小板26万。血液生化学所見:総蛋白5.9g/dL,アルブミン2.8g/dL,尿素窒素22mg/dL,総ビリルビン1.0mg/dL,AST 68U/L,ALT 55U/L,ALP 330U/L(基準260以下),γ-GTP 130U/L(基準8~50),アミラーゼ411U/L(基準37~160)。腹部造影CTを示す。 この疾患について正しいのはどれか。2つ選べ。

- a.糞便中の脂肪排泄量は増加している。
- b.耐糖能低下を合併することが多い。
- c.高カルシウム血症がみられる。
- d.約30% に膵癌を合併する。
- e.治療は膵全摘術である。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
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ドクター
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ドクターまとめ
長期の大量飲酒歴、背部に放散する上腹部痛、アミラーゼ上昇に加えてCTで膵石を認めれば、慢性膵炎の急性増悪と考えます。慢性膵炎は線維化と実質の脱落により外分泌・内分泌機能が非可逆的に低下する疾患で、リパーゼ不足による脂肪便と、膵島障害による膵性糖尿病が代表的な病態です。膵性糖尿病ではグルカゴン分泌も低下するため低血糖を起こしやすく、膵炎で生じやすいのは高カルシウム血症ではなく鹸化による低カルシウム血症です。膵癌のリスクは高いものの合併頻度は数%程度で、治療の基本は断酒・禁煙と内科的治療であり、膵全摘術は標準治療ではありません。進行すると腹痛が軽くなり膵酵素も上がりにくくなることを知っておくと、病期の評価や長期管理の判断に役立ちます。
解答・解説
正解はa, bです
所見の整理
・53歳の男性、3日前からの背部に放散する心窩部痛、上腹部の圧痛 ・30年間、毎日日本酒4合程度(純アルコール約90 g/日)の大量飲酒 ・3か月前からの軟便と4 kgの体重減少(BMI約20.6) ・総蛋白5.9 g/dL、アルブミン2.8 g/dLと低栄養 ・γ-GTP 130 U/Lと上昇(常習飲酒を反映)、AST優位の軽度トランスアミナーゼ上昇、ALP軽度上昇 ・血清アミラーゼ411 U/Lと上昇 ・腹部造影CT:膵に石灰化(膵石)を認める
診断へのプロセス
長期の大量飲酒歴のある中年男性が、背部に放散する上腹部痛とアミラーゼ上昇を示している。膵の炎症を示す所見であり、CTで膵石(膵の石灰化)が認められることから、慢性膵炎と診断できる。膵石は慢性膵炎の診断基準で確診所見とされる。今回の腹痛とアミラーゼ上昇は、慢性膵炎の経過中に起きた急性増悪と考えられる。 さらに、軟便・体重減少・低アルブミン血症は、膵外分泌機能が低下して消化吸収不良(とくに脂肪の吸収障害)が起きていることを示唆する。つまり本例は、膵の実質が長年の炎症で線維化・脱落し、機能が失われつつある段階にある。
設問の考え方
慢性膵炎は、膵の持続的な炎症によって線維化と実質の脱落が進み、非可逆的に膵の外分泌機能と内分泌機能が低下していく疾患である。外分泌不全では消化酵素(とくにリパーゼ)の不足による脂肪便、内分泌不全ではランゲルハンス島の障害によるインスリン分泌低下(膵性糖尿病)が起こる。この二つが疾患の特徴として正しく、合併症の頻度や治療法に関する記述の正誤を見分けることがポイントである。
選択肢考察
- ○a. 糞便中の脂肪排泄量は増加している。
慢性膵炎で膵外分泌機能が低下すると、脂肪を分解する膵リパーゼが不足し、摂取した脂肪を吸収できずに便中へ排泄される(脂肪便)。便は量が多く、白っぽく光沢があり悪臭を伴う。脂肪便は膵リパーゼの分泌が正常の約10%以下にまで低下してはじめて出現するとされ、慢性膵炎が進行した非代償期の所見である。本例の軟便、体重減少、低アルブミン血症もこの消化吸収不良で説明できる。治療には高力価の膵消化酵素補充薬を用いる。
- ○b. 耐糖能低下を合併することが多い。
膵の線維化が進むと、ランゲルハンス島(膵島)も障害され、インスリン分泌が低下して耐糖能異常や糖尿病(膵性糖尿病)をきたす。慢性膵炎ではインスリンだけでなく、血糖を上げるグルカゴンの分泌も同時に低下するため、インスリン治療中に重い低血糖を起こしやすく、血糖が不安定になりやすいのが特徴である。飲酒の継続や低栄養も低血糖の危険を高める。
- ×c. 高カルシウム血症がみられる。
慢性膵炎そのものが高カルシウム血症を起こすことはない。血清カルシウムは通常正常であり、急性膵炎(慢性膵炎の急性増悪を含む)ではむしろ、脂肪壊死巣でカルシウムが脂肪酸と結合して沈着する(鹸化)ために低カルシウム血症を示すことがある。また、脂肪吸収障害に伴うビタミンDの吸収低下も低カルシウムの方向に働く。なお、原発性副甲状腺機能亢進症などによる高カルシウム血症は膵炎の「原因」の一つになりうるが、本例のようなアルコール性慢性膵炎で一般にみられる所見ではない。
- ×d. 約30% に膵癌を合併する。
慢性膵炎は膵癌の危険因子であり、一般人口に比べて膵癌の発生リスクは高い(相対危険度で十数倍程度とする報告が多い)。しかし、実際に膵癌を合併するのは数%程度であり、約30%という頻度は過大である。ただし、経過観察中は膵癌の合併を念頭に置き、腫瘤性病変の出現や主膵管の不整な狭窄に注意する必要がある。
- ×e. 治療は膵全摘術である。
慢性膵炎の治療の基本は、断酒・禁煙、脂肪制限を中心とした食事療法、鎮痛薬、消化酵素補充、糖尿病の管理などの内科的治療である。膵石による主膵管の閉塞には、体外衝撃波結石破砕術(ESWL)や内視鏡的治療が行われる。外科手術は、内科的・内視鏡的にコントロールできない疼痛、胆管や十二指腸の狭窄、仮性囊胞などの合併症、膵癌との鑑別が困難な場合などに限って考慮され、膵管の内圧を下げる膵管空腸側々吻合術(Partington手術)や、膵頭部の病変を切除・くり抜く術式(Frey手術など)、膵頭十二指腸切除術などが選択される。膵全摘術は術後に外分泌・内分泌の機能を完全に失うため、標準治療ではない。
慢性膵炎の概要
膵の内部に不規則な線維化、細胞浸潤、実質の脱落、肉芽組織などの慢性変化が生じ、進行すると膵の外分泌・内分泌機能が低下する疾患である。わが国では男性に多く、成因としてはアルコール性が最も多く、次いで原因のはっきりしない特発性が多い。そのほか、遺伝性、胆石性、高カルシウム血症(副甲状腺機能亢進症)や脂質異常症に伴うもの、自己免疫性膵炎などがある。喫煙は独立した危険因子であり、病状の進行や膵石形成を促進する。
臨床経過
・代償期:膵機能はある程度保たれ、腹痛(背部に放散する上腹部痛、飲酒や脂肪摂取で誘発)や急性増悪を繰り返す ・移行期 ・非代償期:膵実質の荒廃が進み、腹痛はむしろ軽くなる一方、脂肪便・体重減少などの消化吸収障害と膵性糖尿病が前面に出る 膵の荒廃が進むと酵素が逸脱しなくなり、急性増悪でも血中膵酵素が上昇しにくくなる点にも注意する。
診断
わが国の診断基準(慢性膵炎臨床診断基準2019)では、画像所見(膵管内の結石、膵全体に分布する複数ないしびまん性の石灰化など)が確診所見として重視される。そのほか、主膵管の不整な拡張などの画像所見、特徴的な組織所見、反復する上腹部痛、血中・尿中膵酵素の異常、膵外分泌障害、1日80 g以上(純エタノール換算)の持続する飲酒歴などを組み合わせて診断する。
治療
・断酒・禁煙(最も重要) ・食事療法:急性増悪時や腹痛がある時期は脂肪制限。非代償期では過度な脂肪制限は避け、十分なエネルギーを摂りつつ消化酵素を補充する ・薬物療法:鎮痛薬、蛋白分解酵素阻害薬(急性増悪時など)、膵消化酵素補充薬、インスリン ・膵石:ESWL、内視鏡的膵管ドレナージ・截石 ・外科治療:膵管空腸側々吻合術、Frey手術、膵頭十二指腸切除術など(難治性の疼痛や合併症に対して)
主な合併症
仮性囊胞、胆管狭窄(閉塞性黄疸、ALPやγ-GTPの上昇)、十二指腸狭窄、脾静脈血栓症による左側門脈圧亢進症(胃静脈瘤)、膵性糖尿病、膵癌。
POINT
・大量飲酒歴+背部に放散する上腹部痛+膵石(膵の石灰化)→ 慢性膵炎 ・外分泌不全:リパーゼ不足で脂肪便、体重減少、低栄養 → 消化酵素補充 ・内分泌不全:膵性糖尿病。グルカゴン分泌も低下するため低血糖を起こしやすい ・急性膵炎(急性増悪)で起こりやすいのは低カルシウム血症。高カルシウム血症は膵炎の原因の一つ ・膵癌のリスクは高いが、合併頻度は数%程度 ・治療の基本は断酒・禁煙と内科治療。手術は難治性疼痛や合併症に限り、膵管減圧術(膵管空腸側々吻合術)など。膵全摘術は標準治療ではない ・進行すると腹痛は軽減し、膵酵素も上がりにくくなる
